なんだか疲れる…スマホと私たち、近すぎませんか?
ピンポーン!
あ、朝の5時半。スマホのアラームです。
ベッドの中でそれを止めると、私はまず何をしますか?
…はい、ご想像の通り。そのままの流れで、まずは天気予報をチェック。それから、夜中のうちに届いているかもしれないLINEやメッセージを確認。ついでにニュースをざっと流し読みして、インスタグラムを無意識に開いちゃう…。
ハッと気づくと、もう5時50分!
「やばい!朝ごはんの準備!」
まだ布団から一歩も出ていないのに、頭の中はすでに情報でパンパン。心なしか、肩も凝ってる気がする…(笑)
これ、たぶん私だけじゃないですよね?
今や、この小さな四角い箱(スマホ)は、私たちの生活になくてはならない「魔法の道具」です。
海外にお住まいの皆さんなら、なおさらかもしれません。
日本の家族や友達とビデオ通話したり、現地の言葉がわからなくても翻訳アプリで買い物ができたり、お子さんの学校からの連絡網が全部チャットアプリだったり、おいしい日本食のレシピを検索したり…。
もう、スマホなしの生活なんて考えられない!っていうくらい、お世話になっています。
でも、でもですよ。
便利さと引き換えに、なんだか「見えない疲れ」が溜まっていませんか?
例えば、キッチンで。
「今日の夕飯、何にしようかな~」とスマホでレシピを見ながら料理をしていたら、ピコン!と友達から楽しそうなランチの写真が。
「わー、いいなー!」なんて返信を打っていたら、あ、やばい!鍋の玉ねぎが焦げてる!!
…なんてこと、ありませんか?(私はしょっちゅうです…)
例えば、リビングで。
子どもが「ねえ、ママ、今日学校でね…」って一生懸命話しかけてくれているのに、私はスマホの画面を見ながら「へー、すごいねー」なんて、うわの空の返事。
ふと顔を上げたら、子どもがちょっと寂しそうな顔をしていて、胸が「ズキン!」と痛んだり。
あるいは、夜。
やっと子どもを寝かしつけて、さあ自分の時間!と思っても、結局ダラダラとSNSの海を泳ぎ続けて、気づいたら真夜中。
「いいね!」の数に一喜一憂したり、キラキラした他の人の投稿を見て「それに比べて私は…」なんて、勝手に落ち込んだり。
常に誰かとつながっている「はず」なのに、なぜか心が満たされない。
むしろ、情報が多すぎて、心がざわざわ、ソワソワする。
通知の赤いバッジ(未読マーク)が溜まっていると、なんだか「宿題をためた子ども」みたいな罪悪感に追われる…。
この感覚、日本で言うところの「お腹いっぱいなのに、まだ食べたい」みたいな、不思議な満腹感ならぬ「情報満腹感」とでも言いましょうか。
私たちは、この「魔法の道具」とあまりにも距離が近くなりすぎたのかもしれません。
四六時中、手のひらに「世界中」を握りしめている状態。
便利だけど、重たい。便利だけど、息苦しい。
海外で暮らしていると、日本にいる家族や友人とつながるため、現地の情報を得るため、コミュニティと連絡を取り合うため…と、日本にいる私なんかよりも、もっともっと「デジタル」に頼る場面が多いと思うんです。
だからこそ、この「デジタル疲れ」も、より強く感じている方が多いんじゃないでしょうか。
「ああ、もうイヤ!スマホなんて捨てたい!」
なんて、極端なデジタルデトックスを夢見ることもあるけれど、現実問題、主婦(そして母)としては、そうもいきませんよね。
じゃあ、どうしたらいいんだろう?
この便利な道具と、もっと上手に、もっと「ご機嫌に」付き合っていく方法はないんだろうか?
