違和感という名の警鐘:それは「我慢」の限界を超えた瞬間
こんにちは!日本で主婦をしているKyokoです。
今日の日本は、秋の深まりを感じる少し肌寒い風が吹いています。こんな夜は、温かいお茶を飲みながら、過去の少し苦い、でも今となっては笑い話になる思い出を振り返りたくなるものです。
今回は、私が結婚するずっと前、まだ独身で「運命の相手」を探して東京のコンクリートジャングルを彷徨っていた頃の話をシェアしたいと思います。テーマは**「引き返せない地点(The Point of No Return)」と「逃走(The Escape)」**について。
皆さんは、デートの最中に「あ、これダメだ」と悟った瞬間がありますか?
単なる「相性が悪い」とか「話が弾まない」といったレベルではなく、もっと根本的な、細胞レベルで警報が鳴り響くような瞬間です。
日本には**「空気を読む(Reading the Air)」**という独特の文化があります。
私たちは幼い頃から、言葉にされない周囲の雰囲気や、相手の感情の機微を察することを美徳として教わります。特に女性は、その場の「和(Harmony)」を乱さないよう、ニコニコと微笑み、相手の話に頷くことが「大和撫子(理想的な日本女性)」の嗜みであるかのように期待される場面が多々あります。
でも、あの日。私はその「空気」をあえて読みませんでした。いや、正確に言えば、あまりにも澱んだ空気に窒息しそうになり、全力でその場から酸素を求めて脱出する決意をしたのです。今日は、そんな私の人生における「伝説のバッド・デート」の幕開け、**【起】**の部分をお話ししましょう。
1. 完璧なセッティング、不完全な予感
それは、数年前の金曜日の夜のことでした。
友人からの紹介で出会った彼は、いわゆる「ハイスペック男子」でした。有名企業に勤め、高身長で、プロフィール上は申し分のない男性。仮に彼を「タナカさん(仮名)」と呼びましょう。
最初の数回のメッセージのやり取りはスムーズでした。礼儀正しく、少し古風な日本語を使う彼は、私に「誠実な日本のサラリーマン」という印象を与えていました。そして私たちは、東京・恵比寿にある少し洒落たイタリアンレストランで初めてのディナーをすることになったのです。
恵比寿という街は、東京の中でも洗練された大人の街です。駅の発車メロディは映画『第三の男』のテーマ曲(なぜかビール会社のCM曲だからなのですが)。街全体が少し浮き足立った、ロマンチックな期待感に包まれています。
店に入ると、照明は薄暗く、各テーブルにはキャンドルが灯り、静かなジャズが流れていました。まさに、恋が始まるための舞台装置は完璧に整っていたのです。
しかし、席に着いて彼と対面した瞬間、私の第六感(Woman’s Intuition)が小さなノイズを拾いました。
「はじめまして」と挨拶した彼の目が、笑っていなかったのです。口角は上がっているけれど、目は私を「人」として見ているというより、まるでスーパーマーケットで商品を品定めするかのような、冷徹な評価の光を帯びていました。
「Kyokoさんですね。写真より少し……小柄なんですね」
それが彼の第一声でした。
日本語には「謙遜」や「遠回しな表現」という文化がありますが、これは明らかに褒め言葉ではありませんでした。「思っていたのと違う」というニュアンスを含んだその一言に、私は一瞬ひるみましたが、そこは日本の社会人として鍛えられた「建前(Tatemae = Public Face)」のスキルでカバーしました。
「あはは、よく言われます。ヒールを履いてもこれなんですよ」
私は笑顔でかわしました。まだ、この時は「単なる挨拶の不器用な人かもしれない」と自分に言い聞かせていたのです。
2. 日本文化「おもてなし」の崩壊
日本には**「おもてなし」**という言葉がある通り、客として店を訪れる際も、店員さんに対して敬意を払うのが一般的なマナーです。「お客様は神様」という言葉が誤解されがちですが、真に粋な日本人は、店員さんにも「ありがとうございます」「ごちそうさま」と声をかけます。それが「徳を積む」ことにも繋がると、私は祖母から教わってきました。
しかし、タナカさんは違いました。
メニューを持ってきた若いウェイターの方に対し、彼は私の目の前でこう言い放ったのです。
「遅いよ。呼んでから何分待たせるの?」
実際には、手を挙げてから1分も経っていません。しかも、店は金曜の夜で満席。ウェイターさんは額に汗を浮かべて走り回っています。
