ちょっと立ち止まって「必要・十分」を考える
こんにちは、日本在住の主婦ブロガーです。日本在住という立場から、海外に住む「主婦目線」の皆さんに向けて、私の日常から感じる“日本らしい暮らしのヒント”をお伝えしていきます。今回は「Decluttering with Intention(意図を持った断捨離・整理)」というテーマで、特に「こもん(小物)マインドセット」「垂直収納」「80/20ルール的物の見直し」という3つのキーワードを軸に、日常の“ちょっとした時短・快適化”も交えながら、書いていきます。今回はまず「起」の部分、つまり導入・背景を、日本語でカジュアルにお届けします。
日本の暮らしと「物との向き合い方」
日本で暮らしていて、改めて感じるのは「物」がただあるだけで暮らしが成り立つわけではなく、むしろ「どのように物と向き合うか」「物が暮らしの中でどう機能するか」ということに重きがあるということです。例えば、住宅事情として欧米に比べて部屋の面積が小さいことも多く、限られた空間をどうやって快適に使うかが工夫の鍵になります。
そのため、日本には「収納」「整理」「断捨離」といった概念が暮らしの中に比較的浸透していて、形はスタイリッシュなミニマリストだけではなく、日常の中の“ちょうど良さ”を探す姿勢が根づいています。例えば、Marie Kondo(近藤麻理恵)さんの「ときめくかどうかで選ぶ」整理法などが世界的に注目されたのも、こうした“物との関係を見直す”流れのひとつです。 (Farnam Street)
また、断捨離(だんしゃり)という言葉も、「断=入ってくる不要な物を断つ」「捨=不要な物を捨てる」「離=物への執着から離れる」という考え方で、ただ物を捨てるのではなく、心や暮らしの質にも視点を向けた整理法です。 (ウィキペディア)
こうした背景をふまえて、「こもん(小物)」つまり日常で“つい見落としがちな雑多な物”に焦点を当て、「意図的に整理する」ことで、暮らしをもっと軽やかに/時短に/心地よくしていきたいと思っています。
「こもん」という視点
「こもん(小物)」とは、例えばキッチンでちょっと使う調理器具、リビングの書類、子どものおもちゃ、デジタルでいうとスマホのアプリや写真データ、紙のレシートや郵便物…。一見「これぐらい別にいいか」と思いがちですが、じつはこうした“見えにくい雑多な物”こそが、暮らしの中では時間や心の余白を奪っていきます。
私自身、子どもが幼稚園に行き始めた頃から「この雑多さをどう減らすか」がひそかなテーマになっていて、少しずつ「使いやすさ」「見通しの良さ」「管理の簡単さ」を優先するようになりました。例えば「この引き出しにはこのカテゴリだけ入れる」「このデジタルフォルダにはこの用途だけ置く」といったルールを自分なりに決めています。
この「こもん」を意図的に整理する習慣は、海外の方にもきっと参考になると思います。なぜなら、国や文化が違っても「物をどう扱うか」「効率的な暮らしをどう作るか」という問いは共通だからです。
なぜ“意図的”な整理が大切か
「物を少なくすればいい」「おしゃれな収納ケースを買えば終わり」という風に思いがちですが、実はそれだけでは長続きしません。日本発の整理法の多くが指摘するのは、「整理=場所を決めて入れること」ではなく、「まず何を捨てるか・何を残すかを意図的に選ぶ」ことの重要性です。例えば、KonMariメソッドでは「まず捨ててから収納」するという順序が提示されています。 (Farnam Street)
私も体験しましたが、ただ“収納スペースを増やす”だけでは、結局そこに“使われない物”が入り込み、また管理が煩雑になってしまいます。逆に「この物は私の暮らしにどう役立っているか?」を自問して選ぶと、残す物が明確になり、管理も楽になります。
「意図的」に整理することで、毎日の動線がスムーズになり、片付けにかかる時間が減り、結果として“余白のある暮らし”が得られるのです。私が実際に感じたのは、「探し物がなくなる」「朝の支度が速くなる」「家族が自然に戻す習慣がつく」といった変化でした。
こもんマインドで見直す、見えない“雑多”を整える時間
日本の暮らしを続けていると、日々の中で「なんとなく使っているけど、なくても困らないもの」が、いかに多いかに気づきます。
それは決して“物が多いこと”が悪いという意味ではなく、“使っていないのに置いてあること”が、暮らしを重たくしているという気づきです。
■ 1. 「こもんマインド」で暮らしをリセット
「こもん(小物)」という言葉には、意外と深い意味があると思うんです。