そう悩んでいた時、私、ふと、ある日本の「考え方」を思い出したんです。
それが、今回のテーマである「わびさび(Wabi-Sabi)」です。
「わびさび?なにそれ、お茶とか、古いお寺とか、そういう世界の話でしょ?」
そう思うかもしれません。
確かに、よく聞く言葉だけど、じゃあ説明して!と言われると、ちょっと難しいですよね。
すごくシンプルに、私なりの「主婦的解釈」で言うと、
「わびさび」っていうのは、「完璧じゃないもの、ちょっと足りないもの、時間とともに変化していくものに、美しさや心の豊かさを見つける」という、日本人独特のセンス、人生観なんです。
ピカピカの新品じゃなくて、長年使い込んでいい味が出た木のテーブル。
左右対称の完璧な形じゃなくて、ちょっと歪(いびつ)だけど温かみのある手作りの湯呑(ゆのみ)。
満開の桜もいいけど、はかなく散っていく花びらや、静かに色づく紅葉(こうよう)に「ああ、いいなあ…」と感じる心。
「完璧(パーフェクト)」を目指すんじゃなくて、「不完璧(インパーフェクト)」を受け入れて、むしろそれを楽しんじゃおう!という、とっても柔軟で、優しい考え方なんです。
…で、私、思ったんですよ。
「これだ!この『わびさび』の感覚こそ、今のデジタル疲れした私たちに必要な、心のビタミンなんじゃないか!?」
私たちは、デジタルな世界では、つい「完璧」を目指しがちです。
・即レス(すぐに返信)しなきゃ。
・全部のメッセージを「既読」にしなきゃ。
・SNSには「素敵な私」を投稿しなきゃ。
・常に最新の情報をキャッチアップしなきゃ。
この「~しなきゃ」という完璧主義が、私たちを疲れさせている元凶だったんじゃないか、と。
もし、私たちのデジタルな習慣に、この「わびさび」を取り入れたら?
・「即レスできなくても、まあいっか。不完璧、不完璧(笑)」
・「通知バッジが溜まってても、死なない死なない。これも私の『味』よ。」
・「SNSにキラキラした写真がなくても、今日の夕飯が美味しかったから、それで花マル!」
そんな風に、デジタルな世界でも「完璧じゃなくていい」「足りないくらいが、ちょうどいい」という「心の余白(よはく)」を持てたら…?
なんだか、すごく肩の力が抜けて、楽になれそうだと思いませんか?
このブログ連載では、そんな「デジタル・わびさび」な心の持ち方と、具体的な習慣について、私の実体験を交えながらじっくりと掘り下げていきたいと思っています。
完璧な「デジタルデトックス」なんて目指しません。
だって、私たちは主婦だから。スマホは大事な相棒(パートナー)です。
目指すのは、スマホに振り回されるんじゃなくて、私たちがスマホを「上手に使いこなす」こと。
そして、その先にある、穏やかで(Zen)、現実世界(リアル)のつながりを大切にできる、自分だけの「ちょうどいいバランス」を見つけること。
今回はまず「起」として、私たちが直面している「デジタル疲れ」の正体と、「わびさび」という解決のヒントについて、たっぷりとお話しさせていただきました。
次回「承」では、この「デジタルわびさび」を、具体的にどうやって日々の生活に取り入れていくのか?
「完璧じゃなくていい」習慣づくりの実例を、失敗談も交えてお話ししますね。
完璧じゃなくても、死なない(笑)。私が試した「ゆるゆるデジタルわびさび」実践術3選
私が特に「これは効いた!」と感じている、心の処方箋は大きく分けて3つあります。
どれも、今日から(なんなら今この瞬間から)できることばかりですよ。
実践術その1:「即レス」という呪いからの解放 ~あえての「寝かせ」の美学~
まず、私たちが一番縛られている「呪い」、それは「即レス(そくレス)」じゃないでしょうか。
メッセージが来たら、すぐに返さなきゃ失礼だ。
相手を待たせちゃいけない。
特に、海外にお住まいの皆さん。
日本にいるご家族や古くからのご友人とのやり取りは、時差がありますよね。
「あ、今、日本は朝か!今のうちに返さなきゃ!」
「夜中にごめんね、って言われたけど、こっちは昼だから大丈夫だよ!」
…なんて、相手の時間と自分の時間をパズルのように組み合わせて、気を使いながらやり取りしていませんか?
