「当たり前」に隠された、日本の豊かな関係性
みなさん、こんにちは!
日本で、夫と子ども二人と暮らしている、ごくごく普通の主婦、[あなたのブログ名やハンドルネーム]です。(気軽に「〇〇さん」って呼んでくださいね!)
このブログは、今、海を越えた新しいステージで、家族のために、そしてご自身のために、毎日を奮闘している主婦仲間のみなさん。そして、「日本のリアルな暮らしって、実際のところどうなの?」と興味を持ってくれている海外の方に向けて、等身大の「日本の今」をお届けしたいな、と思って書いています。
海外での生活、楽しんでいますか?
もちろん、楽しいことばかりじゃないですよね。文化や習慣、言葉の壁。スーパーでいつもの食材が手に入らない!なんていう小さなストレスから、子どもの学校のことで悩んだり、時にはふっと孤独を感じたり…。
私も海外に住む友人からそういう話を聞くたびに、本当に頭が下がる思いです。皆さんのそのバイタリティと勇気を、心から尊敬しています。
さて、そんな海外で活躍する皆さんから見て、「日本の暮らし」って、どんなイメージがありますか?
「ハイテクなガジェットに溢れている」
「電車が1分も遅れなくて、時間に正確」
「アニメや漫画がすごい!」
「食べ物が繊細で、とにかく美味しい」
うんうん、もちろん、それも全部「正解」です!私も日本のそういうところは大好きですし、便利さを享受しています。
でも、今日は。
そういった華やかなスポットライトが当たる部分じゃなくて、もっと日常の、普段着の日本。
私のような普通の主婦が、日々の中で感じている「生活の知恵」や、昔からなんとなく受け継いできた「社会の考え方」について、私の「実体験ベース」で、ちょっと深くお話ししてみたいんです。
海外で暮らしていると、「あれ?日本にいた頃は『当たり前』すぎて意識もしてなかったけど、これって結構ユニークな考え方かも?」って気づくこと、ありませんか?
私自身、このブログを始めるにあたって、「もし、私が海外の友達に日本の日常を説明するなら?」という視点で、自分の周りを見つめ直してみたんです。
そうしたら、もう、面白い発見の連続で!
テクノロジーの進歩や経済のニュースとはまったく別の次元で、もっと心の部分…言うなれば「人生を豊かに、そして賢く生きるための術(すべ)」みたいなものが、私たちの「当たり前」の中に、たくさん隠されていたんです。
今回の大きなテーマは、ズバリ「Community & Connection: The Power of Human Bonds」。
日本語にすると「コミュニティとつながり:人の絆が持つ力」って感じでしょうか。
いや、ちょっと待って、タイトルが壮大すぎますよね(笑)。
「絆!」「パワー!」なんて言われると、「そんな大げさなもの、今のドライな日本にある?」って、私自身も突っ込みたくなります。
でもね、あるんですよ。すごく静かに、でも確かに。
日本人は、良くも悪くも「人は一人では生きていけない」っていう感覚が、心のどこかに、それこそDNAレベルで刷り込まれているんじゃないかな、と思う時があります。
それは、日本が島国で、昔から地震や台風といった自然災害がとても多い土地柄、必然的に「助け合い」なしでは生き残れなかった、という歴史も深く関係しているのかもしれません。
その「助け合い」の精神を、たった一言で、見事に表現している魔法の言葉があります。
それが、「お互い様(おたがいさま)」です。
これは、私が数年前に体験した、忘れられない「お互い様」エピソードです。
当時、下の子がまだ小さくて、私は初めての慣れない育児に、正直ちょっとノイローゼ気味でした。夫は仕事が忙しくて毎晩帰りも遅い。いわゆる「ワンオペ育児」(一人で育児を全部やること)で、毎日必死でした。
ある日、子どもが夜中に高熱を出して。朝になっても全然熱が下がらない。
慌てて病院に連れて行こうとしたんですが、外は土砂降りの雨。タクシーを呼ぼうにも、朝のラッシュアワーで全然捕まらない。歩いて行ける距離じゃないし、かといって雨の中、高熱の子どもを抱っこしてバス停まで行くのも…。もう、どうしよう!って、文字通り玄関で泣きそうになっていたんです。
その時、ピンポーン、とチャイムが鳴って。
ドアを開けたら、お隣に住んでいる奥さん(Aさん)が立っていました。
「〇〇さん、すごい雨だけど、大丈夫?もしかして病院行くところ?顔色が真っ青よ」って。
事情を話したら、Aさん、自分のレインコートをバサッと羽織って、「ちょっと待ってて、今、車出してくるから!うちの子どもたちも昔、よく熱出したわよ。こういう時はね、お互い様なんだから、遠慮しちゃダメ!」って。
