The Invisible Load:日本のシングルマザー、その「見えない重荷」とリアルな日常

~完璧な母という幻想と、私たちが抱える静かな闘い~

完璧な母という幻想と、ある雨の日の崩壊

午前5時30分。スマートフォンのアラームが振動するより先に、私は目を覚まします。薄暗い部屋、隣で安らかな寝息を立てている娘の温度を感じながら、私の頭の中はすでに「今日のTO DOリスト」で埋め尽くされています。

「燃えるゴミの日だから、家を出る前に集めなきゃ」

「娘の体操着、乾いたかな」

「今日の夕飯の下ごしらえもしないと、帰ってからじゃ間に合わない」

「あ、保育園の集金袋にお釣りなしで小銭を用意しなきゃいけないんだった」

まだ布団の中にいるのに、心臓が早鐘を打ち始める。これが私の、そして日本に住む多くのシングルマザー(ひとり親)たちの1日の始まりです。

海外の皆さん、あなたがイメージする「日本のお母さん」ってどんな感じですか?

もしかしたら、ジブリ映画に出てくるような、割烹着を着て微笑んでいるお母さんかもしれません。あるいは、栄養バランスが完璧に計算された、芸術品のような「BENTO(お弁当)」を毎朝作り、いつも穏やかで、家の中をピカピカに磨き上げている……そんなスーパーウーマンを想像しているのではないでしょうか。

正直に言いますね。

そんなの、ファンタジーです。少なくとも、今の私にとっては。

私は今、日本でシングルマザーとして働きながら、娘を育てています。夫はいません。頼れる親戚も近くにはいません。日本で言うところの完全な「ワンオペ(One-operation)」育児です。この言葉、もともとは飲食店の深夜シフトを一人で回す過酷な労働環境を指す言葉だったんですが、今では日本の母親たちの日常を表す言葉として定着してしまいました。皮肉な話ですよね。

日本の社会は、表面的にはとても便利で整然としています。電車は時間通りに来るし、コンビニは24時間開いている。でも、その便利さの裏側には、依然として「家庭」に対する、特に「母親」に対する古風で重たい期待が横たわっています。

例えば、日本では「手作り信仰」というものが根強くあります。

幼稚園や学校に持っていくバッグは手作りでなければ「愛情不足」と見なされる風潮。冷凍食品を使ったお弁当には罪悪感を持たせるような空気。保育園の連絡帳には、毎日びっしりと子供の様子を書かなければいけない暗黙の了解。

私たちシングルマザーは、社会に出て男性と同じように(あるいはそれ以上に)働きながら、この「伝統的な日本の良き母」という役割も演じなければならないのです。仕事が終わればスーパーへダッシュし、保育園のお迎えに滑り込み、帰宅後は分刻みのスケジュールで風呂、食事、寝かしつけをこなす。自分のための時間? そんなものは、この数年、記憶にありません。

でも、本当に辛いのは、この物理的な忙しさだけではないんです。

最も重く、誰にも見えない荷物。それは「私は一人で全部やらなきゃいけない」という孤独なプレッシャーと、「ちゃんとした家庭に見せなきゃいけない」という世間体への恐怖です。これを私は「The Invisible Load(見えない重荷)」と呼んでいます。

ある雨の日のことを、今でも鮮明に覚えています。それが、私にとっての「Breaking Point(崩壊点)」でした。

その日は、朝から全てがうまくいかない日でした。

娘は「行きたくない」とぐずり、仕事ではクライアントからの急な修正依頼が入り、頭痛薬を飲みながら必死にキーボードを叩いていました。夕方、保育園にお迎えに行った時には、すでに外は土砂降り。

日本の都会では、多くの母親が「ママチャリ」と呼ばれる電動アシスト自転車の前後に子供を乗せて移動します。私もその一人です。雨の日は、子供にレインカバーをかけ、自分はレインコートを着て、まるで修行僧のように自転車を漕ぐのです。

その日、スーパーで買い物を済ませた私は、自転車の前かごに重たい買い物袋を、後ろのチャイルドシートに娘を乗せました。米5キロと牛乳2本が入った袋は、鉛のように重かった。