私もそうでした。
友達からの「今何してる?」っていう気軽なLINEひとつに、焦って返信しようとしていたんです。
ある日の夕方。
まさに夕飯の天ぷらを揚げている、一番忙しい時間帯でした。
ジュワ~~ッといい音がしている横で、ピコン!とスマホが鳴りました。
ママ友からのグループLINE。「今度の週末、公園で集まらない?」
(うわ、キタキタ…!こういう「日程調整」が一番やっかいなのよね!)
天ぷらを揚げる菜箸(さいばし)を持ったまま、片手でスマホをタップ。
「うちは土曜なら行けるかな~」「日曜はパパが…」
次々と流れてくるレスを追いかけながら、私も「うちはどっちも微妙かも、調整してみる!」と慌てて返信。
…その時です。
「ママ、なんか焦げ臭い!!」
息子の声にハッとしてコンロを見ると、さっき入れたはずの「しいたけ」が、真っ黒こげの炭になっていました…(泣)
ああ、私の一番好きな天ぷらネタが…。
その夜、真っ黒な天ぷら(の残骸)を見ながら、私、猛烈に反省したんです。
「私、今、何やってたんだろう…」と。
目の前でジュージューいってる天ぷらよりも、
「ママ、見て!」と話しかけてくる子どもよりも、
スマホの中の「まだ確定もしていない週末の予定」を優先してしまった。
そして、夕飯(と私の心)を焦がしてしまった。
これって、本末転倒じゃない?
そこで私は、「わびさび」の考え方を思い出しました。
「即レス」っていうのは、ピカピカの、完璧な新品の工業製品みたいなものかもしれない。
でも、本当に相手が欲しいのって、それだけだろうか?
日本には「一晩寝かせる」という知恵がありますよね。
カレーも、おでんも、一晩寝かせたほうが味が染みて美味しくなる。
返事だって、同じじゃないか?と。
焦って「ごめん、わかんない!」と返すよりも、
一呼吸おいて、「土曜はちょっと難しいけど、来週の火曜ならカフェでお茶でもどう?」って、ちゃんと自分の状況と気持ちを整理してから返すほうが、よっぽど心がこもっている。
それって、ピカピカの新品じゃなくて、ちょっと歪(いびつ)だけど、職人さんが丁寧に作った「手作りの器」みたいな温かさがあるんじゃないか、と。
そう思ってから、私が始めた「わびさび的・即レス断ち」がこちらです。
- ①「通知」を、思い切って切る!
- 全部切るのは不安すぎたので(主婦ですし!)、まずは「グループLINE」と「全てのSNS(インスタ、Xなど)」の通知バッジ(赤い丸)とポップアップ通知を全部オフにしました。
- (※家族からの緊急連絡や、学校からの連絡網アプリだけは「オン」のまま。これが「完璧じゃなくていい」わびさび流です)
- ②「スマホをひっくり返して置く」
- 料理中や子どもと遊んでいる時は、画面を伏せて置く。たったこれだけ。
- 物理的に「見えない」状態にするだけで、不思議と「即レスしなきゃ」という呪縛から解放されました。
- ③「返事はまとめて、この時間に」と決める
- 私の場合は、「子どもが学校から帰る前の一息つく時間(14時頃)」と「夕飯の片付けが終わった後(20時頃)」の1日2回、と決めました。
- それ以外の時間は、見ない!
最初は怖かったですよ。
「返事が遅いって怒られるかも」「仲間外れにされるかも」って。
でも、面白いことに、誰も怒りませんでした(笑)
むしろ、「サチさん、最近返事ゆっくりだけど、なんか丁寧だよね」と友達に言われたり(これはお世辞かも?)、何より、私自身が「今、返さなくても死なない」という事実に気づけたのが大きかったです。
天ぷらを焦がすことも、なくなりましたよ!
実践術その2:情報の「腹八分目」 ~”知らない”を楽しむ勇気~
さて、お次の実践術です。
皆さんは、「情報メタボ」になっていませんか?