「申し訳ございません」と深々と頭を下げるウェイターさんに対し、彼はメニューを指で叩きながら、「で、おすすめは? 君じゃなくて、もっとワインに詳しい人を呼んでくれる?」と言ったのです。
私の心の中の温度計が、スーッと氷点下に向かって下がっていくのを感じました。
日本において、自分より立場が弱い(と彼が勝手に思っている)相手に対して横柄な態度を取ることは、最も品がない行為とされています。
私はテーブルの下で拳を握りしめながら、「まあまあ、忙しそうですし……」と彼をなだめようとしました。
すると彼は、私に向かってこう言いました。
「Kyokoちゃんは優しいね。でもね、こういう店では客が教育してやらないと、彼らのためにならないんだよ。これが社会の厳しさってやつだから」
出ました。「上から目線(Ue-kara-mesen = Looking down from above)」。
そして、初対面でいきなりの「ちゃん付け」。
この時点で、私の頭の中の警報機は「注意報」から「警報」へとレベルアップしていました。
3. 「聞き上手」という呪縛
日本の女性誌や恋愛マニュアルには、必ずと言っていいほど「モテる女は聞き上手」「さしすせそ(さすが、しらなかった、すごい、センスいい、そうなんだ)を使おう」と書かれています。
男性の話をニコニコと聞き、適度な相槌を打ち、相手を気持ちよくさせること。それが「良き妻」候補としての条件であるかのようなプレッシャーが、日本の社会にはうっすらと漂っています。
タナカさんは、まさにその「聞き役」としての私を求めていました。
前菜が運ばれてくるまでの間、彼はひたすら自分の話を続けました。
・自分がいかに会社で重要なプロジェクトを任されているか。
・自分の大学時代の偏差値がいかに高かったか。
・最近の若者はなっていなくて、自分が指導するのがいかに大変か。
・前の彼女がいかに「家庭的」でなかったか。
会話のキャッチボールはありません。あるのは彼による剛速球のピッチング練習と、私がキャッチャーとしてただただボールを受け続けるという構図だけでした。
私は白ワインを少し早めのペースで飲みながら、必死に「へえ、すごいですね」「そうなんですか」と相槌を打っていました。これが仕事なら請求書を送れるレベルの労働です。
しかし、まだ私は「脱出」までは考えていませんでした。「まあ、一回の食事くらい付き合おう。これも社会勉強だ」と、日本的な**「我慢(Gaman = Endurance)」**の精神を発動させていたのです。美味しいイタリアンを食べて、適当に褒めて、早めに解散すればいい。そう思っていました。
4. The Point of No Return:それはパスタと共にやってきた
しかし、決定的瞬間(The Point of No Return)は、メインのパスタ料理と共に訪れました。
運ばれてきたのは、季節限定の「秋刀魚とすだちのペペロンチーノ」。香ばしい香りが漂い、私は心が少し弾みました。
彼は一口食べると、フォークをカチャンと皿に置き、大きなため息をつきました。
そして、あろうことか、店内に響くような声でこう言ったのです。
「やっぱり日本のイタリアンって、偽物だよね。僕、学生時代にイタリアに一ヶ月留学してたから分かるんだけど、本場のアルデンテってこうじゃないんだよ。茹で過ぎ。これじゃ給食のソフト麺だよ」
店内の空気が凍りました。
隣のテーブルのカップルが気まずそうにこちらを見ています。
何より、オープンキッチンの中にいるシェフが一瞬こちらを見たのが分かりました。一生懸命作ってくれた料理を、一口で「偽物」と断じ、「給食」と嘲笑う。
それは、料理に対する冒涜であるだけでなく、その場にいる私、そしてこの空間を楽しんでいる他のお客さん全員に対する暴力的なまでの「無神経さ」でした。
さらに彼は、私に向かって同意を求めてきました。
「Kyokoちゃんもそう思うでしょ? 君、料理好きってプロフィールに書いてたけど、本物の味、分かってる?」
その瞬間。
私の中で、何かが「プツン」と切れました。
それは、これまで培ってきた「和を尊ぶ心」や「大人の対応」、「我慢の美徳」といった鎖が、音を立てて砕け散る音でした。
(あ、無理。)
生理的な拒絶反応が、全身を駆け巡りました。
これは「ちょっと嫌な奴」というレベルのヒックアップ(しゃっくり)ではありません。これは災害です。これ以上、彼と同じ空気を吸い、彼と同じ時間を共有することは、私の人生という貴重なリソースに対する重大な損失であると、私の魂が叫んでいました。
