スマホに支配されてない?東京の電車と「常につながる」疲れ
皆さん、こんにちは!日本から発信している主婦のYuki(仮名)です。
突然だけど、今このブログ、何で読んでる?やっぱりスマホかな?
正直に言うとね、私もここ最近、ちょっとした**「デジタル疲れ(Digital Dread)」**を感じていた一人なんです。
日本の朝の風景、想像できるかな?
満員電車に揺られるサラリーマンや学生たち。異様なほど静かなんだけど、みんな一様に首を傾けて、手元の小さなスクリーンを見つめているの。まるで何かに祈るみたいにね。
東京のど真ん中で生活していると、この「常に何かに接続していなきゃいけない」っていう無言のプレッシャーみたいなものを、肌で感じることがあるんだよね。
「The Digital Overwhelm(デジタルの圧倒)」
まさにこの言葉通り。
通知が鳴るたびにビクッとしたり、何もないのに無意識にSNSを開いてしまったり……。
「便利だから」って言い訳しながら、私たちはいつの間にか、自分の時間をスマホに捧げてしまっているのかもしれない。
でもね、これは「スマホを捨てて山にこもろう!」なんて極端な話じゃないの(笑)。
私が提案したいのは、もっと心地よい**「リセット」**のお話。
今日は、このハイテクな日本社会で暮らす一人の主婦として、そして母として感じた「つながりすぎることの弊害」と、そこから抜け出すためのヒントをシェアしたいなと思います。
これ、ただのデトックスの話じゃなくて、実は私たち日本人が昔から大切にしてきた**「心の平和」**を取り戻す旅でもあるんだよ。
便利さの裏にある代償。失われた「季節を感じる心」
もちろん、テクノロジー自体が悪者ってわけじゃないの。
私だって、今日の夕飯のレシピを検索したり、海外にいる友達とビデオ通話したりするのは大好き。便利だし、生活を豊かにしてくれているのは事実だよね。
でも、その**「いつでもどこでも繋がれる」便利さ**には、見えない値札がついていることに気づいたんです。
日本には「即レス(Soku-resu)」なんて言葉があるくらい、「メッセージにはすぐに返信するべき」っていう暗黙の了解があったりします。
これ、主婦の間でも結構あるんだよね(笑)。ママ友のグループLINEとかね。
常に誰かと繋がっている安心感の裏側で、心のどこかがずっと緊張している状態。「既読」のマークに縛られて、自分のペースを失っている感覚。これこそが、見えない**ストレスと不安(Anxiety)**の正体。
そして、私が一番「怖いな」って感じたのは、もっと別のこと。
**「失われた瞬間(Lost Moments)」**の重さです。
この前、こんなことがありました。
スーパーへの買い物帰り、私は歩きながらスマホでニュースをチェックしていたの。ふと顔を上げたら、道端にすごく綺麗な紫陽花(あじさい)が咲き始めていて、雨上がりの匂いがしたんです。
「あ、もうこんな季節か」
そう思ったのと同時に、ゾッとしたの。
もし顔を上げなかったら、私はこの**「季節の移ろい」**に気づかずに、通り過ぎていたんだなって。
日本には四季(Shiki)があって、私たちは昔から、桜が散る儚さや、秋の虫の声に**「もののあわれ(Mono no Aware)」**という独特の美意識を感じて生きてきました。
日常のふとした瞬間に自然の変化を感じて、心を寄せる。それが私たちの人生を豊かにする「知恵」だったはず。
でも今、私たちは手のひらの小さな画面に夢中になるあまり、目の前にある本当の豊かさを「スルー」してしまっているんじゃないかな。
デジタルな情報の洪水と引き換えに、私たちはこの美しい「情緒」を手放してしまっている。
そう気づいた時、私は「これはただの疲れじゃない、人生の損失だわ!」って、急に焦りを感じ始めたんです。
「我慢」じゃない。日本独自の美学「余白(Yohaku)」という考え方
さて、ここで皆さんに提案したいのが、考え方の**「リセット(Reset)」**です。
「デジタルデトックス」って聞くと、なんだか厳しいダイエットみたいに聞こえない?
