違和感だらけ? それが日本の「日常」なんです
やっほー! こんにちは!
海外で子育てに、お仕事に、旦那さんのサポートに…と、毎日めまぐるしく頑張っている日本の主婦の皆さん、本当にお疲れ様です! 私(サトミと言います!)は、結婚してからずっと日本(東京のちょっと郊外)で暮らしている、ごくごく普通の主婦です。
そっちの生活はどうかな?
広いお家、デッカイ車、週末はホームパーティ!…なんて、ドラマみたいな生活を想像しちゃうけど(笑)、きっと文化の違いや言葉の壁で、日本にいる私たちが想像もできないような苦労もたくさんあるんだろうな、っていつも思ってます。
このブログは、そんな海外で頑張る皆さんに、「そうそう、日本ってこうだった!」「へぇ、今ってそんなことになってるの!?」ってクスッと笑えたり、懐かしんだりしてもらえるような、日本の「今」をお届けしたくて始めました。
特に、私たち主婦にとって永遠のテーマ、**「時間、足りなくない!?」**問題(笑)。
海外のゆったりした時間感覚も素敵だけど、日本は日本で、せかせかした日常の中で生まれた、ちょっと笑えるような「時短術」もいっぱいあるんです。
今日はまず、導入編として、「Everyday Anomalies(日常の違和感)」をテーマに、海外の皆さんが日本に戻ってきたら(もしくは、海外の感覚で日本を見たら)、「アレ!?」って思うかもしれない、日本の日常風景を3つのフックで切り取ってみようと思います。
これ、海外生活が長い人ほど「わかるー!」ってなるかも!
1. スーパーは「小宇宙」!? 見慣れたブランド、見知らぬ陳列
まず、生活に欠かせない「スーパーマーケット」。
みんなが住んでる国のスーパーって、どんな感じ?
きっと、床から天井まで届きそうな棚に、ドーン!と商品が並んでて、カートは赤ちゃんが2人乗れちゃうくらいのビッグサイズ。シリアルなんて、枕みたいな大きさの袋で売ってたり(笑)。お肉も「これ、何人家族用!?」っていう巨大なブロックが基本だったりしませんか?
それがね、日本のスーパー。
まず、カートが小さい(笑)。通路も狭い!
でも、その「狭さ」に、日本の主婦を助ける「知恵」がギッシリ詰まってるんだよね。
一番の違いは、たぶん「陳列の細やかさ」と「パッケージの小ささ」。
例えば、お野菜。
キャベツは「1玉」「1/2カット」「1/4カット」、たまに「千切りパック」まである。人参も3本入りパックの横に、しっかり「1本」がバラ売りされてる。
お肉やお魚も、100g単位の「使い切りサイズ」が基本。大家族用のメガパックももちろんあるけど、主流は「今日、使う分だけ」買えるサイズ感。
これ、海外の「まとめ買い文化」に慣れてると、最初は「ちっちゃ!」「割高じゃない!?」って思うかもしれない。
昔、アメリカから一時帰国した友達が、スーパーで「なんで日本人はこんなにちょこちょこ買い物するの? 信じられない!」って本気で驚いてたのを思い出すなぁ(笑)。
でもね、これこそが、日本の主婦の**「第一の時短術」**なんだよね。
つまり、「食材を管理する時間」の時短。
海外のデッカイお肉、買ったはいいけど、小分けにして冷凍して、解凍して…って、地味に面倒じゃない?(私だけ?)
日本のスーパーなら、その日の献立に必要な分だけを「パックのまま」冷蔵庫に入れて、そのまま使い切れる。食材を余らせて「あ、これいつのだっけ…」って悩む時間も、腐らせて罪悪感を感じる時間も減る(笑)。
そして、日本のスーパーの「違和感」で、海外の人が一番ビックリするのが…「お惣菜(デリ)コーナー」の異常な充実っぷり。
もうね、あれは「小宇宙」だよ。
唐揚げ、天ぷら、焼き魚、煮物、コロッケ、ハンバーグ、麻婆豆腐、八宝菜、サラダ各種、炊き込みご飯、お寿司…。
和洋中、なんでもござれ。しかも、レベルが高い!
夕方のタイムセールなんて、主婦たちの静かなる戦場(笑)。
これ、海外のスーパーのデリコーナーって、ロティサリーチキンと、マッシュポテトと、コールスロー、みたいな(偏見だったらごめん!)、割とシンプルなイメージなんだけど、日本は「一食まるごと」ここで完結できちゃう。
「あー、今日ごはん作るの無理!」
そう思った瞬間に、スーパーに駆け込めば、栄養バランスも考えられた「ちゃんとしたご飯」が手に入る。
これはもう、**「調理時間をゼロにする」**っていう、最強の時短術。
この「使い切り文化」と「お惣菜文化」は、日本の「もったいない精神」と「忙しさ」が融合した、独特の形なんだろうね。
海外の合理的な「まとめ買い」とは違う、**「日々の効率」**を追求した結果なのかも。
2. 「こんにちは(ニッコリ)」の裏側? 独特すぎるソーシャルシフト
スーパーの話が出たから、次はその「買い物中」に起こる、日本の独特な人間関係の話。
海外だと、スーパーのレジで並んでる時とか、知らない人とも「そのTシャツ、クールだね!」とか「お子さん、可愛い!」なんて、フランクに会話が始まったりするって聞くけど、どう?
