「金継ぎ – “壊れた”から“輝く”へ。暮らしの中のリジリエンス」

出会いと発見

こんにちは、私は日本に住む主婦で、毎日の家事や子育て、そして自分自身の時間を大切にしながら暮らしています。今日は、少しだけ私の暮らしの中から「ふとした気づき」を共有したいと思います。
ある日のこと、小さな茶碗をうっかり落として割ってしまったんです。そのとき、「あぁ、やってしまった……」とガッカリしたのですが、その後、その茶碗を“ただ捨てる”か、“どうにか使えるようにする”か、ちょっとだけ考え直してみました。そこで思い出したのが、金継ぎ(きんつぎ)という日本の伝統技法。
この技法は、壊れてしまった陶器を、漆(うるし)と金粉で修復し、そのまま使えるようにするだけでなく、むしろその「ひび」や「割れ目」を金で装飾して、壊れる前よりも味わいを持たせてしまおう、というものです。(ウィキペディア)
私はこの茶碗の“割れ”を、暮らしの“忙しさ”や“変化”の象徴として捉えてみよう、と思ったのです。ちょっと大げさかもしれませんが、「壊れたら終わり」ではなく、「壊れたから次がある」という考え方に心が惹かれました。

日本の暮らしの中では、「壊れたものを大事に使い続ける」「直して使う」という価値観が、無意識のうちに根付いているように感じます。例えば、使い古した道具をそのまま捨てずに、何とか工夫して使い続ける。あるいは、子どもが小さかった頃の服をリメイクして別の形にしてみる。そんな“もったいない(mottainai)”という意識。(The Kintsugi Labo JAPAN)
この「壊れた」「変化した」「でも使い続ける」「価値がある」という感覚が、私の日常の小さな時短術にもつながっていることに気が付きました。

例えば、家事の中で「子どもの靴が少し破れたから捨てる」ではなく、「ひもを交換してもう一回使おう」「ペンキでちょっと模様を入れてまだ使える形にしよう」と考える。少し手間をかけることで、結果的に“新品に買い換える時間”も“廃棄の手間”も省けて、気持ちの上でも“もったいない精神”が働いています。
こうした暮らし方は、海外の方にも「日本の主婦ってこういう価値観で動いてるんだ」と知ってもらえたら、きっと興味深いと思います。

さて、私自身の暮らしの中で、金継ぎの考え方を日常に落とし込むとどういうふうになっているのか、少し具体的にお話しします。まずは“起”として、出会いや発見の段階として、私が金継ぎを意識し始めた背景をお伝えしました。次回以降、「承・転・結」の段階で、私が実際に取り入れている時短術や価値観の実践例、そしてその先に見えてきたことをお話ししようと思います。

暮らしに息づく「金継ぎの心」


前回(起)では、「金継ぎ」という日本の伝統文化を通して、“壊れたからこそ美しい”という考え方に出会った話をしました。今回は、その考えが私の日常の暮らしや、家事の中にどう息づいているのかを少し掘り下げてみたいと思います。


■ 「完璧」を手放したときに、暮らしが楽になる

主婦としての毎日は、予想外の「割れもの」だらけです。
朝は予定通りに進まないし、洗濯物は思ったより乾かない。子どもがこぼした牛乳で床がベタベタになり、気づけば掃除機を持つ手が止まっています。
以前の私は、こうした“予定外”の出来事があるたびにイライラしていました。
「ちゃんとやりたいのに、できない」
「時間が足りない」「また遅れてる」
そんな完璧主義が、知らないうちに自分を苦しめていたんです。

でも、あるとき金継ぎの茶碗を見てハッとしました。
“欠けていても、美しい”。
むしろ、そのひびこそが「その人の暮らしの跡」なのだと。

それからというもの、私は暮らしの中で“完璧”を求めることをやめ、「ちょっと欠けたままでも大丈夫」という考えに切り替えました。
たとえば、食器を洗った後にきっちり全部拭かなくてもいい。自然乾燥でもいい。子どものお弁当も、栄養バランスを考えるより「ママが楽しく作れたか」を大事にする。そうすると、不思議なことに心の中の“金継ぎ”が始まりました。

