割れたお皿と「金色の人生」:失敗は「恥」じゃない。傷跡を「景色」に変える日本の生活術「金継ぎ」マインド

パリン!と割れたお気に入り。でも、それ「終わり」じゃないかも?

「パシャーーーン!」

あ……。

やってしまいました。

朝の忙しい時間、洗い物をしていた手が滑って、一番お気に入りだったコーヒーカップがシンクに落下。見事に、持ち手の部分がポッキリと折れて、本体にも大きなヒビが入ってしまいました。

もう、頭の中は真っ白。

「あーあ、最悪だ…」「これ、高かったのに…」「もう使えないや」

ネガティブな言葉がぐるぐる頭を巡ります。

海外にお住まいの皆さんも、こんな経験ありませんか? 大切にしていたものが壊れてしまった時の、あのショック。

普通なら、ここで「はい、さようなら」ですよね。

割れた破片を丁寧に拾い集めて、ゴミ箱へ。

「壊れたもの=価値がなくなったもの」

それが、たぶん一般的な感覚だと思います。

でも、ここ日本には、その「終わり」を「始まり」に変えてしまう、とってもユニークで素敵な文化があるんです。

それが、「金継ぎ(Kintsugi)」

聞いたこと、ありますか?

「金(Gold)」で「継ぐ(To mend / connect)」と書く、その名の通り、割れたり欠けたりした陶磁器を、漆(うるし)という天然の接着剤でくっつけ、その継ぎ目を「金」や「銀」などの金属粉で美しく装飾する修復技術のことです。

この金継ぎの最大の特徴は、**「傷を隠さない」**こと。

むしろ、「これがこの器の新しい個性ですよ」とばかりに、割れたラインを金色の線で「強調」するんです。

まるで、割れた部分がデザインの一部であったかのように。

初めて金継ぎされた器を見た時、私は衝撃を受けました。

割れる前よりも、むしろ「美しく」なっている。

一度「死んだ」はずの器が、前とは違う「景色(けしき)」(※日本では器の模様や風合いをこう呼びます)を持って、堂々と「再生」している。

これって、すごい考え方だと思いませんか?

私たちは、日常生活でついつい「完璧」を求めてしまいがちです。

特に今はSNSの時代。世界中の「キラキラした部分」だけが切り取られて、自分のタイムラインに流れてきます。

「完璧な料理」「完璧なキャリア」「完璧な家族写真」。

そんな中で、自分の「失敗」や「欠点」は、できるだけ隠したい「恥ずかしいもの」になってしまいがち。

私も主婦として、「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーを毎日感じています。

料理を焦がしちゃったり、子育てでイライラしてしまったり、家計のやりくりが上手くいかなかったり…。

そんな小さな「ヒビ」や「割れ」を見つけるたびに、自己嫌悪に陥ったりします。

「あーあ、私ってダメだな」って。

でも、「金継ぎ」の哲学は、私たちにこう問いかけてきます。

「その傷、本当に“ダメなもの”?」

「その失敗、本当に“隠すべきもの”?」

金継ぎは、壊れたという「事実」を受け入れ、その「歴史」ごと抱きしめる技術です。

ヒビが入ったからこそ、そこに金が入り、世界に一つだけの模様が生まれる。

これって、私たちの人生そのものじゃないでしょうか。

経済的なピンチ、キャリアの挫折、人間関係のトラブル。

生きていれば、誰だって「割れ」や「欠け」を経験します。

その時、私たちは「もう終わりだ」と自分を捨ててしまうのか。

それとも、その傷跡に「金」を塗り込んで、もっと強く、もっとユニークな自分に「再生」するのか。

このブログでは、そんな「金継ぎ」の考え方を、日本の主婦である私の日常の出来事や、人生観に重ね合わせながら、皆さんの生活にも役立つ「心の処方箋」として紹介していきたいと思っています。

失敗や挫折は、あなたを弱くするためじゃなく、もっと深く、強く、美しくするためにあるのかもしれません。

さあ、まずは割れたカップの破片を、そっと集めるところから。

これが私たちの「起(始まり)」。

次回は、この金継ぎが具体的にどういうプロセスで、それが私たちの「心の再生」にどう繋がるのか、もう少し深く掘り下げてみますね。

傷を「景色」に変える魔法、金継ぎが教えてくれる「時間」と「再生」

さて、前回パリン!と割れてしまった、あのお気に入りのカップ。

ゴミ箱に直行させず、私はその破片をそっと集めました。

もしこれが海外、例えばアメリカやヨーロッパだったら、強力な接着剤(エポキシ系とか?)でピタッとくっつけて、「はい、修理完了!」かもしれません。できるだけ、割れた線が見えないように、元通りになるように。

