粉々に砕けたお皿と、私の心 —— 完璧主義を手放す「金継ぎ」との出会い
ガチャン!!
静まり返ったキッチンに、乾いた音が響き渡りました。
足元を見ると、私が一番気に入っていた益子焼のお皿が、無惨にも粉々になって散らばっています。
「あぁ……またやっちゃった」
思わず口から漏れたのは、お皿が割れたことへの悲しみよりも、自分自身への失望のため息でした。
海外で暮らす皆さん、こんにちは。日本で主婦をしているMinaです。
今日は、私が日本での生活の中で見つけた、ちょっとした「人生の直し方」についてお話ししようと思います。
冒頭のシーン、実はこれ、つい先日の出来事なんです。
朝の忙しい時間帯、子供のお弁当の卵焼きを焼きながら、同時に洗濯機を回し、頭の中では「あ、トイレットペーパー買い足さなきゃ」「来週のPTAの資料まだ読んでない」なんて考え事をしていた時のこと。
手が滑って、大切な大皿を落としてしまったんです。
正直に言いますね。その瞬間、私が感じたのは「お皿がもったいない」という気持ち以上に、「私、なんでこんなにダメなんだろう」という強烈な自己嫌悪でした。
日本には「丁寧な暮らし」という言葉があります。
SNSを開けば、毎朝完璧な和食の朝ごはんを作り、家の中は常にモデルルームのように片付き、いつも笑顔で子供に接している……そんな「理想の日本の主婦像」が溢れています。
海外に住む皆さんも、もしかしたらNetflixやInstagramで、そんな日本の「完璧で美しいライフスタイル」を目にすることがあるかもしれませんね。
でも、現実はどうでしょう?
私の毎日は、そんな優雅なものとは程遠い、戦場のような日々です(笑)。
特に、パートナーが仕事で不在がちだったり、あるいは一人で子育てを担っている「ワンオペ育児(Solo Parenting)」の状況下では、そのプレッシャーは計り知れません。
「ちゃんとしなきゃ」「私がしっかりしなきゃ」
そう思えば思うほど、心には見えないヒビが入っていきます。そして、ふとした瞬間に、手元のお皿のように、心までガチャンと音を立てて砕け散りそうになる……。そんな経験、皆さんにもありませんか?
あの日、散らばった破片を呆然と見つめていた私は、ふとある日本の伝統技術を思い出しました。
それが**「金継ぎ(Kintsugi)」**です。
皆さんは「金継ぎ」をご存知でしょうか?
これは、割れたり欠けたりした陶磁器を捨てるのではなく、漆(うるし)で繋ぎ合わせ、その継ぎ目を金や銀の粉で装飾して修復する、日本古来の修復技法です。
ただ直すのではありません。「割れた」という事実を隠すのではなく、むしろその傷跡を「金」で彩ることで、元の器よりもさらに美しく、価値のあるものへと生まれ変わらせるのです。
傷を隠すのではなく、歴史として愛でる。
不完全なものの中に美しさを見出す。
これは、日本人が大切にしてきた「わび・さび(Wabi-Sabi)」の精神にも通じる考え方です。
私は、床に散らばった益子焼の破片を拾い集めながら、ハッとしたんです。
「もしかしたら、私たちが日々感じている『心の疲れ』や『失敗』も、このお皿と同じなんじゃないか?」と。
海外で生活されている皆さんの中には、言葉の壁や文化の違い、そして頼れる親族が近くにいないという環境の中で、孤独な子育てや生活のプレッシャーと戦っている方がたくさんいらっしゃると思います。
「日本の家族には心配かけたくないから」と、電話越しに無理して明るく振る舞うこともあるかもしれません。
「現地のママ友の輪に入らなきゃ」と、必死に笑顔を作って疲れてしまう日もあるでしょう。
そうやって頑張りすぎて、心がポキッと折れそうになった時、私たちはつい自分を責めてしまいます。
「もっと強くならなきゃ」「壊れちゃダメだ」って。
でも、金継ぎの師匠はこう言います。
「割れることは、終わりではありません。それは、新しい景色が生まれる始まりなんです」
もし、私たちが自分の心の「ヒビ」や「欠け」を、恥ずべきことではなく、金継ぎのように「自分だけのユニークな歴史」として受け入れられたらどうでしょう?