壊れそうな自分を、「無理して修復」するのではなく、「そのままの自分で受け入れる」。
これが、私なりの“日常の金継ぎ”なのかもしれません。


■ 小さな工夫が、時間と心を救う

金継ぎの美しさは、“直すこと”よりも、“直すために工夫すること”にあると思います。
それは家事にも通じています。
完璧にやろうとすると時間が足りなくなる。でも「工夫しよう」と思えば、ちょっとした時短術が見えてくるんです。

たとえば、私が最近取り入れているのが「ながら家事」。
歯磨きをしながらシンクを拭く。
子どものおしゃべりを聞きながら、翌日の献立をスマホにメモする。
以前なら“家事は家事”“育児は育児”と分けていたのですが、今は「全部つながってる」と思うようになりました。
一つひとつを完璧にこなすよりも、暮らし全体を“流れるように整える”。
それはまるで、金継ぎの漆がひびをなぞるように、私の生活の中にも「ゆるやかな線」ができていく感覚でした。


■ 家族の中の「金継ぎ」

壊れたお皿だけでなく、壊れそうな人間関係にも“金継ぎ”は使えるのではないか。
そう思ったのは、ある日の夕食時のことです。
夫と小さなことで口げんかをして、気まずい空気になりました。以前の私なら、プライドを守るために黙り込み、数日間引きずっていたでしょう。
でもそのとき、「あ、これも“ひび”なんだ」と思ったんです。

すぐに完璧に戻す必要はない。でも、漆のように、少しずつ丁寧に向き合えばいい。
「さっきは言いすぎたかも」「疲れてたの、ごめんね」
そんな一言が、まるで金粉のように関係を優しく修復してくれました。

気づけば、私の暮らしの中にはたくさんの“金の線”がありました。
壊れた皿、すれ違った言葉、そして失敗した一日。
でもそれらが繋がるたびに、暮らしは味わいを増していく。
そんな実感を、日々感じています。


■ そして、時短とは「余白をつくること」

金継ぎの発想を暮らしに取り入れるようになってから、「時短」という言葉の意味も少し変わりました。
以前は“いかに早く終わらせるか”が目的でしたが、今は“余白をつくるために整える”ことが目的です。

・料理をまとめて作り置きしておく
・掃除は「5分だけタイマーをかけてやる」
・完璧を目指さず、「ここまででOK」と自分に言い聞かせる

そうすることで、1日の中に少しだけ“金色の余白”が生まれます。
その時間にコーヒーを飲んだり、好きな音楽を聴いたり。
「直すこと」「整えること」は、けっして義務じゃなく、“自分を輝かせる時間”なんだと気づきました。

欠けを受け入れる強さ ― 日本人の“美の哲学”と心の回復力


金継ぎの考え方を暮らしに取り入れてしばらく経ったある日、私はふと考えました。
「どうして日本では、“壊れたもの”をここまで大切にするんだろう?」と。

多くの国では、物が壊れたらすぐに捨てて新しいものを買うことが自然です。
でも日本では、古いもの、使い込んだものにこそ“味わい”が宿る。
その背景には、日本人特有の「侘び寂び(わびさび)」という美の哲学があります。
それは“完璧さ”よりも、“時間の流れや不完全さの中にある静かな美”を愛でる感性です。
そして、この考え方こそが、現代を生きる私たち主婦の「心の金継ぎ」にもつながっているのだと思います。


■ 「欠けている」からこそ、人は優しくなれる

私が子育てを始めたころ、理想の母親像を追いかけて、よく自分を責めていました。
周りのママたちのように完璧にできない自分が情けなくて、失敗するたびに心が沈んでいたのです。
でもある日、娘が私の割れた茶碗を見て言いました。

