欠点をかけらに、暮らしの中のひびを輝きに変えるまで
はじめまして。私は東京近郊で暮らす主婦です。毎日、家族のご飯を作ったり、掃除や洗濯に追われたり、子どもの送り迎えや地域の集まりに顔を出したり――慌ただしい日々の中、「私ってちゃんとできてる?」と自問することが少なくありません。むしろ、「できていない」「足りない」と感じることのほうが多いかもしれません。
例えば、料理で予定した時間に仕上がらず慌ててしまった日。掃除を後回しにしてしまって、子どもから「ママ、こっちにホコリあるよ!」と言われてしまった日。英語の勉強をしようと思いながら、テレビの誘惑に負けてしまった日。こうした「ひび割れ」のような小さな出来事――欠点や失敗のように見えるものを、私はずっと自分の“弱さ”だと捉えてきました。
でも、暮らしを続けながらふと気づいたのです。日本の文化の中には、まさにその「欠点・ひび割れ」を否定せず、少し手を加えて、あるいは “そのまま” 生かして、むしろ価値に変えてしまうような考え方や習慣があると。例えば、洋服や雑貨の欠けた部分を金で継いで美しく仕上げる「金継ぎ」の精神。それと同じように、私たちの暮らしの中のひび割れも、「直して終わらせる」ではなくて、「味わいとして生かす」ことができるのではないか、と思ったのです。
日本では、暮らしの中にさまざまな“裏技(裏技)”が伝わっていて、小さな手間をちょっとかけるだけで、日々の作業がスムーズになったり、時間が生まれたりします。 (ウィキペディア) 例えば、家事をただこなすのではなく、流れを整えて「やらねば」から「こうやってやれば楽だ」というコツに変えること。この“ひび割れ”を“輝きの裂け目”に変える最初の一歩だと思うのです。
私自身が、英語があまり得意ではないまま「海外に住む主婦同士」や「日本に興味のある海外の方」に向けて発信を始めたように、完璧な状態でなくても大丈夫。むしろ「失敗」だったり「手間だったり」「時間がかかってしまったり」という部分が、私らしく暮らす証であり、共感の入口になるのだと感じています。
この「起」では、私が体験した“欠け”や“ひび割れ”を見つめ直したプロセスをご紹介します。次の「承」「転」「結」では、そのひび割れをどう生かしていったか、具体的な時短術や生活の工夫を交えながらお伝えしますので、ぜひお付き合いください。
日本に住むと、時々「皆完璧に見える」ような錯覚に陥ることがあります。きれいに整った部屋、そつなくこなされる家事、笑顔のママたち。けれど、その“表面”の裏側には、小さなひび割れがあって、それらをどう扱うかが毎日の暮らしを左右するのだと思います。そして、私にとってその鍵は「欠点を否定しない」こと。むしろ「欠点を私なりの強みに変える」こと。まさに、タイトルにある「金継ぎのように、輝くひびを刻む」という感覚です。
例えば子どもとの会話中にうまく言葉が出ずに詰まってしまった瞬間、以前の私なら「また話せなかった…」と落ち込んでいました。けれど今は「次はこう言ってみよう」と思える余裕が生まれ、その“ひび”がコミュニケーション改善のチャンスに変わっています。家事が遅れてしまった翌日、また取り返すことができずに終わるのではなく、「この時間差をどう活かそう?」と考えるようになりました。
暮らしの中の“欠け”を、「どうせできなかった」ではなく「ここが私のユニークな線だから活かそう」と思えるようになるまでには、もちろん時間がかかりました。でもそれができるようになると、毎日の家事も子育ても、自分の人生も、少しずつ“柔らかくて、でも芯のある”ものになっていく気がします。
以上が「起」の部分です。もしよければ、次の「承」に進んで、私が実際に取り入れている時短術や生活の工夫をご紹介しましょうか?
