空港の自動ドアを抜けたら、そこは「懐かしい異国」でした
やっほー!こんにちは!
今、そっちの生活はどう? 子どもたちは元気に学校行ってるかな?
今日の天気は? スーパーで面白い野菜見つけた?
そっちのカフェの、あの甘すぎるケーキがなんだか無性に恋しくなったりする、今日この頃です。
このブログは、今まさに海外で生活している、頑張る主婦のあなたに向けて書いています。
日本に興味がある、いつか住んでみたい、あるいは、私みたいに「いつか日本に帰る」予定のあなたへ。
私が今、リアルタイムで感じている「日本」を、ちょっとだけ覗いてみませんか?
自己紹介が遅れました。私は数年間の海外生活を経て、最近日本に「本帰国」した主婦です。
あれほど帰りたかった日本。
美味しい和食、便利なコンビニ、時間通りの電車、そして何より、日本語が通じる安心感!
空港の自動ドアを抜けて、あの独特の「日本の匂い」(ちょっと出汁っぽいような、デパートの一階みたいな匂い、わかるかな?笑)を吸い込んだ時、「あ〜!帰ってきたー!」って、心の底から叫んだんです。
実家の両親も、久しぶりに会う友達も、みんな「おかえり!」ってハグしてくれて。
子どもたちも、おじいちゃんおばあちゃんに会えて大はしゃぎ。
愛する人たちに囲まれて、これ以上ないくらい幸せなはず。
……なはず、だったんだけど。
あれから数ヶ月。
なんだろう、この胸のザワザワは。
時差ボケはとっくに治ってる。
毎日、美味しいご飯を食べて、安全な道を歩いて、日本語でペラペラおしゃべりして。
なのにね、ふとした瞬間に、ものすごい「孤独感」に襲われるんです。
「The unexpected pang of loneliness despite being surrounded by loved ones.」
(愛する人に囲まれているにも関わらず、予期せず襲ってくる孤独の痛み)
まさに、これ。
夫も子どもも、あんなに優しくしてくれるのに、私だけがまるで違う星から来たみたいな感覚。
例えば、ママ友たちとのランチ会。
みんな、子どもの習い事の話や、週末のイベント、近所の新しいお店の話で盛り上がってる。
私も「へー!すごいね!」って笑って相槌を打つんだけど、心のどこかで「(……私が住んでた国では、習い事なんてこんなに必死じゃなかったな)」とか「(週末はただ公園でダラダラするだけで幸せだったのに)」なんて、比べちゃってる自分がいる。
海外で生活してた時の話?
もちろん、最初は聞かれたよ。「どうだった?」「楽しかった?」って。
でもね、数回話すと、もう十分、って空気になるのがわかるの。
そりゃそうだよね、みんな「今」を生きてるんだもん。
私がワクワクしながら「あのね、向こうのスーパーって、鶏肉が丸ごとドーンって売っててさ!」なんて話をしても、「へえ、ワイルドだね(笑)」で終わっちゃう。
誰も悪くない。悪くないんだけど、あの国で経験した驚きや、苦労や、日本では絶対にしなかったであろうDIYの数々を、「わー!わかる!」って共感してくれる人が、ここにはいない。
そうするとね、怖くなってきちゃうの。
だんだん、口を閉ざすようになって。
「ああ、あの頃の私は、もっと自由だったな」
「もっとテキトーでも、なんとかなってたな」
「あの広い空の下で、デッカいカート押してた私、どこ行っちゃったんだろう」
「The grief for the person you were abroad and the life you left behind.」
(海外にいた頃の自分、そして置いてきた生活への哀愁)
そう、これ、「哀愁」とか「喪失感」に近い。
海外でたくましく(図太く?笑)なったはずの「私」を、日本に帰ってきた途端、失っちゃったみたいな。
日本は、本当に便利。
ネットスーパーは時間通りに届くし、100円ショップには何でもあるし、役所の手続きだって(文句は言いつつも)ちゃんと進む。
海外で「ない!」「壊れた!」「届かない!」に散々振り回されてきた身からすると、天国のはず。
なのに。
その「便利さ」と「正確さ」が、私を息苦しくさせるんです。
「ちゃんと」しなきゃいけない。
「みんなと同じ」じゃなきゃいけない。
「時間を守る」のは当たり前。
ご近所さんに会ったら、どのくらいのテンションで挨拶するのが正解?