でも、「金継ぎ」は、その発想がまったくの「真逆」なんです。

金継ぎは、「元通りに直す」ことでも、「早く直す」ことでもありません。

それは、**「新しい命を吹き込む」作業。そして、恐ろしく「時間のかかる」**作業なんです。

金継ぎの主役は、実は「金」じゃないんですよ。

主役は「漆(うるし)」。

漆の木の樹液から作られる、古来からの天然の接着剤であり、塗料です。

この漆、とにかく乾くのが遅い!

今の日本の「時短」「効率」「レンジでチン!」みたいな文化とは真逆で、塗ったら「湿度」と「温度」を管理した特別な場所(「室(むろ)」って言います)で、じーっくりと寝かせる時間が必要なんです。

割れた破片を集めて、漆で接着する。

→ 数日〜数週間かけて、乾かす。

欠けた部分を、漆と(お米や小麦粉を混ぜた)ペーストで埋める。

→ また、乾かす。

表面を研(と)いで滑らかにする。

→ 漆を塗る。

→ また、乾かす。

この「塗って、乾かして、研いで」という地味〜な作業を、何度も何度も、何層にもわたって繰り返します。

まるで、ミルフィーユの層を作るみたいに。

この「時間」こそが、金継ぎが教えてくれる一つ目の「人生術」だと思っています。

私たち、何か失敗しちゃったり、心が「パリン」と割れるようなショックなことがあると、「早く立ち直らなきゃ」「早く元に戻らなきゃ」って、すごく焦りませんか?

私もそうです。

家計のやりくりで「あ!今月ピンチ!」ってなった時とか、子育てで「なんであんな言い方しちゃったんだろう…」って自己嫌悪に陥った時とか。

すぐに「解決策」を探して、すぐに「元気な私」に戻ろうとします。

でも、金継ぎは「焦るな」って言ってるみたい。

「ちゃんと傷と向き合う時間を取りなさい」

「心が固まるまで、じっくり待ちなさい」

無理やりくっつけた心の傷は、ちょっとした衝撃でまたすぐにパカっと開いてしまいます。

でも、漆がゆっくりと時間をかけて固まっていくように、私たちの心も、悲しみや後悔をじっくりと「乾燥」させる時間が必要なんです。

その時間こそが、次に同じ衝撃が来ても耐えられる「強さ」=「漆の層」になっていく。

そして、この地味で長い工程の、本当に、本当に「最後」に。

ようやく「金」が登場します。

丁寧に固めた漆の継ぎ目の上に、すーっと細い筆で金粉を蒔いていく。

これを「蒔絵(まきえ)」と言います。

この時、ハッと気づかされるんです。

私たちが「わぁ、キレイ!」って感動する「金色の線」。

あれは、言ってみれば「最後の仕上げ」でしかないんですよね。

その下には、何層にも重ねられた「漆」という、地味で、目立たないけど、ものすごく強靭な「土台」がある。

これって、まさにフック(今回のテーマ)にある「経済的な困難」や「人生のチャレンジ」を乗り越えるプロセスと同じだと思いませんか?