「早く帰って、ご飯作らなきゃ」

焦る気持ちでペダルを漕ぎ出した瞬間、濡れた路面でタイヤが滑り、バランスを崩しました。

ガシャン!という大きな音と共に、自転車ごと横倒しになりました。

幸い、娘はヘルメットとシートベルトのおかげで無傷でしたが、驚いて火がついたように泣き叫び始めました。買い物袋からは、卵が割れて黄色い液体が流れ出し、買ったばかりの牛乳パックが破れて白い川を作っていました。雨は容赦なく私の顔を打ち付けます。

通りがかりのサラリーマンが数人、こちらを一瞥しましたが、誰も立ち止まりませんでした。彼らが冷たいわけではないんです。日本の「他人に干渉しない」という距離感が、こういう時には冷酷な壁のように感じられるのです。

私は泥だらけの膝で立ち上がり、泣き叫ぶ娘を抱きしめようとしましたが、腕に力が入らないのです。

倒れた自転車を起こそうとしても、重すぎてびくともしない。

割れた卵。泣く娘。冷たい雨。そして、見て見ぬふりをして通り過ぎる傘の波。

その瞬間、私の中で何かがプツンと切れました。

「助けて」と言えばよかったのかもしれません。

でも、喉の奥が熱くなって、声が出ないんです。「迷惑をかけてはいけない」「一人でできなきゃいけない」「かわいそうなシングルマザーだと思われたくない」。そんな、日本社会で生きていくために身につけた鎧が、私のSOSを封じ込めていました。

私は雨の中に座り込んだまま、娘と一緒に泣きました。

悲しいからではありません。ただただ、自分が無力で、情けなくて、そしてどうしようもなく孤独だったからです。

「どうして、私はこんなに頑張っているのに、普通の生活すら送れないんだろう」

割れた卵の殻が、雨水に混じって道路の排水溝に流れていくのを見つめながら、私は思いました。

「もう、無理だ」

これが、私が「理想の母親」という仮面を脱ぎ捨てることになった、最初のきっかけです。

日本という国で、シングルマザーとして生きるということ。それは、美しい桜や礼儀正しい文化の裏側にある、こうした「見えない重荷」との戦いでもあります。

でも、誤解しないでくださいね。これは悲劇のヒロインの物語ではありません。

ここからが、本当の意味での私の「人生」の始まりだったのです。どん底で雨に打たれながら、私はある種の開き直り……いえ、日本古来の「ある考え方」に救われることになります。

それは、私たちが日常でよく使う魔法の言葉。

「Shikata ga nai(仕方がない)」

この言葉の本当の意味を、私はその時まで理解していなかったのかもしれません。

「世間体」という見えない鎖と、社会の歪み

あの雨の日、私がアスファルトの上で流した涙。それは単に、卵が割れた悲しみや、転んだ痛みからくるものではありませんでした。

あの涙の成分の9割は、「情けなさ」でした。

「普通の家庭」と同じことができない自分。

「普通のお母さん」のように涼しい顔で笑っていられない自分。

この「普通(Futsu)」という言葉こそが、日本社会に住む私たちを何よりも苦しめる呪いです。

海外の皆さん、日本の**「世間体(Sekentei)」**という言葉を聞いたことがありますか? 直訳するのは難しいのですが、あえて言うなら “Appearance in the eyes of society”(社会の目から見た体裁)や “Reputation within the community”(共同体の中での評判)に近い感覚です。

でも、それは単なる評判ではありません。もっと粘着質で、空気のように私たちの周りに漂っている監視システムのようなものです。

平日午後2時のPTA会議という「踏み絵」

この「世間体」と「古い社会システム」が最も残酷な形で現れる場所、それが学校です。

ある日、娘の小学校から一枚のプリント(お知らせ)が届きました。

「PTA役員選出会議のお知らせ。必ず出席してください」

日時は、平日の午後2時。

……え? と思いませんか。

平日の昼下がりですよ? 多くの人が働いている時間帯です。

でも、日本の学校システム(特に公立学校)は、あたかも「母親は家にいて、いつでも学校に来られる存在」であるという、昭和時代(1970-80年代)の専業主婦モデルを前提に動いています。

私は会社に頭を下げ、半休を取って学校へ向かいました。

教室に入ると、そこには独特の重苦しい空気が漂っています。これを日本では**「空気を読む(Reading the air)」**と言いますが、この場の空気は明確にこう言っています。