ゴミ出し、この分別であってる?(海外なんて、全部一緒くただったのに!)
子どもが学校に持っていく水筒、キャラクターものはダメなの?(え、なんで?)
海外生活で身についた「まあ、いっか、死なないし!」っていうサバイバル精神が、日本の「きっちり」した社会のルールと、真正面からぶつかっちゃう。
全部、完璧にやろうとする。
日本の「良き母」「良き妻」の型に、無理やり自分を押し込めようとする。
海外でせっかく広がったはずの世界観(「いろんな人がいて、いろんなやり方があっていいじゃん」)が、日本に帰ってきた途タン、ギューッと縮こまっていく感じ。
「Finding new ways to connect with your home culture while holding onto your expanded worldview.」
(広くなった世界観を保ちつつ、自国の文化(日本)と再び繋がる新しい方法を見つける)
今、私が直面してるのが、まさにこの課題。
「リバースカルチャーショック」なんて言葉があるけど、体験してみると、これはもう「ショック」っていうより、じわじわ効いてくるボディブローみたい(笑)
このままじゃ、息が詰まって、せっかく帰ってきた日本を嫌いになっちゃいそう。
それは、絶対にイヤだ。
そう思って、周りをよーく見回してみたんです。
私と同じように、子育てして、仕事(パート)して、家事してる日本の主婦たち。
みんな、どうやってこの「きっちり」社会で、涼しい顔して生きてるの?
そこで見えてきたのが、彼女たちの「技」。
それは、海外で私がやっていた「手抜き」とはちょっと違う。
もっと巧妙で、もっと計画的で、でもしっかり息抜きもしてる。
そう、日本独自の「時短術」なんです。
海外生活の合理性(悪く言えば大雑把さ)と、日本のきめ細やかさ。
この二つ、敵同士じゃなくて、うまく融合(ハイブリッド)させられるんじゃない?
私が感じてる「息苦しさ」って、もしかしたら、この「融合」のやり方がわからないだけなんじゃないか。
このブログでは、そんな「元海外在住ママ」の視点から見た、リアルな日本の生活。
そして、この「懐かしい異国」で生き抜くために私が見つけた、ちょっと賢くて、たまにズボラな(笑)「日本の時短術」について、実体験ベースで語っていこうと思います。
もしあなたが今、海外で「日本のあの便利さが恋しい!」って思ってるなら。
あるいは、私と同じように帰国して「なんか……疲れる」って感じてるなら。
ぜひ、一緒に「新しい日本との繋がり方」を見つけていきませんか?
次回からは、さっそく私がぶち当たった「壁」と、それを乗り越えた(あるいは、うまく避けた)具体的なテクニックについて、お話ししていきますね。
「ちゃんとしなきゃ」の嵐と、スーパーのカゴの中の私
さてさて、前回の「起」で、私が日本に帰ってきてから感じている「息苦しさ」の話をしたよね。
「ちゃんとしなきゃ」
「みんなと合わせなきゃ」
この、目に見えないプレッシャー。
今日は、私がこの「嵐」に真正面からぶち当たって、見事にずぶ濡れになった話をしようかな(笑)
そっちの生活、どう?
今、スーパーのカート、押してる?
あの、バカでかいカート。子どもが二人乗ってもまだ余裕で、底が見えないみたいなやつ。
週末に買いだめする時、あのカートにポテチの特大袋とか、2ガロンの牛乳とか、肉の塊とかを、ドカンドカン放り込んでいくの、ある種の快感じゃなかった?(笑)
私もそうだった。
「今週はこれで生き延びる!」みたいな、サバイバル感。
野菜だって、泥がついてようが形が曲がってようが、気にしない。
「OK、OK、食べれば一緒!」って。
で、日本に帰ってきました。
空港で「懐かしい異国」を感じた私が、次に向かったカルチャーショックの現場。
それが、スーパーマーケットだったんです。
まず、カートが小さい(笑)
いや、これは別にいいんだけど。問題は、その「中身」と「私の頭の中」。
ある日の夕方。
「さて、今夜は何にしようかな」って、鼻歌混じりで野菜コーナーに行ったの。
そしたら、もう、圧倒されちゃって。
第一の嵐:『完璧』がすぎる野菜たち
きゅうり、まっすぐ。
トマト、つやつや。
にんじん、全部同じ形。
そして、ごぼう。ねえ、ごぼう!