例えば、仕事で大きなミスをして評価が下がってしまった時。

家計が火の車になって、必死で節約したり、新しくパートを始めたりする時。

その「もがいている時期」って、全然キラキラしてない。

むしろ、誰にも見せたくない、地味で、苦しくて、泥臭い時間ですよね。

それが「漆の層を重ねている」時期なんです。

失敗した原因を分析したり、新しく勉強し直したり、家計簿と毎晩にらめっこしたり、頭を下げて誰かに助けを求めたり…。

そういう「漆の作業」をちゃんとやった人だけが、最後に「金」を蒔ける。

その「金」とは、

「あの時の失敗があったから、今の私がある」

という「自信」であり、「強さ」であり、「ユニークな経験」です。

金継ぎされた器が、割れる前より高値で取引されることがあるのは、「一度壊れた」というストーリーが、「景色」=「付加価値」になるからです。

私たちの人生も同じ。

失敗の「傷跡」を隠そうとせず、むしろ「これ、私が乗り越えた証(あかし)なの」と、金色の線で堂々と見せる。

金継ぎは、ただの修復技術じゃない。

それは、「失敗」を「恥」から「誇り」へと変える、日本の生活に根付いた「再生(Rebirth)」の哲学なんです。

だから、もし今、あなたが何かで「割れて」しまっていても、大丈夫。

それは「終わり」じゃありません。

それは、世界に一つだけの「金色の線」を手に入れるための、「始まり」なんですから。

さあ、次回は「転」。

この金継ぎマINDで、私自身が過去の「大失敗」をどう乗り越えてきたか…ちょっと恥ずかしいですが、私のリアルな体験談をお話ししてみたいと思います。

人生の大失敗。金継ぎマインドで乗り越えた「私の体験談」

さて、「金継ぎは失敗を『景色』に変える再生の哲学だ」なんて、ちょっと偉そうな(?)ことを前回お話ししました。

でも、正直に白状します。

私自身が、人生で一番大きな「パリン!」を経験した時、そんな余裕は1ミリもありませんでした。

「もう、ウチは終わりだ」

「なんでウチだけがこんな目に」

「この先、どうやって生きていけばいいの」

毎晩、子どもたちが寝静まった後、キッチンで一人、シンクに突っ伏して泣いていました。

今日は、そんな私の「人生最大の失敗」であり、我が家にとっての「最大の金継ぎ」となった、ちょっと(いや、かなり)恥ずかしいお金の話をします。

あれは、数年前のこと。

私たちは、いわゆる「マイホーム」を買ったばかりでした。

海外の皆さんにはどう映るかわかりませんが、日本、特に都市部では、家を買うというのは本当に「一生に一度」の大きな大きな買い物です。

「子どもたちのために、日当たりのいい家を」

「家族の思い出を刻む、自分たちのお城を」

私たちは夢いっぱいでした。

何年もかけて貯金して、銀行の分厚いローン契約書に(ちょっと震えながら)ハンコを押して。

これから35年間、二人で力を合わせて頑張っていこうね!と誓った、まさにその矢先でした。

夫の会社が、まさかの「業績不振」に陥ったんです。

詳しい話は避けますが、日本を支えてきたはずの「大企業」ですら安泰じゃない、という時代の波を、我が家はモロにかぶってしまいました。

ボーナスは、ゼロ。

毎月の給料も、大幅にカット。

いつ「リストラ」という言葉が出てもおかしくない、そんな空気が会社に漂っていると、夫は青い顔でつぶやきました。

「パシャーーーン!!」

あの時、私の中で割れたのは、お気に入りのカップなんかじゃありません。

「完璧なはずだった家族の未来予想図」そのものでした。

月々のローン返済は、待ってくれない。

子どもの教育費は、これからどんどんかかってくる。

それなのに、入ってくるお金が、ガクンと減る。

もう、頭の中は真っパニックです。

シンクに落ちたカップの破片みたいに、私のプライドも、将来の夢も、日々の安心も、木っ端微塵になりました。

最初の数ヶ月は、本当にひどかった。

まさに、「早く元に戻さなきゃ」という焦りだけ。

私は、金継ぎでいうところの「強力接着剤」を探し回りました。

「すぐに高収入が得られるパート」とか「一発逆転できる投資」とか。

でも、そんな魔法みたいな「接着剤」が、普通の主婦にすぐ見つかるわけありません。

夫も、焦りとプレッシャーでイライラしていました。

家の中の空気は最悪。

お金がないイライラを、お互いになすりつけ合うような、小さなケンカが絶えませんでした。

「あなたがもっとしっかりしてくれれば」

「君こそ、もっと節約できるだろ」

……今思い出しても、胸が痛いです。

「割れた器」は、無理やりくっつけようとすると、ズレてしまって二度と元に戻らないと言います。

まさに、私たち夫婦も、家族の形も、ズレて、歪んで、このままバラバラになってしまうんじゃないかと、本気で怖かった。

「もう、無理だ」

ある夜、ついに私が溜め込んでいたものを全部吐き出して、大泣きしました。

夫も、ただ黙ってそれを聞いていました。

そして、ポツリと言ったんです。

「……ごめん。もう、カッコつけるの、やめるわ」

その一言が、私たちの「金継ぎ」の始まり。

「漆(うるし)」の作業のスタートでした。

私たちは、強力接着剤で「元通り」にすることを、諦めたんです。

代わりに、この「割れた」という現実を、どう受け入れて「新しい形」にしていくか、という、地味で、泥臭くて、ものすごく時間のかかる作業に取り掛かりました。

やったことは、本当に地味です。

まさに「漆を塗り、乾かし、研ぐ」の繰り返し。

(漆を塗る)

