Thriving with Japanese Wisdom: Inflation Edition 〜物価高の波を乗り越える、日本の「暮らしの工夫」〜

あれもこれも値上げ!でも、私たちには「知恵」がある

皆さん、こんにちは!

日本で暮らす主婦のAkaneです。海外での生活はいかがですか?

そちらの物価、最近どうでしょう。

ニュースを見ていると、アメリカもヨーロッパも、世界中であらゆるものの値段が上がっていると聞きます。

何を隠そう、ここ日本も……すごいです。

正直、「え、うそでしょ?」って二度見しちゃうような値札が、スーパーのあちこちに貼られています。

この前、いつものお醤油を買おうとしたら、見慣れた赤いラベルの横に、前はなかった「特売」の文字。でも、その「特売価格」が、数ヶ月前の「定価」より高いんですから(笑)

卵、牛乳、そして何より野菜!

昔は「野菜が高いならお肉にしよう」なんて言えたけど、今はお肉も、お魚も、みーんな高くなって。

先月届いた電気代の請求書を見たときは、ちょっと夫と無言になりました。

「ああ、また節約しなきゃ……」

「好きなものが買えないなんて、人生つまらないな……」

世界中がインフレという大きな波に揺さぶられている今、こんな風に不安になったり、ストレスを感じたりしているのは、きっと私だけじゃないですよね。海外で家族の生活を支えている主婦の皆さんなら、なおさらかもしれません。

でも、面白いもので、こういう時、私の頭の中の「日本の主婦スイッチ」がカチッと入るのを感じるんです。

それは、ただ「切り詰める」とか「我慢する」というネガティブなものではなくて。

もっとポジティブで、クリエイティブな感覚。

「ふーん、なるほど。じゃあ、どうやって『賢く』『楽しく』乗り切ってやろうか?」

っていう、ちょっと挑戦的なワクワク感、とでも言いましょうか。

日本には、昔から「もったいない」という言葉があります。

これは、単に「Wasteful(無駄遣い)」を非難する言葉じゃありません。

そこには、「まだ使えるのに」「まだ食べられるのに」という、モノに対する感謝や敬意が込められています。

例えば、野菜の皮や芯。

普通なら捨ててしまうかもしれませんが、日本ではそれを集めて美味しい「ベジブロス(野菜だし)」にしたりします。

大根の葉っぱを細かく刻んで、ごま油とじゃこで炒めれば、ご飯が何杯でもいけちゃう「ふりかけ」に大変身。

これは、ケチケチしているんじゃなくて、「食材の命を最後まで使い切る」という、ちょっとした美学であり、生活の知恵(ライフハック)なんです。

私たちはこれを「工夫(くふう)」と呼びます。

「工夫」というのは、限られた条件の中で、いかに最善の結果を出すかを考える「知的なゲーム」のようなもの。

お金がないなら、知恵を出せばいい。

物が足りないなら、今あるもので新しい価値を生み出せばいい。

こういう考え方って、もしかしたら、日本が島国で資源が少なかったことや、昔から地震や台風などの自然災害が多かったことと、関係があるのかもしれません。

「完璧な状態」なんて続かない。

「足りない」のが当たり前。

だからこそ、私たちは「完璧じゃない状況」を嘆くより、その中でいかに「しなやかに」(Resilience)対応し、日常の中に「豊かな時間」を見つけるか、という技術を磨いてきたんだと思うんです。

それって、まさに「人生術」だと思いませんか?

