The Illusion of Stalled Momentum
2月の憂鬱と「また三日坊主で終わった」というあの感覚
日本はいま、寒さの底を少し過ぎて、でもまだ春のコートを着るには早すぎる、そんな微妙な季節の中にいます。皆さんがお住まいの地域はいかがでしょうか?
今日は、ちょっと私の「恥ずかしい告白」から話を始めさせてください。
正直に言いますね。今年の1月1日、私は新しい手帳にこう書きました。「今年は毎日英語の勉強をする!」「ブログを週に3本更新する!」「毎朝ヨガをして、丁寧な和朝食を作る!」って。新しいペンのインクの匂いと、真っ白なページ。あの瞬間って、まるで自分が生まれ変わったかのような、無敵のエネルギーに満ち溢れていますよね。自分はなんでもできる、今年は違う、そう信じて疑わなかったんです。
でも、今はどうでしょう。
2月も半ばを過ぎて、ふと気がつくと、あの新しい手帳はダイニングテーブルの書類の山の下に埋もれています。英語のアプリは3日前から開いていないし、今朝の朝食なんて、子供のお弁当の残りの卵焼きと、冷凍ご飯をチンしただけ。
「ああ、またやってしまった」
この感覚、皆さんも経験ありませんか? 日本ではこの時期、よくテレビや雑誌で「三日坊主(Mikka-bozu)」という言葉を目にします。直訳すると “3-day monk” ですが、修行僧が厳しい修行に耐えられず3日で辞めてしまうことから、「飽きっぽくて長続きしないこと」を意味します。
海外に住む友人のSNSを見ると、「New Year, New Me!」なんてキラキラした投稿が溢れていて、みんながすごいスピードで人生を前に進めているように見えます。新しいビジネスを始めた人、マラソン大会にエントリーした人、完璧なインテリアを維持している人……。
それに比べて、自分はどうだろう。
先月から何も変わっていない気がする。また元の「ダメな自分」に戻って、同じ場所で足踏みをしているだけなんじゃないか。プロジェクトは一向に進まないし、ダイエットの数値も変わらない。あんなに高かったモチベーションはどこかに消え失せて、ただ日々のルーティン(洗濯、掃除、買い物、夕飯の支度……)に流されているだけ。
日本には「とんとん拍子(Ton-ton byoshi)」という言葉があります。物事が順調に、リズミカルに進んでいく様子を表す言葉です。私たちは心のどこかで、成功や成長というものは、この「とんとん拍子」であるべきだと思い込んでいます。右肩上がりのグラフのように、昨日より今日、今日より明日と、常に目に見える形で前進し続けなければならない、と。
特に現代社会は「スピード」と「結果」を求めますよね。日本の主婦の間でも、「時短(Jitan – time saving)」や「効率化」が美徳とされ、立ち止まることは「悪」や「怠惰」だと見なされがちです。スーパーのレジ待ちの時間ですらスマホでメールをチェックして、時間を無駄にしていないか確認してしまう。
だからこそ、ふと情熱が冷めてペースダウンしてしまった時、あるいは頑張っているのに結果が出ない時、私たちは強烈な「スタック感(行き詰まり感)」に襲われます。
「車輪が泥にはまって動かない」
「透明な壁にぶつかって前に進めない」
そんな感覚です。そして、その停滞感を「失敗」と結びつけてしまいます。「勢いがなくなった=もうダメだ」と判断してしまうのです。
私が先日、近所の日本の古い庭園を散歩していた時のことです。そこには大きな池があって、水車が回っていました。遠くから見ていると、水車はずっと一定の速度で勢いよく回り続けているように見えます。でも、近づいてじっと観察してみると、水を受け止める器(バケット)が水で満たされるまでの「一瞬の間」があることに気づきました。水がいっぱいになるまで、その器は重みに耐えながら、じっと待っているんです。そして、満ちた瞬間にゴトン!と大きな音を立てて回り出し、水を次の場所へ送ります。
もし、その「水が満ちるのを待っている時間」だけを切り取って見たらどうでしょう?
それは「止まっている」ように見えるかもしれません。何も起きていない、無駄な時間に見えるかもしれません。でも、その静止の時間こそが、次の大きな回転を生むためのエネルギーを蓄えている、最も重要なプロセスだとしたら?