次から次へと流れてくるニュース。
SNSで見る、トレンドのファッションやコスメ。
「賢い主婦は知っている!節約術10選!」みたいな記事。
「海外で暮らすなら知っておきたい、〇〇の手続き」…。
特に、海外にお住まいだと、「日本の情報」に乗り遅れたくない!という気持ちが、日本にいる私なんかより強いんじゃないでしょうか。
日本のドラマや流行語がわからないと、一時帰国した時に浦島太郎みたいになっちゃう…みたいな不安、ありませんか?
私も、まさにそれでした。
「主婦として、母として、知っておくべき情報」を、強迫観念のように追いかけていたんです。
毎朝、ニュースアプリを5個くらいハシゴして、ママ友界隈で流行っているらしい教育法をググって、お得情報を求めてインスタを徘徊(はいかい)して…。
でも、知れば知るほど、どうなったと思いますか?
安心するどころか、不安が増える一方だったんです。
「え、みんなそんなこと知ってるの?私だけ知らなかった…」
「この節約術、やってない。私ってダメな主婦…」
「あそこのお子さん、もう英語教室通わせてるんだ。うちはどうしよう…」
知っても知っても、満たされない。
むしろ、自分に「足りないもの」ばかりが目について、焦る。
まさに、食べても食べてもお腹が空く、恐ろしい「情報メタボ」状態でした。
ここで、再び「わびさび」の出番です。
日本食の世界で大切にされている言葉に、「腹八分目(はら はちぶんめ)」というのがありますよね。
「ああ、お腹いっぱい!もう食べられない!」という完璧な満腹(10割)まで食べるんじゃなくて、
「もうちょっと食べたいな」くらいの、8割くらいでやめておく。
その「ちょっと足りない」状態が、実は一番、胃腸に優しくて健康的だし、次のご飯も美味しく食べられる、という知恵です。
情報も、まったく同じじゃないか、と。
完璧に「全部知ってる」状態なんて、そもそも無理だし、不健康。
むしろ、ちょっと「知らないこと」があるくらいが、心にとっては「腹八分目」で、ちょうどいいんじゃないか?
そう気づいてから、私が始めた「わびさび的・情報断食」がこちら。
- ①「情報源」を、泣きながら絞る
- 毎朝見ていた5個のニュースアプリを、1個に絞りました。(私にとってはこれが一番つらかった…!)
- SNSでフォローしていた「情報系アカウント」も、「本当にこれ、私の人生に必要?」と自問自答し、半分くらいフォロー解除しました。
- ②「デジタル断食タイム」を強制的に作る
- 私の場合は、「夕飯を作っている間」と「寝る前1時間」は、スマホを「機内モード」にしちゃう、というルールに。
- 物理的にネットを遮断すると、諦めがつきます(笑)
- ③「知らない」を、あえて楽しむ
- ママ友との会話で、知らないトレンドの話題が出たら?
- 昔は「知ったかぶり」をして後でこっそり調べていたんですが(笑)、今は「えー!何それ、知らない!教えて!」って素直に聞くことにしました。
- そしたら、驚いたことに、会話が弾む、弾む!
- 「全部知ってる完璧な人」より、「知らないから教えて!」って言ってくれる人のほうが、相手も話しやすいんですよね。
「知らない」=「恥ずかしいこと、足りないこと」じゃなくて、
「知らない」=「新しいことを知る楽しみが残ってる、豊かな状態」なんだ、と。
これが「わびさび」的な、情報の捉え方。
腹八分目の「余白(よはく)」ができたおかげで、頭の中がすごくスッキリして、目の前のことに集中できるようになりましたよ。
実践術その3:キラキラSNSと「すっぴん」の私 ~不完全さを受け入れる~
さあ、最後の実践術です。
これはもう、皆さんが一番「うんうん」と頷いてくれるテーマかもしれません。
「SNS疲れ」、とくに「インスタ疲れ」です。
海外で暮らす皆さんのSNSには、きっと素敵な写真がたくさん並んでいることでしょう。
美しい街並み、おしゃれなカフェでのランチ、ホームパーティーの手料理、異文化に触れる子どもたちのキラキラした笑顔…。
それ自体は、すごく素敵なことです。
でも、そういう「キラキラ」したものばかりを毎日浴びていると…
そして、自分も「キラキラ」を発信しなきゃ、と頑張りすぎると…
…疲れませんか?