ちゃんと洗われて、キレイに袋詰めされて、カットされてるのまである!
私が知ってるごぼうは、泥だらけで新聞紙にくるまってるやつだったのに…(笑)
海外にいた頃は、「オーガニック」か「そうじゃないか」くらいのざっくりした基準で選んでた。
でも、日本は違う。
「減農薬」「特別栽培」「〇〇さん(生産者)の顔写真入り」。
情報量が、多い。多すぎる。
ふと周りを見ると、他の主婦さんたち、真剣な顔で野菜を吟味してる。
「今夜のサラダには、この『甘みが強い』って書いてあるレタスの方がいいかしら」
「煮物だから、この人参じゃなくて、あっちの…」
私?
私はただ、「あ、人参だ」と思ってカゴに入れようとして、手が止まる。
(え、こっちの人参と、あっちの人参、何が違うの…?)
(この『不揃い』って書いてあるお得パック、買って『手抜き』って思われない?)
(てか、そもそも、私、泥付きごぼうをゴシゴシ洗ってたあの頃のワイルドさ、どこ行った?)
カゴの中の人参一本で、私の「主婦レベル」が試されてる気がして、冷や汗が出てくる。
海外では「食材をゲットする」というミッションだったのに、日本では「最適な食材を『選定』する」というテストに変わってたの。
第二の嵐:『親切』がすぎる精肉・鮮魚コーナー
次にお肉。
「豚バラ(角煮用)」「豚こま(炒め物用)」「牛切り落とし(牛丼用)」
……親切!
ものすごく親切!
わかるよ、便利だよね。
でもね、思い出してたの。
海外で、どデカい肉の塊を買ってきて、「よーし、今日はこれをどう切り分けてやろうか」って、YouTube見ながら格闘してた私を。
半泣きで筋切りしてた私を。
あの頃は「不便だ!」ってキレてたけど、今思うと、あれは「私のスキル」だった。
日本は、全部お膳立てされてる。
「あなたは、この『角煮用』を買って、レシピ通りに煮るだけでいいんですよ」って言われてるみたいで。
私の「サバイバルスキル」、出番なし。
「海外でたくましくなった私」が、また一人、スーパーの片隅で死んでいく音がした…。
第三の嵐:『正解』を求められる調味料棚
そして、極め付けは調味料。
そっちで「醤油(Soy Sauce)」って、キッコーマンの1種類か2種類くらいじゃない?
日本、見て。
棚一面、醤油。
「濃口」「薄口」「たまり」「白だし」「だし醤油」「刺身用」……。
もう、パニック。
(え、肉じゃがって、どの醤油使うのが『正解』なの!?)
(海外じゃ、全部『キッコーマン』でなんとかなってたのに!)
カゴの中は、まだ人参と牛乳だけ。
なのに、私の頭の中はパンク寸前。
「ちゃんと、美味しいご飯を作らなきゃ」
「日本の主婦として、恥ずかしくない選択をしなきゃ」
「でも、もう、わかんない!!!」
結局その日、私はお惣菜のコロッケを買って帰りました(笑)
便利さに助けられたフリをして、本当は「テスト」から逃げただけ。
スーパーで買い物しただけなのに、ぐったり疲れちゃって。
夫に「どうしたの?」って聞かれて、「日本のスーパー、難易度高すぎ…」って答えたら、ポカンとされたよね。
この「ちゃんとしなきゃ」の嵐は、スーパーだけじゃない。
学校・幼稚園からの『プリント』という名の試練
子どもが学校に行き始めたら、今度は「プリント」の嵐。
そっちでも、学校からの連絡はもちろんあったよ。
でも、だいたいメールかアプリ。「金曜はスナック持ってきて」とか、そんなもん。
日本はね、「紙」なの。毎日、毎日、大量の紙。
で、そこに書いてある「お願い」が、細かい。
「明日は〇〇(行事)のため、体操服で登校。水筒、汗拭きタオル(指定サイズあり)を忘れずに」
「来週使うため、空の牛乳パック(開いて洗って乾かしたもの)を〇個」
「学期末に持ち帰る粘土板を入れる袋(手作り推奨、サイズ指定あり)をご用意ください」
……え?