日本の茶道には**「一期一会(Ichi-go Ichi-e)」**という言葉があります。「この出会いは一生に一度きりのものだから、大切にしましょう」という意味です。
しかし、この瞬間の私は、この言葉を別の意味で解釈しました。
「この出会いは、今夜限りで絶対に終わらせる。二度と繰り返さないために、今すぐ終わらせなければならない」と。
私の表情筋はまだ、微かに「困ったような笑顔」の形を保っていましたが、瞳の奥の光は消え失せ、代わりにスナイパーのような冷徹な計算が始まりました。
どうやって帰るか。
どうやって、この失礼極まりない男にダメージを与えず(逆上されると面倒なので)、かつ最速で、この場からフェードアウトするか。
目の前のパスタからはまだ湯気が立っています。
コース料理はまだメインの肉料理とデザートが残っています。
通常ならあと1時間半は拘束されるでしょう。
しかし、私の中の「帰宅スイッチ」は完全にONになりました。もはや、イタリアのアルデンテがどうとかいう話はどうでもいいのです。私のミッションはただ一つ。「生還」すること。
ここから、私の孤独で、かつ創造性に富んだ「脱出作戦」が幕を開けることになります。
笑顔の裏の戦略会議:日本女性の「建前」と脱出へのクリエイティブな布石
さて、前回の続きです。
目の前には、まだ湯気が立つパスタと、それを「給食以下」と罵ったタナカさん。
私の心の中ではすでに「帰宅」の二文字がネオンサインのように激しく点滅していましたが、ここで席を立ち、「あなたは失礼な人だから帰ります」と言い放って店を出ることができるなら、私は今頃ニューヨークあたりでバリバリのキャリアウーマンをやっていたかもしれません。
悲しいかな、私は典型的な日本人女性です。
私たちのDNAには、数千年にわたって培われた**「和を以て貴しとなす(Harmony is to be valued)」**という聖徳太子の教えが刻み込まれています。
たとえ相手がどれほど無礼でも、公共の場で声を荒げたり、相手のメンツを公然と潰したりすることは、自分自身の品格(Dignity)を下げる行為だと感じてしまうのです。
ここから、私の孤独な「脱出作戦」――笑顔の仮面を被りながらの、必死の戦略会議が始まりました。
1. 第一の矢:日本的「曖昧」攻撃の敗北
まず私が試みたのは、日本人が最も得意とする**「察してちゃん(Guess what I want)」**戦法です。
直接的に「NO」と言うのではなく、雰囲気や遠回しな言葉で拒絶を伝える。これは日本のハイコンテクスト文化における基本スキルです。
私は、時計をちらりと見ました。あからさまではなく、袖口から少し覗く程度に、しかし彼には気づくように。
「ああ、もうこんな時間なんですね。金曜の夜って、あっという間ですね(=もう帰りたいです)」
精一杯の「建前スマイル」でそう言いました。
普通の、空気が読める日本人男性なら、ここで気づくはずです。「あ、彼女は時間を気にしているな。そろそろお開きにする流れかな?」と。
しかし、タナカさんは違いました。彼は私の言葉を、とんでもない方向にポジティブ変換したのです。
「そうだよね! まだ8時だ。Kyokoちゃん、この後どうする? 僕、西麻布に行きつけの会員制バーがあるんだけど、そこならもっと静かに話せるよ。ここのワインはいまいちだから、口直しに行こう」
(……違う。そうじゃない。)
私の「曖昧な拒絶」は、彼という巨大な鈍感力の壁に弾き返され、あろうことか「二次会(After-party)」の提案というカウンターパンチとして戻ってきてしまいました。
日本文化における**「以心伝心(Ishin-denshin = Communication from heart to heart)」**は、心が通じ合っていない相手、あるいは受信機が壊れている相手には、全く機能しないことを痛感しました。
「わあ、素敵ですね(棒読み)。でも明日も早いので……」
私はさらに防衛線を張りました。
「明日土曜でしょ? 仕事休みじゃん。まさか、デートがあるとか?」
彼はニヤニヤしながら探りを入れてきます。
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ決定! 大丈夫、終電までには帰すから(笑)」
「終電までには帰す」。
この言葉ほど、帰りたがっている女性を絶望させるフレーズはありません。今はまだ8時すぎ。終電まであと4時間近くあります。この地獄の尋問と自慢話のフルコースを、あと4時間?