『誰もやりたくない。でも誰かがやらなきゃいけない。だから、絶対に目を合わせないようにしよう』

役員決めは難航します。沈黙が5分、10分と続きます。

そこで勇気を出して、私は手を挙げました。「すみません、私はフルタイムで働いていて、父も母も遠方なので、平日の活動はできません。免除していただけないでしょうか」

その瞬間、教室の空気が「凍り」ました。

隣に座っていた綺麗なお母さんが、申し訳なさそうに、でもはっきりとこう言ったのです。

「あの……皆さん、お忙しいのは一緒ですので」

この言葉の裏にあるのは、「あなただけが特別じゃない」「働いているのはあなたの勝手でしょ」という無言の圧力です。これは日本社会特有の**「同調圧力(Peer Pressure)」**の恐ろしさです。日本では「みんなと同じだけ苦労すること」が美徳とされ、事情があってそれができない人は「わがまま」と見なされがちです。

結局、私は「自宅でできるベルマーク(商品のポイントシール)の集計係」を引き受けざるを得ませんでした。

夜中、娘が寝静まった後に、小さくてペラペラした点数シールを何百枚もハサミで切りながら、私は思いました。

「私は何と戦っているんだろう。明日の会議の資料も作らなきゃいけないのに」

これは単なる忙しさの問題ではありません。

「母親なんだから、子供のためにこれくらいの犠牲は払って当然」という、社会全体が共有する強固なドグマ(教義)が、私たちシングルマザーの首を絞めているのです。

「働いているからできない」は、怠慢の言い訳だと受け取られてしまう恐怖。だから私たちは、睡眠時間を削ってでも「ちゃんとしたお母さん」を演じ続けようとします。

貧困とプライドの狭間で

もう一つ、海外の皆さんに知ってほしい日本のパラドックス(逆説)があります。

日本は、シングルマザーの就業率(働いている率)が世界でもトップクラスに高い国です。8割以上のシングルマザーが働いています。

それなのに、**「ひとり親世帯の貧困率」**はOECD加盟国の中でワーストレベルです。

一生懸命働いているのに、貧しい。なぜでしょうか?

それは、日本の労働市場において、女性、特に一度キャリアを中断した母親が「正社員」として安定した給料を得ることが極めて難しいからです。多くのシングルマザーは、パートタイムや非正規雇用といった不安定な立場にならざるを得ません。

でも、街を歩いていて「貧しい人」を見かけることは少ないでしょう。

なぜなら、日本人は「貧しさ」を隠すことに全精力を注ぐからです。これもまた「世間体」です。

私もそうです。

スーパーマーケットでの買い物は、閉店間際の「半額シール」が貼られる時間を狙います。

娘が「このいちご、食べたい!」と言って持ってきたパックを、値段を見てそっと棚に戻す時の、あの胸が張り裂けそうな罪悪感。

「ごめんね、今日はこっちのバナナにしようか」と明るく振る舞う時の、引きつった笑顔。

服はファストファッションやフリマアプリで安く手に入れるから、見た目はこぎれいです。子供にも、最新のゲーム機は買えなくても、それなりに綺麗な服を着せます。

「あそこのお家、大変そうね」と指をさされたくないからです。

貧しいと思われることは、日本では「恥(Shame)」なのです。

だから私たちは、外では完璧な笑顔を貼り付けます。

「大丈夫です、なんとかやってます」

「主人がいなくても、楽しくやってます」

そうやって強がれば強がるほど、周囲は「ああ、あの人は一人でも大丈夫な強い人なんだ」と誤解し、誰も手を差し伸べてはくれなくなります。

助けを求めることは「迷惑(Meiwaku)」をかけること。

日本では、小さい頃から「他人に迷惑をかけてはいけません」と教え込まれます。この教えは、公衆道徳を守る上では素晴らしい規範ですが、困った時に「助けて」と言う声を封じ込める副作用も持っています。