手作り推奨?
サイズ指定のタオル?
体操服、明日!?(昨日言ってよ!)
海外で、多少忘れ物しても「Oh, no problem!(あ、大丈夫!)」で済んでたあの緩さが、恋しい。
日本は「忘れ物=親の管理不足」っていう無言のプレッシャーがすごい。
「ちゃんとしなきゃ」
「他のママは、ちゃんとやってる」
「私が『海外ボケ』してるせいで、子どもに恥ずかしい思いをさせちゃいけない」
夜な夜な、ミシン引っ張り出して(持っててよかった!)、指定サイズの袋を縫う。
海外じゃ、IKEAの青いバッグに全部突っ込んで「OK!」だったのに。
あの頃の私、「雑」だったけど、「幸せ」だったな、なんて。
(はい、ここでまた「置いてきた生活への哀愁」発動ね。)
『時短術』という名の、新たなるプレッシャー
でね、こんな「ちゃんと」の嵐に溺れそうになってる私を、さらに追い詰めるものがあったの。
それが、日本の「時短術(じたんじゅつ)」。
そう、私が今、このブログで伝えたいと思ってる、まさに「時短術」。
皮肉だよね(笑)
「起」の最後で、「日本の主婦たちの『技』を見つけた」って書いたけど、最初、私はこの「技」に、完全に打ちのめされたんです。
インスタグラムや雑誌で見る「日本の時短術」。
それは、私が海外でやってた「手抜き(サバイバル)」とは、まったくの別物だった。
・『作り置き(つくおき)』
→ 私の知ってる「作り置き」:昨日作ったカレー、明日も食う。
→ 日本の「作り置き」:週末に15品目。栄養バランス完璧。彩り豊か。タッパーに美しく詰められ、冷蔵庫に整然と並ぶ。
・『下味冷凍(したあじれいとう)』
→ 私の知ってる「冷凍」:買ってきた肉、そのままドンと冷凍庫。
→ 日本の「下味冷凍」:鶏肉、豚肉、魚を、それぞれ違う味付け(生姜焼き用、タレ漬け用、ハーブ用)でジップロックに入れ、平らにして冷凍。
・『掃除術』
→ 私の知ってる「掃除」:ダイソンぶちまける。
→ 日本の「掃除術」:「オキシ漬け」「クエン酸パック」「ウタマロクリーナー」「重曹とセスキ炭酸ソーダの使い分け」…。
……無理!!!
こんなの、時短じゃなくて、**「完璧に家事をこなすための、超高度なテクニック」**じゃん!
みんな、すごい。
すごいけど、私にはできない。
「ちゃんとしなきゃ」のプレッシャーから逃れたくて「時短術」を調べたら、もっと高いレベルの「ちゃんとした」世界が待ってた。
スーパーで消耗し、
学校プリントに追われ、
インスタの「丁寧な暮らし(時短ver.)」に打ちのめされる。
カゴの中の人参一本で悩んでた私、どこへ行く。
「海外で培った私の強み(テキトーさ、合理性)は、この国では『ダメなこと』なんだ」
「私、日本の主婦として、失格なんじゃないか」
本気で、そう思った。
愛する人たちに囲まれているのに、世界で一番孤独。
帰ってきたかったはずの日本で、私の居場所が、ない。
……と、まあ、こんな感じで。
「承」では、私が日本で直面した「ちゃんとしなきゃ」の具体的な中身と、それにどうしようもなく打ちのめされた話をお届けしました。
ちょっと重くなっちゃったかな?
でも、これがリアル(笑)
じゃあ、この「失格」寸前の主婦が、どうやってこの嵐を乗り越え始めたのか?
