【日本在住主婦の告白】我慢しない節約術? 「カイゼン」で暮らしも人生も整える!

世界共通の悩み「節約」と、日本の「カイゼン」マインド

(約3000文字)

海外で暮らしていると、「日本人は几帳面だね」とか「なんでそんなに細かいの?」なんて言われること、ありませんか?

私自身、日本に住んでいるとそれが「普通」すぎて麻痺しちゃうんですが、確かに、日本の家庭生活には「小さなルール」や「ちょっとした工夫」が溢れているな、と最近改めて感じるんです。

例えば、そうですね…。

この前、うちの息子(8歳)が、ご飯粒を茶碗にいっぱい残して「ごちそうさま!」って言ったんです。

その時、私、思わず言っちゃったんですよね。

「こら! ご飯粒、そんなに残したら『もったいないお化け』が出るよ!」

…出ました、「もったいない」。

これ、海外で暮らす皆さんなら、どう翻訳しますか?

“Don’t waste.” (無駄にするな)

うん、近い。近いんだけど、なんかちょっと違う。

英語の “waste”(無駄)は、どちらかというと「効率が悪い」とか「役に立たない」っていう、ちょっと冷たい響きがある気がするんです。

でも、日本人が言う「もったいない」には、もっと「感情」がこもってる。

あのお茶碗に残った数粒のご飯。

それを作った農家さんの苦労。

お米を研いで、炊飯器のスイッチを入れた私(母)の手間。

そして、何より「お米」という「いのち」そのものに対する、感謝と申し訳なさ。

「もったいない」という言葉には、そのモノが本来持っている価値を、最後まで使い切ってあげられなかったことへの「罪悪感」や「後ろめたさ」みたいな、人間臭い感情が含まれているんです。

だから、「もったいないお化け」なんていう、ちょっと怖いキャラクター(笑)まで作り出して、子供に「モノを大切にすること」「感謝すること」を伝えようとするんですね。

この「もったいない」精神、実は日本の「節約」や「生活の知恵」の、ど真ん中にある考え方なんです。

例えば、日本の料理。

スーパーに行くと、ブロッコリーの「茎」だけ、とか、大根の「葉っぱ」だけ、って売ってるのはあまり見かけませんよね。

でも、日本の主婦は(全員じゃないけど、笑)、そういう「普通なら捨てちゃう部分」を、捨てないんです。

ブロッコリーの茎は、皮を厚めにむいて、短冊切りにして、人参や油揚げと一緒に炒めて「きんぴら」に。

大根の葉っぱは、細かく刻んでゴマ油で炒めて、じゃこと一緒にご飯に混ぜて「ふりかけ」に。

(これがまた、ご飯が進む!)

これって、「お金がないから茎まで食べる」っていう「ケチ」な話じゃないんです。

「え、ここも食べられるじゃん! 栄養あるらしいよ? 捨てるの、もったいなくない?」

っていう、ポジティブな「工夫」であり、「食材のいのちを全部いただく」という、さっきの精神論に繋がってる。

昔の日本、例えば何百年も前の江戸時代なんかは、本当にリサイクルの達人だったみたいで。

1枚の着物があったら、

着る → サイズが合わなくなったら子供用に仕立て直す → それも着古したら、布を組み合わせて布団や座布団にする → さらにボロボロになったら、雑巾(お掃除用)にする → 最後は燃やして、その「灰」を洗剤や肥料として使った…

なんて話もあるくらい。

モノが貴重だった時代に培われた、「使い尽くす」知恵。

これぞ、究極の「もったいない」であり、日本文化の根底にある「DIY・リペア精神」の原点なんですよね。

…と、ここまで「もったいない」について熱く語ってしまいましたが(笑)、

「分かったよサチさん。でも、それが今日の『節約』とどう繋がるの?」

って思ってますよね。

お待たせしました。

ここで、もう一つのキーワード、「カイゼン(Kaizen)」の登場です。

「Kaizen」って、もしかしたら海外でも知られている言葉かもしれません。

元々は、トヨタ(TOYOTA)なんかの自動車工場で使われ始めた言葉で、「生産効率を上げるための『改善』活動」を指します。

「工場?」

「主婦の生活と関係ないじゃん!」

そう思いますよね。

でもね、私は、この「カイゼン」こそが、現代の私たちが「我慢しないで節約する」ための、最強のヒントだと思ってるんです。

さっきの「もったいない」が、モノに対する「心構え」や「精神」だとしたら。

「カイゼン」は、その精神を「行動」に移すための、「具体的な方法論」なんです。

工場のカイゼンが目指すのは、「ムリ・ムダ・ムラ」をなくすこと。

これ、私たちの主婦の生活に、そっくりそのまま置き換えられませんか?