まだ、そんなに立ち話をするほど親しくもなかったのに、Aさんは土砂降りの中、私たち親子を車で病院まで送ってくれて、しかも「心配だから」と、診察が終わるまで待っていてくれたんです。
もう、その時の安堵感と感謝の気持ちは、何年経っても言葉にできません。
診察が終わって、お礼を言って何度も何度も頭を下げる私に、Aさんは笑ってこう言いました。
「いいのよ、本当に。それより、帰ったらお母さんも少し休みなさいよ。お母さんが倒れたら元も子もないんだから。何かあったら、またすぐ電話して。私たちは『お隣さん』なんだからね」って。
これこそが、「お互い様」なんです。
これは、ビジネスライクな「ギブ・アンド・テイク」とは、まったく次元が違います。
「私が今、あなたを助けたから、次はあなたが私を助ける番ね」という「契約」や「貸し借り」の意識が、ゼロなんです。
そこにあるのは、
「あなたもいつか同じように困ることがあるかもしれない。私だって、明日困るかもしれない。私たちは同じコミュニティに住む仲間なんだから、今できる人が助けるのは当たり前。だから、あなたは負い目に感じる必要なんてないのよ」
…という、目に見えない「信頼」と「共感」に基づいた、温かい空気感。それが「お互い様」の正体です。
そして、この「お互い様」の精神は、もっと日常的な「生活の知恵」、特に「節約術」にも密接につながっていきます。
例えば、フックにもあった「スキルシェアリング(技術の共有)」や「物々交換(バータリング)」。
これもね、私たちの間では、何か高尚なアプリとかを介さなくても、ごくごく自然に行われています。
例えば、私のママ友(子どものお母さん友達)のLINEグループ。
「誰か、子どもの発表会で明日だけ着る黒いズボン、130cm持ってない?一日だけでいいんだけど…」
「あ、うちにあるよ!明日、公園で渡そうか?」
「本当に助かる!じゃあ、うち、今度実家からリンゴが箱で届くから、おすそ分けするね!」
「わーい!ありがとう!」
こんな感じです(笑)。
「おすそ分け」っていうのも、日本の素敵な文化ですね。野菜が採れすぎたとか、お菓子をたくさんもらったとか、そういう時に「よかったらご近所にもどうぞ」って配るんです。これも「お互い様」の精神がベースにあります。
また、「私はミシンが得意だから、入園グッズ(学校で使うバッグなど)作るの手伝うよ!」っていうママがいたら、「じゃあ私はIT系が得意だから、パソコンやスマホの設定で困ったら何でも聞いて!」って返す。
お金を介さない、信頼関係に基づいた小さな経済圏が、私たちの周りではあちこちで自然発生しているんです。これって、最強の節約術であり、同時にコミュニティを強める接着剤にもなっていますよね。
そして、もう一つの最強の生活の知恵。
それが、「お弁当文化」と「家での料理(Home cooking)」です。
海外、特に欧米だと、ランチは外でサンドイッチやサラダを買ったり、カフェで手軽に済ませたりすることが多いと聞きます。もちろん、日本もそういう人は増えました。
でも、やっぱり根強いのが「お弁当」です。
「愛妻弁当」(奥さんが旦那さんのために作るお弁当)、「愛夫弁当」(最近は逆もあります!)、「キャラ弁」(子どもが喜ぶように、食材でアニメのキャラクターを作る、もはやアートの域のお弁当)。
これ、なぜ日本人がこんなに面倒なこと(!)を、今もなお続けているのか。
もちろん、フックにある通り「外食より圧倒的に安上がり」という経済的な理由が、一番大きいのは間違いありません。毎日ランチに1000円使っていたら、1ヶ月(20日勤務)で2万円以上かかりますからね。お弁当なら、その数分の一で済みます。
でも、それだけじゃないんです。
私の実体験で言えば…私も毎朝5時半に起きて、夫と子どものためにお弁当を作っています。
正直に言います。朝は眠い!「今日も外で買ってくれないかな…」って思う日が無いと言えば、嘘になります(笑)。
でも、お弁当箱という小さなキャンバスに、彩りよくおかずを詰めていく作業って、不思議と「マインドフルネス」というか、瞑想に近い感覚があるんです。
「あ、夫は昨日、ちょっと飲み会で疲れてそうだったから、今日はサッパリした和食中心にしよう」とか。
「息子は今日、体育があるから、お肉を多めに入れてあげよう」とか。
「昨日作ったきんぴらごぼう、美味しいって言ってたから、今日も入れとこ」とか。
そうやって、食べる人の顔を思い浮かべながら作るんです。
お弁当って、言葉を交わさない「手紙」みたいなもの。
「今日も一日、頑張ってね」という「応援」であり、
「あなたの健康を気遣っていますよ」という「愛情表現」であり、
「栄養バランス」を考えた「健康管理」でもあるんです。
この「手作り」や「ひと手間」に価値を見出す感覚が、日本の暮らしの根底には流れている気がします。
どうでしょう?