私は眩暈を覚えました。
2. 戦略的撤退:聖域「トイレ」への逃亡
直接対決(会話)での脱出が不可能だと悟った私は、タイムアウトを要求しました。
「すみません、ちょっとお手洗いに……」
日本の居酒屋やレストランにおいて、トイレとは単なる排泄の場ではありません。そこは、化粧を直し、乱れた心を整え、そして緊急時には「作戦本部(War Room)」となる聖域(Sanctuary)です。
個室に入り、鍵をかけた瞬間、私は深いため息をつきました。
鏡に映った自分の顔を見て驚きました。口元は笑っているのに、目が完全に死んでいるのです。能面(Noh Mask)の方がまだ感情があるかもしれません。
私はスマホを取り出しました。
ここからが「クリエイティブな戦略」の時間です。どうすれば、角を立てずに、かつ不可抗力的にこの場を去れるか。
いくつかの選択肢(Options)が脳内会議でプレゼンされました。
- 案A:仮病(Feign Illness)
- 内容: 「急にお腹が痛くなった」「貧血気味だ」と訴える。
- メリット: 即効性が高い。誰も病人を責められない。
- デメリット: 「大丈夫? 送っていくよ」と彼がついてくるリスクがある。住所を知られるのは絶対に避けたい。また、美味しいイタリアンを残すことへのシェフへの罪悪感がある。
- 案B:家族の緊急事態(Family Emergency)
- 内容: 「母が倒れた」「実家でトラブルがあった」と嘘をつく。
- メリット: 日本では「家族」を理由にすると、誰も文句を言えない最強のカード。
- デメリット: 嘘の内容が重すぎる。言霊(Kotodama = Spirit of words)を信じる日本人として、縁起でもない嘘をつくのは気が引ける。
- 案C:仕事のトラブル(Work Crisis)
- 内容: 「会社サーバーがダウンした」「クライアントから緊急連絡が来た」。
- メリット: 日本は「社畜(Corporate Slave)」文化。仕事の緊急事態なら、デートの中断も正当化される。
- デメリット: 私は事務職で、金曜の夜に呼び出されるようなポジションではないことを彼に話してしまっていた(最初の自己紹介での失敗!)。
私は頭を抱えました。
どれも決定打に欠けます。
その時、個室の外から他の女性客の声が聞こえてきました。
「ねえ、あの奥の席の人、すごく声大きくない? 一緒にいる人、大変そう……」
他人の同情ほど、惨めなものはありません。
しかし、その言葉が私の背中を押しました。「やっぱり、私はここにいてはいけない」。
私は一つの決断を下しました。
**「友人による救出作戦(The Rescue Call)」**を実行するのです。
3. 偽装工作:「ダミー電話」のセットアップ
私は親友のミカ(仮名)にLINEを送りました。
『緊急事態発生(SOS)。今すぐ電話して。「今すぐ来てくれないと死ぬ」くらいの勢いで、何かトラブルがあった演技をして。お願い! お礼はパンケーキで!』
ミカは察しのいい友人です。既読がついたのは3秒後。
『了解。1分後にかける。「彼氏にフラれて泥酔して警察沙汰になりそう」な設定で行くわ』
完璧です。持つべきものは、演技力のある親友です。
私は鏡に向かって、表情を作りました。
「困った顔」「焦った顔」「申し訳なさそうな顔」。
これは、女優のオーディションではありません。私の尊厳を守るための戦いです。
トイレの水を流し(日本のトイレには「音姫」という流水音を流す装置がありますが、今回は本物の水流と共に決意を固めました)、私は戦場であるテーブルへと戻りました。
4. 実行の時:名女優の誕生……のはずだった
席に戻ると、メインの肉料理が運ばれていました。
鴨のロースト。素晴らしい火入れ加減です。しかし、タナカさんはまたしてもナイフを持って批評を始めていました。
「ソースが少し甘すぎるかな。これじゃ鴨の野性味が……」
その時、私のスマホがテーブルの上で激しく振動しました。
画面には「Mika」の文字。
私は演技たっぷりに「あ、すみません、友人からで。ちょっと失礼します」と言って電話に出ました。
「……もしもし? ミカ? どうしたの?」
私の声色は、心配そうなトーン120%です。
受話器の向こうから、ミカの迫真の演技が聞こえてきます(実際には、彼女は爆笑を堪えているような気配がありましたが)。
「Kyokoー!! うわーん! どうしよう、もうダメかもー!」
私はタナカさんに聞こえるように、少し大きめの声で言いました。
「えっ!? 大丈夫!? 落ち着いて! ……え? 警察? ……場所はどこ? 六本木?」
チラリとタナカさんを見ました。
彼はナイフとフォークを止め、怪訝そうな顔でこちらを見ています。
チャンスです。このまま「友人の危機」を理由に離脱する。完璧なシナリオです。
「わかった、すぐ行く! 待ってて、絶対動かないで!」
電話を切った私は、悲劇のヒロインのような顔で彼に向き直りました。
「タナカさん、本当にごめんなさい! 友人がトラブルに巻き込まれたみたいで……警察沙汰になりそうで、私が今すぐ行かないといけないんです!」
これなら文句は言えないはずです。
私は心の中でガッツポーズをしました。これで勝った。
しかし、タナカさんの口から出た言葉は、私の予想の斜め上を行くものでした。
「六本木? 俺の車、近くに停めてあるよ。乗せてってあげる」
(……はい?)