困難にぶつかって砕け散った経験を、ただ元通りに戻そうとするのではなく、「金」という新しい価値観で繋ぎ合わせ、以前よりも強く、味わい深い自分に生まれ変わらせることができたら?
これこそが、私が今日皆さんに伝えたい**「金継ぎレジリエンス(Kintsugi Resilience)」**です。
日本には昔から、自然災害や厳しい四季の変化と共に生きてきた歴史があります。
台風で家が壊れれば直す。冬の寒さに耐え、春を待つ。
そうやって「壊れること」を自然の摂理として受け入れ、そこから立ち上がるしなやかさを育んできました。
現代の日本社会、特に女性の生き方は大きく変化していますが、この「修復して、より良く生きる」というDNAは、私たちの生活の知恵として、まだ根底に息づいています。
例えば、私の友人に、ご主人を亡くされて一人で3人のお子さんを育て上げた女性がいます。
彼女は決して「スーパーウーマン」ではありませんでした。泣きたい時は子供の前でも泣き、近所の人にお惣菜のお裾分けをもらい、周りの助けを借りながら生きてきました。
ある日、彼女は私にこう言ったんです。
「私ね、一度人生が粉々になったと思ったの。でも、そのおかげで『助けて』って言えるようになった。近所の人たちとの絆という『金』で、私の人生は継ぎ直されたのよ。今のこの器(人生)の方が、昔よりずっと気に入ってるわ」
彼女の言葉は、まさに金継ぎそのものでした。
私たち母親は、家族の太陽であろうとするあまり、自分の傷を隠そうとします。
ヒビが入ったカップを、後ろの方に隠しておくように、自分の弱さを棚の奥に押し込んでしまいます。
でも、金継ぎされた器を思い出してください。
あの金色の線は、隠されているでしょうか?
いいえ、堂々と、誇らしげに輝いていますよね。
その線こそが、その器が厳しい衝撃を乗り越え、それでも形を保ち続けているという「強さの証明」だからです。
このブログシリーズでは、単なる精神論ではなく、日本の主婦たちが実践している具体的な「生活の知恵」や「マインドセット」を通して、どうやって私たちが心のヒビを修復し、より強くしなやかに生きていけるかを考えていきたいと思います。
例えば、「我慢(Gaman)」という言葉。
よく日本人の美徳として紹介されますが、実はこれ、現代の心理学でいう「レジリエンス」とは少し違います。
ただ耐え忍ぶだけの我慢は、いつか心を壊します。
私たちが目指すのは、壊れない硬さではなく、柳の木のように風を受け流し、折れてもまた芽吹く「しなやかな強さ」です。
そして、金継ぎには絶対に欠かせないものがあります。
それは、破片と破片を繋ぐ「漆(うるし)」の存在です。
漆は、ゆっくりと時間をかけて固まります。急いではいけません。
私たちの子育ても、人生の修復も同じです。
今日失敗したからといって、明日すぐに完璧な自分になる必要はないんです。
時間をかけて、じっくりと自分を癒やし、周りの人々との関係性という「漆」で、少しずつ自分を形作っていく。
これから続く章では、具体的にどうやってその「漆」を見つけるのか、つまり、たとえ海外で孤立しがちな環境であっても、どうやって自分を支える「村(Village)」を作っていくのか。
そして、シングルマザーやワンオペ育児という状況を、ハンディキャップとしてではなく、圧倒的な「個の強さ」へと変えていくための視点の転換についてお話しします。
割れたお皿を前にして、私は深呼吸をしました。
破片をゴミ箱に捨てるのはやめました。
代わりに、新聞紙に丁寧に包み、「いつか金継ぎキットで直してみよう」と箱にしまいました。
その箱には「Mending Project(修復プロジェクト)」とマジックで書きました。
なんだか、ワクワクしませんか?
壊れたものが、世界に一つだけのアートになる予感。
私たちの人生も、まさに今、その途中なんです。
さあ、完璧主義の鎧を脱いで、一緒に「継ぎ目」のある人生の美しさを探求していきましょう。
あなたのその傷も、疲れも、きっと美しい「金色の景色」に変わるはずですから。
一人で抱え込まないで —— 孤独な子育ての中に「心の村」を作る技術
漆(うるし)は、かぶれるけれど最強の接着剤
前回の記事で、私は割れたお皿を前に立ち尽くしていました。
もし、あなたが今、金継ぎのセットを目の前にしているとしたら、最初に手に取るのは何でしょうか?