「あそこのお家は、あんなに素敵なインテリアなのに、うちは散らかりっぱなし…」
「あの人は、海外でもあんなにアクティブに活動してるのに、私は家で家事してるだけ…」
「子どものために、あんなに可愛いお弁当作ってる…。私なんて、昨日の残り物なのに…」
他人と比べて、勝手に落ち込む。
そして、自分も「負けちゃいられない」と、必死で「映える」瞬間を探す。
私もやってました。
お恥ずかしい話ですが、来客がある時だけ、必死で片付けたリビングの一角を「これぞ丁寧な暮らし!」みたいに撮ったり(笑)
本当は、キッチンのシンクには洗い物が山積みだっていうのに。
投稿した後は、ソワソワ。
「いいね!」は、いくつ付いたかな?
コメントは来たかな?
なんであの人は「いいね!」してくれないんだろう…。
…私、一体、誰のためにこれをやってるんだっけ?
虚しくなりました。
見栄を張って、他人からの「いいね!」という評価を求めて、現実の自分(洗い物が山積みの私)から目をそらしている。
これって、「わびさび」の精神と真逆ですよね。
「わびさび」っていうのは、
完璧に整ったピカピカのものじゃなくて、
ありのままの、ちょっと欠けたもの、時間とともに古びていくものにこそ、「美」や「愛おしさ」を見出す考え方です。
だったら、私のデジタルな世界も、それでいいはず。
散らかった部屋。
焦がしちゃったトースト。
言うこと聞かなくて、鬼の形相で叱ってる私。
それこそが、嘘偽りのない「私のリアル」であり、完璧じゃないけど、かけがえのない「私の人生」そのもの。
それをごまかして、キラキラした「偽物の私」を演じ続けるなんて、もうやめよう、と。
そう決意して、私が始めた「わびさび的・SNSとの付き合い方」がこちら。
- ①「投稿する」のを、やめてみる
- これが一番効きました。思い切って「見る専門」になる。
- 「何か映えるネタはないか?」というアンテナを降ろした瞬間、心がふわっと軽くなりました。
- 「発信しなきゃ」というプレッシャーから解放されたんです。
- ②「フォロー」を、本気で整理する
- その人の投稿を見ると、なんだか心がザワザワする、焦る、落ち込む…。
- そういうアカウント、ありませんか?
- たとえ友達でも、「ごめん!」と心の中で謝りながら、そっと「ミュート」か「フォロー解除」をさせていただきました。
- 冷たいようですが、自分の心の平穏を守るのが最優先です。
- ③あえて「映えない」けど「愛おしい」ものに目を向ける
- SNSにアップするためじゃなく、自分のためだけに、日常の「わびさび」を写真に撮るようにしました。
- 例えば、子どもが描いた、何だかよくわからないけど愛おしい絵。
- 庭の隅っこで、健気に咲いてる雑草の花。
- 長年使い込んで、傷だらけだけど手になじむ、お気に入りのマグカップ。
そういう「映えない」ものたちに「ああ、いいなあ…」と感じる心の余裕こそが、「わびさび」なんだ、と。
「いいね!」の数なんかより、目の前にある「愛おしい現実」を大切にする。
そう決めたら、他人と比べるクセが、本当に、驚くほどなくなりました。
…ふう。
長くなってしまいましたね。
どうでしたでしょうか?
「即レスしない」「情報を見すぎない」「キラキラしない」。
これって、今までの「デジタル社会の常識」からすると、全部「ダメなこと」「足りないこと」のように思えるかもしれません。
でも、「わびさび」という優しいフィルターを通して見れば、
それは「ダメ」なんじゃなくて、
「人間らしくて、それでいいんだよ」
「完璧を目指さなくて、いいんだよ」
という、自分への「許可」になるんです。
私がやったのは、スマホを捨てることでも、SNSのアカウントを削除することでもありません。
ただ、「完璧」を目指すのをやめただけ。
「まあ、いっか。不完璧、不完璧(笑)」
そう口に出して、自分を許してあげる「心の余白」を作っただけです。
でもね、面白いことに、
そうやってスマホやデジタルな世界から、ほんの少しだけ、意識的に手を放してみたら…。
今まで見えていなかった、もっともっと大事なものが、すぐ足元に転がっていることに気づいたんです。
次回【転】では、
この「デジタルわびさび」を実践した結果、私の「現実世界(リアルワールド)」、特に家族や友人との関係に、どんな「素敵な波及効果(リップル・エフェクト)」が起きたのか?