スーパーのカゴに、人参を(悩まずに)入れられるようになったのか?
次回、「転」。
私が見つけた、海外帰りにしかできない「ハイブリッド時短術」の話。
「完璧」じゃなくて「ご機嫌」を目指す、その第一歩について、お話ししたいと思います。
また読みに来てね!
救世主は「作り置き」にあらず? 日本式ハイブリッド時短術
やっほー!
前回の「承」では、私が日本の「ちゃんとしなきゃ」の嵐に、見事に打ちのめされた話をしたよね。
スーパーでフリーズし、学校のプリントに震え、インスタの「完璧な時短術」に「私、主婦失格だ…」って、本気で落ち込んだ話。
正直、あの後しばらく、結構どんよりしてた(笑)
「あんなに帰りたかった日本なのに」
「海外で、あれだけたくましくなったはずなのに」
「私、この国で、どうやって息したらいいんだっけ?」
愛する家族(夫、子ども)は、もちろん優しい。
でも、この「息苦しさ」は、たぶん、同じ経験をした人にしか分からない。
海外にいるあなたなら、ちょっと想像つくかな?
でもある日、プツン、って何かがキレたの。
きっかけは、夫の何気ない一言だった。
私がまた、「あーあ、今日の夕飯どうしよう。ちゃんとしたもの作らなきゃ…でももう無理…」って死んだ魚の目をしてたら、夫がこう言ったんだ。
「え、なんでそんなに頑張ろうとしてるの? 別に、昨日の残りでも、なんなら納豆ごはんでも、誰も怒らないよ。俺たちが食べたいのは、ミシュランの星付きごはんじゃなくて、『機嫌のいいママ』のごはんだよ」
……ガツーン。
頭を殴られた、って、まさにこのこと。
そっか。
私、何と戦ってたんだろう。
誰に「失格」って言われた?
誰に「ちゃんとしろ」って怒られた?
……誰にも言われてない。
私が勝手に作り出した、「日本の完璧な主婦」っていう架空のボスと、一人で戦って、勝手に負けてたんだ。
私、海外で何学んできたんだっけ?
「いろんな人がいて、いろんなやり方があっていい」
「死ななきゃOK!」
「完璧じゃなくて、ハッピーが一番」
そうじゃん。
私、あのスーパーで「完璧な人参」を選ばなきゃって思ってたけど、「不揃いのお得パック」を選んだっていい。
私が「手作り推奨」の袋を泣きながら縫うより、Amazonでポチった袋で子どもがニコニコ登校する方が、100倍ハッピーだ。
「Finding new ways to connect with your home culture while holding onto your expanded worldview.」
(広くなった世界観を保ちつつ、自国の文化(日本)と再び繋がる新しい方法を見つける)
これだ。
私の「広くなった世界観」(=まあ、いっか精神)を、無理やり日本の「型」に押し込めるから苦しかったんだ。
逆だ。
日本の「便利なシステム」を、私の「まあ、いっか精神」のために、最大限利用してやればいいんだ!