私たちが感じている「スタック感」や「勢いがなくなった」という感覚。
もしかすると、それは単にエネルギーが枯渇したのではなく、次の回転のために「器を満たしている時間」なのかもしれません。
私たちは、常にアクセルを踏み続けることだけが「前進」だと教えられてきました。でも、日本の古い文化や、四季と共に生きてきた人々の知恵を紐解いていくと、全く別の「進み方」が見えてきます。
なぜ私たちは、2月になると決まってこの「停滞感」に苦しむのか。そして、なぜ日本の職人や武道の達人たちは、一見止まっているように見えながら、驚くほど長く、深く、物事を継続できるのか。
そこには、「Momentum(勢い)」という言葉に対する、西洋的な「加速」のイメージとは少し違う、日本独特の解釈が隠されているような気がします。
「進んでいない」というのは、実は私たちの目が作り出した「錯覚(Illusion)」に過ぎないのかもしれません。
もし、あなたが今、「ああ、今年の目標ももう挫折しそうだ」とか「大きなプロジェクトのやる気が続かない」と自分を責めているなら、少しだけその手を止めて、私の話を聞いてください。これからお話しするのは、効率化やライフハックの話ではありません。もっと根本的な、日本の自然観から学ぶ「人生の時間の捉え方」についてです。
ここ日本には、古くから「待つ」ことを、「何もしないこと」ではなく、「機が熟すのを積極的に楽しむこと」に変える魔法のような知恵があります。
さあ、温かい日本茶でも入れて、少し肩の力を抜いてみませんか?
あなたが感じているその「壁」の向こう側にある、本当の景色を一緒に見にいきましょう。
Roots beneath the Snow
日本の農家が知っている「冬の根」と、見えない成長の法則
さて、先ほどは「2月の憂鬱」や、手帳が埋もれていく焦燥感についてお話ししました。
でも、ここで少し視点を変えて、私の住む日本の冬の景色についてお話しさせてください。
皆さんは、日本の冬の畑を見たことがありますか?
特に雪国と呼ばれる東北や北陸地方では、冬の間、畑は分厚い雪の下にすっぽりと覆われています。一見すると、そこは「死の世界」です。色はなく、動きもなく、静寂だけがある。都会から来た人が見れば、「何も生産していない、止まっている時間」に見えるでしょう。
でも、日本のベテランの農家さんたちは、その雪の下の土をとても大切に想っています。
彼らは言います。「雪が布団になって、土を休ませ、春の準備をしているんだ」と。
実は、雪の下では、微生物たちが活発に動き、昨年の枯葉や堆肥を分解して、次の春のための栄養豊かな土を作っています。そして、秋に撒かれた麦の種などは、雪の重みにじっと耐えながら、上(茎や葉)へ伸びることをあえて止め、そのエネルギーのすべてを「下(根)」を伸ばすことに使っているのです。
ここで、皆さんにぜひ知っていただきたい日本語があります。
それは**「根回し(Nemawashi)」**という言葉です。
ビジネスの世界で日本と関わったことがある方なら、もしかすると「会議の前の下交渉」という少し政治的なニュアンスで聞いたことがあるかもしれません。でも、本来の意味は園芸用語です。
木を移植する際、いきなり掘り起こすと木はショックで枯れてしまいます。だから、移植の1年〜2年前から、あらかじめ土の中で太い根を切り、そこから細かい根(細根)をたくさん出させておく。そうすることで、いざ場所を移した時に、新しい環境でも水をぐんぐん吸い上げられるように準備をする作業のことです。
この「根回し」の期間、地上に出ている木の幹や枝には、ほとんど変化が見えません。新しい葉っぱが出るわけでもなく、花が咲くわけでもない。
外から見ている人には、「あの木、全然成長していないじゃないか」「今の場所で満足して停滞しているんじゃないか」と見えるかもしれません。
でも、土の中では劇的な変化が起きているのです。未来の大きな飛躍のために、命のインフラを必死で整えている。
私たちが感じている「The Illusion of Stalled Momentum(停滞の錯覚)」の正体は、まさにこれなのではないでしょうか。
私たちは、西洋的な「リニア(直線)な成長」のイメージに支配されすぎています。