・ムリ: 節約のために暖房を我慢しすぎて、風邪をひく。(医療費で赤字!)

・ムダ: 冷蔵庫の奥で、カピカピになった野菜を発見する。(あぁ、もったいない!)

・ムラ: 忙しい日に、つい面倒になって外食やデリバリーに頼りすぎる。(楽だけど、高い!)

どうです? 耳が痛い(笑)

私もね、少し前まで、電気代の請求書が来るたびに、家族に「電気消して!」「テレビ見ないなら消して!」って、ヒステリックに怒ってたんです。

でも、家族はちっとも協力的じゃないし、私だけがイライラして、空回り。

でもある日、気づいたんです。

「私、我慢(ムリ)とイライラ(ムラ)ばっかりで、肝心の『ムダ』を見てなかったな」って。

そこで、工場の「カイゼン」みたいに、我が家の「ムダ」探しゲームを始めてみたんです。

まず、一番分かりやすい「光熱費」のカイゼン。

政府(資源エネルギー庁とか)が推奨してるような、本当に地味~なことから始めました。

・エアコンのフィルターを、2週間に1回(最初はサボってた)本気で掃除する。

・冷蔵庫の設定温度を「強」から「中」に変える。(日本の冷蔵庫って、設定が細かいんです)

・冷蔵庫の中身を「詰め込みすぎない」。何が入ってるか一目で分かるように、カゴで仕切る。(これで、奥でカピカピになる野菜が減った!)

・お風呂。家族が連続で入るようにして、「追い焚き」の回数を減らす。

…どうです?

どれもこれも、地味でしょう?(笑)

全然、ドラマチックじゃない。

でもね、これを「我慢」としてやるんじゃなくて、

「さて、今月のムダはどこかな?」

「このフィルター掃除で、いくら浮くかな?」

って、ちょっと「ゲーム感覚」でやってみたんです。

これが、「カイゼン」の面白いところ。

「カイゼン」は、「一発逆転のホームラン」を狙うんじゃない。

「毎日1%でもいいから、昨日より良くしよう」

「小さな改善(Small Improvements)を、コツコツ積み重ねよう」

という考え方なんです。

この「小さな改善の積み重ね」が、フックのタイトルにもある “Big Impact”(大きなインパクト) に繋がっていく。

電気代のカイゼンを始めたら、家計が助かったのはもちろん、副産物があったんです。

冷蔵庫を整理したら、料理の「ムダ(食材ロス)」が減った。

料理のムダが減ったら、ゴミが減った。

ゴミが減ったら、家事が楽になった(ムリが減った)。

家事が楽になったら、私のイライラが減った(ムラが減った)!

お金の節約から始めた「カイゼン」が、いつの間にか、私の「時間」と「心の余裕」まで生み出してくれたんです。

これって、もう「節約術」っていうか、「人生術」だなって。

「もったいない」という心(マインド)をベースに、

「カイゼン」という方法(アクション)で、

日々の生活の「ムリ・ムダ・ムラ」を、ゲーム感覚で減らしていく。

それは、ただお金を貯めるためだけの「我慢」じゃない。

自分の暮らしを、自分の工夫で「より良く」していく、すごくクリエイティブで、ポジティブな作業なんです。


…と、「起」だけでこんなに熱くなってしまいました(笑)

「じゃあ、具体的にどんなカイゼンをしてるの?」って気になりますよね。

次の「承」では、今回のテーマであるフックに沿って、

  • エネルギー効率(私が実践してる、細かいけど効く!省エネ習慣)
  • DIYと修理文化(「もったいない」から生まれた、日本のリペア術)
  • 賢い交通手段(車社会だけじゃない、歩く・自転車・公共交通のリアル)

について、私の「実体験」と、時には「大失敗談」も交えながら、詳しくお話ししていきたいと思います。

皆さんの暮らしにも、何か「カイゼン」のヒントが見つかるかもしれませんよ!