「スマホを見ちゃダメ!」「SNSは禁止!」って、自分に制限をかける苦行のようなイメージ。私も最初はそう思って、結局三日坊主で終わってました(笑)。
でもね、ある時ふと思ったの。
これって、何かを「減らす」ことじゃなくて、自分の中に「スペースを作る」ことなんじゃないかって。
日本には古くから**「余白(Yohaku)」**という美学があります。
英語で言うと “Empty space” や “White space” に近いけど、もう少し深い意味があるの。
例えば、日本の水墨画(Sumi-e)を見たことあるかな?
紙の隅々まで色を塗るんじゃなくて、あえて何も描かない「白い部分」を広く残すの。その「何もない空間」があるからこそ、描かれたものが引き立つし、見る人の想像力が入り込む隙間が生まれる。
日本の家屋や庭園もそう。あえて物を置かない空間を作ることで、心の静けさを生み出しているんです。
「何もないこと」は「無価値」じゃない。むしろ、最も贅沢な豊かさなんです。
私たちの心も、これと同じだと思いませんか?
朝から晩まで情報のシャワーを浴び続けて、心の中がテキストや画像でギチギチに詰まっていたら、新しいアイデアも、優しさも、入り込む隙間がないよね。
だから私は、スマホを置く時間を「我慢の時間」と呼ぶのをやめました。
代わりに、**「私の心に『余白』を作っている時間」**と捉え直したんです。
そう考えると、不思議とスマホを手放すのが怖くなくなったの。
それは世界から取り残されることじゃなくて、自分自身の内側に、静かで平和なサンクチュアリ(聖域)を取り戻すための、とてもポジティブな行為だから。
つながりを断つこと(Disconnecting)は、自分自身と再接続する(Reconnecting with yourself)ための、大切な儀式みたいなもの。
そう考えると、ちょっとワクワクしてきませんか?
心に「静寂」を取り戻す。今日からできる小さなリセット術
じゃあ、具体的にどうやってその「余白」を作るの?って話だよね。
ここからは、私が実践している、とっても簡単な**「プチ・デジタル断食」**の方法をシェアします。日本の生活の知恵を取り入れた、頑張らないリセット術です。
1. 「朝の一服」はスマホなしで (Morning Tea Ritual)
日本には**「一服(Ippuku)」**という言葉があります。お茶を飲んでちょっと休憩する、という意味なんだけど、私は朝起きて最初のコーヒーやお茶の時間を、スマホ禁止ゾーンにしています。
ニュースフィードをスクロールする代わりに、カップの温かさを手で感じて、湯気を眺めるの。たった10分だけど、この静寂が1日の心の安定剤になるんです。
2. お風呂場はサンクチュアリ (Bath Time Sanctuary)
日本人はお風呂(Ofuro)が大好き!私も毎晩湯船に浸かりますが、ここには絶対にスマホを持ち込みません。
デジタルの光の代わりに、好きな入浴剤の香りに集中する。体温が上がって、強制的にリラックスモードに入るこの時間は、最高のマインドフルネス。
3. 寝室にはアナログな時計を (Old-school Alarm)
スマホを目覚まし代わりにすると、寝る直前まで見ちゃうし、起きた瞬間見ちゃうよね(これ、あるあるだよね?)。
だから私は、寝室には昔ながらの目覚まし時計を置くことにしました。スマホはリビングで充電。これだけで、睡眠の質が驚くほど変わりました。
デジタルデトックスは、テクノロジーを敵に回すことじゃありません。
主導権を自分に取り戻すことです。
スマホを使う時は便利に使い、置く時はしっかりと置く。
このメリハリこそが、現代を生きる私たちが目指すべき「平和」の形なんじゃないかな。
皆さんも、今日はほんの少しだけスマホを置いて、窓の外の空を見上げてみませんか?
そこにはきっと、スクリーンの中よりもずっと鮮やかで、優しい世界が広がっているはずだから。
日本から、あなたの心穏やかな時間を祈っています。
それでは、また!

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