「警察沙汰なら、男がいた方がいいだろ? 俺、知り合いに弁護士もいるし、なんなら警察の幹部にも顔が利くからさ。一緒に行ってあげるよ。任せといて」
彼は、得意げな顔でナプキンをテーブルに置きました。
まるで、ドラゴンを倒しに行く勇者のような顔つきです。
しかし、私にとっては、ドラゴンが「一緒についてくる」と言っているようなものです。
作戦失敗(Mission Failed)。
私の顔から血の気が引いていくのが分かりました。
嘘をついた罰でしょうか。それとも、彼の「頼りになる男アピール」という名の自己顕示欲を見誤っていたのでしょうか。
「友人の危機」という建前は、彼にとっては「自分が活躍できる新たなステージ」でしかなかったのです。
「い、いえ! そんなご迷惑をおかけするわけには……!」
「遠慮しないで。Kyokoちゃんの友達は、俺の友達みたいなもんだからさ」
彼はもう立ち上がって、ウェイターに会計を合図しています。
「チェック!」
絶体絶命です。
このままでは、架空のトラブル現場である六本木まで彼とドライブすることになり、さらに嘘がバレるという最悪の展開が待っています。
トイレでの戦略会議は、完全に裏目に出ました。
私は席に座ったまま、凍りつきました。
「迷惑(Meiwaku)」をかけまいとする日本人の習性が仇となり、嘘が嘘を呼び、状況は泥沼化(Quagmire)。
これが「承」の終わりの光景です。
私の手元には、まだ一口も食べていない鴨のロースト。そして目の前には、張り切って車のキーを取り出す、勘違いヒーロー。
もはや、小手先のテクニックや「察してもらう」ことなど不可能です。
私に残された道は、もう「あれ」しかありません。
そう、日本人の美徳をすべてかなぐり捨てた、なりふり構わぬ**「真の逃走」**です。
決定的な一撃と、優雅なる逃走劇
さて、物語はいよいよ佳境(Climax)です。
「俺の車で送ってあげるよ」というタナカさんの言葉に、私は凍りつきました。
嘘をついたバツとして、見知らぬハイスペック勘違い男の車という「密室(Closed Room)」に閉じ込められ、架空のトラブル現場までドライブをする。これ以上の地獄があるでしょうか。
日本には**「自業自得(Jigou-jitoku)」**という言葉があります。自分の行いの報いは、自分自身が受けなければならない。「You reap what you sow」です。
しかし、今の私に反省している暇はありません。私の脳内CPUは、オーバーヒート寸前で回転し、生存ルートを検索していました。
1. 「奢り」という名の心理的鎖
まずは会計です。
タナカさんは、黒光りするクレジットカードをトレイに置きました。
「ここは僕が。君は緊急事態なんだろ?」
日本には**「奢り(Ogori)」と「割り勘(Warikan)」**の文化があります。
通常、デートで男性が払ってくれるのは嬉しいことですが、この状況では違います。彼にこれ以上「貸し」を作ることは、心理的な拘束力を強めることを意味するからです。
**「恩(On)」**の概念です。彼にご馳走になれば、私はその恩義(Obligation)を感じ、彼の「送っていく」という親切を断りづらくなります。
私は財布を出して抵抗しました。
「いえ、そんな! 結構です。自分の分は払います!」
「いいって。早く行こう」
「でも……!」
「男の顔を立ててよ」
「顔を立てる(Save face)」。
このキラーワードを出されては、これ以上レジ前で揉めることは、店に対しても、彼に対しても「マナー違反」になります。
私は唇を噛み締めながら、「……ごちそうさまでした」と頭を下げました。
これで、私の足には「3万円のディナーをご馳走になった女」という見えない鉄球が繋がれました。
店を出ると、夜の恵比寿の冷たい風が頬を撫でました。
「駐車場、あっちだから」
彼は私の背中に手を回そうとしました(私はヒラリとかわしました)。
駐車場までは徒歩5分。
この5分間が、私に残されたラスト・チャンスです。一度あの助手席に座ってしまえば、もう逃げ場はありません。
2. 恵比寿駅前の攻防戦:人混みは味方か敵か
私たちは駅の方角へ歩き出しました。
金曜の夜の恵比寿駅前は、飲み会終わりのサラリーマンやカップルでごった返しています。
この**「人混み(Crowd)」**。これこそが、私の唯一の武器になるかもしれないと直感しました。
「ねえ、ミカちゃん、まだ泣いてるの?」
タナカさんが聞いてきました。
「ええ、もう錯乱状態で……」
私は嘘の設定を維持しつつ、必死に考えました。どうすれば、彼を撒けるか。
その時、駅の改札から発車メロディが聞こえてきました。
『第三の男』のテーマ曲です。
チャララララ〜、チャララララ〜♪
その能天気なメロディが、私に啓示(Revelation)を与えました。
「そうだ、電車だ。電車なら、彼はついて来られない」
彼の車は駐車場です。電車に乗ってしまえば、物理的に彼は追って来られません。
しかし、どうやって?