スタート地点からゴールまで、一直線に加速し続けること。グラフの線が常に右肩上がりであること。昨日10できたなら、今日は11、明日は12やらなければならないという強迫観念。
これは、機械や工業製品の考え方です。スイッチを入れれば一定の速度で動き続けるマシンの論理です。
でも、私たち人間は、マシンではなく「自然の一部」です。
日本の伝統的な考え方には、常に「循環(Cycle)」があります。春があり、夏があり、秋があり、そして冬がある。
ずっと夏でい続けることはできませんし、ずっと実をつけ続ける木もありません。
ブログの更新が止まってしまった時。
ダイエットの体重が落ちなくなった時。
英語の勉強が手につかなくなった時。
それは、あなたが「怠けている(Stalled)」のではなく、あなたの内なる季節が「冬」に入り、**「根を張るフェーズ(Rooting Phase)」**に移行した合図なのかもしれません。
以前、近所の茶道の先生がこんなことをおっしゃっていました。
「お点前(お茶を立てる作法)が上手くならないと嘆く時期こそ、手がその動きを記憶しようとしている大切な時間ですよ。頭で考えているうちはまだ浅い。身体に染み込むのを待ちなさい」と。
見に見える成果(=地上の枝葉)が出ない時、私たちは実は、そのスキルや習慣を無意識のレベルに落とし込むための「根」を張っているのです。
英語であれば、新しい単語を覚えるのをやめて、今まで覚えた単語が脳の奥深くに定着するのを待っている時期かもしれません。
ブログであれば、書く手が止まっている間に、日々の生活の中で新しい視点や感情のストック(=土壌の栄養)を溜め込んでいる時期なのかもしれません。
これを「停滞」と呼んで自分を責めてしまうと、せっかく伸びかけた根っこを自分で掘り返して、「なんだ、まだ芽が出ないのか」と傷つけてしまうことになります。これは一番もったいないことですよね。
「Momentum(勢い)」とは、常にアクセルを全開にして爆走することではありません。
それは、**「知的で、持続可能な前進(Intelligent, Sustainable Progress)」**のことです。
日本の道路には、見通しの悪い交差点の手前に「止まれ(Stop)」の標識があります。
でも、その「止まれ」は、二度と動かないための停止ではありません。安全を確認し、より確実の目的地に向かうための、能動的な一時停止です。
人生における「Momentum」も同じです。
ずっと走り続けることだけが前進ではありません。
時にはペースを落とし、時には立ち止まり、足元の土を固める。
そうやって「根」をしっかり張った人だけが、次の春が来た時に、誰よりも高く、美しい花を咲かせることができるのです。
「急がば回れ(Isogaba Maware – Haste makes waste / More haste, less speed)」
という日本のことわざがあります。
直訳すると「急いでいるなら、近道をするのではなく、遠回りでも確実な道を行け」という意味です。
最短距離を突っ走って息切れして倒れるよりも、自然のリズムに合わせて、ゆっくりと、でも確実に歩みを進めるほうが、結果的に遠くまで行ける。
もし今、あなたが「何も進んでいない」と感じているなら、こう考えてみてください。
「ああ、私は今、猛烈な勢いで『根回し』をしているんだわ」と。
見えない土の中で、私の魂が次のステージへ行くための準備をしてくれているのだと。
そう考えると、焦りで冷たくなっていた心が、少しじんわりと温かくなってきませんか?
「見えない成長」を信じることができた時、その停滞感は「不安」から「希望の準備期間」へと変わります。
でも、「ただ待つだけでいいの?」「本当に何もしなくていいの?」と不安になる方もいるかもしれませんね。
そこで次の章では、この「静止しているように見える時間」を、日本の武道の達人たちがどのように扱っているか、より具体的な「心の構え」についてお話ししたいと思います。
それは、単なる「サボり」とは違う、研ぎ澄まされた「静止」の技術です。
Active Waiting vs Passive Stopping
武道の「残心」に学ぶ、次の動きのための美しい静止
ここまで、「停滞するのは悪いことじゃない、根を張る時間なんだ」というお話をしてきました。少し気が楽になったでしょうか?