私たちが何気なく使っている「お互い様」という言葉や、毎朝当たり前のように作っている「お弁当」。
その裏には、単なる習慣を超えた、深い人生観や、生活を豊かにする知恵が隠れていると思いませんか?
さて、このブログは「起承転結」の4部構成でお届けしようと思っています。
次の【承】のパートでは、この「お互い様」の精神が、具体的に私たちの住む地域(ご近所付き合いや町内会)でどう機能しているのか、私が体験した「スキルシェア」の、もっと面白い(そして、ちょっと失敗した?)エピソードを深掘りしていきたいと思います。
【転】のパートでは、視点をガラッと変えて。この「お弁当文化」や「手料理」が、私たち日本人の独特な「健康観」や、世界でも注目されている「もったいない(Mottainai)」精神に、どう深くつながっているのか。その文化的・歴史的な背景を探ってみたいと思います。
そして最後の【結】では、これら日本古来の知恵が、文化の違う海外で暮らす皆さんの生活にも、無理なく楽しく取り入れられるヒントとして、どう生かせるかを一緒に考えていきたいです。
「ご近所の目」は最強のセーフティネット? 地域で育む「お互い様」の仕組み
みなさん、こんにちは![あなたのブログ名やハンドルネーム]です。
前回の【起】では、私が日本で日々感じている「お互い様」という魔法の言葉について、お隣さんに助けられた体験談や、ママ友同士の「おすそ分け」文化を中心にお話しさせていただきました。
(読んでない方は、ぜひそちらから読んでいただけると嬉しいです!)
「お互い様」が、単なる精神論じゃなくて、リアルな生活の知恵や節約術につながっている、という雰囲気を感じていただけたでしょうか?
さて、今回の【承】では、その「お互い様」の精神が、もう少し大きな枠組み…つまり、私たちが住む「地域コミュニティ」で、どんな風に「仕組み」として機能しているのか、というお話をしたいと思います。
そして予告通り、私の「スキルシェア」体験談…ちょっと(いや、かなり?)苦笑いしちゃった「失敗談」も、包み隠さずお話しちゃいますね(笑)。
海外にお住まいのみなさん、「町内会(ちょうないかい)」って、聞いたことありますか?
英語だと「Neighborhood Association」と訳されることが多いみたいですが、これが日本の地域コミュニティを語る上で、良くも悪くも(笑)欠かせない、独特な組織なんです。
「町内会費」っていう会費を(半ば強制的に)集めて、そのお金で地域の防犯灯を管理したり、お祭りを開催したり、ゴミ捨て場の掃除当番を決めたり…。
ぶっちゃけ、私みたいな主婦にとっては、「えー、また当番が回ってきた…」「会議とか面倒くさいな…」って思うことも、正直、多々あります(笑)。
でも、この一見「面倒くさい」仕組みこそが、実は日本の「お互い様」を、個人の善意だけに頼らせないための「セーフティネット」として機能しているんだな、と実感する瞬間が、私にもありました。
それが、「旗振り(はたふり)当番」です。
これは、地域にもよるんですが、うちの地域では、小学生の通学時間に合わせて、親が交代で通学路の横断歩道に立って、安全を見守る、という当番です。
黄色い旗を持って、青信号で「はい、渡っていいですよー!」ってやる、アレです。
私に初めてこの当番が回ってきた時、思いましたよ。
「朝のクッソ忙しい時間帯に、なんで私が…!?」って(笑)。
夫を送り出し、子どもにご飯を食べさせ、洗濯機を回しながら、自分の化粧もそこそこに、指定されたベストを着て、旗を持って家を飛び出す…もう、戦場です。
でもね、いざ横断歩道に立って、
「おはようございまーす!」
「〇〇くん、いってらっしゃーい!」
って声を張り上げていると、不思議なことが起こるんです。
まず、子どもたちが「あ、〇〇ちゃん(うちの子)のママだ!おはようございます!」って、元気よく挨拶を返してくれる。
他の親御さんや、犬の散歩中のおじいちゃん、出勤途中のサラリーマンさんとも、「どうも」「お疲れ様です」って、自然と会釈を交わすようになる。
たった週に一度、30分程度のことなんですけど、これを繰り返しているうちに、その地域に住んでいる人たちの「顔」が、どんどんインプットされていくんです。
「あそこのおばあちゃん、今日は杖じゃなくてシルバーカーだな」とか、「〇〇くん、今日はずいぶん荷物が重そうだな、図工があったのかな」とか。
これって、すごいことだと思いませんか?