この「インフレ」という、世界中が直面している共通の「足りない」状況。

だからこそ、今、この「日本の知恵」が、もしかしたら皆さんのお役に立てるんじゃないかと思いました。

これは、「月1万円節約する裏ワザ10選!」みたいな、派手なテクニック集ではありません。

私が日本の主婦として、日々の暮らしの中で当たり前に実践している、

「もったいない」の精神。

「工夫」する楽しさ。

そして、物価高の中でも「豊かさ」を感じる心の持ち方。

そんな、ちょっと地味だけど(笑)、じわじわ効いてくる「人生観」や「生活の知恵」を、このブログでシリーズとしてお伝えしていきたいと思います。

次回、「承」の章では、具体的に「食」に焦点を当てて、日本の家庭で実践されている驚きの「始末の料理」の世界をご紹介しますね。

食卓は「知恵」の見本市!日本の「始末の料理」マインド

さて、前回の「起」の章では、世界的なインフレという大きな波に対して、日本には「もったいない」や「工夫」という、ちょっとクリエイティブな「しなやかさ(Resilience)」がある、というお話をしました。

「モノがないなら、知恵を出せばいい」

「限られた中で、どう楽しむか」

これ、まさに日本の主F.F.(主婦)たちが、日々の台所で実践している「人生術」そのものなんです。

そこで今日は、私が予告した通り、その「工夫」の具体的な世界、特に「食」の分野でのハイライト、**「始末の料理(しまつのりょうり)」**について、熱く語らせてください(笑)

「始末の料理」って、あまり聞き慣れない言葉かもしれませんね。

これは、京都などで昔から大切にされてきた考え方で、よく「節約料理」や「残り物(リメイク)料理」と勘違いされがちなのですが、実はちょっとニュアンスが違うんです。

「節約料理」って、どうしても「我慢する」とか「切り詰める」というネガティブな響きがありますよね。

「残り物料理」は、文字通り、余ったものをどうにかすること。

でも、「始末の料理」は、もっと**「攻め」の姿勢**なんです。

「始末」という言葉には、「物事の最初から最後までをきちんと管理する」という意味があります。

つまり、食材を買ってきたその瞬間から、「どうやって、この命(食材)を、余すところなく、最後の一滴まで美味しく使い切ってやろうか」と計画を立て、実行すること。

そこには、食材への「感謝(かんしゃ)」と「敬意(けいい)」があります。

「捨てるところ」を、いかに「宝物」に変えるか。

これこそ、インフレ時代最強の「知的なゲーム」だと思いませんか?


実例1:大根一本、どこまで食べられますか?

このゲームの、一番わかりやすいスター選手が**「大根(だいこん)」**です。

(そちらのスーパーでも”Daikon Radish”として売られていますか?)

もし皆さんが大根を料理するとしたら、どう使いますか?

白い部分をサラダや煮物にして、葉っぱや皮は……もしかして、捨ててしまっていませんか?

もったいない!

その「捨てる部分」こそ、主役級の美味しさが詰まった「宝」なんです。

日本の主婦は、大根一本をこんな風に「解体」して考えます。

①「葉っぱ」の部分

ここはビタミンが豊富な、緑黄色野菜。

細かく刻んで、ごま油とジャコ(小さい魚)、ちょっとのお醤油で炒めれば、ご飯が無限に進む絶品「ふりかけ」の完成。カルシウムも摂れて、子供も大好きです。

②「白い部分」の上(葉に近い方)

ここは甘みが強いので、火をあまり通さない「サラダ」や「大根おろし(生で食べる)」に向いています。

③「白い部分」の真ん中

ここが一番バランスが良く、柔らかい部分。

日本の冬の定番「おでん」や、お肉と一緒にじっくり煮込む「煮物(Nimono)」に最適。味がよ〜く染み込みます。

④「白い部分」の下(しっぽの方)

ここは少し辛みが強い部分。

なので、「お漬物(Pickles)」にしたり、辛さを活かして「薬味(Yakumi)」にしたりします。

⑤そして……「皮」!

そう、分厚くむいた、あの「皮」です。

これを捨ててしまうなんて、とんでもない!

皮を細く「千切り」にして、人参の皮(!)も一緒に、油で炒めます。

お酒とお醤油、少しのお砂糖と唐辛子で味付けすれば……「きんぴら(Kinpira)」という、シャキシャキ、ピリ辛の最高のおかずに変身します。

これ、私の大好物で(笑)、皮独特の歯ごたえがたまらないんです。

どうでしょう?