この瞬間、私の中で「日本式ハイブリッド時短術」が爆誕しました。
救世主は、インスタで見る「完璧な作り置き15品」じゃなかった。
救世主は、私の中にいた「海外仕様のワイルドな私」だったの。
じゃあ、具体的に何を変えたか。
今日はその「ハイブリッド術」の、ほんの一部を紹介するね。
【ハイブリッド術①】スーパーは「戦場」にあらず、「武器庫」である
まず、あの私を震え上がらせたスーパー。
考え方を変えた。
あそこは、「私を試すテスト会場」じゃない。
「私の家事を楽にするための、便利な『武器』が並んだ武器庫」だ。
- 完璧な野菜 vs 不揃い野菜→ 迷わず「不揃い」ゲット。だって安いもん(海外で培った節約根性、ここで発揮)。浮いたお金で、帰りにコンビニスイーツ買ってよし! これでママの機嫌が保たれるなら、それが「正解」。
- 親切すぎるお肉 vs 塊肉→ 「角煮用」とか「牛丼用」とか、もう気にしない。その日一番安い「豚こま」をデカいパックで買う(海外仕様)。そして、それを家で「なんとなく」で使い回す。
- 醤油多すぎ問題→ 解決。買ったのは「昆布つゆ(濃縮タイプ)」。海外で「キッコーマン一本」で生き延びた私だ。日本では「昆布つゆ一本」でなんとかなる! 煮物も、うどんも、卵焼きも、全部これ。日本の「便利さ」の極み、これぞ「武器」。
【ハイブリッド術②】「完璧な作り置き」を、ぶっ壊せ
次に、私を絶望させた「時短術(と書いて『超絶技巧』と読む)」問題。
特に「作り置き」。
週末に15品も作ってたら、週末が潰れる。
私が欲しいのは「平日の時短」であって、「週末の過労」じゃない。
だから、日本の「作り置き」の概念を、私流に書き換えた。
- 日本式: 15品目の副菜(きんぴら、ひじき煮、ほうれん草のおひたし…)
- 私(ハイブリッド)式: 「でっかいメイン」を1個だけ 作る。→ そう。海外でやってた「昨日作ったチリコンカン、今日も食う」方式(笑)→ 日本の便利な「カット野菜(炒め物用ミックスとか)」と、安い「ひき肉」を大量に買ってきて、巨大な鍋でミートソースとか、麻婆豆腐の「素」とか、ドライカレーとか、とにかく「なんか味の濃い、でかいメイン」を1個だけ作る。→ これぞ、海外の合理性!
で、ここからがハイブリッド。
平日はどうするか。
「メイン(昨日作ったやつ)」+「白ごはん」+「日本の便利武器」
この「日本の便利武器」ってのが、
- 納豆
- 豆腐
- 冷凍の枝豆、ほうれん草、ブロッコリー(海外より断然クオリティ高い!)
- わかめとネギと顆粒だし(=秒速みそ汁)
- スーパーのお惣菜(コロッケ1個だけ追加、とか)
どう?
これなら、週末に死ななくていい。
平日は、ごはん炊いて、冷凍ブロッコリーをチンして、鍋を温めるだけ。
「ちゃんとした」和食じゃないかもしれないけど、栄養バランス、たぶんOK!
何より、私が「機嫌よく」食卓に出せる。
【ハイブリッド術③】「下味冷凍」の「下味」をやめる
もう一個、「下味冷凍」。
鶏肉にハーブを揉み込んで…とか、豚肉を生姜焼きのタレに漬けて…とか。
無理。
その「揉み込む」時間が、まず、ない。
だから、これもハイブリッド。
- 日本式: 味付けして、小分けして、冷凍。
- 私(ハイブリッド)式:「味付けせず」、ただ「小分け」して冷凍。
海外でやってた「肉、そのままドンと冷凍」の欠点は、解凍に時間がかかることだった。
日本の「下味冷凍」のメリットは、「味が染みる」ことじゃなくて、「平たくして冷凍するから、解凍が早い」ことだと気付いたの。
だから、スーパーで買ってきた安いデカパックのお肉(豚こまとか)。
海外で鍛えたワイルドさで、手で掴んで、ジップロックに「平たく」入れる。
味? つけません。
それを5パックくらい作って、冷凍庫に立てて入れる。
平日の私:「あ、肉がない」
→ 冷凍庫から「平たい肉」を1パック出す
→ ボウルに水張って、5分で解凍(平たいから早い!)
→ フライパンで焼く
→ 仕上げに、あの「昆布つゆ」をジャー!
完成。
「下味」なんて、焼く時につければいい。
私が欲しかったのは「時短」であって、「染み込んだ味」ではなかった(笑)
日本の「知恵(平たく冷凍)」と、海外の「合理性(味付けは後)」の、完璧な融合。
【ハイブリッド術④】「学校プリント」は「買った」
最後に、あの私を苦しめた「手作り推奨」の袋。
……どうしたと思う?