金粉? それとも筆?
実は、金継ぎにおいて最も重要な役割を果たすのは、きらびやかな「金」ではありません。
割れた破片と破片を繋ぎ止める**「漆(うるし)」**という樹液です。
この漆、扱いがとても厄介なんです。
生の状態で触れると肌がかぶれて猛烈な痒みに襲われることもありますし、湿度と温度が適切でないと固まりません。乾燥している場所では乾かない、という不思議な性質を持っています(湿気を取り込んで硬化するんです)。
でも、一度しっかりと固まれば、酸にもアルカリにも負けない、最強の強度を誇ります。
私は、海外で暮らす私たちにとっての「人間関係」や「コミュニティ」は、まさにこの「漆」のようなものだと思っています。
異文化の中で新しい関係を築くのは、時に煩わしく、傷つくこともあり(かぶれるように!)、適切な環境がないとうまく育ちません。
けれど、それが一度固まれば、孤独な海外生活やワンオペ育児という嵐から私たちを守ってくれる、最強の鎧になるのです。
今日は、物理的な頼れる家族がいない海外生活の中で、どうやって自分だけの「漆」を見つけ、あなたを支える「村(Village)」を作っていくか。
日本の昔ながらの知恵と、現代的な視点を交えてお話しします。
「村」が消えた世界で生きる私たち
英語には “It takes a village to raise a child”(一人の子供を育てるには、一つの村が必要だ) という有名なことわざがありますよね。
これ、本当にその通りだと思います。
でも、海外に住む日本人女性、あるいは日本に住む外国人女性にとって、現実はどうでしょう?
「村なんて、どこにもない」
これが本音ではないでしょうか。
朝起きてから夜寝るまで、大人とまともに会話したのは宅配便のお兄さんだけ。
公園に行っても、現地の言葉の壁があって深い話ができない。
SNSを見れば、日本の地元の友達は実家の両親に子供を預けてランチに行っている……。
私自身もそうでした。
夫が海外赴任になった当初、私は「全部自分でやらなきゃ」と気負っていました。
日本人は「他人に迷惑をかけてはいけない」と教えられて育ちます。
この**「迷惑(Meiwaku)」**という文化的な呪縛は、海外に出るとさらに強固になります。
「現地のルールを知らない外国人の私が、助けを求めたら嫌がられるんじゃないか」
「日本人の恥にならないように、ちゃんとしなきゃ」
そうやって自ら壁を作り、孤独な密室育児へと追い込まれていくのです。
日本には昔、**「向こう三軒両隣(Mukou Sangen Ryodonari)」**という言葉がありました。
向かいの三軒と、左右の二軒。この範囲の隣人とは、家族同様に助け合って生きるという生活の知恵です。
醤油が切れれば借りに行き、夕立が来れば隣の洗濯物も取り込む。子供が悪いことをすれば、近所の雷親父が怒鳴ってくれる。
これはある意味、プライバシーのない監視社会でもありましたが、同時にセーフティーネットでもありました。
現代では日本でもこの文化は薄れていますが、海外で核家族として暮らす私たちは、物理的にこの「村」を失っています。
だからこそ、私たちは意識的に、DIYで「村」を作らなければなりません。
待っていても村はやってこない。これが、金継ぎライフの第二ステップです。
「お裾分け」という最強の外交カード
では、どうやってゼロから村を作るのか。
私が実践して、効果絶大だった日本の古い習慣があります。
それが**「お裾分け(Osusowake)」**です。
「お裾分け」とは、他人から頂いた物や、たくさん手に入った物を、自分の分だけでなく周囲の人にも分け与える文化です。
語源は、着物の「裾(すそ)」、つまり端っこの部分を分けるという意味から来ています。
「私の利益を独り占めせず、あなたにもシェアしますよ」という、控えめながらも温かいコミュニケーションツールです。
私はある時、どうしても子供を預けなければならない用事ができ、勇気を出して近所の顔見知りのママ(それまで挨拶程度の仲でした)にお願いすることにしました。
でも、ただ「預かって」とは言えません。そこで、多めに作った「肉じゃが」をタッパーに詰め、震える手で彼女の家のドアを叩いたのです。
「あの、これ、日本の家庭料理なんですけど……作りすぎちゃって。もしよかったら食べてくれませんか? あと、実はちょっと相談があって……」
今思えば、肉じゃがを持って突然現れるアジア人なんて、怪しさ満点だったかもしれません(笑)。
でも、彼女は「いい匂い!」と笑って受け取ってくれました。
そこから、「実は私も日本食好きなの」「このジャガイモ、どこのスーパーで買ったの?」と会話が弾み、結果として彼女は快く子供を預かってくれただけでなく、その後、私の最強の「村人第一号」になってくれました。
この経験で気づいたんです。
日本の「お裾分け」は、単に物をあげる行為ではありません。
「私はあなたに心を開いています」というサインであり、「借りを作る」ことへの心理的ハードルを下げる儀式なのです。