でも、ここで少し厳しい、けれどとても大切な「現実」にも目を向けてみたいと思います。
実は、同じ「止まっている時間」でも、**「良い停止」と「悪い停止」**があるんです。
私がまだ日本茶(茶道)を習い始めたばかりの頃、先生によく叱られたことがありました。それは、お茶を点て終わった直後や、柄杓(ひしゃく)を置いた直後のことでした。
「あなた、今、心がプツンと切れましたね?」
先生はそうおっしゃるのです。
私はきょとんとしました。「え? お手前は終わりましたし、動作も止まりましたよ?」と。
すると先生は静かにこう言いました。
「動作は終わっても、心は終わらせてはいけません。余韻を残しなさい。それが『残心(Zanshin)』です」
「残心(Zanshin)」。
文字通り、「心を残す(Remaining Mind / Lingering Mind)」と書きます。
これは日本の武道、例えば剣道や弓道(アーチェリー)などで非常に重要視される概念です。
剣道では、相手の面を見事に打ったとしても、その直後にガッツポーズをしたり、気を抜いてよそ見をしたりすると、なんと「一本(ポイント)」が取り消されることがあります。
なぜだと思いますか?
「相手が反撃してくるかもしれない」という警戒心(Alertness)が欠けているとみなされるからです。打った後も、油断せず、相手の動きを注視し続け、いつでも次の動作に移れる姿勢を保つ。その「身構え・心構え」があって初めて、その攻撃は完成したとみなされます。
これを、私たちの「The Illusion of Stalled Momentum(停滞の錯覚)」に当てはめてみましょう。
私たちが2月に感じる「挫折」や「停滞」の正体。それは、行動が止まったこと自体が問題なのではありません。
行動が止まった瞬間に、その対象から「心を切ってしまった」ことが問題なのです。
例えば、ダイエットが3日続かなかった時、私たちはどうするでしょうか。
「ああ、もうダメだ。今日はケーキ食べちゃおう。明日からはもう気にしない!」と、ダイエットという目標に対して背中を向け、完全にスイッチをオフにしてしまいますよね。これを私は**「Passive Stopping(受動的な停止)」**と呼んでいます。これは、本当に「終わり」を意味します。エネルギーの流れが完全に遮断されてしまうからです。
一方で、日本の達人たちが実践しているのは**「Active Waiting(能動的な待機)」**です。
これが「残心」のある状態です。
例えば、体調が悪くて3日間英語の勉強ができなかったとします。
「残心」がある人は、勉強道具を開くことはできなくても、心のどこかでずっと英語との繋がりを保っています。「今は休んでいるけれど、私は英語を学ぶ者である」という意識(Identity)は切らさない。街で見かける英単語に目を向けたり、洋楽を聴き流したりしながら、じっと「次に動けるタイミング(=隙)」を狙っているのです。
剣道の達人が、互いに竹刀を構えたまま動かない瞬間があります。
端から見れば、ただ向かい合って止まっているだけです。
でも、その空気はピリピリと張り詰め、ものすごいエネルギーが渦巻いています。彼らは止まっているのではなく、「いつ動くべきか」を全身のセンサーで探っているのです。
これが「Momentum」が途切れていない状態です。見た目は静止画でも、内側のエンジンはアイドリング状態で温まっている。だから、チャンスが来た瞬間に爆発的なスピードで動くことができます。
西洋的なプロダクティビティ(生産性)の考え方では、「On」か「Off」か、の二元論になりがちです。
やる時はやる(Work hard)、休む時は忘れる(Play hard)。
もちろんそれも素晴らしいですが、人生の長期的なプロジェクトにおいては、この「完全に忘れる」というOffの状態が、実は再開へのハードルを極端に上げてしまいます。一度完全に冷え切ったエンジンを、真冬にもう一度かけ直すのがどれほど大変か、想像できますよね?