「欠けたところから始まる“自分流”の時短術 ― 不完全を活かす知恵」
あの日、「できなかった」「間に合わなかった」と感じた小さな失敗たち。
それらをどうやって“金継ぎ”のように受け入れ、暮らしの中で輝かせるようになったのか――。
今回は、私が実際に試してみて効果を感じた、“欠け”を活かす日本的な時短術をお話ししたいと思います。
■ 1. 「完璧じゃなくてもOK」を前提にした“ゆるスケジュール”
以前の私は、朝から晩まで「To Doリスト」でぎっしり予定を埋めていました。
でも、リストの半分も終わらないまま夜になり、自己嫌悪に陥ることがよくありました。
そんな時に出会ったのが、日本の“余白(よはく)”という考え方です。
日本の家づくりや茶道では、すべてを詰め込まずに「間(ま)」を大切にしますよね。
これを日常にも取り入れて、私はスケジュールの中に“あえて何もしない30分”を毎日つくるようにしました。
掃除が終わらなかったら、その30分で少しだけ片付ける。
もし順調に進んだら、その時間は自分のお茶時間にする。
“完璧”よりも“柔軟”を優先するだけで、気持ちに余裕が生まれ、結果的に家事全体の効率が上がりました。
海外の方に説明するなら、「Japanese minimal scheduling」と言えるかもしれません。
“Minimal”とは、減らすことではなく、“心の余裕を残す”こと。
それが日本流の時短の秘密なのです。
■ 2. “直さない”ことで時間を生む ― 金継ぎマインドの家事術
例えば、我が家の食器棚には欠けた湯のみがあります。
以前なら「みっともない」と思って捨てていたのですが、今は金継ぎ風に修復して使っています。
ひびを金で縁取ると、欠けが模様のように見えて、むしろ愛着が湧く。
この感覚を、家事にも応用してみました。
たとえば、家の中で「完璧にやらなくてもいい場所」を決めること。
リビングはきれいに整えるけど、寝室のベッドメイクは“ざっくり整えるだけ”。
食器を洗ったあとに「すぐ拭かず、自然乾燥でOK」と割り切る。
こうすることで、1日に20〜30分は時間が浮きました。
この“手を抜く勇気”が、意外と一番の時短術だったりします。
金継ぎのように、「欠けたままでも美しい」という視点を家事にも取り入れると、
“やらなきゃ”という圧力から解放されて、毎日が少し軽くなるのです。
■ 3. “ながら家事”のすすめ ― 小さなひびがアイデアに変わる瞬間
ある日、煮物の鍋を見張りながら英語の勉強アプリを開いていたとき、気づいたんです。
「待ち時間って、思っていた以上に使える」と。
それからは、料理中にPodcastでニュースを聞いたり、洗濯物をたたみながらメッセージを英語で練習したり、
“ながら家事”を習慣にしました。
完璧に家事を終えてから自分の時間を作るのではなく、
“ひびのようなスキマ時間”を活かして、自分を育てる。
これもまた、欠けた時間を金色に輝かせる工夫です。
面白いのは、“ながら”のほうが意外とリラックスできること。
例えば、掃除をしながら英語のシャドーイングをすると、集中しすぎない分、自然と口が動くんです。
この「ちょっと欠けた集中」が、むしろ学びを続けるコツになっています。
■ 4. 家族も巻き込む“金継ぎ時間”
もうひとつの気づきは、「自分だけで頑張らない」こと。
以前は、「ママが全部やらなきゃ」と思っていましたが、
ある日、息子が「ぼくもお皿洗う!」と言ったのをきっかけに、家事をシェアするようになりました。
子どもが洗うと水が跳ねるし、コップを割ってしまうこともあります。
でも、それも“ひびのある日常”。
大切なのは、「失敗したっていい、やってみよう」と一緒に笑える空気をつくること。
これも日本の“わびさび”や“金継ぎ”の心に通じている気がします。
結果的に、家事時間は短くなり、私の負担も減りました。
なにより、家族の会話が増えて、暮らしが温かくなったんです。
■ まとめ:欠けを恐れず、暮らしを遊ぶように
「完璧じゃない暮らし」には、たくさんの余白と発見があります。
それは、失敗や欠けを否定するのではなく、
“そのままの形”で受け入れ、活かしていく知恵。
そして、それが日本の文化に根づく「金継ぎ」の精神なのだと思います。
この考え方を取り入れると、
家事も、学びも、家族との時間も、“やるべきこと”から“楽しむこと”へと変わっていきます。
欠けがあるからこそ、そこから光が差し込む。
それが、私が暮らしの中で見つけた“ひびの美学”です。
「“失敗”が輝きに変わった日 ― 不完全を受け入れた瞬間の心の変化」
家事のコツを工夫したり、スケジュールに“余白”をつくるようになってから、