海外では、日本のような「察する(Reading the air)」文化は通用しません。
言葉で助けを求める必要があります。
でも、いきなり「Help me」と言うのは怖い。
そんな時、クッキーでも、折り紙でも、日本の文房具でもいい。小さな「お裾分け」を媒介にすることで、私たちは「よそよそしい他人」から「頼り合える隣人」へと関係をステップアップさせることができるのです。
これは、異文化という乾きにくい環境で、人間関係という「漆」を固めるための湿り気のようなものです。
弱さを見せる勇気 —— 「甘え」と「自立」の狭間で
金継ぎにおいて、漆が最も強く接着するのは、**「断面がギザギザで荒れている時」**だと言われています。
ツルツルの綺麗な断面同士だと、漆が引っかからず、うまくつかないのです。
人間関係も同じだと思いませんか?
「私は完璧な母親です」「何のトラブルもありません」
そんなツルツルに装った表面的な付き合いでは、本当の信頼関係(漆)は生まれません。
私たちが海外で、あるいは孤独な環境で「村」を作るために必要なこと。
それは、「自分の弱さ(断面のギザギザ)」をさらけ出す勇気です。
日本には**「甘え(Amae)」**という独特の心理概念があります。
これは他者の好意に依存することを指し、大人になるとネガティブに捉えられがちです。
しかし、精神分析医の土居健郎氏が説いたように、適切な「甘え」は人間関係の潤滑油であり、信頼の証でもあります。
「今日はもう疲れてご飯が作れない」
「子供が言うことを聞かなくて、泣きそう」
「英語がわからなくて、病院の予約が怖い」
こうした「弱さ」を吐露することは、決して恥ずかしいことではありません。
むしろ、あなたが弱さを見せることで、相手も「あ、この人も同じ人間なんだ」「私にも悩みがあるって話してもいいんだ」と安心できるのです。
私が運営しているブログに、ある読者の方からこんなメッセージが届きました。
「ずっと『日本人のママはしっかりしてる』と思われたくて、現地のママ友の前でも無理して笑顔を作っていました。でも、ある日公園で子供が癇癪を起こして、私が泣いてしまったんです。そうしたら、周りのママたちが一斉に駆け寄ってきて、ティッシュをくれたり、ハグしてくれたりしました。『私たちも毎日こうよ!』って。その日初めて、私はここで生きていけると思えました」
これこそが、金継ぎの真髄です。
割れたこと(泣いてしまったこと)を隠さなかったからこそ、そこに周囲の優しさという漆が入り込み、以前よりも強く深い絆で結ばれたのです。
デジタル時代の「新しい長屋」
もちろん、物理的に近所に頼れる人がいない場合もあるでしょう。
そんな時、現代の私たちには**「デジタルの長屋」**があります。
SNSやオンラインコミュニティは、かつての井戸端会議の現代版です。
ただ、ここでも注意が必要です。
「映える」キラキラした投稿ばかりを見ていては、逆に孤独が深まります。
必要なのは、着飾った写真を見せ合う場ではなく、本音で語り合える安全な場所(Safe Space)です。
私が提案したいのは、自分から**「小さな弱さを発信する」**ことです。
「今日、子供のお弁当ひっくり返しちゃった!ショック!」
そんな失敗談こそが、誰かの「私だけじゃないんだ」という救いになり、共感という漆で繋がるきっかけになります。
世界中に散らばる日本人女性たち、あるいは日本に興味を持つ世界中の女性たち。
私たちは皆、それぞれの場所で戦う「戦友」です。
物理的な距離は離れていても、同じ悩みや喜びを共有することで、私たちは巨大な「心の村」を作ることができます。
まとめ:継ぎ目は、愛の通り道
金継ぎされた器を見ると、金色の継ぎ目がまるで川のように、あるいは稲妻のように走っています。
その線は、かつてそこが分断されていた場所です。
しかし今は、そこが最も強固に結びつき、器全体を支える要(かなめ)になっています。
一人で子育てをすること、海外で暮らすこと。
それは確かに孤独との戦いかもしれません。
でも、「一人であること(Solo)」は「孤立(Isolation)」ではありません。
あなたが舵を取るその船に、時には別の船が横付けして物資を交換したり、無線で励まし合ったりする。
そんな「緩やかだけど切れない繋がり」こそが、現代の私たちに必要な「村」の形なのかもしれません。
無理に何十人もの友達を作る必要はありません。
たった一人でも、辛い時に「辛い」と言える相手がいれば、それは立派な「村」です。
そしてその村は、あなたの「弱さ」と「勇気」という漆によって、初めて形作られるのです。
さて、こうして自分を支える「村」の基盤ができたとしても、やはり日々の生活の舵取りをするのは「あなた自身」です。
特に、パートナーの不在やワンオペという状況は、どうしても「欠けている」「不完全だ」と感じてしまいがちです。
でも、本当にそうでしょうか?