「地域全体が、なんとなく『顔見知り』になる」
これこそが、日本が(比較的)治安が良いと言われる理由の一つであり、最強の「防犯」なんだと気づきました。
「ご近所の目」って、監視カメラ100台分くらいの威力があるんです。
だって、「見慣れない人」がウロウロしていたら、すぐに「あれ?」って気づけますよね。
もし、うちの子が一人でトボトボ歩いていたら、「どうしたの?ママは?」って、旗振り当番で顔見知りになった別のママが声をかけてくれるかもしれない。
そして、この「町内会」の仕組みが、もう一つ、大きな力を発揮するのが、「災害時」です。
ご存知の通り、日本は本当に地震や台風が多い国です。
「もしも」の時、一番早く助けに来てくれるのは、遠くの親戚でも、消防車でもなく、悲しいかな「すぐ隣に住んでいる他人」なんです。
だからこそ、「町内会」が主体となって、定期的に「防災訓練」を行います。
うちの地域でもやりましたよ。消火器の噴射訓練とか、三角巾での応急手当の方法とか、そして「炊き出し訓練」。
公園に大きな釜(かま)を持ち出して、実際にお米を炊いて、みんなでおにぎりを握るんです。
最初は「レクリエーションみたいだな」なんて思ってたんですけど、町内会の役員さん(大体、その地域に長く住んでいるおじいちゃん)が、
「いいか!本当に地震が来たら、ガスも電気も止まるんだ。この釜一つで、何人の命が繋がると思う?これは遊びじゃないぞ!」
って、真剣な顔で言うのを聞いて、ハッとしました。
これも、個人の「善意」や「サバイバル能力」に期待するんじゃなくて、
「万が一の時は、この公園に集まって、あの倉庫から釜を出して、役割分担してご飯を作る」
という「助け合いの段取り」を、地域全体で共有しておく作業なんです。
これぞ、究極の「お互い様」の「仕組み化」ですよね。
さて、そんな「町内会」という大きな枠組みの話から、もう少しミクロな、日常の「スキルシェア」の話に戻しましょう。
前回の【起】で、私は「家庭菜園シェアリング」の話をしました。
うちのベランダで採れすぎたミニトマトと、お隣のBさんが育てたゴーヤを物々交換(バータリング)する、というエピソード。
これはもう、毎年の恒例行事で、お金を一切介さない、最高にエコで、しかも美味しい節約術です。
「Bさん、今年のゴーヤはデキがいいわね!」
「〇〇さんこそ、そのシソ、お素麺(そうめん)にピッタリ!」
なんていう玄関先での会話も、すごく楽しい時間です。
この成功体験に味をしめた私(笑)、調子に乗って、私のもう一つの趣味である「パン作り」でも、スキルシェアを試みたんです。
…ええ、そう。これが、あの「ちょっと失敗した体験談」です。
ことの始まりは、私が焼いた手ごねパンを、仲の良いママ友Cさんに「おすそ分け」したことでした。
「えー!これ、〇〇さん(私)が焼いたの!?お店みたい!美味しい!」
Cさんは、めちゃくちゃ感動してくれて。
「私、こんなの作れるお母さんになりたかった!お願い、作り方教えて!!」
と、目をキラキラさせて頼まれたんです。
もう、私、嬉しくなっちゃって。
「もちろん!任せて!材料費もいらないよ、うちにあるものでやろう!お互い様よ!」
と、快く引き受け、我が家で「無料・手ごねパン教室」を開催することになりました。
…今思えば、この「材料費もいらない」っていうのが、最初のボタンの掛け違いだったかもしれません。
当日。
エプロン姿で張り切る私と、ワクワク顔のCさん。
「じゃあ、まず強力粉を250g計ってー」
「え?きょうりきこ…?スーパーに売ってる、あの小麦粉じゃダメなの?」
「あ、うん、パンはね、強力粉じゃないと膨らまなくて…」
「へー!じゃあ、この茶色いツブツブは?」
「あ、それはイースト菌。パンを膨らませる酵母でね…」
「イースト…菌…??」
…そう。私は、パン作りに最低限必要な「共通言語」を、Cさんが持っていると、勝手に思い込んでいたんです!