大根一本、捨てるところ、ありましたか?

これが「始末」の考え方です。

一つの食材を「多角的」に見ることで、一品だったはずの料理が、三品、四品に増えていく。

これって、物価が2倍になったとしても、食材の「価値」を3倍、4倍に引き出せば、むしろ「豊か」になっている、ということじゃないでしょうか。


実例2:「出し殻(だしがら)」は、二度目の主役

日本料理の基本は「出汁(だし)」です。

昆布(Kombu)や鰹節(Katsuobushi)から、あの繊細な「旨味(Umami)」を抽出します。

でも、出汁を引いた後の「出し殻」、つまり昆布や鰹節、どうしていますか?

「もう旨味は出ちゃったし……」と捨ててしまったら、それこそ「もったいない」の神様に怒られます(笑)

これも立派な「始末の料理」の対象です。

出汁を引いた後の鰹節は、フライパンで乾煎りして、ゴマや海苔、お醤油で味付けすれば、手作りの「ふりかけ(ソフトタイプ)」に。

昆布は、細く刻んで、お醤油とお酢、お砂糖で甘辛く煮詰めれば、「佃煮(つくだに)」という、これまたご飯のお供(Gohan no Otomo)の完成です。

旨味が出た後でも、食材そのものに含まれる栄養(食物繊維やミネラル)は、まだまだたっぷり残っているんです。

「一番出汁」は上品なお吸い物に、「二番出汁」は煮物や味噌汁に、そして「出し殻」はふりかけに。

これぞ「使い切る」という美学です。


実例3:「アラ」こそ、ご馳走

お魚屋さんで、お魚の「頭」や「骨」(これを「アラ(Ara)」と呼びます)が、すごく安く売られているのを見たことはありませんか?

もしかしたら、海外では捨てられてしまう部分かもしれません。

日本では、この「アラ」こそ、最高の「ご馳走」になることを知っています。

なぜなら、骨の周りや頭の部分にこそ、一番美味しい「旨味」と「コラーゲン」が詰まっているから。

新鮮なブリや鯛のアラが手に入ったら、私は迷わず買って帰ります。

お湯をかけて臭みを取り、お酒、お醤油、みりん、生姜と「ゴボウ(Burdock root)」と一緒に煮付ければ、「あらだき(Aradaki)」という、それはもう……日本酒が欲しくなる(笑)、濃厚で美味しい一皿が完成します。

夫も「え、今日こんな豪華なもの食べていいの?」なんて言いますが、かかった費用はいつもの切り身の半分以下。

「捨てられるはずだった部分」を知恵と工夫で「最高のご馳走」に変える。

これぞ、「始末の料理」の真骨頂であり、日本の主婦の「腕の見せ所」なんです。

野菜の芯や皮を集めて作る「ベジブロス(野菜だし)」も、

ローストチキンの骨から取る「鶏ガラスープ」も、

ご飯が少し固くなったら作る「チャーハン」や「おじや」も。

すべては、

「あぁ、もう使えない」と諦めるか、

「いや、まだ何かできるはずだ」と工夫(Kufū)するか。

その「心の持ちよう」一つなんだと思います。

インフレで、確かに「買えるもの」は減ったかもしれません。

でも、キッチンに立って、目の前の食材と「対話」してみる。

「君のポテンシャルは、こんなものじゃないだろう?」って(笑)

そうやって知恵を絞って、新しい美味しさを発見できた時、

お金では買えない、小さな「達成感」と「豊かさ」が、心にじわっと広がるのを感じます。

「始末の料理」は、単なる節約術じゃありません。

それは、日常の中に「創造性」と「感謝」を見出す、日本人の「暮らしの哲学」そのものなんです。

さて、ここまで「食」という、すごく具体的な「モノ」の話をしてきました。

でも、この「工夫」の精神は、なにもキッチンだけに留まりません。

次回、「転」の章では、この「始末のマインド」を、私たちの「暮らし」や「心」そのものに広げてみたいと思います。

お金をかけずに「豊かさ」を感じるって、どういうこと?