暮らしの「ムダ」を徹底解剖! 我が家の「カイゼン」実践レポート

(約3000文字)

カイゼン①:エネルギー効率(省エネ)〜 私は「電気ポリス」を卒業します 〜

まず、一番分かりやすい「光熱費」から。

正直に告白します。

私、数年前まで、家の中の「電気ポリス」でした。

「こら! トイレの電気また消し忘れてる!」

「誰も見てないテレビ、つけっぱなしにしないでって言ってるでしょ!」

「お父さん、シャワー出しすぎ!」

…ね、典型的な「イライラしてる主婦」ですよね(笑)

でも、これ、家族に「我慢(ムリ)」を強いるだけで、全然効果が上がらなかったんです。

私がガミガミ言う(ムラ)から、家族はビクビクして、その場では消すけど、習慣にはならない。

お互いにストレスが溜まるだけ。まさに最悪の「ムラ」状態。

そこで、「カイゼン」マインドに切り替えました。

「犯人探し」や「我慢の強制」はやめる。

代わりに、「ムダ」そのものが起きにくい「仕組み」 を作れないか? と考えたんです。

まず、「ムダの見える化」。

工場で言う「アンドン(行灯)」システムみたいなもの(笑)

うちは、リビングのPC周りとか、テレビ周りの電源タップを、スイッチが一個一個ついてる「個別スイッチ付きタップ」に全部取り替えました。

(これも100円ショップやホームセンターで手に入ります)

そして家族にこう宣言したんです。

「ポリスは廃止します! 代わりに、このタップ、寝る前に『全部オフ』にするゲームにしない?」と。

「待機電力」っていう、使ってないのに消費してる「ムダ」の代表格。

これを家族の「イベント」にしたんです。

最初は私が「お、緑のランプ(通電中)がまだついてるよ〜」なんてゲーム感覚で言ってたら、そのうち子供が「あ! パパのPCのランプついてる!」って、お互いにチェックし合うようになりました。

「我慢」じゃなくて「ゲーム」。これ、大事。

次に、「ムリ」のない工夫。

日本の夏は、本当にジメジメして暑い。冬は乾燥して寒い。

エアコンなしは「ムリ」。我慢したら熱中症で倒れます(医療費で大赤字)。

ここで「カイゼン」です。

日本の家電メーカーも「カイゼン」のプロなので、エアコンの「フィルター自動掃除機能」とかありますけど、うちは古いタイプなので、手動です(笑)

でも、「起」でも書いた、2週間に1回のフィルター掃除。

これをカレンダーに「イベント」として書き込む。

そして、夏。

設定温度を、例えば26度とか28度(日本でよく推奨される温度)にします。

これだけだと、正直ちょっと暑い。

そこで登場するのが、「サーキュレーター(扇風機でもOK)」 です。

エアコンの冷たい空気は下に溜まる。サーキュレーターで、その空気を「かき混ぜる(撹拌する)」んです。

これは、「エアコンを22度にする」という「力技(ムリ)」ではなく、「28度の空気を、どう効率よく部屋全体に行き渡らせるか」という「工夫(カイゼン)」です。

体感温度が全然違います。

これ、「ムリ」してないのに、確実に電気代の「ムダ」が減るんです。

冬はその逆。

暖かい空気は上に溜まるので、サーキュレーターを上に向けて回します。

たったこれだけ。

でも、この「ひと手間」こそが「カイゼン」の心臓部なんですよね。

そして、日本の家庭の「カイゼン」の象徴が、「お風呂のお湯」 です。

海外だと、バスタブにお湯を溜める習慣がないお家も多いと聞きますが、日本人はお風呂大好き。

でも、毎日あれだけの量のお湯を沸かすのは、すごいエネルギーを使います。

だから、

1.家族がなるべく時間を空けずに連続で入る。(「追い焚き」という再加熱の「ムダ」を減らす)

2.お風呂のフタは、入る直前まで閉めておく。(保温。「ムダ」の防止)

ここまでは、まあ普通ですよね。

「カイゼン」はここからです。

その残ったお湯、どうします?

…そう、「洗濯」 に使います。

日本の洗濯機って、お風呂の残り湯を吸い上げるための専用ホース(「風呂水ポンプ」)が、最初から付属しているモデルが多いんです。

それくらい、「お風呂の残り湯で洗濯する」のは、日本の家庭ではメジャーな「カイゼン」なんです。

(もちろん、最後の「すすぎ」はキレイな水道水を使いますよ!)