日本はね…まず、ない(笑)。
みんな静かにスマホ見てるか、無の表情で待ってるか(笑)。
でもね、怖いのは「知らない人」じゃなくて、「知ってる人」との遭遇!
特に、私たち「主婦」という生き物にとって、スーパーは「社交場」でもあるわけ。
そう、**「ママ友」や「ご近所さん」**との遭遇率がめちゃくちゃ高い!
これがまた、日本独特の「ソーシャル・サトル・シフト(社会的な微妙な変化)」を生むんだよね…。
例えば、夕方の混雑したスーパーで、カート押しながら「今日の特売なんだっけ…」って考えてたら、向こうから同じ幼稚園のAさんママが歩いてくるのが見えちゃった時!
(うわ、今ちょっと疲れてるから話したくないな…)
(あ、でも目が合っちゃった!)
「あ、Aさん!こんにちは〜!お買い物ですか〜?」
「あら、サトミさん!こんにちは〜!そうなの、今日は特売だから来ちゃった〜」
ここから始まる、「中身のない世間話」(笑)。
「最近、暑いですね〜」
「ほんと、暑いですよね〜。お子さん、お元気ですか?」
「元気ですよ〜。AさんとこのBちゃんは?」
この会話、一見すると和やかで、何の問題もないように見えるよね。
でも、ここには暗黙のルールが渦巻いてる(笑)。
- 相手の服装やカゴの中身を(見ないフリして)チェックする。
- 自分の家庭の情報を、当たり障りない範囲で開示する。
- 相手の話を否定せず、ひたすら「共感」する(「わかります〜」「大変ですよね〜」)。
- そして何より、**「適切なタイミングで、相手に不快感を与えずに会話を切り上げる」**という高等技術!
これがねー、難しいんだわ(笑)。
長すぎてもダメ、短すぎても「感じ悪い」って思われるかも…っていうプレッシャー。
これ、海外の(特に欧米の)「個人主義」に慣れてると、すごく「面倒くさい」って感じない?
「なんでそんなに気を使うの? 嫌なら『急いでるから!』って言えばいいじゃん」って思うかもしれない。
でも、日本は「和」を重んじるというか、「ご近所さんとは波風立てずに暮らしたい」っていう意識が、DNAレベルで染み付いてる気がする(笑)。
特に、子供がいると「親の評価が子供に影響するかも…」っていう、謎のプレッシャーもあって、なかなか「自分流」を貫けない。
昔は「井戸端会議」だったのが、今は「スーパーでの立ち話」や「公園でのママ友グループ」に形を変えただけ。
昔からの知り合いが、子供ができた途端、「〇〇ちゃんのママ」っていう“役割”にシフトして、会話の内容も、付き合い方も微妙に変わっていく。
昨日まで一緒にバカ話してた友達が、子供の習い事の話しかしなくなったり…(笑)。
こういう「見えないルール」や「同調圧力」って、海外生活で解放された人にとっては、日本に戻ってきた時の大きな「違和感」かもしれないね。
この「気疲れ」を回避するための時短術?
それはもう**「スーパーに行く時間をずらす」とか「イヤホンして話しかけんなオーラを出す」**とか、そういう物理的な防御術しかないかも(笑)。
3. ハイテクな国の「アナログ感」? テクノロジーの奇妙なマーチ
さて、3つ目の違和感。
「日本=ハイテクな国」ってイメージ、まだあるかな?
確かに、ウォシュレット(トイレ)は世界一だと思うし、電車の運行は秒単位で正確。
でもね、日常生活を見てみると、「え、そこはアナログなの!?」ってツッコミたくなる部分と、「便利すぎ!」ってなる部分が、すっごくアンバランスなの。
まさに「Technology’s rapid march(テクノロジーの急速な行進)」なんだけど、行進の仕方がちょっと変(笑)。
例えば、学校や地域社会。
いまだに「回覧板」(ご近所で順番に回す紙の連絡網)がバリバリ現役だったり、学校からのお便りが「手書き(ガリ版刷り!?)」みたいなプリントだったり(笑)。
役所の手続きも、なぜか「ハンコ」が必要だったり。
その一方で、主婦のスマホの中は、すごいことになってる。
海外だと、連絡手段はWhatsAppとか、Messengerが主流かな?
日本はね、もう**「LINE(ライン)」一強**。
さっきの「ママ友」の話とも繋がるけど、このLINEが、日本の人間関係をさらに複雑にしてる(笑)。
幼稚園や学校のクラスごとに、必ず「クラスLINEグループ」が存在するの。
これがまた「暗黙のルール」の宝庫!