少しずつ心の余裕が戻ってきました。
でも、実は私にとって本当の「転機」になったのは、
とある“失敗”からでした。
■ 1. 「恥ずかしい失敗」だった、あの日の出来事
ある日のことです。
地域の子ども会で、外国人ママたちと一緒にお菓子作りのイベントを開いたときのこと。
私は少しでも役に立てたらと思って進行役を引き受けました。
けれど当日、英語で説明している最中に、言葉が詰まってしまったのです。
焦るほどに頭が真っ白になり、手元もおぼつかなくなって、
結局、他のママに助けてもらう形になってしまいました。
家に帰る途中、情けなくて涙が出ました。
「なんで私はいつもこうなんだろう」
「ちゃんと準備したのに…」
完璧にこなせない自分が、ものすごく恥ずかしかったのです。
でもその夜、子どもが何気なく言った一言が、私の中で何かを変えました。
「ママ、今日楽しそうだったね。英語、少し変だったけど、みんな笑ってたよ!」
――“変だったけど、みんな笑ってた”。
その言葉にハッとしました。
私が「失敗」と思っていたことは、
まわりにとっては「親しみ」や「あたたかさ」に見えていたのかもしれない。
■ 2. “完璧にできない”自分が、人との距離を縮めてくれた
翌週、そのイベントに参加していた外国人ママから、メッセージが届きました。
「Your English is cute! You made everyone feel relaxed.(あなたの英語、かわいかったよ。みんなリラックスできた)」
その一文を読んで、心の中の何かがふっとほどけたのを覚えています。
私はそれまで、“正しく話すこと”“完璧に進めること”ばかりに意識を向けていました。
でも実は、ちょっとしたミスや言いよどみが、
人との距離を近づける“ひび”になっていたんです。
それを通して、私は初めて「不完全さには、つながりを生む力がある」と気づきました。
金継ぎの器が美しいのは、金の線が“欠け”をなぞっているからこそ。
同じように、私たちの言葉や行動の“欠け”が、
人との関係をやさしく結んでくれることもある。
そう思うと、あの日の失敗が、
まるで“私の人生のひびに金を流し込んだ”瞬間だったように感じられました。
■ 3. “ひび”が導いた、新しい挑戦
この出来事をきっかけに、私は自分の中で大きな変化を感じました。
それまで「失敗したくない」と避けていたこと――
英語で人前に立つことや、新しい人と話すこと――にも少しずつ挑戦するようになりました。
最初は、スーパーで外国人のお客さんに「Hello」と声をかけるだけ。
でも、少しずつ話すたびに、「通じた!」という喜びが増えていきました。
それは、上達よりもずっと深い、心の変化でした。
完璧ではないからこそ、相手も安心して話してくれる。
間違えるたびに、笑い合える。
この“欠けた英語”が、私らしいコミュニケーションの形になっていったのです。
■ 4. 「欠け」が教えてくれた、“自分を許す力”
ふと気づくと、家事の中でも同じことが起きていました。
食器を落として割ってしまった日、
前なら「注意が足りない!」と自分を責めていたのに、
今は「今日は疲れてたんだな」と、そっと深呼吸するようになりました。
“できなかった自分”を責めるよりも、
“がんばった自分”を認めるほうが、ずっと前に進める。
それが、日常の中で学んだ「金継ぎマインド」です。
日本の文化では、「失敗を恥ずかしいもの」として隠す傾向があるかもしれません。
でも、私は今、その“恥”の中にこそ温かさや共感があると思っています。
器のひびがなければ、金継ぎは生まれないように、
人の弱さがあるからこそ、人はやさしくなれる。
■ 5. “欠けた部分”が、未来をつくる原動力になる
私はこの経験を通して、
「欠け」は“終わり”ではなく、“始まり”なのだと感じました。
ミスをした瞬間、うまくいかない日、気持ちが折れそうな時間――
そのすべてが、自分を磨くチャンスだったのです。
そして不思議なことに、そう思えるようになってから、
新しい発想やアイデアがどんどん浮かぶようになりました。
料理の失敗から新しいレシピが生まれたり、
掃除の面倒さから「効率化の仕組み」を考えたり。
“欠けた部分”が、私の創造力の源になっていったのです。
■ まとめ:ひびのある人生ほど、美しい
完璧を目指すほど苦しくなっていた頃、
私は“ひび”を恐れていました。
けれど今は、そのひびがあるからこそ、
自分が本当に人とつながり、成長できるのだと思っています。
金継ぎの器のように、
私たちの人生も、傷や失敗をなぞることで、
唯一無二の模様を描いていくのだと思います。