これぞ、「もったいない」精神の極み。

「お風呂のお湯」としての価値は終わったけど、「洗濯(洗い)」のお湯としての価値は、まだ残ってる。

その価値を、最後まで使い切ってあげる。

これ、節約額で言ったら、1回数十円かもしれない。

でも、この「チリも積もれば」の精神。

そして何より、「資源を使い切る」という「工夫」が、私(主婦)の「自己肯定感」みたいなものを、地味〜に上げてくれるんです(笑)

「私、今日も賢く暮らしてる!」って。

カイゼン②:DIYと修理文化 〜「捨てる」の前に、ひと呼吸 〜

次に、モノとの付き合い方。

「もったいない」精神が一番発揮される分野かもしれません。

フックにある「DIYと修理文化」。

DIYっていうと、海外の人がガレージで日曜大工するような、カッコいいイメージありますよね。

日本の主婦の「DIY」は、もっと地味です(笑)

でも、すごく実用的。

さっきの「もったいない」の話。

モノが壊れた時、海外(特にモノが安い国)に住んでいると、「あ、壊れた。新しいの買おう」って、思考がすごくスピーディじゃないですか?

日本も、もちろんそうなってきています。安いモノは溢れてる。

でも、私たちの世代(アラフォー・アラフィフ?)には、まだ「修理して使う」っていう感覚が、根強く残ってるんです。

例えば、子供のズボン。

もうね、男の子なんて、秒でヒザに穴を開けます(笑)

昔だったら、お母さんが「当て布」をして、チクチク縫っていた。

今は、もっと「カイゼン」されてます。

100円ショップ(ダイソーとかセリア)に行くと、ものすごい種類の「アイロン接着ワッペン」が売ってるんです。

恐竜、ロケット、可愛いお花、レース…。

穴が開いたズボンのヒザに、そのワッペンをアイロンでジュッ!とやるだけ。1分で終わる。

これ、子供、大喜びします。

「穴あきズボン」が、「僕だけのオリジナル・ロケットズボン」に生まれ変わるんですから。

これって、

・「穴が開いたから捨てる」→ ムダ

・「夜なべしてチクチク縫う」→ ムリ(忙しいお母さんには無理!)

・「ワッペンで1分リペア」→ カイゼン!

お金(ズボン代)の節約になったのはもちろん、子供は「モノは直せる」ことを学ぶし、何より「愛着(あいちゃく)」が湧きます。

「金継ぎ(きんつぎ)」という、割れた器を漆(うるし)と金で修理する、日本の伝統技法があります。

あれは、傷を「隠す」んじゃなくて、傷を「景色」として「愛でる」文化。

穴あきズボンにロケットのワッペンを貼るのも、私にとっては、あの「金継ぎ」と同じマインドなんです。

だから、夫のYシャツのボタンが取れかかっていても、すぐには捨てません。

小さな「裁縫セット」(これも小学校の家庭科で買ってから、ずっと持ってる)を出してきて、5分で縫い付ける。

この「たった5分のカイゼン」をサボると、そのシャツは「ボタンが取れた着られない服」になって、タンスの肥やし(ムダ)になるか、捨てられる(ムダ)運命を辿る。

その「運命の分岐点」に立っているのが、私(主婦)なんですよね。

そう思うと、

「あー、めんどくさい」

じゃなくて、

「よし、このシャツの寿命、私が延ばしてやろう!」

って、ちょっと大げさだけど、そんな気分になってくるんです。

これは「ケチ」なんじゃなくて、「モノの価値を最後まで使い切る」という、生活の「技術(スキル)」であり「人生術」だと思っています。

カイゼン③:賢い交通手段 〜「ママチャリ」は、主婦のF1マシンだ 〜

最後は「移動」のカイゼン。

皆さんがお住まいの国では、どうですか?

「車がないと生活できない!」

「スーパー行くのも、子供の送り迎えも、全部車」

っていう場所、すごく多いと聞きます。

日本も、もちろん車社会の地域はたくさんあります。

でも、私が住んでいるような都市部(東京近郊)だと、話は別。

むしろ、「車を持つこと」自体が「ムリ(維持費)」「ムダ(駐車場代)」「ムラ(渋滞)」の塊だったりするんです。

じゃあ、どうしてるか。

「歩く」「自転車」「公共交通(電車・バス)」

この3つを、徹底的に「カイゼン」して使い分けています。

特に、日本の主婦の最強の相棒が、「ママチャリ」 です。

(「Mom’s bicycle」のことね!)