- 「既読スルー(読んだけど返事しない)」は、基本的にNGな雰囲気。
- でも、全員が返事すると通知がうるさいから、誰かが「了解です!」って言ったら、自分はスタンプだけで済ませる、とか。
- グループの会話が終わるタイミングを見計らって、最後の人が「おやすみなさい(スタンプ)」を送る、とか(笑)。
テクノロジーが便利になって、いつでも繋がれるようになったはずなのに、逆に**「常に見られている」**っていう、新しいストレスが生まれてる。
便利さが「時短」じゃなくて、「新しい気遣いの時間」を生んでるっていう、まさに「Anomaly(違和感)」。
でもね、もちろん、めちゃくちゃ便利な「時短テクノロジー」も爆発的に進化してるよ!
例えば、「レシピアプリ」。
「クックパッド」とか「クラシル」とか、みんなも聞いたことあるかな?
もうね、日本の主婦、これなしじゃ生きていけない(笑)。
冷蔵庫にある「豚肉、玉ねぎ、人参」って材料を入力するだけで、何百種類ものレシピが一瞬で出てくる。
「10分でできる!」「レンジで一発!」みたいな「時短」を謳うレシピが、動画付きで解説されてるの。
昔みたいに、分厚い料理本をめくって「うーん、今日の献立どうしよう…」って悩んでた時間が、ほぼゼロになった。
これは、**「献立を考える時間」**の革命的な時短だよね。
他にも、スーパーの「ネットスーパー」アプリ。
スマホでポチポチするだけで、重いお米やお水、かさばるオムツなんかを、玄関先まで届けてくれる。
さっき言った「スーパーでのママ友遭遇」も回避できるし(笑)、これは**「買い物に行く時間」**そのものをカットする究極の時短術。
こんな感じで、日本は「スマートホーム」みたいな派手なハイテクよりも、日常の「ちょっと面倒くさい」を解決するような、地味だけど超優秀な「時短アプリ」が、ものすごい勢いで進化してるんだよね。
「ハンコ文化」と「最新レシピアプリ」が平気で共存してる。
このアンバランスさ、このカオスな感じこそが、今の日本の「リアル」なのかもしれないなぁ。
スーパーは戦場だ! 日本の「お惣菜」文化と驚愕の「名もなき家事」時短術
やっほー! サトミです!
前回の「起」では、海外から見た日本の「日常の違和感」について語ってみたけど、読んでくれたかな?
(スーパーのちっちゃいパック、面倒なママ友付き合い、変なとこアナログ問題…笑)
反応を見てると、やっぱりみんなが一番食いついてくれたのは…
「日本のスーパー、特にお惣菜(デリ)コーナー、ヤバすぎ!」
ってとこだったみたい(笑)。
「わかる!」「懐かしい!」「こっちのスーパーにも欲しい!」
そんな声がたくさん聞こえてきて、ニヤニヤしちゃいました。
そうなのよ、あれはもう日本の「文化遺産」だと思う(真顔)。
海外のスーパーのデリって、美味しいんだけど、種類が「ドン!」って感じで、メインディッシュ(ロティサリーチキンとか)が中心じゃない?
でも、日本のスーパーは違う。
メインはもちろん、**「あと一品」**が異常に充実してる。
今日は、この「承」のパートで、海外在住ママが一時帰国したら絶対度肝を抜かれる、日本のスーパーの「お惣菜・半調理品」の深〜い世界と、そこから生まれた日本の主婦の**「究極の時短術」**について、もっともっと熱く語らせて!
これを知れば、日本で家事をするのが(少しは)楽になるかも?
1. 「そのまま食卓へ」は序の口。真骨頂は「半調理品」にあり!
まず、前回の復習だけど、日本のスーパーのお惣菜コーナーは「小宇宙」。
唐揚げ、天ぷら、焼き魚、煮物…「今日のご飯、これとご飯と味噌汁で完璧じゃん!」っていう完成品がズラーーーッと並んでる。
夕方5時過ぎ。
仕事帰りのママ、パート帰りのママ、習い事のお迎え帰りのママたちが、虚ろな目(お疲れ様です…!)で、このコーナーに吸い寄せられていく光景は、日本の日常(笑)。
「今日はもう無理…」
その心の叫びを、スーパーが全部受け止めてくれる。これがまず「第一形態」ね。
でもね、海外のママたちに本当に知ってほしいのは、その隣にひっそり(いや、堂々と?)鎮座してる、**「半調理品(ミールキット)」**コーナーの恐ろしさ。
これ、なんだと思う?