「ママ、これ、金の線がキラキラしててきれいだね。」

その一言で、胸の奥が温かくなりました。
ああ、欠けたところがあるからこそ、そこに“優しさ”が生まれるんだ、と。
完璧な器には、光が入りにくい。
でもひびがあるからこそ、光はそこから差し込む。

金継ぎの器のように、人もまた、欠けを受け入れたときに初めて“深み”を持つのかもしれません。


■ 日本文化に流れる「直す」という祈り

日本では昔から、壊れたものを“再生させる”文化が大切にされてきました。
たとえば、着物をほどいて子どもの服に仕立て直す「ほどき直し」や、道具を修理して何代にもわたって使う「道具直し」。
それらは単なる“節約”ではなく、“命をつなぐ行為”でもあったのです。

私の祖母もよく、古い布団の中綿を抜き替えて新しく縫い直していました。
その手仕事を見て育った私は、いつしか「直すこと」=「愛を注ぐこと」と感じるようになりました。

金継ぎも同じです。
ひびを隠すのではなく、金でなぞり、そこに“美”を見出す。
それは「壊れたからダメ」ではなく、「壊れたからこそ価値がある」という、逆転の発想。
この考え方は、私たちが日常で感じる“心のひび”にも通じます。


■ 心の金継ぎ:焦らず、急がず、丁寧に

私自身、これまでの人生で何度も「心が折れそう」と感じたことがありました。
子育てで思い通りにならないとき、仕事で失敗したとき、家族との関係にすれ違いが生じたとき…。
そんなとき、以前なら「早く立ち直らなきゃ」と自分を追い込んでいました。

でも金継ぎを知ってからは、“焦らない勇気”を持てるようになりました。
漆(うるし)を乾かすには時間がかかります。
何度も重ね塗りをして、ようやく金粉をのせられる。
それはまるで、人の心の回復過程と同じです。

落ち込んでいるときに無理に笑顔を作るよりも、
静かに自分の気持ちをなぞるように時間をかけて受け入れる。
その“待つ時間”こそが、心の金継ぎを完成させる大切な工程なんです。


■ 日本人の時短術=「焦らない暮らし」

海外の友人から「日本の主婦はとても忙しそう」と言われることがあります。
確かに、家事・育児・仕事・地域の活動など、やることは山ほどあります。
でも、日本的な“時短”は、ただスピードを上げることではありません。
本当の時短とは、「ムダを削って、心の余白を守ること」。

私の祖母がしていたように、“手間をかけることで長く使える”工夫も、
結果的に“焦らずに済む暮らし”をつくっていたのだと思います。

たとえば、

  • 洗濯物を少しでも早く乾かすために風通しのよい場所を選ぶ
  • 買い物の回数を減らすために、週の献立をざっくり決めておく
  • 「すぐ片付けなきゃ」と思わず、「一息ついてからやろう」と考える

そんな“小さなゆとり”の積み重ねが、
結果的に、心を修復しながら前に進む「金継ぎの暮らし」につながっていくのです。


■ 欠けを恐れず、そこに光を見つける

海外では「resilience(リジリエンス)」という言葉がよく使われますね。
意味は「回復力」や「しなやかさ」。
でも、日本のリジリエンスは少し違います。

壊れる前の姿に“戻る”のではなく、壊れたからこそ“新しい姿に生まれ変わる”。
つまり、“回復”ではなく“再生”。
それが金継ぎの哲学であり、日本人の心の在り方なのです。

日常の小さなトラブルや失敗も、「これも私の金の線」と思えば、不思議と心が軽くなります。
「壊れること」は終わりではなく、新しい輝きを手に入れるチャンス。
そう考えると、暮らしはずっと優しく、強くなれるのです。