「車で送る」と言い張る彼を振り切って、どうやって改札に飛び込むか。
「あ、タナカさん!」
私は突然、立ち止まりました。駅の入り口、巨大な交差点の真ん中です。
「どうした?」
「ミカから連絡が! ……えっ?」
私はスマホを見るふりをして、驚愕の声を上げました。
「場所が変わったんです! 六本木じゃなくて、埼玉の実家に帰るって!」
「埼玉!?」
タナカさんが顔をしかめました。
埼玉は東京の北に隣接する県です。ここからはかなり距離があります。
「そうなんです! 今、電車に乗ったみたいで! 私も追いかけなきゃ!」
これは賭けでした。
「じゃあ埼玉まで送るよ」と言われたら完全にアウトです。
しかし、私は計算していました。彼は「港区(Minato-ku)」界隈で遊ぶことをステータスとするタイプの人間です。わざわざ金曜の夜に、都心を離れて埼玉までドライブしたいとは思わないはずです。
案の定、彼が一瞬ひるみました。
「埼玉か……。遠いな。でも、まあ……」
迷っている。チャンスです。
この一瞬の迷いの隙に、私は畳み掛けなければなりません。
3. 「土下座」級の謝罪と、忍者のごとき離脱
私は、交差点の真ん中で、くるりと彼に向き直りました。
そして、日本のビジネスシーンで鍛え上げた、最も美しく、最も深い**「最敬礼(Saikeirei = 90-degree bow)」**を繰り出しました。
「タナカさん!! 今日は本当にありがとうございました!!」
私の大きな声に、周囲の通行人がギョッとして振り返ります。
注目を集めること。これこそが「世間体(Sekentei = Public appearance)」を気にする彼を封じる鍵です。
「美味しかったし、楽しかったです! でも、友人が待っているので! ここで失礼します!!」
私は頭を下げたまま叫びました。
「ちょ、ちょっとKyokoちゃん、声大きいって……」
タナカさんが慌てて周囲を見回します。
私は顔を上げ、彼が「恥ずかしい」と感じて後ずさりしたその隙を見逃しませんでした。
「本当にごめんなさい! さようなら!!」
言うが早いか、私は踵(きびす)を返しました。
ヒールのある靴でしたが、今の私にはウサイン・ボルトが憑依していました。
「脱兎のごとく(Like a fleeing hare)」。
まさにその言葉通り、私は駅の階段へとダッシュしました。
「おい! 待って!」
背後でタナカさんの声がしましたが、人混みが壁となって彼を阻みます。
日本の駅のラッシュアワーの人波は、逆流しようとする者を決して許しません。私は流れに乗って、スムーズに改札へと吸い込まれていきました。
4. The Escape:Suicaが奏でる自由の音
改札機の前で、私はバッグからICカード「Suica」を取り出しました。
まるで手裏剣を投げる忍者のような素早さで、読み取り機にタッチします。
「ピピッ!」
その電子音は、私にとってベートーヴェンの交響曲よりも美しい「自由のファンファーレ」でした。
ゲートが開き、私はホームへと続くエスカレーターに飛び乗りました。
心臓が早鐘を打っています。
息が切れています。
少し汗ばんでいます。
優雅な大和撫子とは程遠い姿です。
エスカレーターの途中から、恐る恐る振り返ってみました。
遠くの改札の向こう、人混みの中に、タナカさんが呆然と立ち尽くしているのが小さく見えました。
彼は追いかけてきませんでした。
やはり、彼は「改札を飛び越えてまで女を追う」ような情熱的な(あるいはストーカー的な)男ではなく、あくまで「スマートに見られたい」男だったのです。彼にとって、駅の人混みで汗だくになって走ることは、自分の美学に反する行為だったのでしょう。
私は勝ちました。
日本の社会的圧力、空気を読むプレッシャー、そして「ハイスペック男子」の無言の圧力から、完全に勝利したのです。
5. 山手線の揺れと、湧き上がる感情
やってきた山手線(Yamanote Line)の緑色の電車に滑り込みました。
ドアが閉まり、プシューという音とともに外界と遮断されます。
車内は疲れたサラリーマンたちで満員でしたが、私にはその「無関心な空気」が何よりも心地よく感じられました。誰も私を品定めしない。誰も私にアルデンテの講釈を垂れない。
つり革に捕まり、窓の外を流れる東京の夜景を眺めながら、私は深く息を吐きました。
ふと、スマホの画面を見ました。
タナカさんからLINEが入っていました。
『急にいなくなってビックリしたよ。でも、友達思いなんだね。気をつけて。また今度、リベンジしよう』
リベンジ?