金継ぎの器が、元の器より価値を持つのと同じように、あなたのその「ソロ・ペアレンティング(Solo Parenting)」の経験こそが、実はあなた自身を誰も真似できないユニークで強力な存在へと進化させているとしたら?
次回、**「転:傷跡こそが美しい —— ソロペアレンティングが教えてくれた『ニュー・ノーマル』な強さ」**では、視点をガラリと変えてみましょう。
「大変な状況」を「独自のスタイル」へと昇華させる、逆転の発想についてお話しします。
あなたのその苦労、実はものすごい「スキル」に変わっているんですよ。
傷跡こそが美しい —— ソロペアレンティングが教えてくれた「ニュー・ノーマル」な強さ
その器、新品よりも価値があるって知っていますか?
金継ぎの世界には、信じられないような実話があります。
かつて、戦国時代の茶人たちは、完璧で傷一つない茶碗よりも、割れて金継ぎで直された茶碗の方に、何倍もの価値を見出し、城一つと交換するほどの高値をつけたそうです。
なぜだと思いますか?
それは、その器が「壊れる」という劇的な運命を乗り越え、人の手によって丁寧に修復されたことで、元の器にはなかった**「景色(Kesiki)」**が生まれたからです。
金色の稲妻のような継ぎ目は、単なる修復跡ではありません。その器が歩んできた歴史そのものであり、世界に二つとない固有のアートだからです。
さて、話を私たちの人生に戻しましょう。
海外で一人、あるいはパートナー不在の中で子育てや生活を切り盛りしている皆さん。
皆さんは自分のことを「完全な家庭よりも何かが欠けている」「ハンディキャップを背負っている」と感じていませんか?
「あの家はパパとママが揃っていて週末はキャンプ、いいなぁ。うちは……」なんて、ヒビの入った自分の器を恥じていないでしょうか。
ここで、私は声を大にして言いたいのです。
**「とんでもない! あなたこそが、城一つ分の価値がある名器なんですよ」**と。
この「転」の章では、私たちが日々直面している苦労やトラブルという「ヒビ割れ」が、いかにして私たちの人生に「金」という付加価値を与え、最強のスキルセットに変わっているのか。その逆転の発想についてお話しします。
「ワンオペ」は、最強の経営者トレーニングだった
日本には**「ワンオペ(One-op)」**という言葉があります。
元々は飲食店などでたった一人で店を回す過酷な労働環境(One Operation)を指す和製英語ですが、今では「ワンオペ育児」として定着しています。
ネガティブな響きですよね。孤独、疲労、限界……。
でも、ちょっと視点を変えてみてください。
異国の地で、頼れる親族もおらず、言葉の壁も乗り越えながら、子供の命を守り、家計を管理し、毎日の食事を提供し、メンタルケアまでこなす。
これ、企業で言えば**「CEO(最高経営責任者)兼 危機管理担当 兼 ロジスティクス・マネージャー」**並みの業務内容です。
私はある日、高熱を出した子供を抱えながら、同時に冷蔵庫の水漏れに対応し、さらに翌日の学校の弁当の準備をしていた時に、ふと気づいたんです。
「あれ? 私、昔より判断スピードがめちゃくちゃ速くなってない?」と。
独身時代や日本にいた頃の私は、何かトラブルが起きると「どうしよう、誰か助けて」とオロオロするばかりでした。
でも、今の私は違います。
「子供の発熱、解熱剤はある。水分補給OK。冷蔵庫の水漏れ、元栓閉める。修理屋への連絡は明日の朝イチ。お弁当は冷凍食品で代用。以上!」
思考停止している暇がない分、瞬時に優先順位をつけ、実行に移す。
これは、修羅場をくぐり抜けてきた人間にしか備わらない**「即断即決のスキル」**です。