「あとは焼くだけ」「あとは揚げるだけ」「あとは混ぜるだけ」
っていう、魔法のパックたち。
例えば…
- 「味付け済み・衣付きのトンカツ(あとは揚げるだけ)」
- 「野菜たっぷり八宝菜セット(フライパンで炒めるだけ・タレ付き)」
- 「下ごしらえ済み・骨取り済みの魚の切り身(ムニエル用・味付き)」
- 「カット野菜(炒め物用、サラダ用、煮物用…用途別に色々!)」
海外にも「ミールキット」の宅配サービスはあると思うけど、日本のスーパーのはレベルが違う。
「その日の気分で」「その日の特売を見て」予約なしで、今すぐ買えるのが強み。
これの何がすごいって、主婦の**「罪悪感」**を絶妙に消してくれるところなのよ(笑)。
お惣菜(完成品)を買うのって、便利だけど、日によっては
「あーあ、今日も買っちゃった…」
「手抜きって思われたらどうしよう…」
って、ちょっとだけチクッとしません?(私だけかな?)
でも、「半調理品」ならどう?
- (衣付きだけど)揚げたのは私。
- (材料セットだけど)炒めたのは私。
- (味付け済みだけど)焼いたのは私。
ほら!
**「ちゃんと料理した感」**が、ギリギリ保てる!(笑)
これ、めちゃくちゃ重要じゃない?
「手抜き」じゃなくて「効率化」。
「サボり」じゃなくて「スマートな選択」。
この「半調理品」を使いこなすことが、日本の主婦の**「第二の時短術」**。
調理の工程で一番面倒くさい「切る」「味付けする」「衣をつける」っていう部分を、スーパーに丸投げする。
でも、一番「料理してる感」が出る「焼く」「揚げる」「炒める」っていう「仕上げ」だけは自分でやる。
家族には「わー、ママの揚げたてトンカツ美味しい!」って言われて、ママは「ふふふ…(実は衣付き)」って心の中で笑う。
Win-Winでしょ?(笑)
2. 「名もなき家事」との終わりなき戦い
なんで日本が、こんなに「半調理品」が発達したのか。
それはね、日本の主婦が抱える**「名もなき家事」**の量が、たぶん海外の比じゃないからだと思う。
「名もなき家事」って聞いたことある?
「料理」「洗濯」「掃除」みたいに、名前がついてる家事じゃなくて、その合間に発生する、こまごまーーーーーっとした作業のこと。
例えば、
- 麦茶を作って、冷やして、なくなったらまた洗って作る
- トイレットペーパーの芯を替えて、新しいのを補充する
- シャンプーや洗剤の詰め替えパックを、こぼさないように入れる
- 濡れた洗面台を拭く
- 子供が脱ぎっぱなしにした靴下を拾う
- 溜まった郵便物を仕分けして、不要なチラシを捨てる
…どう?
書いてるだけで疲れてきた(笑)。
海外だと、食洗機がビルトインでデカかったり、乾燥機が強力だったり、そもそも家が広くて収納が多かったりして、こういう「こまごま」が少ない、もしくは「まとめてドカン」と処理できるイメージがあるんだけど、どうかな?
日本は家が狭いし、収納も少ない。
だから、こまめに「補充」したり「片付け」たりしないと、すぐ生活が回らなくなる。
特に食事。
海外だと、朝はシリアルとミルク、昼はサンドイッチとリンゴ丸かじり、みたいな、すごくシンプルな日もあるって聞くけど、日本の食卓って、なぜか「ちゃんと感」を求められがち。
「ご飯(炊く)」「お味噌汁(作る)」「メインのおかず(焼く/煮る)」「副菜(野菜/和え物)」「お漬物(出す)」
…いや、品数多すぎじゃない!?
これを毎日3食(今は2食かな)求められるプレッシャー!
(もちろん、毎日こんな完璧じゃないよ!でも、これが「理想の食卓」として刷り込まれてる感がある…)
この「理想」と「現実(時間ない!)」のギャップを埋めるために、日本の主婦は「名もなき家事」をいかに減らすか、必死に考えてきたわけ。
- 「麦茶パック」→ すでに液体の「ペットボトルのお茶」を買う(容器を洗う家事を削除)
- 「洗剤の詰め替え」→ 面倒だから本体ごと買い替える(詰め替える家事を削除)
- 「献立を考える」→ レシピアプリで検索(悩む家事を削除)
そして、
- 「野菜を切る」「下味をつける」→ 「半調理品」を買う(調理の“名もなき家事”を削除)
これなのよ!
「半調理品」は、単なる手抜きじゃなくて、日本の主婦が「名もなき家事」と戦い抜いた末に生み出された、**「時間創出の最終兵器」**なんだよね。
3. 「時短」の裏にある、もう一つの「リアル」
ここまで、お惣菜や半調理品を「時短術」として、めちゃくちゃ褒めてきたんだけど、この文化が発達した裏には、もう一つ、日本の「リアルな社会の考え方」が隠れてると思う。
それは、良くも悪くも**「人に迷惑をかけたくない」「他人の時間を奪いたくない」**っていう、日本の独特な「配慮」の文化。
例えば、海外でホームパーティに呼ばれたら、ワイン1本とか、デザートどーん!とか、割と「主役級」のものを持って行ったりするかな?