メルカリで買いました(笑)
「体操服袋 サイズ指定」で検索したら、出るわ出るわ、プロみたいな人たちが作った、完璧なサイズの袋が。
ミシン出して、布買って、夜なべして、イライラしながら作る私。
スマホでポチって、数百円払って、空いた時間で子どもと笑ってる私。
どっちが「良い母」か。
もう、答えは出てるよね。
日本は、「ちゃんと」を強要してくるように見えるけど、同時に、その「ちゃんと」を(お金で)解決する手段が、めちゃくちゃ充実してる国でもある。
これを使わない手はない!
そう。
「ちゃんとしなきゃ」の嵐の中で、私は溺れるのをやめた。
「海外で培ったテキトーさ」を盾にして、
「日本の便利な武器(昆布つゆ、メルカリ、冷凍食品)」を拾い集めた。
完璧な日本の主婦には、なれなかった。
ていうか、なるのをやめた。
私は、「海外生活も日本の便利さも知ってる、ハイブリッドな私」として、もう一度、日本と付き合っていくことにしたんだ。
「転」は、こんな感じ。
この「ハイブリッド時短術」は、私の「時間」を節約してくれただけじゃない。
もっと大事なものを、救ってくれたんだ。
次回、最終回「結」。
この「時短術」が、私と日本、そして海外にいた頃の私自身とを、どうやって「和解」させてくれたのか。
その話を、しようと思います。
新しい私で、もう一度「ただいま」
やっほー!
長い長い、私の「日本おかえり奮闘記」(笑)、ついに最終回です。
最後まで付き合ってくれて、本当にありがとう。
「転」で、私はついに見つけたよね。
「完璧な日本の主婦」になるんじゃなくて、「海外仕様のテキトーな私」と「日本の便利な武器」を合体させた、「ハイブリッド時短術」。
スーパーで悩むのをやめ、安い不揃い野菜をカゴに放り込む。
週末の「作り置き15品」をやめ、「でっかいメイン1品」と「納豆・豆腐」に頼る。
「下味冷凍」の「下味」を省略し、「昆布つゆ」に全幅の信頼を寄せる。
そして、学校指定の袋は、笑顔でメルカリをポチる。
「時短術」って書いたけど、今思うと、私が手に入れたのは「時間」だけじゃなかった。
いや、もちろん、時間はできたよ。
ミシンに向かってイライラしてた土曜の夜が、子どもとくだらないテレビを見てゲラゲラ笑う時間になった。
スーパーで「正解」を探して消耗してた30分が、帰りにカフェラテを買って一息つく「私のための10分」になった。
でもね、それ以上に、もっともっと大切なものを、私は取り戻したんです。
それは、「心の余白(よはく)」。
「ちゃんとしなきゃ」
「日本のママとして、失格だ」
「海外ボケしてるダメな私」
「承」の頃の私、覚えてる?
あの時の私、愛する家族に囲まれているはずなのに、いつもイライラ、ピリピリしてた。
心の中が、「やるべきこと」と「自己嫌悪」でパンパン。1ミリの隙間もなかった。
「The unexpected pang of loneliness despite being surrounded by loved ones.」
(愛する人に囲まれているにも関わらず、予期せず襲ってくる孤独の痛み)
この正体、わかったよ。
私は、孤独だったんじゃない。
私が、私自身の手で、私を孤独にしてたんだ。
「完璧な主婦」っていう、誰も求めてない「鎧」を勝手に着込んで、家族からも、友達からも、そして「本当の私」からも、距離を取ってた。
夫が「納豆ごはんでいいよ」って言ってくれてるのに、「そんなわけにはいかない!」って、その優しさを受け取れなかった。
子どもが「ママ、遊ぼう」って言ってるのに、「今、袋作ってるから!」って、その手を振り払ってた。
そりゃ、孤独にもなる。
でも、ハイブリッド時短術を始めてから。
「昆布つゆ」が私の夕飯を、「メルカリ」が私の週末を救ってくれるようになってから。
私の心に、「余白」が生まれたの。
その余白ができたから、夫の「疲れてない?」っていう言葉を、素直に「疲れたー!」って受け止められるようになった。
その余白ができたから、子どもの「ねえ、見て見て!」っていう、どうでもいい(笑)発見に、「なになに!すごいじゃん!」って、本気で驚けるようになった。
イライラして「ちゃんとしたご飯」を出す私より、
お惣菜のコロッケと納豆ごはんでも、「今日の学校どうだった?」って笑って聞いてくれる私。
夫が、子どもが、本当に求めていたのは、後者だったんだ。
やっと、気付いた。
空港で感じたあの孤独感は、こうして、ゆっくりと溶けていったんです。
そして、もう一つ。
あの、胸を締め付けていた喪失感。
「The grief for the person you were abroad and the life you left behind.」
(海外にいた頃の自分、そして置いてきた生活への哀愁)
日本に帰ってきたら、あの、図太くて、テキトーで、たくましかった「海外仕様の私」は、死んじゃうんだと思ってた。
日本の「きっちり」に殺されちゃうんだって、本気で悲しかった。
でも、違った。
あの「海外仕様の私」、死んでなんかいなかった!