そんな、ちょっと哲学的(?)だけど、すぐに実践できる「心のライフハック」について、お話ししますね。

お金をかけず心を磨く。「見えない豊かさ」の育て方

こんにちは!Akaneです。

前回の「承」の章では、食材を骨の髄まで、いえ、皮の先まで(笑)使い切る、日本の主婦の「攻め」の知恵、「始末の料理」についてお話ししました。

大根一本を丸ごと味わい尽くすあのマインド、いかがでしたか?

あれは、「モノ」に対する「工夫(くふう)」と「感謝(かんしゃ)」でしたよね。

さて、今日の「転」の章では、その「工夫」と「感謝」の矛先を、ガラッと変えてみたいと思います。

「モノ」ではなく、**「時間」と「心(こころ)」**に。

インフレが続くと、どうしても「買えないもの」「手に入らないもの」に意識が向いて、心がギスギスしてきませんか?

「ああ、あの服も我慢」「今月の外食はゼロ」「旅行なんて夢のまた夢」……。

「ない、ない、ない」

そうやって「欠けているもの」を数え始めると、不安や不満って、雪だるま式に大きくなっていきます。

でも、ちょっと待って。

お金で買える「豊かさ」が目減りしている今だからこそ、私たち日本の主婦が(無意識に)育ててきた、**「お金をかけずに、心を豊かにする技術」**が、めちゃくちゃ役に立つんです。

これは、精神論や「清貧(せいひん)のすすめ」みたいな堅苦しい話じゃありません。

これもまた、日常でできる、とっても具体的な「暮らしの工夫」であり、「人生術」なんです。


工夫(くふう)その1:「時間の始末」をつける

「始末の料理」が「食材を余さず使い切る」ことなら、**「時間の始末」**は「一日24時間を、心ゆくまで味わい尽くす」ことです。

インフレになっても、石油の値段が上がっても、ありがたいことに「一日が24時間である」ことは変わりません。

これって、地球上のすべての人に平等に与えられた、最強の「資源」だと思いませんか?

じゃあ、この「時間」という資源、私たちは「始末」できているでしょうか。

例えば、

「あー、また物価が上がってる……」と、スマホで暗いニュースやSNSをダラダラ見て、ため息をついて、気づいたら1時間。

これって、私に言わせれば、最高に**「時間がもったいない!」**状態です(笑)

その1時間で、私たちは何ができたでしょう?

私が実践している「時間の工夫」は、**「15分リセット」**というもの。

なんだか心がザワザワするな、不安だな、と感じたら、まずスマホを置きます。(これが大事!)

そして、キッチンタイマーを「15分」セットする。

その15分間、**「お金が一切かからない、けれど無心になれる、そして必ず成果が出る」**ことに没頭するんです。

例えば、

・シンクを、水垢ひとつないくらいピカピカに磨き上げる。

・玄関(げんかん)のタタキ(靴を脱ぐスペース)を、水拭きする。

・洗面所の鏡を、曇りなきよう磨き上げる。

たった15分。

でも、15分後、目の前には「ピカピカに光るシンク(あるいは鏡)」という、**「小さな成功体験」**が生まれます。

これ、コストは0円です。

でも、この「達成感」と、美しく整った空間がくれる「心の静けさ」は、いくらお金を積んでも買えない「豊かさ」だと思いませんか?

不安なニュースを1時間見て「失った心の豊かさ」と、

15分シンクを磨いて「得た心の豊かさ」。

どちらが「賢い」時間の使い方か、一目瞭然ですよね。

「時間」は、ただ過ぎ去らせたら「浪費」。

意識的に「工夫」して使えば、「資産」になるんです。


工夫(くふう)その2:「丁寧(ていねい)さ」を調達する

最近、日本で「丁寧な暮らし」という言葉が流行っています。

(お洒落な北欧家具を揃えて、オーガニックの食材で……みたいなイメージがあるかもしれませんが、私はちょっと違うと思っています)