日本で、ママ友のお家にちょっとお邪魔する時。
もちろん、手土産は必須。
でも、そのチョイスがめちゃくちゃ細かい(笑)。
- 相手に「切り分けさせる」手間をかけさせないよう、**「個包装」**のお菓子を選ぶ。
- 相手に「お皿やフォークを出させる」手間をかけさせないよう、そのまま食べられるものを選ぶ。
- 相手の子供のアレルギーにも配慮する。
…ね?(笑)
「相手の家事(名もなき家事)を増やさない」っていう配慮が、すごい。
この「配慮」が、スーパーの品揃えにも影響してる。
「使い切りサイズ」の野菜や肉は、
→ 食材を余らせて「管理する手間」を減らしたい、という**「未来の自分」への配慮**。
「お惣菜」や「半調理品」は、
→ 家族に「お腹すいた!」と待たせる時間を減らしたい、という**「家族」への配慮**。
そして、外で働く主婦が増えたことで、
→ 「仕事」も「家事」も「育児」も、全部やらなきゃ!でも時間がない!
という社会的なプレッシャーの中で、**「全部を完璧にこなすため」**の、ギリギリの解決策なんだと思う。
海外の、いい意味での「テキトーさ」(“Good enough”「まあ、こんなもんで十分でしょ」精神)が、日本にはちょっと足りないのかもしれない。
みんな、真面目すぎるんだよね(笑)。
でも、その「真面目さ」と「配慮」が生んだのが、あのお惣菜コーナーであり、半調理品コーナー。
あれは、日本の主婦たちの「今日も一日お疲れ様」「無理しないでね」っていう、スーパーからの**「静かな応援歌」**なのかもしれないな、なんて思ったり。
海外の広々としたスーパーで、カートを押しながら「今日の夜は、このデッカイ肉でシチューでも煮込むか!」って考えるゆったりした時間も、最高に素敵だと思う。
でも、日本のスーパーで「あ、八宝菜セットが安い!」「今日は唐揚げにしちゃお!」って、5分で献立を決めて、レジに並ぶ。
その「せかせか感」も、また日本の「日常」なんだよね。
LINEの「既読」に怯え、学校の「手書き」に震える。日本のハイテク&アナログ魔境
やっほー! サトミです!
「承」で語った、日本のスーパーのお惣菜&半調理品文化、どうだったかな?
「あれは主婦の罪悪感を消す魔法!」
「『揚げたのは私』理論、めっちゃ笑った!」
って、海外のママ友たちからも大反響でした(笑)。
そう、日本の主婦は「物理的な家事」をいかに効率化(=時短)するか、スーパーとタッグを組んで(?)日々戦ってるんだよね。
でもね、今日はちょっと毛色の違う話をしようと思う。
物理的な家事の時短が「レベル100」だとしたら、日本で生活する上で、もっと強大なラスボスがいるのよ…。
それは、「人間関係(お付き合い)のコスト」。
「起」のパートで、「テクノロジーの急速な行進」と「感じるアナログ感」っていうフックに触れたよね。
日本って、「ハイテクな国」ってイメージなのに、なぜか「そこ、手書き!?」みたいな謎のアナログ文化が、根強く残ってる。
その一方で、スマホの中では、24時間、超ハイテクな「人間関係」が渦巻いてる。
この、**「アナログな非効率」と「ハイテクな気疲れ」**の板挟み。
これこそが、海外の合理的な生活に慣れたみんなが、日本に戻ってきたら一番「はぁ!?」ってなる、「違和感」の正体かもしれない。
今日はこの「転」のパートで、日本の奇妙な「ハイテク&アナログ魔境」と、そこで心をすり減らさないための「処世術(という名のごまかし術?笑)」について、語らせて!
1. 恐怖! いまだ現役、「手書き」と「ハンコ」のアナログ軍団
まず、みんなが「嘘でしょ!?」って思うであろう、日本のアナログ文化から。
代表選手は、やっぱり**「学校」と「役所」**!
海外の学校って、どう?
連絡事項は全部メールか専用アプリ。出欠連絡もオンライン。
プリント類もPDFで送られてきて、ペーパーレスが進んでるイメージなんだけど。
日本の公立小学校(うちの子が通ってるところね)…
覚悟して聞いて?
いまだに、連絡帳は「手書き」が基本!
(先生と親の交換日記みたいになってる)
学校からのお便り、ほぼ全部「紙」!
子供がランドセルの奥底にくっしゃくしゃにして入れて帰ってくる、大量のプリント。
「学年だより」「保健だより」「給食だより」「PTAからのお知らせ」…
多い日は、1日に5〜6枚も持ち帰ってくる。
でね、たまにそのプリントに「〇月〇日までに、これを読んで、ここに記入して、ハンコ押して、持たせてください」とか書いてあるのよ!
ハンコ!!!
出たよ、ハンコ文化!
なんでサインじゃダメなの?
認印(シャチハタじゃないやつ)じゃないとダメ、とかいう謎ルールがあったり。
これ、仕事(パート)してても同じ。
タイムカードが「紙にハンコ押す」タイプだったり、請求書に「会社の角印」が必要だったり。
この「紙」と「ハンコ」文化のせいで、どれだけの「名もなき家事」が発生してるか…!