日本の「道(Do – The Way)」の哲学は、「On」と「Off」の間にある**「Zone(淡々とした継続)」**を大切にします。
ブログを書けない日があってもいい。
でも、あなたの心は「ブロガー」であり続けてください。
「今日は書かない日」と決めること自体が、実は一つのアクションなのです。
「書けなかった(Failed)」のではなく、「今日は書かないという選択をした(Chose not to)」と考え、明日はどうしようかと静かに心構えをしておく。
これが「残心」です。
対象との関係性(Relationship)を断ち切らないこと。
ロープを緩めることはあっても、手を離してしまわないこと。
この「Active Waiting」の感覚が身につくと、不思議なことに「焦り」が消えます。
なぜなら、自分は止まっているのではなく、「虎視眈々と機会を窺っている(Watching for the opportunity like a tiger)」状態だと知っているからです。この静止は、無能力の証明ではなく、戦略的な待機になります。
日本には**「間(Ma)」**という独特の空間概念もあります。
音楽や会話において、音のない時間、沈黙の時間のことです。西洋音楽では休符は「音がない」と定義されることが多いですが、邦楽では「間」もまた演奏の一部とされます。音がないことによって、次の音が一層響く。何もない空間があることによって、存在するものが際立つ。
あなたの人生における今の「停滞期」も、人生という長い音楽の中の美しい「間」なのかもしれません。
ずっと鳴り響くだけの音楽は、うるさくて聴いていられませんよね?
忙しく動き回った1月があったからこそ、静かな2月の「間」が必要なのです。
この「間」の最中に、スマホを見て思考停止(Zoning out)したり、自分を責めて自暴自棄になったりするのは、演奏中に楽器を放り投げるようなものです。
そうではなく、楽器を構えたまま、静寂の音を聴くのです。
次に奏でる音が、より力強く、より美しくなるように。
「まだ何も起きていない」のではありません。
「次の動きのために、今、弓を引き絞っている」のです。
その引き絞る力が強ければ強いほど(=待つ時間が長ければ長いほど)、矢は遠くへ飛んでいきます。
どうでしょう?
「三日坊主で終わってしまった」と思っていたあの日記やプロジェクト。
あなたは本当に辞めてしまったのでしょうか?
それとも、ただ「残心」の状態が長く続いているだけ、と捉え直すことはできませんか?
まだ心の片隅に「やりたい」という気持ちが残っているなら、それは失敗ではありません。
あなたはまだ、コートの上に立っています。
さて、この「残心」という少し緊張感のある、でも美しい静止の状態。
これをどうやって現代の忙しい私たちの生活、日々のルーティンに落とし込んでいけばいいのでしょうか?
ずっと気を張り詰めているのは疲れてしまいますよね。
最後の章では、この日本の精神性を、もっと気楽に、もっと自然に、明日からの生活に取り入れるための「Sustainable Flow(持続可能な流れ)」についてお話しして、この長い旅を締めくくりたいと思います。
無理に頑張るのではなく、川の水が流れるように。
そんな、しなやかな強さを手に入れるための最後のヒントをお届けします。
Sustainable Flow
一定の速度ではなく、自然のリズムで「巡る」人生術
長いお話にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
ここまで読んでくださったあなたの心に、少しでも「余白」や「静けさ」が戻ってきていることを願っています。
最後に、私が大好きな日本の風景の話をして、このブログを締めくくりたいと思います。
私の住む街には、大きな川が流れています。
日本という国は、急峻な山脈と海に囲まれているため、国土のあらゆる場所に血管のように川が流れています。私たち日本人は、川を見て育ち、川から人生を学びます。
ある日、川岸を歩いていてふと気づいたことがありました。
川の水は、海に向かって「前進」していますが、その流れ方は決して一様ではありません。
岩にぶつかって白く泡立つ激しい場所(Rapid)もあれば、大きく蛇行してゆったりと流れる場所(Flow)もあります。そして、川岸のくぼみには、水がくるくるとその場を回って、まるで止まっているように見える「淀み(Pool)」もあります。
もし、この「淀み」にある水滴に感情があったら、こう思うでしょうか?