これ、日本に来た外国人が驚く「カイゼンプロダクト」の一つらしいです。

・カゴが大きい(ネギも大根も余裕で入る)

・スタンドがめちゃくちゃ頑丈(子供を乗せても倒れない)

・子供乗せシート(前に一人、後ろに一人、乗せられるモデルも!)

・最近は「電動アシスト」が主流(坂道もスイスイ!)

まさに、「主婦の生活を最適化する」ためだけに進化した、日本のガラパゴスな乗り物(笑)

片道15分くらいのスーパー。

車で行けば5分かもしれません。

でも、駐車場を探して、停めて…ってやってたら、結局10分かかる(ムラ)。

ガソリン代もかかる(ムダ)。

でも、電動ママチャリなら?

信号待ちを入れても10分。

駐輪場はだいたい無料。

そして何より、「運動」 になる。

これぞ、「カイゼン」的発想!

「移動」と「健康維持」を、一気に片付けてるんです。

わざわざジムに行く「ムリ(時間・お金)」を減らして、日々の移動をエクササイズにしちゃう。

さらに遠出、例えば都心に買い物に行く時。

私は、絶対に「電車」を使います。

車で行くなんて、もう「ムリ・ムダ・ムラ」のフルコース。

(渋滞、高い駐車場代、運転のストレス…)

日本の電車システムは、それ自体が「カイゼン」の塊。

・時間に正確(ムラがない)

・安い(ムダがない)

・乗ってる間、本を読んだりスマホを見たりできる(時間を有効活用=ムダがない)

「今日は駅までママチャリで行って(移動+運動)、そこから電車で都心に行く(時間活用)」

みたいに、自分の行動を「カイゼン」の視点で「設計」していくんです。

車を運転しない。

歩いたり、自転車に乗ったりする。

これ、お金の節約(ガソリン代、保険代、ジム代)にもなるけど、それ以上に「人生の質」に関わってくるなって、最近すごく思うんです。

歩けば、季節の匂いに気づく。

「あ、キンモクセイの香り。秋だな」

「あそこの家の庭、紫陽花がキレイ」

車でブーンと通り過ぎたら、絶対に見えない景色。

自転車で走れば、ご近所さんに会う。

「あ、こんにちはー、今日安いですね、卵」

なんて、スーパーの前で井戸端会議が始まる(笑)

こういう「地域とのつながり」や「季節の感覚」って、心の栄養になる。

「節約」から始めた「カイゼン」が、いつの間にか、私の生活を「効率的」にするだけじゃなく、「豊か」にしてくれていたんです。

やりすぎ「カイゼン」の罠。私は「節約オタク」から「家計の独裁者」になっていた

(約3000文字)