- 子供が持ち帰ったプリントを、ぐしゃぐしゃのランドセルから発掘する。
- 「提出期限」別に仕分ける。(冷蔵庫がプリントだらけになる)
- 記入する。(体温とか、健康状態とか)
- ハンコ(どこだっけ?)を探し出して、押す。
- 子供の連絡袋に、入れ忘れないように入れる。
- (そして、子供はそれを学校に持っていくのを忘れる…←イマココ!)
もう、この一連の作業、全部ムダじゃない!?(叫)
アプリで「読みました」ってタップするだけじゃ、ダメなんですか!?
地域によっては、いまだに「回覧板」(ご近所で順番に回す、バインダーに挟まった紙の連絡網)も現役。
「読みました」の欄に、ハンコ押すのよ?(笑)
なんでこんなアナログ文化が残ってるのか。
たぶん、「手書きやハンコ=心がこもってる」「確実に本人が確認した証拠」っていう、昔ながらの「信頼」の形なんだろうね。
あとは、ITが苦手なおじいちゃん、おばあちゃんもいるから、「全員に平等に」情報を届けるには、紙が一番確実、っていう「配慮」の結果。
「承」で話した「相手への配慮」が、ここでは「効率」の足を引っ張ってるっていう、皮肉な現実…。
これ、時短どころか、**「時間を奪う」**文化だよね。
2. 24時間監視社会? 「ママ友LINE」というデジタル魔境
さて、アナログ軍団に「非効率だ!」って怒ったところで、今度は真逆の「ハイテク」の話。
こっちはこっちで、もっとタチが悪いかもしれない(笑)。
「起」でちょっと触れたけど、日本の人間関係は、今や**「LINE」**なしでは成立しない。
特に、私たち主婦(ママ友)の世界は、もう、LINEに支配されてると言っても過言じゃない。
幼稚園や学校の「クラスLINEグループ」。
習い事の「〇〇(子供の名前)組LINEグループ」。
仲良しママ友の「ランチ会グループ」。
近所の「〇〇町内会グループ」。
…私のスマホにも、一体いくつのグループが入ってることか…。
これがね、便利なのは間違いない。
学校の持ち物を忘れた時、「ごめん、明日の持ち物なんだっけ?」って聞けるし、災害時には安否確認もできる。
問題は、その「使い方」!
日本独特の「空気を読む」文化が、このデジタルツール上で、最大限に発揮されちゃってるのよ。
海外のWhatsAppとかメッセンジャーグループって、もっとドライじゃない?
連絡事項がポンと来て、必要な人だけが「OK」って返す。
別に、全員が反応しなくても怒られない(よね?)。
日本のLINEグループは、違う。
- 「既読スルー」の恐怖誰かが質問を投げかけた時、自分が答えを知ってるのに「既読」だけつけて返信しない(既読スルー)と、「あの人、感じ悪い」って思われるんじゃないか…という恐怖。
- 「了解スタンプ」の儀式先生(またはボス的存在のママ)から「明日は運動会の予備日です」と連絡が来る。→ 一人目が「了解です!(キラキラスタンプ)」→ 二人目「ありがとうございます!(お辞儀スタンプ)」→ 三人目、四人目…と、「私も見てますよ」アピール(?)のために、スタンプ合戦が始まる。(通知が鳴り止まない…)
- 「会話の終わらせ方」が分からないどうでもいい雑談がダラダラ続いた時、誰が最後に「じゃ、またね!」って言うのか。自分が最後に発言したら、みんなに「既読」をつけさせたまま終わらせちゃうことになる…それは申し訳ない…みたいな、謎の気遣い!(笑)
- 「夜分遅くにすみません」の枕詞夜10時過ぎにLINEを送る時は、必ずこの一言を入れないといけない暗黙のルール。(いや、通知オフにしといてよ!って思うけど、言えない)
どう、これ?(笑)
テクノロジーが進化して、いつでもどこでも繋がれるようになった結果、
「いつでもどこでも、気を遣わなきゃいけない社会」
が爆誕しちゃった。
連絡が「時短」されたんじゃなくて、**「新しい気遣いの時間」**が、24時間分、追加された感じ。
これこそが、日本の「ハイテクな気疲れ」。
<h4> 3. 「効率」より「和」を優先する、この国のカタチ</h4>
「学校のアナログな面倒くささ」
「LINEのハイテクな面倒くささ」
一見、真逆のようで、実はこれ、根っこは同じなんじゃないかって、私、思うんだよね。
「承」で、日本のスーパー文化は「相手への配慮」から生まれてるって話をしたけど、このアナログ&ハイテク問題も、結局はそこに行き着く。
- アナログの「手書き」「ハンコ」→ 「あなたのために、手間(時間)をかけましたよ」→ 「全員(ITが苦手な人も含めて)に、配慮してますよ」という、「心」や「平等性」のアピール。
- ハイテクの「即レス」「スタンプ合戦」→ 「あなたの連絡、ちゃんと見てますよ」→ 「グループの輪(和)を乱さないように、配慮してますよ」という、「共感」や「帰属意識」のアピール。
そう。
日本社会って、たぶん、アメリカやヨーロッパみたいに「個人の効率」や「合理性」を追求するよりも、
**「集団の和(ハーモニー)」や「相手の気持ち」**を優先するように、できてる。
「時短」よりも「手間ひま」。
「結果」よりも「プロセス(気遣い)」。
だから、海外の「個人」が尊重される文化に慣れると、日本のこの「集団」を重んじる独特の空気感が、すごく「非効率」で「面倒くさい」って感じちゃうんだろうね。
どっちが良い・悪いじゃない。
これが、良くも悪くも、日本の「社会の考え方」のリアルなんだと思う。
じゃあ、この「アナログな非効率」と「ハイテクな気疲れ」が渦巻く魔境・ニッポンで、私たち主婦はどうやって「心の時短」をしたらいいのよ!?