私にとっては「当たり前」の材料が、Cさんにとっては「未知の物質」(笑)。
まず、そこを「通訳」するところから始めなきゃいけなかった。これが【失敗ポイント1:相手のレベルの読み違い】。
そして、パン作りって、生地をこねた後、「発酵時間」がトータルで1時間半くらい必要じゃないですか。
私はその間、Cさんとお茶でも飲みながらおしゃべりすればいいや、くらいに思っていたんですが…。
「え、あと1時間も待つの!?」
Cさんの顔が、さっと曇りました。
「ご、ごめん…!私、下の子のお迎え、4時半だ…!間に合うかな…!?」
ぎゃー!時間配分、完全に間違えた!
私一人が作るのとはワケが違う。人に「教える」ということは、その人の「時間」も拘束するということ。
これが【失敗ポイント2:時間の読み違い】。
結局、二次発酵をちょっと短縮して、なんとか焼き上げたんですが、焼き上がったパンを見て、Cさんがポツリと言いました。
「すごい…本当にパンが焼けた…。でも、私、これを家で一人でやる自信、まったくないや…」
…チーン。
私の「スキルシェア」は、Cさんにとって、ただただ「大変で」「時間がかかって」「よくわからない」体験をさせてしまっただけだったんです。
そして、ダメ押しが、後日。
Cさんが、「この間は、本当にありがとう!」と、デパ地下で買ったであろう、すっごく高価なクッキーの詰め合わせを持って、お礼に来たんです。
あちゃー…!やっちゃった…。
私は、心から「お互い様」のつもりでした。
パンを教える「私」と、いつも子どもの遊び相手になってくれる「Cさん」で、チャラだと思ってた。
だから「材料費もいらない」って言ったのに。
Cさんにとっては、それが逆に「こんなに貴重な時間と、高価な(であろう)材料を使わせてしまった」という「負い目」になってしまったんです。
そして、その「負い目」を解消するために、あんなに高価な「お返し」をさせてしまった…。
これじゃ、「お互い様」じゃなくて、ただの「プレッシャー」ですよね。
すごく反省しました。
この苦い(パンだけに)経験から、私が学んだこと。
日本が誇る「お互い様」や「スキルシェア」の文化は、本当に素敵です。
でも、それを心地よく機能させるには、私に決定的に欠けていた「想像力」と「絶妙な距離感」が必要なんです。
「おすそ分け」も、「お返しに困る」ような量や質のものは、ただの「ありがた迷惑」。
「スキルシェア」も、「相手が何を求めているか」を見極めないと、ただの「自己満足」。
「うち、これ腐らせちゃうから、もらってくれると助かる!」とか、
「ちょっと失敗作だけど、笑わないで味見してみて!」くらいの「軽さ」。
相手に「借りを作った」と感じさせない「配慮」。
これこそが、目には見えないけれど、日本のコミュニティで人間関係を円滑にするための、超・高度な「人生術」なんだな、と。
いやー、奥深いです、日本語(笑)。
「町内会」という大きな仕組みから、「ご近所さん」との小さな失敗まで、日本の「お互い様」のリアルな側面、いかがでしたでしょうか?
さて、ここまで「人と人とのつながり」に焦点を当ててきました。
次の【転】では、フックの最後にもあった「お弁当文化と家庭料理」について、ガラッと視点を変えて、さらに深く掘り下げてみたいと思います!
【起】では、「節約」や「愛情表現」という側面でお話ししましたが、【転】では、この「お弁当」や「手料理」という文化が、私たち日本人の独特な「健康観」、そして世界でも注目され始めている「もったいない(MOTTAINAI)」という考え方に、どう深く結びついているのか。
その文化的、歴史的な背景を、私のリアルな「冷蔵庫の中身」(!)なんかもお見せしながら、探っていきたいと思います。
これもまた、日本の「人生観」が見えてくる、面白いテーマですよ!
ぜひ、次回の更新もお楽しみに!
お弁当箱は小宇宙!「もったいない」と「健康観」が詰まった台所
こんにちは![あなたのブログ名やハンドルネーム]です。
【起】、【承】と、日本の「お互い様」という文化が、いかに私たちの生活に根付いているか、時には温かく(お隣さんの助け)、時にはちょっと面倒で(町内会)、時にはほろ苦い(パン教室の失敗!)…なんていう、リアルな実体験をお話ししてきました。
ここまでは、主に「人と人とのつながり」にフォーカスしてきましたよね。
さて、今回の【転】では、その「つながり」の視点を、ガラリと変えてみたいと思います。
テーマは「人と『食』、そして『モノ』とのつながり」。
そう。予告通り、今回は我が家の「台所(キッチン)」、もっと言えば「冷蔵庫の中身」から見えてくる、日本の独特な「人生観」について深掘りします!
【起】のパートで、私は毎朝「お弁当」を作っている、という話をしました。
あれは「節約」であり、「愛情表現」でもある、と。
でも、実は、それだけじゃなかったんです。
あの小さな「お弁当箱」は、まさに日本の主婦の知恵と哲学が詰まった「小宇宙(コスモス)」だったんです!