私が思う「丁寧な暮らし」の正体。

それは、「始末の料理」が食材の命に向き合ったように、**「自分自身の行動や感覚に、丁寧に向き合う」**ことです。

これも、インフレで荒(すさ)みがちな心を、0円で豊かにしてくれる特効薬です。

例えば、一杯のお茶を飲むとき。

時間がない!と焦っていると、マグカップにティーバッグを放り込んで、熱湯を注いで、パソコンの前で「作業」として飲み干してしまいます。

でも、心が「貧しいな」と感じる時こそ、あえて「工夫」します。

まず、一番お気に入りの湯呑(ゆのみ)やカップを選びます。(「ここぞ!」という時のエースです)

急須(きゅうす)に茶葉を入れ、ちゃんと沸騰させたお湯を、少し冷ましてから(←ここ大事!)そっと注ぐ。

お茶の葉がゆっくりと開いていくのを、「待つ」。

立ち上る湯気の「香り」を、胸いっぱいに吸い込む。

両手で湯呑を包み込んで、その「温かさ」を感じる。

そして、一口目。

舌の上で広がる「味わい」に、全神経を集中させる。

……どうでしょう。

使っている茶葉は、いつもの安価なティーバッグの中身を急須に開けただけ、かもしれません(笑)

かかったお金は、同じです。

でも、その「体験」の質、心の「豊かさ」は、何十倍にもなっていると思いませんか?

「丁寧に生きる」って、お金をかけることじゃなくて、**「自分の感覚を、最大限にもてなしてあげる」**という、意思と技術のことなんです。

自分の五感を「もったいない」状態にせず、フル活用して「始末」してあげる。

これなら、どんなに物価が上がっても、今すぐ、誰にでもできますよね。


工夫(くふう)その3:「季節(きせつ)」という無料のギフトを受け取る

もし、お金をかけずに「豊かさ」を手に入れる選手権があったら、日本の主婦はこれできっと優勝します。

それは、**「季節感(きせつかん)を味わい尽くす」**こと。

日本には「二十四節気(にじゅうしせっき)」といって、1年を24個の細かい季節に分ける文化があります。

それくらい、私たちは「季節のうつろい」に敏感です。

インフレで、デパートの豪華な「お歳暮」も、「初物(はつもの)」と呼ばれる高価な旬の食材も、買えないかもしれません。

でも、季節は、そんなところで買うものじゃありません。

**季節は、「そこら中に、無料で転がっている」**ものです。

・いつもの散歩道。ふと見上げた空が、昨日より高く青いなと感じたら、それは「秋」です。

・雨上がりの、土と緑が混じった匂い。

・夜、窓を開けた時に聞こえてくる虫の音(ね)。

・道端に落ちている、完璧な形の椿(つばき)の花。

・スーパーの隅で、一番安く売られている野菜。(「旬(しゅん)」のものは、一番栄養があって、一番安い!これぞ「始末」の知恵!)

お金がかかる「イベント」として季節を捉えると、インフレは辛い。

でも、五感をフル回転させて「感じる」ものだと捉えれば、私たちの周りは「無料の豊かさ」で溢れているんです。

私はよく、散歩中に見つけた名前も知らない草花や、色づいた葉っぱを一枚拾ってきて、小さなグラスに挿します。

それだけで、部屋の空気が変わる。

0円の「インテリア」が、最高の「心の栄養」になる瞬間です。

「モノ」を買うことで豊かさを測ろうとすると、インフレの波に溺れてしまいます。

でも、「時間」「感覚」「季節」といった、**「すでにあるもの」「無料であるもの」**に「工夫」の目を向ければ、私たちの足元には、汲めども尽きせぬ「豊かさ」の源泉が湧いている。

「始末」の精神は、キッチンから飛び出して、私たちの「人生」そのものを豊かにする「哲学」なんです。

さて、

「モノ(食)」の始末(承)

「ココロ(暮らし)」の始末(転)