金継ぎで言うなら、このスキルこそが、割れ目に流し込まれた純金です。
平穏無事な生活を送っていたら、決して手に入らなかった強さ。
皆さんが海外生活で日々感じている「しんどさ」は、実はあなたを「超一流のプロジェクトマネージャー」へと進化させるための、高地トレーニングのようなものなのです。
「仕方がない」の本当の意味 —— 諦めではなく、受容のスピード
日本人の精神性を表す言葉に**「仕方がない(Shikata ga nai)」**があります。
海外の方からは、「日本人はすぐに諦める」「受動的だ」と誤解されがちですが、金継ぎの文脈でこの言葉を捉え直すと、全く違った意味が見えてきます。
お皿が割れた時、いつまでも「なんで割れちゃったの!」「お気に入りだったのに!」と嘆いていても、お皿は元に戻りません。
金継ぎ職人は、割れた事実を瞬時に受け入れます。
「割れた。仕方がない。さて、どう直そうか?」
この切り替えの速さ。
これこそが、現代を生き抜くレジリエンス(回復力)の正体です。
海外生活は、思い通りにいかないことの連続ですよね。
電車は時間通りに来ない、役所の手続きはたらい回し、買いたい食材は売っていない。
そんな環境で生きる皆さんは、知らず知らずのうちに、この高度な「仕方がない」スキルを身につけているはずです。
それは諦めではありません。
**「コントロールできないこと(外の環境)に執着せず、コントロールできること(自分の行動)に注力する」**という、極めて能動的で賢明なライフハックです。
「今日はストライキで学校が休み? 仕方がない(OK, fine)。じゃあ家でピクニックごっこしよう!」
そうやって状況をポジティブに転換できる力。
これを持っている母親は、どんなエリート教育を受けた人よりも強く、子供たちに「生きる力」を背中で教えることができるのです。
傷を知る人は、他人に優しくなれる
そして、金継ぎが私たちに教えてくれるもう一つの、そして最大の「金(価値)」があります。
それは、**「共感力(Empathy)」**という輝きです。
一度壊れた経験を持つ器は、新品の器よりも深みがあります。
同じように、孤独や失敗、理不尽な悲しみを経験した人は、他人の痛みに対して敏感になれます。
私は日本で「順風満帆」に見える生活をしていた頃、正直に言うと、他人の苦労に対して少し鈍感でした。
「なんであの人はいつもイライラしてるんだろう? もっとうまくやればいいのに」なんて、傲慢なことを思っていたかもしれません。
でも、自分が「割れる」経験をして、初めて分かりました。
スーパーで子供に怒鳴っているお母さんを見たら、「ひどい親だ」ではなく、「あぁ、今限界なんだな。何か手伝えることはないかな」と思えるようになりました。
言葉が通じなくて困っている外国人を見たら、かつての自分を重ねて、自然と声をかけられるようになりました。
金継ぎの金色の線は、ただの装飾ではありません。
あれは、「ここが一度壊れました。でも、だからこそ美しくなりました」という宣言です。
あなたが海外で流した涙、孤独で眠れなかった夜。
それらはすべて、あなたの心に刻まれた「金色の線」です。
その線があるからこそ、あなたは誰かの痛みに寄り添うことができる。
あなたの言葉には、教科書にはない重みと温かさが宿る。
これこそが、私が伝えたい**「ニュー・ノーマル(新しい日常)の強さ」**です。
完璧で傷のない「良妻賢母」なんて、もう目指さなくていい。
傷だらけで、継ぎ接ぎだらけ。でも、その継ぎ目が黄金に輝いていて、誰かの痛みを包み込めるような、味わい深い「人間力」のある女性。
そちらの方が、何倍も魅力的で、かっこいいと思いませんか?