「実家に頼ればいいじゃない?」とよく言われます。

でも、高齢の親に心配をかけたくない。

「行政の支援を受ければ?」とも言われます。

でも、役所の窓口で自分の困窮ぶりを証明する手続きは、惨めで、心が折れそうになる作業です。

こうして私たちは、社会の片隅で、誰にも気づかれないように息を潜めて戦っています。

綺麗に整えられた日本の街並み。その清潔なアパートの一室一室に、本当は叫びだしたいほどの不安を抱え、それでも翌朝のお弁当のために卵焼きを焼いている母親がいる。

あの雨の日に自転車ごと倒れた私が、誰にも助けを求められなかった理由。

それは、私がただ強情だったからではありません。

「助けてと言ったら、母親として失格の烙印を押される気がした」

その恐怖が、私の声を奪っていたのです。

日本のシングルマザーが背負っている「Invisible Load(見えない重荷)」の正体。

それは、家事や育児の量だけではありません。

「社会が求める理想の母親像」と「現実の過酷さ」のギャップを、たった一人で、笑顔で埋め続けなければならないという、精神的な苦役のことなのです。

しかし、限界は必ず訪れます。

そして、その限界の向こう側で、私はある意外な「気づき」を得ることになります。

皮肉なことに、私が救われたのは、新しいパートナーでも、宝くじの当選でもなく、日本人が古くから大切にしてきた**「諦め」の哲学**でした。

「仕方がない」の向こう側に見つけた、小さくて強い哲学

雨の中、泥だらけで座り込んでいたあの日。

私は、日本人が何世紀にもわたって唱えてきた魔法の呪文を、口の中でぼそりと呟きました。

「……ああ、もう。しょうがない(Shikata ga nai)」

海外の皆さんは、この “Shikata ga nai” (または “Sho ga nai”)という言葉を、ネガティブな意味で捉えているかもしれません。「諦め」や「現状追認」、「無力感」の象徴だと。

確かにそうです。私もずっと、この言葉が嫌いでした。社会の不条理に対して「しょうがない」と蓋をするのは、思考停止だと思っていたからです。

でも、あの極限状態で私の口から出た「しょうがない」は、少し違う響きを持っていました。

それは「負け」を認めることではありませんでした。

「コントロールできないこと(天気、他人の目、完璧な理想)と戦うのをやめて、今ここにある現実だけを受け入れる」

という、ある種の**「覚悟」**だったのです。

そこから、私の「戦略的撤退」とも呼べる、新しい生活実験が始まりました。

「諦める」は「明らかにする」こと

日本語の「諦める(Akirameru = give up)」という言葉の語源を知っていますか?

実はこれ、仏教用語の「明らかにする(Akiraka ni suru)」から来ていると言われています。

つまり、単に放り出すのではなく、**「自分にとって何が本当に大切で、何が不要なのかを明らかにする」**というのが、本来の意味なんです。

私は「完璧な日本の母親」になることを、きっぱりと諦めることにしました。

その代わりに、「笑っている私」を取り戻すことを最優先事項(プライオリティ)にしたのです。

まず手放したのは、**「手作り信仰(Homemade Myth)」**です。

日本のスーパーマーケットには、世界に誇るべき素晴らしい発明品があります。「冷凍餃子(Frozen Gyoza)」です。

水も油もいらない、ただフライパンに並べて焼くだけで、パリパリの羽根つき餃子ができる。しかも一袋200円(約1.5ドル)程度。

それまでの私は、「子供には手作りのものを食べさせなきゃ」という呪いにかかっていて、冷凍食品を使うたびに「ごめんね」と心の中で謝っていました。

でも、ある夜、私は堂々と冷凍餃子を食卓に出しました。味噌汁もインスタントです。

準備時間はたったの10分。

そのおかげで、私はいつもより30分長く、娘と一緒にテレビを見て笑うことができました。

娘は餃子を頬張りながら言いました。

「ママ、今日のご飯、すっごく美味しい! ママがニコニコしてるからもっと美味しい!」

衝撃でした。

子供が必要としていたのは、「完璧な栄養バランスの食事」を作るためにイライラして疲れ切った背中ではなく、「一緒に『美味しいね』と言い合える笑顔の母親」だったのです。

手抜きじゃない。これは**「余白(Yohaku)」**を作るための知恵なんだ。

そう思えた瞬間、私の肩から漬物石のような重りが一つ、落ちました。

「金継ぎ」のような人生でいい

次に変えたのは、自分の「傷」に対する考え方です。

日本には**「金継ぎ(Kintsugi)」**という伝統技法があります。

割れてしまった陶器を、漆と金粉で修復する技術です。割れたことを隠すのではなく、そのヒビ割れをあえて金で彩り、新しい「景色(美しさ)」として愛でるのです。

シングルマザーであること。離婚したこと。

それは日本社会においては「傷」や「失敗」と見なされがちです。私自身、自分の人生は「ひび割れた茶碗」だと思っていました。完璧な円(家族)じゃない、と。

でも、もしこのヒビ割れが、私の人生の「味」だとしたら?