それはね、もう、**「諦める」こと(笑)。
いや、諦めるっていうか、「割り切る」**ことかな。
学校のプリントは、「これは文化人類学のフィールドワークだ」と思いながら、ゲーム感覚で処理する(笑)。
そのための「時短術」として、私は「プリント管理アプリ」を使ってる。
スマホで写真撮るだけで、期限とかを管理してくれるの。
(アナログな問題を、ハイテクで解決しようとする、この矛盾!笑)
ママ友LINEは、「これは仕事だ」と割り切る(笑)。
「了解スタンプ」は、一番どうでもいいスタンプを高速で押して、通知は即オフ!
本当に大事な用件以外は、心の中で「既読スルー」する**「鈍感力」**を鍛える。
これが、私が日本で身につけた、最強の「メンタル時短術」かも(笑)。
最強の時短術は「自分軸」。カオスな日本(と世界)で、私たちが幸せに暮らす方法
やっほー! 長い長いブログに付き合ってくれて、本当にありがとう! サトミです。
ついに、この「一時帰国したらビックリするかも?」シリーズも最終回。
「起」では、スーパー、人間関係、テクノロジーっていう3つのフックから、日本の日常に潜む「違和感(Everyday Anomalies)」の正体を探り始めたよね。
「承」では、その中でも最強の「お惣菜・半調理品」文化にダイブ!
あれは単なる手抜きじゃなくて、日本の主婦の「名もなき家事」と戦う知恵であり、家族への「配慮」が生んだ「物理的な時短術」なんだって話をした。
そして「転」では、打って変わって、日本の面倒くさい側面(笑)。
学校の「手書き・ハンコ」っていうアナログな非効率と、ママ友LINEの「既読スルー怖い…」っていうハイテクな気疲れ。
これは「和」を重んじる日本独特の「精神的なコスト」なんだよね、って話。
便利で、親切で、気が利いてる。
その一方で、
非効率で、息苦しくて、気を遣いすぎる。
この、一見めちゃくちゃな「カオス(混沌)」こそが、今、私が暮らしている「日本」のリアルな姿なんだと思う。
今日は、この「起承転」ぜんぶをひっくるめて、「じゃあ、私たちはどう生きればいいの?」っていう、一番大事な結論を、私なりに語ってみたいと思います。
これは、日本にいる私にも、海外で頑張るみんなにも、きっと共通する「答え」だと思うから。
1. すべての根っこにある「配慮」という名の両刃の剣
「承」で書いた「便利な半調理品」も、「転」で書いた「面倒なLINE文化」も。
なんでこんなことが起きるのか、よーく考えてみたら、根っこは同じ一つの「考え方」に行き着いたの。
それは、
「(相手への)配慮」
「(空気を)読む」
っていう、日本人が(たぶん)DNAレベルで持ってる感覚。
「承」で出てきたスーパーの文化は、この「配慮」が、すごくポジティブに働いた結果だと思う。
- 「忙しいママのために、揚げるだけの状態にしておこう」(=お惣菜・半調理品)
- 「一人暮らしの人もいるから、野菜を1/4カットで売ろう」(=使い切りサイズ)
- 「相手に切り分ける手間をかけさせないように、個包装のお菓子を手土産にしよう」(=人間関係)
ほらね。
相手の「時間」や「手間」を奪わないように、っていう、世界に誇れる「優しい配慮」が、あの便利な食文化を生み出してる。
じゃあ、「転」はどうだったか。
こっちは、その「配慮」が、ネガティブに、というか「過剰」に働いちゃった結果。
- 「ITが苦手な人もいるから、紙とハンコがなくせない」(=アナログ文化)
- 「このグループで私だけ返事しないと、輪を乱すかも」(=LINEの気疲れ)
- 「相手に『読んだかな?』って心配させないように、すぐ『既読』をつけて、スタンプ押さなきゃ」(=即レスのプレッシャー)
全部、「私が我慢すれば」「私が気を遣えば」丸く収まる、っていう「配慮」なのよ。
その結果、個人の「効率」や「本音」が、どんどん後回しにされていく。
同じ「配慮」っていう考え方なのに、片や「最高の時短(物理)」を生み出し、片や「最悪の時間泥棒(精神)」を生み出してる。
これこそが、日本の「違和感」の最大の正体なんだと、私は思う。
2. 海外にいる「あなた」だから持てる、最強の武器
このブログを、海外で読んでくれてるみんなは、今、どう思ったかな?