あなたの人生という「作品」
金継ぎされた器は、元の形とは少し変わることがあります。
破片が一つ足りなければ、別の陶片を埋め込んで(「呼び継ぎ」と言います)、全く新しいデザインにすることさえあります。
私たちの人生も同じです。
海外に来て、キャリアが中断されたかもしれない。
思い描いていた理想の家族像とは違ってしまったかもしれない。
でも、それは「失敗作」ではありません。
予定とは違うピースが埋め込まれたことで、思いもよらないユニークな形に生まれ変わった、世界に一つだけの「あなたの作品」なのです。
「私の人生、結構ガタガタだな(笑)」
もし今、そうやって自分の人生を笑えるなら、あなたはもう大丈夫。
それは、あなたが自分の傷を「金」で継ぎ終わり、それを「景色」として愛でる余裕ができた証拠ですから。
さあ、バラバラだった破片は繋がり(承)、金色の輝きを放ち始めました(転)。
次はいよいよ最終章。
この美しく生まれ変わった器を、日々の生活でどう使い、どう未来へ繋げていくか。
**「結:継ぎ目を愛そう —— 今日から始める、しなやかで美しい『金継ぎライフ』」**で、この物語を締めくくりたいと思います。
今日からすぐにできる、小さな「金継ぎ習慣」をいくつかご紹介しますね。
継ぎ目を愛そう —— 今日から始める、しなやかで美しい「金継ぎライフ」
直した器は、棚に飾らず使い倒す
皆さん、ここまで長い旅にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
私たちの手元には今、修復を終えた「器」があります。
最初は粉々に割れて絶望していた私たちが、涙という漆で繋ぎ合わせ、経験という金粉をまぶして蘇らせた、世界に一つだけの器です。
さて、ここで質問です。
皆さんは、苦労して金継ぎしたこの器を、どうしますか?
「壊れるのが怖いから、棚の奥にしまっておく」でしょうか?
いいえ、違いますよね。
金継ぎの最大の目的は、鑑賞用のアートを作ることではありません。
**「再び、生活の中で使うこと」**です。
熱いお茶を注ぎ、料理を盛り付け、時にはまた縁が欠けることもあるかもしれないけれど、毎日ガシガシ使い込む。
それこそが、器(あなたの人生)にとっての本当の幸せであり、金継ぎのゴールなんです。
この最終章では、傷跡さえも愛せるようになった「ニュー・ノーマル」な私たちが、明日からの日常をどう彩っていくか。
日本に古くから伝わる**「言霊(Kotodama)」や「余白(Yohaku)」**の美学を取り入れた、今日からできる「金継ぎライフ」の具体的な習慣(ルーティン)をご提案します。
習慣その1:「言葉の金継ぎ」 —— 「すみません」を「ありがとう」に変える魔法
金継ぎの仕上げに金粉を蒔くように、私たちが日常で使う「言葉」にも、金をまぶしてみませんか?
日本人は、謙虚さゆえについ「すみません」を多用してしまいます。
特に海外にいると、言葉が通じない時、子供が騒いだ時、誰かに助けてもらった時、反射的に「I’m sorry」「Sorry」と言ってしまいがちです。
でも、謝ってばかりいると、心は無意識のうちに「私は迷惑な存在だ」「私は何かが欠けている」という自己暗示にかかってしまいます。
今日からは、その「すみません(Sorry)」を、意識的に**「ありがとう(Thank you)」**に書き換えてみてください。
エレベーターを開けて待っていてくれた人に、「Sorry(待たせてごめん)」ではなく、「Thank you(待っててくれてありがとう)」。
子供がジュースをこぼして、店員さんが拭いてくれた時に、「I’m so sorry(迷惑かけてごめんなさい)」ではなく、「Thank you so much for your help(助けてくれてありがとう)」。
この変換は、単なる言い換えではありません。
「自分の不完全さを詫びる」姿勢から、「人の優しさを受け取り、感謝する」姿勢への劇的なシフトです。
「ごめんなさい」は自分を小さく見せますが、「ありがとう」は、相手との間に温かい「漆(つながり)」を生み出し、その場を金色の空気で満たします。
これが、私が提案したい**「言葉の金継ぎ」**です。
自分の行動を否定せず、受け入れてくれた相手や環境を肯定する。
それだけで、あなたの周りの世界は、驚くほど優しく輝き始めます。
習慣その2:あえて作ろう、「心の余白(Yohaku)」
金継ぎには、絶対に省略できない工程があります。