まず、二人で「すべて」を書き出しました。

家計、保険、将来の夢、そして「見栄」や「プライド」。

「本当は、この家、身の丈に合ってなかったんじゃないか?」

「私たち、周りの目ばっかり気にしてなかった?」

痛いところを、えぐり出す作業。これが第一層目の漆。

(乾かし、研ぐ)

私は、パートに出ることを決めました。

でも、「高収入」なんて夢みたいなことは言わず、近所のスーパーのレジ打ちです。

時給は安い。でも、確実に家計の足しになる。

夫も、プライドを捨てて、転職活動ではなく、まずは今の会社で「生き残る」ために、資格の勉強を夜遅くまで始めました。

私は家計簿と毎晩にらめっこ。10円単位で削れるものを探す日々。

夫は同僚との飲み会を(残念そうに)断る日々。

誰にも褒められない、キラキラ感ゼロの「漆の乾燥期間」です。

(さらに、漆を重ねる)

一番大きかったのは、「マイホーム」への考え方を変えたこと。

「この家を手放す」という選択肢も、真剣に話し合いました。

それはもう、身を切られるような痛みでした。

でも、その「最悪」を想定したことで、逆に「じゃあ、手放さないためには、あと何をどこまでできる?」と、具体的な行動(=さらに濃い漆)を重ねることができました。

例えば、保険を見直して月数万円を捻出したり、車を軽自動車に買い替えたり。

一つ一つは小さな「研ぎ」の作業ですが、それを何層も、何層も。

この「漆」の作業、どれくらいかかったと思いますか?

……丸3年です。

3年間、私たちは「割れたまま」もがき続けました。

その間、周りの友人たちは、SNSで海外旅行や、新しい車、素敵なディナーの写真をアップしています。

それが目に入るたび、「なんでウチだけ…」と心がささくれ立ちました。

「金」なんて、どこにも見えませんでした。

でも、3年経ったある日。

ボロボロになった家計簿(もう3冊目でした)を見ていた夫が、ポツリと言ったんです。

「……なぁ。俺たち、あの時より、今の方が『強い』よな」

その瞬間、ハッとしました。

気づけば、あんなに最悪だった夫婦仲は、以前よりずっと良くなっていました。

「お金がない」という共通の「敵」(?)と戦う「戦友」として、なんでも話せる関係になっていたんです。

私は、スーパーのパートで、たくさんの人と知り合い、節約レシピの達人になっていました。それは「生きる知恵」という新しいスキルです。

夫は、あの時始めた勉強が実を結んで、会社で新しいプロジェクトを任されるようになっていました。

そして、あれだけ「手放すかも」と泣いた、この家。

高いローンは相変わらずですが、3年間の「漆の作業」で、この家は単なる「モノ」じゃなく、「家族みんなで守ったお城」という、かけがえのない「景色」を持つようになっていました。

私たちの「経済的なヒビ」は、消えてはいません。

たぶん、これからもずっと、この「ヒビ」=「ローン」とは付き合っていきます。

でも、あの日、私たちは決めたんです。

「このヒビを、金で飾ろう」って。

私たちにとっての「金」は、

「あの時の絶望があったから」と笑い合える「絆」であり、

「見栄を捨てて手に入れた」本当の「生活力」であり、

「完璧じゃないけど、これがウチの形」と胸を張れる「誇り」です。

あの大失敗は、「恥」じゃなかった。

それは、私たちの家族を前よりずっと強く、ずっとユニークにするための、最高の「デザイン」だったんです。

これが、我が家の「金継ぎ」の体験談。

今、もしあなたが、経済的なこと、仕事のこと、人間関係で、「パリン!」と割れてしまって、暗闇にいるとしても。

大丈夫。

それは、あなたの「漆」の作業が始まった合図です。

時間はかかる。すごく地味で、苦しい。

でも、その先にしか見えない「金色の景色」が、絶対にありますから。

あなたの「割れ目」を愛そう。今日から始める「心の金継ぎ」

ここまで、あの一枚の割れたカップから始まった、日本の「金継ぎ」という考え方について、長い長い(本当に長いですね!笑)お話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