と話してきました。

この「工夫」と「始末」のマインドを持って生きることは、私たちをどこへ連れて行ってくれるのか。

インフレの波を乗り越えた先に、私たちは何を見つけるのか。

次回、最終章「結(けつ)」で、この旅の「結び」をお話ししたいと思います。

インフレの波を乗り越えて。私が見つけた「足るを知る」という豊かさ

皆さん、こんにちは!Akaneです。

4回にわたってお届けしてきた「物価高(インフレ)を乗り越える、日本の暮らしの知恵」。

ついに、最終回、「結(けつ)」の章を迎えました。

最初の「起」の章では、「また値上げ!?」という世界共通の不安に共感しながらも、「私たち日本の主婦には『工夫(くふう)』という知的なゲームがある!」と、ちょっと挑戦的な宣言をしましたね(笑)

続く「承」の章では、「始末(しまつ)の料理」という具体的な「モノ」への工夫……大根の皮から魚のアラまで、「捨てられる命」を「ご馳走」に変える、攻めの節約術をご紹介しました。

そして「転」の章では、その「始末のマインド」を「ココロ」に応用。「時間の始末(15分リセット)」や「丁寧(ていねい)さの調達」、そして「季節(きせつ)という無料のギフト」など、お金をかけずに「見えない豊かさ」を育てる心のライフハックをお話ししました。

さて。

こうして私たちは、「モノ」と「ココロ」の両面から、「もったいない」と「工夫」を実践してきました。

では、その結果、私たちの暮らしは、インフレの前と比べて、どうなったでしょう?


「節約できた金額」より、大切なもの

この間、夫に言われたんです。

「最近、食卓がすごく豊かじゃない? 品数も増えたし、なんだか楽しそうだね」って。

私は、ドキッとしました。

だって、現実はこうです。

食費の「予算」は、インフレ前よりむしろ締めています。

高い輸入フルーツや、立派なステーキ肉を買う回数は、確実に減りました。

それなのに、夫は「豊かになった」と感じている。

なぜか?

答えは、これまでお話ししてきた中にあります。

・大根の葉っぱで「ふりかけ」が一品、増えました。

・出し殻の昆布で「佃煮」が一品、増えました。

・お魚のアラで「あらだき」という、いつもは食卓に並ばない「ご馳走」が生まれました。

(もちろん、夫はそれが「アラ(捨てられる部分)」だとは気づいていません。しめしめ。笑)