「カイゼン」にハマった私。

ムリ・ムダ・ムラを見つけては、潰していく。

それが、もう、楽しくて仕方がなかったんです。

家計簿の光熱費が先月より減っているのを見て、ニヤリ。

冷蔵庫が完璧に整理整頓されて、使い残しゼロになったのを見て、ウットリ。

「私、天才かも…」

本気でそう思ってました。

でもね、その「快感」が、いつしか私を「節約オタク」に変えてしまったんです。

そして、「オタク」が行き過ぎるとどうなるか…

そう、「独裁者」 になるんです。

私の「カイゼン」は、いつの間にか、私一人の「楽しいゲーム」から、家族全員を巻き込む「強制ルール」に変わっていきました。

始まりは、ほんの小さなことでした。

「承」でも書いた「電気ポリス」。

一度は「仕組み」で解決したはずだったのに、もっと「ムダ」を減らしたくなって、復活しちゃったんです。

「ちょっと! パパ、書斎のパソコン、スリープじゃなくてちゃんとシャットダウンしてよ! 待機電力の『ムダ』!」

「〇〇(息子)! テレビ見てないでしょ! 消すよ! 『ムダ』!」

前は「ゲーム感覚」だったはずが、いつの間にか、私の口調は「命令」になっていました。

家族の「快適さ」や「自由」よりも、「1円でも安くする」という「カイゼン(という名の私の自己満足)」が、最優先になっていたんです。

そして、それは「モノ」に対しても、最悪の形で現れました。

「承」では、穴あきズボンをワッペンで「DIY」する、なんてイイ話を書きましたよね。

あの「もったいない」精神。

これも、行き過ぎると「ゴミ屋敷」の入り口になるんです。

「あ、このTシャツ、首がヨレヨレだけど…布はキレイだから、雑巾(ぞうきん)にできる! もったいない!」

→ 大量の「雑巾予備軍」がタンスの一角を占領。

「このお菓子の空き箱、可愛い! なにかに使えるかも! もったいない!」

→ クローゼットの上段に、空き箱のコレクションが積み上がる。

「この割れた植木鉢…金継ぎ(もどき)できるかも…」

→ ベランダの隅に、割れた破片が放置される。

そう。

私は「捨てる」という判断を「もったいない」という言葉で先延ばしにする、「もったいないオバケ」本人になってしまっていたんです。

「カイゼン」は、「ムダ」をなくして「効率化」することのはず。

それなのに、私の家は、「いつか使えるかもしれないモノ(=ガラクタ)」で、溢れかえっていきました。

「金融資産」のムダは減ったかもしれないけど、「空間資産」と「管理コスト」という、とんでもない「ムダ」を生み出していたんです。

家の中は、なんだかギスギスしていました。

家族は、私の「カイゼン警察」の目(「それ、ムダじゃない?」)を恐れて、コソコソするようになりました。

夫は、趣味で買っていた雑誌を、私に見つからないように書斎に隠すようになりました。

(「どうせ『ネットで見れるのにムダ』って言うんだろ」って、後で言われました)

息子は、自由帳に絵を描くとき、わざわざ裏紙(私が「カイゼン」のために用意した、チラシの裏)を使い、新しい紙を使いたがらなくなりました。

(「お母さん、これなら『もったいない』じゃない?」って、悲しい顔で言うんです)

…私、何やってるんだろう。

家族の笑顔を、

夫のささやかな楽しみを、

子供の「新しい紙に描きたい!」っていう自由な創造性を、

全部、「節約」と「カイゼン」という名前のハンマーで、叩き潰していたんです。

決定的な「事件」が起きたのは、ある週末のことでした。

夫が、珍しく「ねえ、これ買わない?」と、コーヒーメーカーのカタログを見せてきたんです。

ちょっとオシャレな、全自動のミル付きのやつ。

毎朝、豆から挽いたコーヒーが飲めたら、最高じゃない?って。

その時の私の、第一声。

今思い出しても、顔から火が出るくらい、最悪でした。

「は? なにそれ。ムダの塊じゃん」

言っちゃったんです、私。

「あんなデカいのどこに置くの?(空間のムダ)」

「豆から挽く? 面倒くさがり(ムラ)のパパが、続くわけないじゃん」

「そもそも、インスタントコーヒー(安くて効率的)があるのに、なんでわざわざ高い豆買うの?(お金のムダ)」

「手入れも面倒くさそう。水道代と電気代の『ムダ』!」

私の「カイゼン理論」で、夫の提案を、完膚なきまでに叩きのめしました。

「私、完璧な論破。夫のムダ遣いを阻止した。今日も家計をカイゼンした!」

そう、本気で思ってました。

夫は、しばらく黙ってカタログを見ていましたが、

静かに、一言だけ、こう言いました。

「…サチ。俺たち、いったい何のために節約してるんだっけ?」

グサッ!!!!

心臓に、太い針が突き刺さったみたいでした。

夫は続けました。

「毎日毎日、『ムダだ』『もったいない』って、君がイライラしてる」

「俺は、ちょっと贅沢かもしれないけど、朝、美味しいコーヒーを二人で飲んで、『今日も一日頑張ろうか』って、そういう時間が欲しかっただけだ」

「節約して、節約して、その浮いたお金で、何がしたいの?」

「君は、通帳の数字を増やすために、家族の『楽しい』とか『やりたい』を、全部『ムダ』って切り捨ててるだけじゃないか」

「君の『カイゼン』は、この家から『心の余裕(ゆとり)』を全部奪っていったよ」

………。

返す言葉が、何もありませんでした。

私は、節約という「手段」に夢中になるあまり、

「家族で楽しく、豊かに暮らす」

という、一番大事な「目的」を、完全に見失っていました。

「カイゼン」は、暮らしを「良く」するためのツールだったはず。

なのに、私は「カイゼン」そのものを「目的」にしてしまい、家族を「良くない」方向に追い詰めていた。

「もったいない」も、そう。

モノを大切にする心だったはずが、いつの間にか「モノに執着して、空間と心を圧迫する」呪いの言葉に変わっていた。

私がやっていたのは「カイゼン」じゃない。

ただの「ケチ」で、「押し付け」で、「自己満足」でした。

一番「もったいない」ことをしていたのは、

「家族の笑顔」や「心の余裕」という、お金じゃ絶対に買えない、一番大切な資産を、すり減らしていた、

私自身だったんです。


この、夫からの痛烈な一撃。

私の「やりすぎカイゼン」の日々が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた瞬間でした。

でも、この「大失敗」こそが、私に「本当のカイゼンとは何か」「本当の豊かさとは何か」を、もう一度考え直すキッカケをくれたんです。

節約は「手段」、目的は「幸せ」。我が家の「カイゼン 2.0」が目指すもの

(約3000文字)