いいえ、ありません。
私は静かに「ブロック」ボタンを押しました。
現代のデジタル社会における、最も静かで、最も強力な「縁切り(En-kiri = Cutting ties)」の儀式です。
その瞬間、私の喉の奥から、込み上げてくるものがありました。
恐怖でも、後悔でもありません。
それは、どうしようもない**「笑い」**でした。
一人の女性が、電車の中で肩を震わせて笑っている。
周囲から見れば奇妙な光景だったでしょう。
でも、止められませんでした。
あんなに気を使って、嘘をついて、最後は駅前で叫んで逃げ出した自分。
「スマートな大人のデート」のはずが、まるでドタバタコメディ映画の主人公です。
しかし、その笑いと共に、強烈な爽快感が体を駆け巡っていました。
私は「空気」を読みませんでした。
私は「和」を乱しました。
私は「逃げ」ました。
そして今、私は最高に自由です。
日本で大ヒットしたドラマのタイトルに**『逃げるは恥だが役に立つ(Running away is shameful but useful)』**という言葉があります。ハンガリーのことわざが元になっているそうですが、今の私ほどこの言葉を噛みしめている人間はいないでしょう。
そう、逃げることは恥ずかしいかもしれない。マナー違反かもしれない。
でも、自分の魂を守るためには、時には全力で逃げなければならないのです。
電車は新宿のネオン街へと滑り込んでいきます。
私の「サバイバル・デート」は、こうして幕を閉じました。
しかし、この夜の出来事は、私にある一つの「人生の教訓」を残すことになります。それは、単なる恋愛の失敗談以上の、もっと深いものでした。
安堵の後の哲学:人生において「逃げる」ことの重要性
新宿駅から私鉄に乗り換え、最寄りの駅に着く頃には、日付が変わる少し前になっていました。
コンビニで買った缶ビール(普段は発泡酒ですが、今日は自分へのご褒美として「プレミアムモルツ」です)と、一番高いアイスクリームを手に、私はアパートの鍵を開けました。
「ただいま」
誰もいない暗い部屋に向かって呟きます。
玄関でヒールを脱ぎ捨てた瞬間、私の体から、目に見えない重い鎧(Armor)がガチャンと音を立てて落ちたような気がしました。
それは「いい子でいなければならない」「相手を立てなければならない」という、日本社会が女性に着せる透明な拘束衣だったのかもしれません。
メイクを落とし、着心地の良い部屋着に着替え、プシュッと缶ビールを開ける。
喉を通る冷たい液体の刺激と共に、ようやく私は、私自身に戻ることができました。
今夜の出来事は、私の人生という長い旅路における、ほんの数時間の「事故」に過ぎません。しかし、この数時間は、私に教科書よりも深い、日本の精神文化と自分自身の生き方についての教訓を与えてくれました。
最後に、このドタバタ劇から私が学び、皆さんに伝えたい哲学をシェアして、この話を締めくくりたいと思います。
1. 「石の上にも三年」の呪いを解く
日本には**「石の上にも三年(Ishinoue ni mo Sannen)」**という有名なことわざがあります。
「冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖かくなる」という意味で、忍耐(Perseverance)や継続の重要性を説く言葉です。
私たちは子供の頃からこの教えを刷り込まれています。「嫌なことがあってもすぐに辞めてはいけない」「辛い環境でも耐えれば報われる」と。
確かに、伝統工芸の職人さんが技術を磨く時や、スポーツ選手がトレーニングする時、この精神は尊いものです。
しかし、人間関係、特に「この人とは合わない」と直感が叫んでいるデートにおいて、この精神を発揮することは、単なる**「時間の浪費(Waste of time)」**でしかありません。
もし私が、あのレストランで「石の上にも三年」精神を発揮し、彼の自慢話と批判に耐え続けていたらどうなっていたでしょう?
石が温まるどころか、私の心は冷え切り、自己肯定感(Self-esteem)は粉々に砕け散っていたはずです。
日本社会では「逃げること」や「辞めること」は、長い間「敗北」や「弱さ」と見なされてきました。
しかし、あの日、恵比寿の駅前を全力疾走した私は、敗北者だったでしょうか?