「起」で私たちは、割れた器を前にして一度立ち止まりました。

「承」で私たちは、傷を隠さず「景色」に変える、漆と時間を使った「再生」の哲学を知りました。

「転」では、私自身の恥ずかしい体験…経済的なピンチという「人生のヒビ」と、それをどう「漆」で固めてきたかをお話ししました。

今日、私がお伝えしたかったこと。

それは、金継ぎは、単なる陶器の「修復技術」ではない、ということです。

これは、私たちの「生き方」そのもの、もっと言えば**「幸福とは何か」**を見つめ直す、生活に根付いた「人生術」なんだと思うんです。

私たちは、このフック(テーマ)にあったように、「Kintsugi & The Path Forward: Rebuilding Stronger(金継ぎと、より強く再建する道)」をずっと旅してきました。

そして今、確信していることがあります。

それは、**「完璧な人生なんて、ないし、目指す必要もない」**ということです。

海外で暮らしていると、日本にいる時とはまた違う「ヒビ」や「割れ」を経験することが、きっと多いんじゃないでしょうか。

言葉の壁にぶつかって、言いたいことの半分も伝わらなかった日の「悔しさ」。

文化の違いに戸惑い、自分が「部外者」のように感じてしまう「孤独感」。

キャリアを中断して、社会から取り残されたように感じる「焦り」。

あるいは、日本に残してきた家族への「心配」。

これら全部、あなたの人生に「パリン!」と音を立てて入った、「ヒビ」であり「割れ目」です。

でも、今日の金継ぎの話を思い出してください。

そのヒビは、あなたが「ダメだった」証拠ですか?

その傷は、「隠すべきもの」ですか?

違いますよね。

それは、あなたが新しい環境で、もがきながらも必死で根を張ろうと「闘った」証拠です。

その傷があるからこそ、あなたは、同じように悩む人の痛みがわかる「優しさ」を手に入れたはずです。

だから、どうか、あなたの「割れ目」を愛してあげてください。

「完璧な主婦」「完璧な妻」「完璧な母」……そんな、誰かが作った息苦しい幻想は、今日でゴミ箱にポイしちゃいましょう。

私たちが目指すのは、「ピカピカの新品」じゃありません。

あちこちに「金色の継ぎ目」を持った、世界に一つだけの、深みのある「人生」という名の「作品」です。

失敗や挫折は、あなたを弱くするためにあるんじゃない。

その傷跡に「金」を蒔いて、前よりもっと強く、もっとユニークで、もっと美しい「あなた」に「再生(Rebuild Stronger)」するためにあるんです。

この考え方こそが、フックの最後にあった「resilience and long-term prosperity(レジリエンスと、長期的な繁栄)」に繋がる、と私は信じています。

本当の「繁栄」や「豊かさ」って、決してお金がたくさんあることや、失敗を一度もしたことがない「ピカピカの状態」を指すんじゃない。

それは、**「何度割れても、私は大丈夫」**と知っていること。

「このヒビも、また私の『景色』になる」と、しなやかに受け入れられる「心」そのものだと思うんです。

さあ、今日から、私たちも「心の金継ぎ」を始めてみませんか?

もし、何かで落ち込んだり、失敗して「あーあ、私ってダメだ…」と自己嫌悪に陥りそうになったら。

こう呟いてみてください。

「おっと、今、漆の塗り時(ぬりどき)だ」って。

割れた自分を否定しない。

「早く元に戻らなきゃ」と焦らない。

じっくり、じっくり、時間をかけて、自分の心の傷に「漆」を塗ってあげる。

ちゃんと乾かして、固めてあげる。

そして、十分な時間が経って、その傷が「痛み」から「経験」という名の「強さ」に変わった時。

そこに、あなただけの「金」を、そっと蒔いてあげるんです。

「あの時の私、よく頑張ったね」って。

そうやって重ねた「金色の線」は、絶対にあなたを裏切りません。

それが、あなたの「レジリエンス(立ち直る力)」となり、あなたの人生を、他の誰のものとも違う、かけがえのない「景色」にしてくれるはずです。

私も、日本のこの家で、相変わらずローンという名の「ヒビ」と格闘しながら(笑)、日々の小さな失敗に漆を塗り続けています。

たぶん明日も、朝ごはんのトーストを焦がして、新たな「景色」を作ってしまうんでしょうけど。

割れることを、恐れずに。

傷つくことを、否定せずに。

お互い、自分だけの「金色の人生」を、ゆっくりと育てていきましょうね。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました!

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