…なんて言うと、またまた大げさですね(笑)。
でも、本当なんですよ。
突然ですが、みなさんのお家の冷蔵庫には、何が入っていますか?
卵、牛乳、お肉、新鮮な野菜…もちろん、うちにも入っています。
でも、もし海外の友人がうちの冷蔵庫を開けたら、たぶん「???」ってなると思うんです。
なぜなら、うちの冷蔵庫には、
- タッパーに入った、ほんの一口大の「昨日のきんぴらごぼう」
- これまたタッパーに入った、お皿に残った「鮭フレーク」
- ラップにくるまれた「一切れのニンジン」の切れ端
- 「あと2日で使い切らないと!」っていう半端な豆腐
…といった、「食べ残し」とも「食材」とも言えない、微妙な「かけら」たちで溢れているから(笑)!
これ、別に私がズボラで冷蔵庫の整理ができていないわけでは…(いや、それも半分あるかも…)ないんです!
これは、日本の多くの主婦が、半ば無意識に実践している、ある哲学に基づいた行動なんです。
それが、みなさんも一度は聞いたことがあるかもしれない、あの言葉。
「もったいない(MOTTAINAI)」です。
この「もったいない」という言葉、ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイさんが世界に広めてくれたことで有名になりましたよね。
英語の「Wasteful(無駄遣い)」とは、ちょっとニュアンスが違うんです。
「Wasteful」は、「無駄にしちゃダメ」という、どちらかというとネガティブな「禁止」のイメージ。
でも、「もったいない」は、そのモノ(食材)に対して、「あなたが、本来持っていた価値を、私(人間)の都合で失わせてしまうことが、申し訳ない、恐れ多い」という、尊敬や感謝の念…もっと言えば「愛」に近い感情が含まれているんです。
(だから、日本語では「食べ物を粗末にするな!」と怒る時もあれば、「あんな才能があるのに、使わないなんて、もったいない!」と可能性を惜しむ時にも使います)
この「もったいない」精神が、日本の主婦の台所でどう発揮されるか。
例えば、
- 昨夜の「肉じゃが」(お肉とジャガイモの煮物)が、微妙に余った。→ 翌日、潰して「コロッケ」の具にする。
- 大根の「皮」が余った。→ 捨てない!細く切って、「きんぴら」(炒め煮)にする。
- ニンジンや玉ねぎの「切れ端」が出た。→ 全部集めておいて、「野菜スープ」の出汁(だし)にする。
こういうのを、「リメイク料理」とか「使い回し」って言います。
そして、この「リメイク料理」や「残り物」たちの、最終的な「晴れ舞台」。
それこそが、「お弁当」なんです!
私のお弁当作りは、こんな感じです。
まず、ご飯を詰めます。
次に、メインのおかず(例えば、朝焼いた卵焼きとか)を入れます。
…そうすると、必ず「隙間(すきま)」ができますよね?
そう!あの冷蔵庫にいた「かけら」たちは、この「隙間」を埋めるための、最強の「スタメン」なんです!
- 昨日のきんぴらごぼう(隙間①を埋める)
- 冷凍しておいたブロッコリー(隙間②を埋める)
- 彩り(いろどり)のためのミニトマト(隙間③を埋める)
こうして、お弁当箱というパズルを完成させていくんです。
これは、単なる「残り物処理」じゃありません。
「もったいない」精神が、「節約」と「彩り豊かなお弁当」という「実利」に、見事に転換される瞬間です。これぞ「生活の知恵」!
そして、この「もったいない」精神は、もう一つの、日本の独特な「健康観」とも、深く、深くつながっているんです。
みなさん、「まごわやさしい」って言葉、知っていますか?
これは、日本の伝統的な食生活で、「健康のためにバランス良く食べましょう」という食材の頭文字を取った、合言葉です。
- ま:豆(まめ)… 豆腐、納豆、味噌など
- ご:胡麻(ごま)… ゴマ、ナッツ類
- わ:わかめ … 海藻類(わかめ、ひじき、昆布)
- や:野菜(やさい)… 旬の野菜
- さ:魚(さかな)… お魚
- し:しいたけ … キノコ類
- い:芋(いも)… ジャガイモ、さつまいもなど
これ、見て、何か気づきませんか?
そうなんです。
さっきの「お弁当」や「冷蔵庫の残り物」と、すごくリンクしてるんです。
例えば、
メインは「魚」(さ)。
隙間に「きんぴらごぼう」(や・い)。
その上に「胡麻」(ご)を振る。
別の隙間に「ひじきの煮物」(ま・わ)。
ご飯には「わかめ」のふりかけ。
汁物として「しいたけ」の味噌汁(ま)。
…ほら!