彼女こそが、ハイブリッド時短術の「発明家」だったんだから。
「え、野菜? 不揃いで安いやつでいいじゃん」って言ったのは、彼女。
「作り置き? メイン1個ドカンでしょ」って笑ったのは、彼女。
「袋? 買えば?」ってスマホを差し出してきたのは、間違いなく、あの「海外仕様の私」(笑)
彼女は、日本に殺されるどころか、日本の「便利な武器(昆布つゆ、メルカリ、カット野菜)」を手に入れて、最強になってたんです。
私は、海外にいた頃の自分を、失ったんじゃない。
「海外で生き抜いたスキル」と「日本の便利なシステム」を両方手に入れた、新しい「私」に、バージョンアップしたんだ。
これこそが、
「Finding new ways to connect with your home culture while holding onto your expanded worldview.」
(広くなった世界観を保ちつつ、自国の文化(日本)と再び繋がる新しい方法を見つける)
私なりの、答え。
日本の文化(きっちり、便利)と、私の世界観(テキトーでOK)。
ぶつかるんじゃなくて、いいとこ取りすればよかったんだ。
「起」の冒頭で言ったよね。
空港の自動ドアを抜けた時、「懐かしい異国」に来たみたいだったって。
今?
今はね、ちゃんと「我が家」です。
スーパーで不揃い人参をカゴに入れ、
「昆布つゆ」を迷わず手に取り、
学校のプリントを見て「はいはい、メルカリね」って呟く。
そんな日常が、すごく愛おしい。
あのね、
日本に帰ってきて、本当の意味で「ただいま」って言えたのは、空港じゃない。
「完璧な日本の主婦」になるのを諦めて、
「海外帰りのハイブリッドな私」で生きていくって、覚悟を決めた日。
そして、そのハイブリッド術で作った(手抜きした)ごはんで、家族と笑い合った、あの日の食卓。
あの瞬間、私は、私に「おかえり」って言えたんだと思います。
さて、ここまで読んでくれた、今、海外で頑張っているあなたへ。
そっちの生活、大変なことも多いよね。
言葉の壁、文化の違い、日本の家族のこと。
日本では「当たり前」のことが通じなくて、泣きたくなる日もあると思う。
でもね、今あなたが経験してる「なんとかなる!」っていうサバイバル精神。
「まあ、いっか」っていう、その図太さ。
それは、日本に帰ってきた時、何よりも強い「武器」になるから。
いつか、もしあなたが日本に帰ってきたら。
きっと私と同じように、「ちゃんとしなきゃ」の嵐に巻き込まれると思う。
「懐かしい異国」で、孤独を感じる日も、絶対に来る。
でも、大丈夫。
あなたはもう、海外を知らない頃のあなたじゃない。
広い世界を知って、強くなったあなただ。
日本の「完璧」に、あなたを押し込めないで。
日本の「便利」を、あなたの「テキトーさ」で、使い倒してやればいい。
「作り置き」は、しなくていい。
「手作り」も、しなくていい。
あなたが、あなたらしく、機嫌よく笑っていられること。
それが、あなたにとっても、あなたの周りの大切な人たちにとっても、一番の「正解」だから。
そっちの生活、思いっきり楽しんで!
あのデカいカートに、ポテチの特大袋、私もまた押しに行きたいな(笑)
長い間、読んでくれて本当にありがとう!
またね!

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