「うわー、お惣菜コーナー、懐かしい!今すぐ飛んで帰りたい!」
って思うと同時に、
「うわー、ママ友LINE、面倒くさっ!日本に戻りたくないかも(笑)」
って、両方、思わなかった?(笑)
それこそが、海外で暮らすみんなが持ってる、**最強の「武器」**だと思う。
日本にどっぷり浸かってると、この「配慮」の渦に巻き込まれて、何が「良い配慮」で、何が「過剰な配慮」なのか、だんだん分かんなくなってくる。
(私も、「転」で書いたみたいに、「もう、これは仕事だ」って割り切る(鈍感力を鍛える)しか、防衛策がなかったりする…笑)
でも、みんなは一度、その「渦」の外に出た。
日本とは違う「合理性」や「個人主義」の文化(「私は私、あなたはあなた」っていう、良い意味でのドライさ)を、肌で感じてるはず。
だから、日本の「おかしなところ」も「素敵なところ」も、両方、客観的にジャッジできる目を持ってる。
日本の「相手を思いやる心(配慮)」は、持ったまま。
そこに、海外で身につけた「自分の意見を言う強さ(合理性)」を、プラスできる。
これって、**「ハイブリッド主婦」**じゃない!?
最高にカッコいいと思う。
日本のママ友が「LINE、既読スルーしちゃった…どうしよう…」って悩んでる間に、海外で頑張るあなたは「大事な用件じゃないから、明日返事でいっか!」って、自分の時間を優先できる(かもしれない)。
でも、誰かが本当に困ってたら、日本のスーパーのお惣菜みたいに、そっと「これ、よかったら使って」って手を差し伸べられる優しさも持ってる。
この「いいとこ取り」ができるのが、海外生活の最大の「ギフト」なんじゃないかな。
3. 究極の時短術は、「自分の時間」を定義すること
さあ、最後の結論。
このブログのテーマは「日常の時短術」だったよね。
「承」では、お惣菜を買う**「物理的な時短術」を紹介した。
「転」では、LINEを割り切る「精神的な時短術」**を紹介した。
じゃあ、この「結」で、私が見つけた**「人生(ライフ)の時短術」**を、最後に伝えたい。
それはね、
「『自分の時間』を、自分で定義すること」
「『自分の軸』を持つこと」
だと思う。
日本にいると、「みんなと同じ」であることが「安心」で「効率的」だと、無意識に刷り込まれがち。
(みんなが買うから、この服を買う。みんなが行くから、この店に並ぶ…)
それは、一見「悩む時間」を時短してるように見えて、実は「他人の価値観」に、自分の大切な「時間」を明け渡しちゃってる。
- 本当は読みたくないママ友LINEに、即レスする「30秒」。
- 本当はどうでもいい学校のプリントに、ハンコを探す「1分」。
- 本当はやりたくないPTAの集まりに参加する「2時間」。
その「時間」、本当に「必要」?
「配慮」という名の「同調圧力」に、自分の時間を差し出してない?
究極の時短術は、
「やらないこと」を決める勇気。
「お惣菜を買う」のは、料理の「手間」を時短して、子供と笑い合う「時間」を「買う」ため。
「LINEを割り切る」のは、他人の機嫌を伺う「気疲れ」を時短して、自分がリラックスする「時間」を「守る」ため。
そう。
私たちが目指すべきは、「家事を秒で終わらせること」そのものじゃなくて、
「時短によって生み出した時間で、自分が本当にしたいことをして、幸せになること」
だよね!
海外での生活は、日本とはまた別の「違和感」や、想像もつかない「大変さ」が毎日あると思う。言葉の壁、文化の壁、孤独感…。
でも、だからこそ、「自分軸」を強く持たないと、やっていけない環境でもあるはず。
カオスな日本で「配慮」に揉まれながら戦う私も、
カオスな海外で「孤独」と戦いながら自分軸を鍛えてるみんなも、
やってることは同じ。
「家族」と「自分」の幸せのために、毎日必死に「時間」をやりくりしてる、「戦友」だよね!
日本には日本の、そっちにはそっちの「時短術」や「あるある」があると思う。
また、みんなの話も、いっぱい聞かせてね!
長くなっちゃったけど、最後まで読んでくれて、本当にありがとう!
このブログが、海外で頑張る日本の主婦の皆さんの、ちょっとした「息抜き」や「あるある!」っていう「共感」になってたら、めちゃくちゃ嬉しいです。
じゃあ、またね!
(次は、そっちの「スーパーあるある」も教えてよー!)
サトミより

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