「もったいない」精神で、冷蔵庫にある「かけら」たちを使い切り、「隙間」を埋めようと頑張ると、自然と「多品目」になります。
そして、その「多品目」が、結果的に「まごわやさしい」という「栄養バランス」を達成させてくれるんです!
海外、特に欧米の健康法だと、「低カロリー」とか「高タンパク質」とか「脂質カット」みたいに、「何かを(悪者にして)減らす」というアプローチをよく聞く気がします。
でも、日本の伝統的な健康観は、ちょっと違う。
「何かを減らす」んじゃなくて、「いろんな種類のものを、ちょっとずつ、全部食べる」ことで、全体の「調和(ハーモニー)」を取ろうとするんです。
これって、すごく東洋的な考え方だと思いませんか?
だから、日本の主婦はスーパーに行くと、「旬(しゅん)」の野菜や魚をまずチェックします。
なぜなら、旬のものは「安くて」「栄養価が高くて」「美味しい」から。
そして、「見切り品」(賞味期限が近い割引品)もチェックします。
なぜなら、「もったいない」から。
そうやって手に入れた、多種多様な食材たちを、「捨てる部分なく」使い切り、バランスよく食卓に並べる。
その知恵の結晶が、「お弁当」であり、家庭料理なんです。
どうでしょう?
【起】と【承】では、「お互い様」という「人と人とのつながり」が、地域社会のセーフティネットになっている、という話をしました。
そして、この【転】では、視点を変えて、
「もったいない」という精神が、「人と『食』・『モノ』とのつながり」を大切にし、それが結果として「節約」と「健康」という、家族のセーフティネットになっている、という側面が見えてきたのではないでしょうか。
どちらも、根っこにあるのは、
「今、ここにあるものを、最大限に活かす」
「一人(一つ)で完結させず、全体で『調和』する」
という、日本の「人生観」や「人生術」なんだと、私は思います。
さて、「起承転結」も、いよいよ次が最後です。
【起】で「お互い様」の心を知り、
【承】で「コミュニティ」の仕組みを知り、
【転】で「もったいない」という哲学を知りました。
最後の【結】では、これら日本古来の知恵が、文化も環境も違う海外で暮らす、みなさんの生活の中で、どうやったら「楽しく」「無理なく」取り入れられるのか。
「ご近所付き合い」や「お弁当作り」の、国境を超えた「本質」とは何なのか。
私なりの「答え」と、みなさんへの「ヒント」を、まとめてみたいと思います。
ぜひ、最後までお付き合いくださいね!
国境を越える「つながり」の種まき:あなただけの「お互い様」を見つける人生術
みなさん、こんにちは![あなたのブログ名やハンドルネーム]です。
長い記事にお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
【起】で「お互い様」という温かい絆の存在を知り、
【承】で「町内会」や「スキルシェア」という、時には面倒だけど欠かせない仕組みとその失敗談を共有し、
そして【転】では、視点を一気に台所に移して、「お弁当箱」に凝縮された「もったいない(Mottainai)」哲学と、多品目・少量で「調和」を目指す日本の独特な「健康観」について、熱く語ってしまいました(笑)。
さあ、いよいよ最後の【結】です。
ここまでお話ししてきた日本の「社会の考え」や「生活の知恵」は、一見すると、私たちの住む島国という特殊な環境で育まれた、ガラパゴス的な文化かもしれません。
でも、私は確信しています。
これらの知恵の根底には、文化や国境、人種を超えて、誰もが共感できる「人間が幸せに生きるための本質的な人生術」が流れている、と。
その本質とは、究極的に言えば、この二つです。
- 一人で抱え込まず、他者との「つながり」の中で生きる姿勢(お互い様)
- 今、目の前にある「リソース(資源)」を最大限に活かし、感謝する姿勢(Mottainai)
海外で頑張るみなさんに、この日本の知恵を「どうやったら楽しく、無理なく」応用できるのか。
私なりに考えた「国境を超える応用ヒント」を、二つの側面からお話しさせてください!