あの衝撃の夜。

夫の言葉にハッとした私は、まず、何をさておき「家族会議」を開きました。

正座して(心の中でね、笑)、夫と息子に、まず謝りました。

「ごめんなさい。お母さん、数字ばっかり見てて、二人の気持ちを見てませんでした」

「『ムダ』『もったいない』って言いすぎて、お家をギスギスさせて、本当にごめんなさい」って。

息子はキョトンとしてましたが、夫は「わかってくれてよかった」と笑ってくれました。

そして、私たちは「カイゼン 2.0」の、新しい「憲法」を決めたんです。

【我が家のカイゼン憲法・第一条】

「目的は、家族みんなが『ご機嫌』に暮らすこと。節約は、そのための『手段』の一つにすぎない」

これです。

もう、これをリビングの壁にデカデカと貼っておきたいくらい(笑)

今までの私の「カイゼン 1.0」は、

「目的=1円でも多く節約すること」

になっていました。

だから、その目的に反する行動(=夫がコーヒーメーカーを欲しがること)は、すべて「悪(ムダ)」だったんです。

でも、「2.0」では、「目的」が変わりました。

「家族がご機嫌になること」。

この新しい「憲法」のもと、私たちはまず、あの「事件」の火種となった「コーヒーメーカー問題」に、改めて向き合うことにしました。

私:「…で、パパ。あのコーヒーメーカー、やっぱり欲しい?」

夫:「(ビクビクしながら)え、いいの? 『ムダの塊』じゃないの?」

私:「『ムダ』かどうかは、新しい憲法で決めようよ。『ご機嫌』に繋がるかどうか、で」

ここからが、我が家の本当の「カイゼン活動」の始まりでした。

「1.0」時代の私がやったのは、夫の提案を「ムダ!」の一言で「切り捨てる」こと。

「2.0」で私たちがやったのは、「どうしたら『ご機嫌』と『効率(節約)』を両立できるか?」を、みんなで「工夫」することでした。

<コーヒーメーカー・カイゼン会議>

・議題1:空間のムダ

 私「デカいって言ったけど、どこに置く?」

 夫「あそこの古いトースター、最近使ってないよね。あれを処分して、そこに置くのはどう?」

 →「もったいないオバケ」の退治(断捨離)とセットで、解決!

・議題2:お金のムダ(本体代・豆代)

 私「本体、結構高いよね…」

 夫「俺のお小遣いから、半分出すよ」

 私「!」

 夫「あと、豆代はかかるけど、その代わり、週末にカフェに行く回数を減らせば、トントンじゃない?」

 →「ムリ」のない予算組みと、「ムラ(外食)」の削減で、解決!

・議題3:手入れのムラ

 私「こういうの、絶対パパ、最初だけだよね? 私が手入れするハメになるのはイヤだよ(笑)」

 夫「…(図星)。わかった。平日の手入れは僕がやる。週末は一緒にやろう」

 → 役割分担を明確にし、「ムラ」を防止! 解決!

どうです?

この話し合いこそが、まさに「カイゼン」だと思いませんか?

「ムリ・ムダ・ムラ」を、家族みんなで「見える化」して、一つずつ潰していく。

結局、私たちはそのコーヒーメーカーを、買いました。

そして、毎朝。

豆を挽く「ゴゴゴゴ…」という音と、部屋中に広がる、香ばしい匂い。

夫が淹れてくれたコーヒーを二人で飲みながら、「今日は〇〇(息子)のサッカーだね」「週末、何する?」なんて、たわいもない話をする時間。

…これ、プライスレス。

この「心の余裕(ゆとり)」こそが、我が家が「ご機嫌」でいるために、絶対に必要な「資産」だったんです。

「カイゼン 1.0」の私は、この「見えない資産」を、「ムダ」の一言で切り捨てるところでした。

あぶない、あぶない…。

この一件以来、我が家の「カイゼン」は、大きく変わりました。

「もったいないオバケ」の退治もしましたよ!