不完全なまま、美しく生きるということ


壊れた茶碗を金でつなぎ直す「金継ぎ」のように、
私たちの人生にも、たくさんの“ひび”があります。

子どもの反抗期に泣きたくなった日。
家事と仕事の両立に心が折れそうだった夜。
小さな失敗を積み重ねて、自信をなくした瞬間。

でも、思うのです。
そのどれもが、人生という器に刻まれた“金の線”なのだと。


■ 金継ぎの器は、壊れる前よりも美しい

壊れたものを修復して、もとの姿に戻すだけなら、接着剤で十分です。
でも金継ぎは、そうではありません。
あえて金でつなぎ、ひびそのものを“美しいもの”として見せる。

それはまるで、人生そのものです。
私たちは失敗したり、傷ついたりすることで、以前よりも人の痛みに敏感になり、優しくなれる。
“壊れる前よりも、深く輝く”——その過程こそが生きる力になるのです。

海外では「Resilience(リジリエンス)」と呼ばれるこの強さ。
日本では昔から「折れても、またしなやかに立ち上がる」という心の美徳として息づいてきました。
その象徴が、まさに金継ぎなのだと思います。


■ 家庭という器に、金の線を描く

主婦として日々暮らしていると、家族の関係にもいくつもの“ひび”が生まれます。
夫婦で言い争いをしたり、子どもが反抗したり。
思い通りにいかない日々の中で、私たちは何度も「この関係、もうダメかも」と感じることがあります。

でも、金継ぎの哲学を思い出すたびに、私は立ち止まってこう思います。
「ひびを消すのではなく、そこに光を描けばいい」

すぐに完璧に直す必要はない。
大切なのは、壊れた部分に“手をかける”こと。
相手を思いやる時間を持ち、少しずつ金の線を重ねていくように。

私の家庭の中にも、たくさんの金の線があります。
小さなケンカのあと、子どもが書いた「ごめんね」のメモ。
忙しい朝、夫が黙って用意してくれたコーヒー。
どれもが、壊れた瞬間を優しくつなぎ直してくれた金の輝きでした。


■ 不完全さを受け入れることが、豊かさになる

日本の暮らしには「完璧じゃなくてもいい」という美しさが根づいています。
たとえば、手作りのお弁当の中の焦げた卵焼き。
子どもが描いた、ちょっといびつな絵。
どれも“未完成”でありながら、そこには確かな温かみがあります。

海外の方にとっては、この感覚は少し不思議かもしれません。
でも日本では、“欠けていること”や“古びていること”を否定しません。
それは、「生きてきた時間」や「積み重ねた愛情」が見える証だからです。

だからこそ、私は「時短」も“手を抜く”ことではなく、“自分の余白を守る”ことだと思っています。
少し家事を簡単にしても、笑顔でいられるなら、それが一番美しい。
自分の心の金継ぎを大切にすることで、暮らし全体がやわらかく輝いていくのです。


■ 最後に:あなたの“金の線”はどこにありますか?

もしあなたが今、疲れていたり、自分に自信が持てなかったりしても大丈夫。
あなたの中には、きっとたくさんの“金の線”があるはずです。
それは、乗り越えてきた時間の証であり、あなただけの模様。

壊れたままではなく、壊れたからこそ生まれた形。
その不完全さの中にこそ、真の美しさがあるのだと思います。

金継ぎの器が、光を受けて静かに輝くように。
私たちもまた、それぞれのひびを抱えながら、優しく強く生きていけたらと思います。


■ 海外の方へ ― 日本の暮らしに流れる「Resilient Beauty」

日本では「完璧」よりも「調和」を重んじます。
そして、“直すこと”や“丁寧に続けること”に美を見出す文化があります。
壊れた器を修復する金継ぎは、ただの修理ではなく、「人生をもう一度、愛するための技法」なのです。

もしあなたの暮らしの中に“ひび”があったとしても、どうかそれを恥じないでください。
その線こそ、あなたが歩いてきた証。
それを金色に輝かせて、新しい一歩を踏み出してみてください。

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