たとえば、文房具の引き出しを開けると、同じ種類のペンが何本も出てきたり、乾いたマーカーが混ざっていたり。
あるいは、キッチンの戸棚には、数年前に使って以来ほこりをかぶった調味料や、おまけでついてきたタッパーのふた。
どれも「いつか使うかも」と思って取っておいたものばかり。
でも、その“いつか”はたいてい、もう来ない。
私も以前は、もったいなくて手放せないタイプでした。
けれど、あるとき気づいたんです。
「使っていない物を置いておくことで、探す時間・片づける手間・気づかぬストレスが増えている」と。
そこから意識が変わり、「持つ量」よりも「使う心地」を基準に選ぶようになりました。
この考え方こそが、“こもんマインド”の第一歩です。
つまり「小さなもの」ほど意識的に見直し、丁寧に“選び直す”こと。
大きな家具を動かす前に、まずはペン1本、レシート1枚から。
不思議なことに、その小さな整理が積み重なると、心まで軽くなっていくんです。
■ 2. 「垂直収納」で空間を“見える化”する
次に意識したいのが、“垂直マスター(Vertical Mastery)”。
これは、日本の住宅事情から生まれた、空間を「上下に使う」知恵です。
限られたスペースをどう活かすか。
日本では、床に物を置かず、壁や棚を活用する文化が根づいています。
例えば、冷蔵庫の横のすき間や、洗面所のデッドスペースに突っ張り棚をつける。
フックや縦型収納ボックスを使って、目線の高さに「一目で見える」収納を作る。
私の家でも、この方法を取り入れてから“掃除のしやすさ”が劇的に変わりました。
床に何もないと、掃除機がスッと通り、拭き掃除もすぐ終わる。
つまり、“片づける手間”ではなく、“片づけなくていい状態”を作るのが、この考え方なんです。
垂直収納の魅力は、「空間を視覚的に整理できること」。
見える位置にあるものだけが、自分にとって必要なものだと自然に意識づけされます。
まるで、生活そのものが“見通しのいい地図”になるような感覚です。
■ 3. 「80/20ルール」で、ほんとうに使うものだけを残す
最後に紹介したいのは、日本的ミニマリズムにも通じる考え方――
「80/20ルール(パレートの法則)」です。
これは、「持っている物のうち、実際に使っているのは全体の20%に過ぎない」という経験則。
つまり、残りの80%は“ほとんど出番がない”ということです。
私の場合、服がまさにそうでした。
「これも着るかも」と思って取っておいた服は、実際はワンシーズン中ほとんど着ない。
結局、よく着るのはお気に入りの数枚だけ。
そこで思い切って、“20%の愛用品を主役にするクローゼット”に変えたんです。
驚いたのは、朝の準備時間が半分になったこと。
迷う時間が減って、気持ちにも余裕が生まれる。
まさに、“選択のストレス”から解放される瞬間でした。
この「80/20ルール」は、服だけでなく、食器、調理道具、コスメ、デジタルフォルダなどにも応用できます。
「20%の“本当に使うもの”を軸に、他を手放す」。
これを実践するだけで、家も心も驚くほど軽くなります。
■ 4. 整理=時短になる理由
整理というと、「手間がかかる」と思われがちですが、実はその逆。
“意図的な整理”は、時間を生み出す行動なんです。
たとえば、朝の支度。
・必要なものがすぐ手に取れる
・探す時間がゼロになる
・余計な判断をしなくていい
この3つが揃うだけで、1日が驚くほどスムーズに回ります。
片づけに使う時間は“未来の自分への投資”だと思うと、意識が変わります。
私自身も、以前は朝バタバタして子どもを送り出すだけで精一杯でしたが、
今では「支度10分」「掃除5分」「出発前にコーヒーを飲む3分」の余裕ができました。
その時間こそが、暮らしの質を決める“静かな贅沢”なんです。
モノを減らすと、心が増える。日本式“余白”のある暮らし
「片づける」ことが、こんなにも“自分を見つめ直す時間”になるとは思ってもみませんでした。
最初は、ただスッキリした部屋にしたかっただけ。
けれど実際に“意図を持って整理”を始めてみると、
いつのまにか心の中にも、少しずつ“空間”が生まれていたんです。
■ 1. モノの整理は、心の整理だった
私はずっと、家の中が散らかっているとき、どこか落ち着かない気持ちになるタイプでした。
それを「性格の問題」と思っていたけれど、実は違いました。
散らかった空間というのは、私にとって「決断を先延ばしにしているサイン」だったんです。
たとえば、使わないまま置きっぱなしのマグカップ。