それは、漆を乾かすための「室(むろ)」に入れる時間です。
湿度のある箱の中で、数週間、時には数ヶ月、じっと動かさずに置いておく。
この「待つ時間」がないと、漆は固まらず、器は強くなりません。
現代の私たち、特に子育て中のママたちは、この「待つ」「何もしない」時間が圧倒的に不足しています。
スケジュール帳が埋まっていないと不安になり、子供が昼寝をしている隙に家事を詰め込み、常に何かを生産していないと罪悪感を感じる……。
これでは、心の漆はいつまで経っても乾きません。
日本の美意識には**「余白(Yohaku)」や「間(Ma)」**という概念があります。
水墨画では、描かれていない白い部分こそが、描かれた対象を引き立て、無限の広がりを感じさせます。
人生も同じです。
予定の詰まった日々(描かれた部分)よりも、何もしない時間(余白)にこそ、心の修復と成長が起こるのです。
だから、宣言しましょう。
**「何もしないことは、サボりではなく、重要な『乾燥工程』である」**と。
週に一度、あるいは1日15分でもいいです。
スマホも置かず、家事もせず、ただソファに座ってコーヒーを飲む。
窓の外の雲を眺める。
「ママ、何してるの?」と子供に聞かれたら、堂々とこう答えてください。
「今ね、ママの心を強くするための、大事な『余白』を作ってるのよ」
この余白こそが、次に何かが起きた時のクッションとなり、あなたをしなやかに守ってくれます。
散らかった部屋? 昨日の洗い物?
大丈夫、死にはしません(笑)。
それよりも、あなたの心の漆を乾かすことの方が、家族にとってもずっと価値のある「家事」なんですから。
習慣その3:「わび・さび」で愛でる、老いと成長
最後に、日本人が世界に誇る美意識**「わび・さび(Wabi-Sabi)」**についてお話しします。
これは、「不完全なもの、移ろいゆくもの、古びていくものの中に美しさを見出す」心です。
海外生活や子育てをしていると、ふと鏡を見た時に「あぁ、老けたな」と感じたり、独身時代の自由だった自分と比べて落ち込んだりすることがあるかもしれません。
目尻のシワ、出産で変わった体型、白髪……。
西欧的な価値観では、これらは「劣化(Anti-agingすべき対象)」と見なされることが多いです。
でも、金継ぎの視点(わび・さび)で見れば、これらはすべて**「景色(Kesiki)」**です。
笑った数だけ刻まれた目尻のシワは、あなたがどれだけ家族と笑顔を共有してきたかの証。
抱っこしすぎて太くなった腕は、子供を守り抜いた勲章。
子供が成長して、親の手を離れていく寂しさもまた「さび(Sabi)」の美しさです。
壁に落書きされた跡も、傷だらけのダイニングテーブルも、すべてがあなたの家族がここで生きたという歴史であり、愛おしい記録です。
「完璧な状態」を維持しようと抗うのをやめると、人生は急に楽になります。
「あ、また傷が増えた。でも、これもいい味出してるじゃない」
そう思えたら、あなたはもう立派な「金継ぎマスター」です。
終わりに:あなたは、歩く芸術作品
最初の問いに戻りましょう。
日本にはどのような社会の考えがあり、生活の知恵があるのか?
その答えの一つが、この「金継ぎレジリエンス」です。
失敗してもいい。壊れてもいい。
時間をかけて、人の助けを借りて、傷を隠さずに繋ぎ合わせれば、それは以前よりもずっと強く、美しいものになる。
このブログを読んでくださっているあなたへ。
今、もしあなたが暗いトンネルの中にいて、自分が粉々だと感じているとしても、どうか絶望しないでください。
その破片を拾い集め、涙という漆で繋いでいる今のその姿は、私たちから見れば、息をのむほど美しいプロセスそのものです。
あなたは、誰かの妻であり、誰かの母である前に、
あなたという、世界に一つだけの尊いストーリーを持つ**「作品」**です。
その継ぎ目の金色の輝きは、やがてあなたの子供たちを照らし、周りの友人を照らし、そして何より、あなた自身の未来を明るく照らす灯台の光となるでしょう。
さあ、今日もお気に入りの(ちょっと欠けているかもしれない)マグカップで、温かいお茶を飲みましょう。
そして、鏡の中の自分にこう言ってあげてください。
「いい景色になってきたね」と。
日本から、海を越えて。
あなたの金継ぎライフが、幸多きものになりますように。
心からのエールを送ります。
Mina

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