一人で働き、一人で育て、泣きながら自転車を漕いだあの経験が、私の「金」の継ぎ目になるとしたら?

私は、隠すのをやめました。

職場で「すみません、子供が熱を出して」と謝るのをやめました。

その代わりに、こう言うようにしたのです。

「ありがとうございます、皆さんのサポートのおかげで看病できます」

「Sumimasen(I’m sorry)」から「Arigato(Thank you)」へのシフトです。

日本語の「すみません」は便利な言葉で、謝罪にも感謝にも使えますが、私は意識して「ありがとう」を使うようにしました。

謝罪は自分を惨めにしますが、感謝は自分と相手を繋ぎます。

「夫がいなくて大変ですね」と同情されたら、「ええ、大変です。でも、テレビのチャンネル権争いがないのは最高ですよ」とジョークで返せるようになりました。

自分の「欠け」を隠さず、ユーモアという金粉で継ぐ。

そうすると不思議なことに、周りの人たちも「腫れ物に触る」ような態度から、対等な人間として接してくれるようになったのです。

「足るを知る」ミニマリズム

そして最後に、生活のサイズを小さくしました。

これは日本の「禅(Zen)」の教えにある**「知足(Chisoku = 足るを知る)」**の実践です。

周りの家族と比べて「あれがない」「これがない」と嘆くのをやめました。

立派な一軒家も、高級な車も、休日の家族旅行も、今の私にはありません。

でも、私には「娘と二人で、週末に布団の中でゴロゴロしながらアイスクリームを食べる時間」があります。これ以上の幸せが、どこにあるというのでしょう?