1. コミュニティ編:日本人式「お互い様」の種まき術
「えー、海外でいきなり『町内会』なんて無理よ!」
そうですよね(笑)。プライバシー重視の文化圏では、日本の濃厚なご近所付き合いは、時に警戒されてしまうかもしれません。
だから、真似するのは「形」ではなく、「精神」です。
🌿 本質は「信頼の種まき」
日本での「お互い様」は、私が困った時に「助けてもらうため」の「保険」ではありませんでした。
そうではなく、「あなたが困った時は、私も助ける準備があるよ」という、無言の「信頼の種」を蒔き、それを時間をかけて育てる行為でした。
これを海外で応用するなら…
- 「挨拶+一言」を習慣にする: 地域の顔見知りと会ったら、挨拶に加えて、「今日は良い天気ですね」「素敵な犬ですね」など、本当に軽い一言を添える。会話は数秒で終わっても、相手に「私はあなたの存在を認識していますよ」というメッセージを送れます。
- 「無償のスキルシェア」を提案する: LINEグループがないなら、現地のママ友ネットワーク(Facebookグループなど)で、自分の得意なことを「無料でやってみる」と提案してみる。
- 例:「私はカメラが好きなので、今度の公園遊びで、みんなの子どもの写真を撮ってあげるよ!」
- 例:「夫の履歴書の英語の校正、手伝うよ!代わりに、誰か美味しいタルトの作り方を教えてくれないかな?」
- これは、私が失敗した「パン教室」のように「重く」なってはいけません。あくまで「楽しんで」「気軽に」が鉄則。「お互い様」の精神とは、**相手を恐縮させない「軽さ」**が命です。
- 自分の「弱み」を見せてみる: 日本人は完璧主義を求めがちですが、海外で「ごめん、〇〇の国の税金の仕組みが全然わからなくて、誰か助けてくれるかな?」と正直に弱みを見せるのは、逆にコミュニティの参加を促すきっかけになります。助けてもらった時、「いつかお返しするね」という気持ちが、次の「お互い様」につながります。
2. 生活編:国境を超える「Mottainai」の生活術
次に、「お弁当」や「Mottainai」といった台所の知恵です。
🍚 本質は「リソースの再評価」
「Mottainai」は、「節約」というより、「私のもとに来た、全てのモノの価値を最大限に引き出す」という、クリエイティブな思考法です。
- 「見切り品」を「挑戦品」に変える: 日本で私たちが賞味期限ギリギリの食材(見切り品)を買うのと同じように、海外のスーパーでも安くなっている食材を探してみてください。それを「仕方なく買う」のではなく、「今日はこれで『まごわやさしい』の『や』を埋めよう!」と、新しいレシピに挑戦する「挑戦品」に変えてみるんです。
- 「冷凍庫」と「リメイク」を武器にする: 冷蔵庫で野菜を腐らせるくらいなら、迷わず小さく切って「冷凍庫」に「避難」させてください。そして週末の「リメイクデー」に、それらを全部集めて、「スープ」や「ピザの具」にする。
- これは、お金の節約だけでなく、「食材を買うために費やしたあなたの時間」も無駄にしない、という「時間(タイム)Mottainai」の考え方です。
- 「一汁三菜」のバランスを再現する: 「まごわやさしい」の完璧な献立は難しくても、「多品目・少量」の考え方は、どこの国でも応用できます。
- 例えば、ワンプレートランチでも、「メインのお肉(魚)」「マメ科の副菜(ひよこ豆サラダなど)」「葉物野菜」「芋類」を、全部乗せる(少量でいい!)というルールを決めるだけで、日本の「調和」の健康観に近づきます。
最後に:「頑張りすぎない」という人生術
ここまで、日本の知恵を熱く語ってきましたが、一番大切なことをお話しします。
「お互い様」も、「お弁当作り」も、「Mottainai」も。
実は、その根っこにあるのは、「一人で頑張りすぎない」という、非常に現代的な「人生術」なんじゃないか、ということです。
- 「お互い様」は、誰かに頼る勇気を持つことで、自分を追い詰めない。
- 「Mottainai」は、完璧な料理や食卓を目指すのではなく、残り物や半端な食材からでも、最大限の幸せを引き出す柔軟性を持つ。
海外で暮らす主婦のみなさんは、ただでさえ文化や言語の壁と戦っています。
その中で、日本の「完璧な主婦像」を目指す必要なんて、これっぽっちもありません。
私がパン教室で失敗したように、誰もが完璧ではないし、失敗から学ぶことの方が多いんです。
「今日は疲れたから、デリバリーピザでいいや。その代わり、明日は冷蔵庫の余り物でスープを作ろう」
そうやって、自分の心と体に「お互い様」の精神を適用してあげてください。
自分を大切にすることが、家族を大切にすることにつながり、それが、やがてあなたの周りの人たちとの温かい「つながり」を生んでいくはずです。
このブログが、海外で奮闘する皆さんの「暮らしの知恵」や「人生術」のヒントに、ほんの少しでもなれたなら、これ以上嬉しいことはありません。
国境はあっても、人の温かさやつながりを求める心に壁はありません。
海外での生活、どうか、無理しすぎず、楽しんでくださいね!
本当にありがとうございました!また次の記事でお会いしましょう!

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