「いつか雑巾にするTシャツ」の山は、本当に必要な5枚だけ残して、あとは「ありがとう」と言って処分。

(海外では難しいかもしれませんが、日本には「古布回収」というリサイクルルートがあるんです)

「可愛い空き箱」も、全部処分。

家の中がスッキリしたら、どうなったと思います?

探し物が減ったんです(時間のムダが減った)。

掃除がしやすくなったんです(家事のムリが減った)。

そして何より、視界がスッキリして、私のイライラが減った(心のムラが減った)!

「モノを大切にする(もったいない)」と、「ガラクタを溜め込む」は、全く別物でした。

「本当のカイゼン」とは、「捨てる勇気」を持つことも含まれていたんです。

「心の余裕」という「目的」のためなら、モノを捨てることは「ムダ」じゃない。むしろ、必要な「カイゼン」だったんです。


このブログのフック(テーマ)を、もう一度思い出してみてください。

“Kaizen for Everyday Savings: Small Improvements, Big Impact”

(日々の節約のためのカイゼン:小さな改善が、大きなインパクトを生む)

私は、この「Big Impact(大きなインパクト)」の意味を、勘違いしていました。

「大きなインパクト」=「節約できた金額」

だと思っていたんです。

でも、違いました。

失敗して、家族とぶつかって、ようやく分かりました。

「カイゼン」がもたらす本当の「Big Impact」とは、

「お金(Savings)」 だけでなく、

「日々の暮らしの幸福度(Happiness)」

そのものだったんです。

「小さな改善(Small Improvements)」をコツコツ続ける。

それは、エアコンのフィルター掃除かもしれない。

ズボンの穴をワッペンで塞ぐことかもしれない。

でも、時には、

「家族の笑顔のために、コーヒーメーカーを買う」という、一見『節約』とは逆行する選択 や、

「心の余裕のために、モノを捨てる」という、一見『もったいない』と逆行する選択

も、立派な「カイゼン」なんです。

なぜなら、私たちの「目的」は、通帳の数字を増やすことじゃなく、

「家族が、ご機嫌で、幸せに暮らすこと」

だから。

「ムリ・ムダ・ムラ」をなくす、というのは、

「心のムリ(我慢)」

「心のムダ(イライラ)」

「心のムラ(不機嫌)」

を、なくしていくことだったんです。


今、このブログを読んでくれている、海外で頑張る主婦の皆さん。

そちらの生活は、どうですか?

日本にいる私が想像する以上に、大変なこと、いっぱいあると思います。

言葉の壁、文化の違い、手に入りにくい食材、思うようにいかない人間関係…。

日本の何倍も、「ムリ」や「ムダ」や「ムラ」に、直面しているかもしれません。

だから、我慢(ムリ)しすぎたり、

「なんで私だけ!」ってイライラ(ムラ)したり、

することもあると思います。

そんな時、この「カイゼン」という言葉を、そっと思い出してみてください。

でも、私みたいに「独裁者」になっちゃダメですよ(笑)

完璧じゃなくていいんです。

「昨日より1%だけ、ご機見になれる工夫、ないかな?」

って、探してみる。

それは、節約のために現地の安い野菜で新しい料理に挑戦してみる「工夫」かもしれないし、

逆に、心の栄養のために、ちょっと高いけど日本の食材を買って、大好きな「アレ」を作る「工夫(=投資)」かもしれません。

どっちも、あなたの暮らしを「良く」するための、立派な「カイゼン」です。

「節約」も「家事」も、全部、私たちが「幸せに生きる」ための「手段」でしかありません。

その「手段」に振り回されて、一番大事な「目的(あなたの笑顔!)」を見失ったら、それこそが、人生最大の「もったいない」!

私も、まだまだ失敗ばかりです。

今でも時々、「電気ポリス」や「もったいないオバケ」が顔を出しそうになります(笑)

でも、そのたびに、あのコーヒーの香りと、「何のために節約してるんだっけ?」という夫の言葉を思い出すんです。

一緒に、我慢じゃなくて「工夫」で。

暮らしも、家計も、そして人生も。

私たち主婦の「カイゼン」で、ちょっとずつ、ご機嫌にしていきましょうよ!

長い長い、私の「カイゼン」奮闘記(と失敗談)、最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました!

また、次のブログで会いましょうね!

サチより

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