いいえ、断じて違います。
私は自分の尊厳(Dignity)を守り抜いた「勝者」でした。
2. 「逃げるが勝ち」という新しい正義
もう一つ、対照的な日本のことわざがあります。
**「逃げるが勝ち(Nigeru ga Kachi)」**です。
直訳すると「Running away is winning」。無駄な戦いや争いを避けて逃げることは、結果的に勝利や利益に繋がるという意味です。
これまでの私は、この言葉を「負け惜しみ」のように捉えていました。
しかし、今は胸を張って言えます。これこそが、複雑な現代社会を生き抜くための最強のライフハックであり、究極の真理だと。
あの夜、私は「空気を読む」ことを放棄しました。
日本文化において「KY(Kuuki Yomenai = Can’t read the air)」と言われることは恐怖です。でも、もしその場の空気が有毒ガス(Toxic gas)で満たされていたとしたら?
そんな空気を読んで吸い込み続けるより、空気を読まずに窓を開けるか、その部屋から出ていく方が、生物として正しい判断ではないでしょうか。
「逃げる」という行為は、消極的な撤退ではありません。
それは、「自分にとって本当に大切なもの(時間、感情、美味しいパスタを楽しむ権利)」を守るための、**積極的な選択(Active Choice)**なのです。
3. 「虫の知らせ」:直感という野生を取り戻す
今回のデートで、私が最初に感じた「違和感」。
目が笑っていないこと、店員さんへの横柄な態度。
日本には**「虫の知らせ(Mushi no Shirase)」**という言葉があります。直感や予感のことを指しますが、昔の人は体の中に「虫」がいて、それが危機を知らせてくれると信じていました。英語で言う「Gut feeling」に近い感覚ですね。
私たちは大人になるにつれ、社会的なマナーや「相手のスペック(年収、学歴、外見)」といったデータで頭がいっぱいになり、この「虫の声」を無視しがちです。
「彼はいい会社に勤めているから」「悪い人ではないかもしれないから」「紹介してくれた友人の手前……」
そんな理屈(Logic)で、直感の声をねじ伏せようとします。
でも、あの日、私の「虫」は大騒ぎしていました。「逃げろ! ここは危険だ!」と。
結果的に、その直感は100%正しかったのです。
理屈は嘘をつきますが、生理的な感覚は嘘をつきません。
日本の主婦として、母として、あるいは一人の女性として生きていく中で、私たちは多くの「我慢」を求められます。
でも、もし皆さんが、誰かと一緒にいて呼吸が浅くなったり、胃が重くなったり、心のどこかで警報が鳴っているのを感じたら、どうかその感覚を信じてください。
あなたの内なる「虫」は、あなたを守ろうとしている最強のナイト(Knight)なのです。
4. 最高の「おもてなし」は自分自身のために
日本が世界に誇る**「おもてなし(Omotenashi)」**の文化。
それは素晴らしいものです。しかし、他人をもてなすことに一生懸命になりすぎて、一番大切な客人を粗末にしてはいませんか?
その客人とは、他の誰でもない「自分自身」です。
あの日、私はタナカさんに気を使うのをやめ、自分自身の心をもてなすことを選びました。
「嫌なものは嫌だ」と認め、その場を去る勇気を持つこと。
それは、自分への最大の敬意であり、愛です。
今、私の手元には、スーパーで買った少し溶けかけたアイスクリームがあります。
タナカさんと食べた高級イタリアン(味は覚えていませんが)よりも、このアイスクリームの方が、何倍も、何十倍も美味しく感じます。
なぜなら、これは私が自分の意志で選び、リラックスして、誰の顔色も伺わずに味わっている「自由の味」だからです。
5. 最後に:すべての「逃亡者」たちへ
もし今、この記事を読んでいるあなたが、何かに耐え続けているとしたら。
それがつまらないデートであれ、理不尽な上司であれ、自分を傷つける友人関係であれ。
思い出してください。あなたにはいつでも「席を立つ権利」があります。
トイレに行くふりをして、そのまま帰ってもいいのです。
突然「埼玉の実家に帰る」ことにして、電車に飛び乗ってもいいのです。
最初は怖いかもしれません。「失礼な人だと思われるかも」と震えるかもしれません。
でも、大丈夫。
あなたが走り出したその先には、広大で、清々しい空気が待っています。
日本には**「終わりよければすべてよし(All is well that ends well)」**という言葉もあります。
あの最悪なデートのおかげで、私はこうして皆さんに笑い話を提供でき、自分の中の「逃げる勇気」を確認することができました。
そう考えれば、タナカさんとの出会いも、私の人生にとって必要なスパイス(かなり激辛でしたが)だったのかもしれません。
さて、アイスクリームも食べ終わりました。
明日は土曜日。目覚まし時計をかけずに眠れる幸せな朝が待っています。
私はベッドに入り、深く深呼吸をします。
私が吸い込むのは、誰かが作った「空気」ではなく、私自身の人生の空気です。
おやすみなさい。そして、良い逃走を!

コメント