つまり、**「お金は使っていないけれど、手間(てま)と知恵(ちえ)を使った」**結果、食卓は物理的に豊かになっていたんです。

そして、何より。

「ああ、今日も完璧に使い切ったぞ!」

「この皮、こんなに美味しかったんだ!」

と、キッチンで小さな「達成感」や「発見」を繰り返している私自身が、一番「楽しそう」だった。

そう、これなんです。

私たちが「工夫」と「始末」を実践して得た、一番大きな成果。

それは、「今月は〇〇ドル(円)節約できた!」という家計簿の数字(もちろんそれも大事ですが!)以上に、

「私、やればできるじゃん!」

「お金がなくても、私は暮らしを豊かにできる力がある!」

という、自分自身への「自信(じしん)」と「自己肯定感(じここうていかん)」だったんです。


「足し算」の幸せから、「引き算」の幸せへ

インフレが始まる前。

豊かさとは、「何かを買うこと」「何かを足すこと」だと思い込んでいた節が、私にもありました。

「新しい服を買ったら、幸せ」

「流行りのカフェに行ったら、幸せ」

「便利な家電を手に入れたら、幸せ」

でも、インフレで、その「足し算(たしざん)の幸せ」が、難しくなった。

そこで私たちは、「工夫」という別の道を選びました。

それは、**「今、ここにあるもの」**に目を向ける、という道です。

・すでに、家にある大根。

・すでに、流れている24時間という時間。

・すでに、窓の外にある季節のうつろい。

・すでに、自分の中にある五感。

「あれも足りない」「これも足りない」と外側に求めていた目を、自分の内側、自分の手の内に「すでにあるもの」へと向け直していく。

そして、「工夫」という知恵で、その「すでにあるもの」の価値を、120%引き出してあげる。

これを繰り返していくうちに、私の心の中に、ある感覚がはっきりと育ってきたのに気づきました。

それは、

「あれ? もしかして、私、もう十分『持ってる』んじゃない?」

という感覚。

これこそが、日本人が昔から大切にしてきた、最強の「人生術」……

「足るを知る(たるをしる)」

というマインドセットです。


「足るを知る」は「我慢」じゃない。「気づく」という最強の技術

誤解しないでくださいね。

「足るを知る」というのは、

「貧乏でも我慢しなさい」

「欲を持ってはいけません」

という、ネガティブな諦め(あきらめ)の言葉じゃ、決してないんです。

むしろ、逆。

「自分が、今この瞬間、どれほど豊かなものを持っているか、その事実に『気づく』能力」

という、めちゃくちゃ能動的(のうどうてき)で、ポジティブな「心の技術」なんです。

考えてみてください。

蛇口をひねれば、安全な水が飲めること。(「転」の章でシンクを磨きましたね)

一杯のお茶の香りを、ゆっくりと嗅げる「平和な時間」があること。(「丁寧さ」の話をしました)

家族が「美味しいね」と笑い合える食卓があること。(「承」の章の「始末の料理」です)

これらは全部、私たちが「すでに持っている」豊かさです。

でも、普段は「当たり前」すぎて、その価値に気づけません。

皮肉なことに、「インフレ」という「足りない」状況が訪れたからこそ、私たちは「当たり前」を見つめ直し、「すでにある豊かさ」に気づく「目」を養うことができた。

これって、インフレが私たちにくれた、とんでもない「ギフト」だと思いませんか?

お金で買えるモノ(Goods)は減ったかもしれない。

でも、お金では買えない「豊かさ(Well-being)」に気づく力は、確実に上がっている。


波を乗りこなす、日本の主婦たちへ

「Thriving with Japanese Wisdom(日本の知恵で豊かに生きる)」

このブログのタイトルに込めた想いは、まさにこのことです。

私たちは、インフレの波に「耐えている(Surviving)」んじゃない。

その波を「乗りこなし(Thriving)」ているんです。

大根の皮を「きんぴら」に変えた、あの「工夫」の力で。

「どうだ、美味しいだろう!」と笑う、あの「しなやか」な心で。

この連載を読んでくださった、海外で暮らす主婦の皆さん。

日本とは違う文化、違う環境の中で、インフレの波と向き合い、家族の暮らしを守っている皆さんのご苦労は、私の想像をはるかに超えるものだと思います。

でも、皆さんだからこそ、この日本の「工夫」や「始末」、そして「足るを知る」という人生観が、新しい「武器」になるかもしれません。

環境が違うからこそ、皆さんのやり方で、日本の知恵を「アレンジ(工夫)」できるはずです。

完璧じゃなくていいんです。

いきなり大根一本を使い切らなくてもいいんです(笑)

まずは、今日。

いつもの散歩道で、空の色を見上げてみる。

いつもは捨てていた、ブロッコリーの芯を、薄切りにして炒めてみる。

夜、寝る前に、15分だけ、キッチンの蛇口をピカピカにしてみる。

そんな「小さな工夫」と「小さな達成感」の積み重ねが、やがて「お金では買えない、私だけの豊かさ」という、大きな自信に変わっていきます。

インフレの波は、まだ続くかもしれません。

でも、私たちには「知恵」がある。

「すでにある豊かさ」に気づく「目」がある。

大丈夫。

私たちは、この波を、賢く、楽しく、しなやかに、乗りこなしていけます。

一緒に、今日の暮らしを、目一杯「始末」して、味わい尽くしましょう!

4回にわたり、長い長いおしゃべりにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

皆さんの暮らしが、日本の知恵で、少しでも豊かに、楽しくなりますように。

日本より、愛と「工夫」を込めて。

Akane

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