他人の物差し(世間体)で測る幸せではなく、自分の物差しで測る幸せ。

部屋が少し散らかっていても、死にはしません。

「今日は掃除機かけない日!」と決めて、その時間で本を読む。

日本の伝統的な美意識である**「侘び寂び(Wabi-Sabi)」**は、不完全なもの、質素なものの中に美しさを見出す心です。

私の生活は、確かに不完全で、質素かもしれない。でも、そこには私たちが自分たちで選び取った、静かで強い「自由」がありました。

社会のシステムは、すぐには変わりません。PTAの会議はまだあるし、給料は上がらないし、街中で心無い視線を感じることもあります。

でも、私の心持ち(Mindset)が変わったことで、世界の見え方は劇的に変わりました。

「見えない重荷(Invisible Load)」は、実はその半分以上が、「こうあらねばならない」という私自身の思い込みが作り出した幻影だったのかもしれません。

それを手放した時、私は初めて、誰かの「母親」や「役割」としてではなく、一人の「人間」として呼吸ができるようになった気がしました。

私はスーパーウーマンにはなれませんでした。

でも、その代わりに、「自分の弱さを認め、その日その日をサバイブすることを楽しむ」という、もっとしなやかな強さを手に入れたのです。

そう、私たちは決して「かわいそうな被害者」ではありません。

古い社会の歪みの中で、新しい生き方を模索している「開拓者(パイオニア)」なのです。

弱さは絆になる:私たちが共有できる新しい連帯

私が「完璧な母」であることをやめ、自分の「金継ぎ」だらけの人生を面白がるようになってから、不思議なことが起こり始めました。

ある日、保育園のお迎えの時です。

いつも完璧なメイクで、ブランドもののバッグを持っている、いわゆる「キラキラしたママ」が、私の隣で大きなため息をつきました。

以前の私なら、萎縮して距離を取っていたでしょう。でも、その時の私は、ちょうど仕事で失敗して少し落ち込んでいたので、ついポロッとこぼしてしまったのです。

「あーあ。今日、夕飯作る気力ゼロです。もうコンビニのおにぎりでいいかなって本気で思ってます」

すると、その完璧に見えた彼女が、目を丸くして私を見ました。そして次の瞬間、ふにゃりと笑って言ったのです。

「実は私も……今日、仕事で上司に怒られて。家で泣きたい気分だったんです。おにぎり、いいですね。私もそうしようかな」

その瞬間、私たちの間にあった見えない壁――「ちゃんとしたお母さんでいなければならない」という壁――が、音を立てて崩れ落ちた気がしました。

その夜、私たちはコンビニのおにぎりを買い込み、近くの公園のベンチで、子供たちが遊ぶのを眺めながら並んで座りました。

彼女もまた、夫の無理解や、キャリアと育児の狭間で苦しむ、一人の戦友だったのです。

世界共通の言語:「Me Too」

この出来事で私が気づいたこと。それは、「弱さの開示(Vulnerability)」こそが、最強のコミュニケーションツールになるということです。

日本には「恥(Shame)」の文化があり、私たちは弱みを見せることを極端に恐れます。

でも、勇気を出して「私、今つらいんだ」「もう無理」と言葉にした瞬間、それは相手の心の鎧をも解除する「鍵」になります。

私はブログを通して、海外のシングルマザーたちの声にも触れるようになりました。

ニューヨークで働くキャリアウーマンのママも、ロンドンの郊外に住むママも、環境は違えど、みんな同じような「Invisible Load(見えない重荷)」を抱えていました。

「いい母親でいたい」という願いと、「自分を失いたくない」という叫びの間で揺れているのは、日本の私だけじゃなかった。

国境も、言語も、文化も関係ありません。

夜泣きする子供を抱っこして、明け方の青白い光の中で「いつまで続くんだろう」と途方に暮れた経験は、世界中の母親たちが共有する「ユニバーサルな痛み」です。

私たちは、SNSで見かける「完璧なライフスタイル」に疲れ果てています。

だからこそ、泥だらけで転んで、それでも「仕方がない」と笑って立ち上がる私の不格好な姿が、遠く離れた誰かの心を少しだけ軽くできるのかもしれません。

「なんだ、日本のお母さんも同じなんだ」と。

新しい時代の「Yamato Nadeshiko」

かつて日本には「大和撫子(Yamato Nadeshiko)」という理想の女性像がありました。

それは、三歩下がって男性を立て、耐え忍び、家庭を守る、慎ましやかな女性の姿です。

でも、私は思います。

現代の「大和撫子」は、もっとしなやかで、図太くて、そして自由であっていいはずだと。

一人で子供を育てることは、確かに大変です。

日本の社会システムは、まだ私たちに追いついていません。相変わらず「世間体」はうるさいし、男女の賃金格差はなくならない。

でも、私たちはもう、ただ黙って耐えるだけの存在ではありません。

私たちには、インターネットがあります。言葉があります。

「助けて」と言う勇気を持っています。

完璧な弁当を作ることよりも、子供と一緒に笑うことを選ぶ賢さを持っています。

私が目指すのは、嵐の中でも折れない大木のような強さではありません。

風に吹かれたら柳のようにしなり、雨が降ったら頭を垂れてやり過ごし、晴れたらまた顔を上げる。そんな**「レジリエンス(回復力)」**を持った生き方です。

そして何より、私たちには「手をつなぐ」力があります。

日本の中で、そして世界と。

私がこうしてブログを書くことも、その小さな一歩です。私の拙い英語と、リアルな体験談が、海を越えてあなたの元に届き、「あなたは一人じゃない(You are not alone)」と伝えることができたら、これ以上の喜びはありません。

「Otsukaresama」をあなたに

最後に、日本で最も美しく、そして最もよく使われる言葉を、あなたに贈りたいと思います。

「Otsukaresama(お疲れ様)」

直訳すると “You must be tired” になりますが、本当の意味は違います。

これは、相手の労苦をねぎらい、敬意を表し、「私たちは一緒に頑張っている仲間だね」と確認し合う、魔法の挨拶です。

オフィスでも、学校でも、電話の最後にも、私たちは必ずこの言葉を交わします。

今日、仕事でミスをしたあなたへ。

子供に理不尽に怒ってしまい、自己嫌悪に陥っているあなたへ。

山積みの洗濯物を前に、呆然としているあなたへ。

そして、遠い空の下で、見えない重荷と戦っている全ての母親たちへ。

「Otsukaresama desu.(本当にお疲れ様です)」

あなたは、十分頑張っています。

そのままで、十分に素晴らしい。

もし、あなたが日本に来ることがあったら、ぜひ連絡してください。

おしゃれなレストランじゃなくて、私の散らかった狭いアパートで、冷凍餃子を焼きましょう。そして、お互いの「失敗談」を肴に、冷えたビール(あるいは麦茶)で乾杯しましょう。

「人生、いろいろあるけど、まあ悪くないよね」と笑い飛ばすために。

見えない重荷を下ろして、今日という一日を、ただ自分らしく生き抜きましょう。

日本の片隅から、愛と連帯を込めて。

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