「欠けを抱きしめて、生きる。――“ひびのある暮らし”が教えてくれたこと」
気がつけば、私の暮らしにはたくさんの“ひび”があります。
少し欠けた湯のみ、焦げ跡の残るフライパン、言い間違いをしたままの会話、
やり残した家事のメモ、そして時々、自信を失う私自身の心。
けれど今は、そのどれもが「ダメなもの」ではなく、
むしろ“私という物語の証”のように思えるのです。
■ 1. “金継ぎの暮らし”が教えてくれた、ゆるやかな完璧
日本には「金継ぎ(きんつぎ)」という、壊れた器を修復する伝統の技があります。
金で継ぐそのひびは、隠されるどころか、堂々と見せられます。
欠けを隠すのではなく、“美として昇華させる”という考え方。
それを暮らしの中に取り入れてみると、不思議な変化が起きました。
焦げた鍋も、「ここでおいしいご飯を作った日があったんだな」と愛しく思えたり、
言葉につまずいた瞬間も、「その不器用さが私らしい」と笑えるようになったり。
つまり、“完璧”の定義が変わったんです。
以前の私は「欠けがないこと」が完璧だと思っていました。
でも今は、「欠けを受け入れていること」こそが、
本当の完璧なのかもしれない、と思うようになりました。
■ 2. 欠けを受け入れることは、自分を許すこと
私たちは毎日、いろんな“理想の自分”と比べながら生きています。
もっとちゃんとできたら、
もっと早く行動できたら、
もっと上手に話せたら――。
けれど、どんなに努力しても、
どこかに小さな“ひび”はできてしまうものです。
そして、それは悪いことではありません。
むしろ、“ひび”があるからこそ、人は優しくなれる。
失敗した経験があるからこそ、誰かの失敗を責めずにいられる。
焦げた鍋を洗うように、落ち込んだ心も少しずつ磨けばいい。
「今日、できなかったことがあっても、それでいい」
そう思えるようになったとき、
私の暮らしは、静かに輝き始めました。
■ 3. “不完全”から生まれる、創造とつながり
おもしろいことに、“欠け”を受け入れるようになってから、
新しい発想や出会いが増えていきました。
時間が足りなくて家事を簡略化したら、
「このやり方、意外と便利!」と新しい時短法を発見。
料理を失敗しても、「この味、悪くないかも」と別のレシピが生まれたり。
また、英語を間違えて笑われた経験が、
「言葉の壁を越える勇気」の話としてブログのネタになったこともあります。
不完全さは、想像力の“入口”なんです。
日本の「わびさび」もそうですが、
“欠け”や“古び”の中にこそ、
静かな美と、新しい価値が生まれるのだと実感します。
■ 4. “ひび”を抱きしめるように生きるということ
今の私は、朝のコーヒーを淹れるとき、
欠けたマグカップをそっと両手で包みながら、
こう思うようになりました。
「今日も少し欠けててもいい。
でもその分、やさしくなれたらいい。」
欠けているから、こぼれやすい。
でもそのぶん、丁寧に扱うようになる。
その“丁寧さ”こそが、暮らしの温度を上げてくれるんです。
■ 5. 海外の友人へ伝えたい、日本の「欠けの美学」
海外の友人に、「どうして日本の人は“壊れた器”を直すの?」と聞かれたことがあります。
そのとき私はこう答えました。
“Because the cracks tell a story.”
(ひびには物語があるから。)
私たちが抱える“欠け”も、同じです。
それは弱点ではなく、私たちの人生の模様。
過去の失敗も、迷いも、ため息の瞬間も、
全部が「今の私」を形づくる線になっている。
そして、その線を金色に光らせるのは、
他の誰でもない、自分自身の“受け入れる心”なんだと思います。
■ 6. まとめ:Embracing Your Golden Cracks
“Embracing Your Golden Cracks”――
それは、「欠けを直す」のではなく、「欠けを抱きしめる」という生き方。
日々の中でうまくいかないことがあっても、
失敗しても、落ち込んでも、
その“ひび”があなたらしさを照らす金のラインになる。
日本の金継ぎのように、
私たちの人生も、欠けたところから本当の輝きが始まります。
最後に
今、もしあなたが「足りない」と感じているなら、
その“足りなさ”こそが、新しい強さの種です。
焦らず、比べず、自分のペースで磨いていけばいい。
欠けている自分を責める代わりに、
「ここにも光が入る場所がある」と思えるようになったとき、
あなたの暮らしも、きっと静かに金色に輝きはじめます。

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