「いつか使うかも」「思い出があるから」と言い訳をしていたけれど、
よく考えると、それは“過去の自分への執着”でした。
ある日、思い切ってそのカップを手放したとき、
ふしぎと心の中にも“軽さ”が生まれました。
物理的な整理は、心の整理と繋がっている――
日本の「断捨離」という言葉が、本当に深い意味を持っていると実感しました。
“断”=入ってくる不要なものを断つ。
“捨”=いまの自分に合わないものを手放す。
“離”=執着から離れ、身軽になる。
この3つを意識するようになってから、
「何を持つか」より「どう生きたいか」を考えるようになりました。
■ 2. “家族の関係”にも変化が生まれる
不思議なことに、家の中が整うと、家族の雰囲気も変わります。
以前は、子どものおもちゃや書類が散らかっているたびに、
「片づけて!」と小言を言うのが日常でした。
でも、自分自身が“仕組みで整える”ようになると、
怒るよりも“導線を工夫する”方が早いことに気づきました。
たとえば、子どものおもちゃは「遊ぶゾーン」と「戻すゾーン」を明確に分ける。
夫の書類は「共有スペース」にボックスを置いて、
「ここに置くだけでいい」とルールをシンプルにする。
結果的に、「片づけて!」と言う回数が激減しました。
それどころか、子どもが自分で片づけるようになり、
夫も「どこにあるかわからない」が減って、家の中に小さな笑顔が増えたんです。
空間に“余白”ができると、言葉にも“余裕”が生まれる。
それは、日本の暮らしが大切にしている「間(ま)」の感覚そのものだと思います。
■ 3. 「間(ま)」がもたらす静かな豊かさ
日本には、昔から「間を楽しむ」という考え方があります。
茶室の静けさ、和室の余白、庭の石と苔の配置。
すべてに共通しているのは、“何もない空間”が人の心を落ち着かせる、という思想です。
整理をして家の中に「間」を取り戻したとき、
私は初めてその意味を実感しました。
ソファに座って、何もない壁をぼんやり眺めるだけで、
気持ちが穏やかになる。
「何かを足す」よりも、「何もない時間」が幸せを連れてくる――
そんな感覚です。
海外の友人からはよく「日本の家って、どうしてシンプルで落ち着くの?」と聞かれます。
その答えは、きっと“デザイン”ではなく“哲学”にあると思います。
美しさの基準が「どれだけ持っているか」ではなく、
「どれだけ手放せるか」にある。
それが日本式の豊かさなんです。
■ 4. “デジタルのこもん”も整える
もうひとつ忘れてはいけないのが、“見えない clutter(散らかり)”――つまりデジタルです。
スマホの中の写真、使わないアプリ、通知の山。
これらもまた、知らないうちに私たちの心を圧迫しています。
私は週末ごとに「デジタル断捨離デー」を作っています。
・写真はお気に入りだけ残す
・アプリは3ヶ月使っていなければ削除
・メールは“未読ゼロ”で一日を終える
たったこれだけで、頭の中のノイズが減り、
まるで空気が澄んだような感覚になります。
「見えない clutter」を減らすことは、
目に見える部屋を整えることと同じくらい大切。
情報も“こもん”のひとつなんです。
■ 5. シンプルさの先に見えた、自分らしさ
整理を通じて気づいたのは、
“シンプル=削ること”ではなく、
“自分らしさを残すこと”だということです。
物を手放しても、思い出は消えません。
むしろ、心に残るものがより鮮明になる。
お気に入りの茶碗で朝食をとる。
お気に入りの香りを一日の始まりに使う。
そんな小さな“こだわり”を大切にできるようになったのも、
余白ができたからこそ。
整理は、ただの片づけではなく、
「どう生きたいか」を問い直す小さなリセット。
それが“意図を持つ”ということなんだと思います。
彼女が小さく「好き」と告げた瞬間、空気がふっとやわらかく変わる。
部屋の静けさの中に、彼女の声だけが残り、淡い照明がその頬を照らす。
彼氏の手のひらに顎を預けたまま、彼女はいたずらっぽく目を細める。
それは言葉以上の気持ちを伝えるような、無邪気でまっすぐな眼差しだった。
カメラの向こう側の観る者は、まるで自分がその手を差し伸べられているかのように錯覚する。
やがて彼女は軽く笑い、そっと身を引く。照明の光が彼女の髪を透かし、ふわりと揺れる。
最後にもう一度、カメラを見つめて口元だけで「好き」とつぶやく。
その瞬間、レンズ越しの世界に、確かな温度と心の鼓動が刻まれる――まるで映画のラストシーンのように

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