「ああ、みんな先に行っちゃう! 私だけ岩陰でグルグル回って、海にたどり着けない! 私はダメな水滴だ!」
……きっと、そんなことは思わないですよね。
その淀みもまた、川の一部だからです。そこで一時的に滞留し、プランクトンを養い、魚を休ませ、やがて満ちればまた本流に戻り、海へと流れていきます。その「寄り道」も含めての「川」なのです。
「自然体(Shizen-tai)」で生きる
私たち人間も同じです。
私たちの人生は、直線の高速道路(Highway)ではなく、曲がりくねった川(River)です。
2月になって新年の誓いが止まってしまったこと。
プロジェクトが進まないこと。
家事と育児に追われて自分の時間がないこと。
それは、あなたの人生という川が、今たまたま「淀み」や「淵」を通過しているだけのことです。それは「停止(Stop)」ではなく、「滞留(Stay)」であり、流れの一部です。
日本の武道や芸道、そして日常生活の中で究極の理想とされる状態に、**「自然体(Shizen-tai)」**という言葉があります。
直訳すると “Natural body posture” ですが、意味はもっと深いです。「無理な力が入っておらず、リラックスしているけれど、どんな方向にも瞬時に動ける状態」を指します。
「絶対にやらなきゃ!」と肩に力が入っている状態は、自然体ではありません。ガチガチに固まっていては、転んだ時に怪我をしてしまいます。
逆に、「もうどうでもいいや」と投げやりになって崩れ落ちているのも、自然体ではありません。
「今は進まない時期なんだな」と、今の状況(=冬、根回し、淀み)をあるがままに受け入れ、淡々と、その時できる最小限のことだけを続ける。
無理に流れに逆らって泳ごうとせず(それは体力を消耗するだけです!)、水に体を浮かべて、流れがまた速くなるのを待つ。
これが「Sustainable Flow(持続可能な流れ)」です。
Momentum(勢い)とは、自力で無理やり作り出すものではなく、巡ってくる波に乗るものなのです。
明日からできる、小さな「呼び水」
では、その波が来るまでの間、具体的に何をすればいいのでしょうか?
壮大な計画を立て直す必要はありません。自分を奮い立たせる必要もありません。
日本の「生活の知恵」から、ヒントを2つ紹介します。
1. 「形(Kata)」から入る
やる気が出ない時は、心(Mind)を動かそうとせず、形(Form)だけ整えます。
例えば、ブログが書けなくても「毎朝パソコンを開いて、コーヒーを横に置く」ことだけはする。文字は打たなくていいです。
ヨガをする気力がなくても、「ヨガマットを広げて、その上に座る」ことだけはする。
日本人はよく「形から入る」と言いますが、これは「やる気が出るのを待つ」のではなく、「器を用意して、そこに魂が降りてくるのを待つ」儀式のようなものです。
「残心」を保つための、一番簡単な方法です。
2. 「掃除(Souji)」をする
どうしても人生がスタックして動かないと感じる時、日本人はよく部屋の掃除や片付けをします。
自分の内面がコントロールできない時は、自分の外側の環境を整えるのです。
デスクの一角を拭く。古い書類を捨てる。窓を開けて風を通す。
不思議なことに、物理的な空間に「余白」ができると、そこに新しい風(Momentum)が吹き込んできます。
「停滞している」と悩む暇があったら、目の前の鏡を一枚磨く。その小さな「完了感」が、次の動きへの呼び水(Primer water)になります。
最後に:あなたの冬を愛してください
ここまで読んでくださったあなたへ。
もし今、あなたが「何も成し遂げられていない」とベッドの中で落ち込んでいるとしたら、私は日本の片隅から大声で(でも近所迷惑にならない程度の声で)伝えたいです。
「順調ですよ!」と。
あなたは今、素晴らしい「冬」を過ごしています。
あなたは今、深く深く「根」を伸ばしています。
あなたは今、次の飛躍のために弓を引き絞る「残心」の時を生きています。
目に見えるスピードだけが全てではありません。
桜の木を見てください。今は黒々とした幹と枝だけを空に突き刺し、寒風に晒されています。
でも、その硬い樹皮の内側では、春に咲かせる花びらの準備が着々と進んでいます。
誰も「桜はサボっている」なんて言いませんよね?
あなたも同じです。
だから、焦らないで。
自分を責めるエネルギーがあったら、その分、温かいお茶でも飲んで、体を温めてください。
止まっているように見える時こそ、人生は深く耕されています。
春は、必ず来ます。それも、あなたが忘れた頃に、とんとん拍子にやってきます。
その時が来たら、溜め込んだエネルギーを一気に解放して、一緒に笑いましょう。
それまでは、この静かで美しい「冬の時間」を、少しだけ愛してみませんか?
窓の外を見てください。
日はまた昇り、季節は巡り、あなたの物語は続いています。
Don’t push the river. It flows by itself.
それでは、また春の気配がする頃にお会いしましょう。
日本より、愛と温かいコタツの熱を込めて。

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