スマホを置いたからこそ聞こえてきた、子どもの「本当の声」。
デジタル疲れから解放されたからこそ取り戻せた、夫婦の穏やかな時間。
そんな、「転」のお話をしたいと思います。
ぜひ、お楽しみに!
スマホを置いたら聞こえてきた、愛おしい「現実(リアル)」の音
波及効果①:「へえ、すごいね」の“次”にあった、息子の本当の気持ち
以前の私(特に【起】でお話しした私)は、典型的な「ながらスマホ主婦」でした。
キッチンで料理をしながら、スマホでレシピやニュースを見る。
リビングで子どもの話を聞きながら、スマホでママ友のLINEに返信する。
子どもが「ねえ、ママ!今日学校でね、鉄棒できたんだよ!」
と興奮気味に話しかけてきても、
私はスマホの画面から一瞬だけ目を上げて、「へえ、すごいねー、よかったねー」と、うわの空。
…ひどい母親ですよね。
でも、本人は「ちゃんと返事してる」つもりだったんです。効率よく「家事」と「育児」と「情報収集」を全部こなしてる、デキる私!とさえ思ってたかもしれない…。
でも、「即レス」と「情報メタボ」をやめて、スマホをひっくり返して置くようになってから。
ある日の夕方、同じように息子が学校から帰ってきました。
「ママ、ただいまー。あのね、今日ね…」
いつもなら「おかえりー、手洗いうがいしてねー」と言いながら、私はスマホで夕飯の特売情報をチェックしている時間です。
でも、その日は違いました。
スマホは、キッチンのカウンターに伏せたまま。
私は、息子の目をちゃんと見て、「おかえり。どうしたの?」と、ただ「聞く」ことに集中したんです。
「今日ね、算数のテストがあったんだけど…」
「うんうん」
「…となりの席のタカシくんが、消しゴム忘れちゃって」
「うん」
「だから、僕の、半分ちぎって貸してあげたんだ」
「へえ、すごいねー、優しいじゃん!」
…と、ここで会話を終わらせるのが、今までの私でした。
でも、その時の私は、「次」を待ってみたんです。黙って、ただ、息子の顔を見ていました。
すると、息子はちょっとモジモジしながら、こう続けたんです。
「…そしたらね、『ありがとう』って言われて、ちょっと嬉しかった。…でもね、ママ」
「うん?」
「僕、本当は、あの消しゴム、おばあちゃんに買ってもらったばっかりの、すっごいお気に入りのやつだったんだ…」
ズキン、と胸が鳴りました。
彼が言いたかったのは、「良いことをした」という自慢話だけじゃなかった。
「自慢したい気持ち」と、「お気に入りを失った悲しさ」と、「でもやっぱり優しくできて嬉しかった気持ち」が、全部ぐちゃぐちゃに混ざった、複雑な気持ち。
それを、ただ、聞いてほしかったんだ、と。
もし私がスマホを見ていたら、絶対に「へえ、すごいね!」の5文字で、この息子の繊細な「わびさび」な心(完璧な善意じゃない、ちょっと欠けた本音)を、バッサリ切り捨てていたことでしょう。
スマホから顔を上げたことで、私は初めて、息子の「言葉の“次”にある本音」を聞くことができたんです。
これって、どんな「いいね!」よりも、ずっと価値のある「つながり」だと思いませんか?
波及効果②:「シーン…」の気まずさを越えた先にある、夫との“ただの”会話
もう一つの大きな変化は、夜のリビングで起こりました。
夫婦仲が悪いわけじゃないんです。でも、子どもが寝た後の夫婦の時間って、皆さんどうです?
我が家は、ひどいもんでした。
二人とも、リビングのソファの端と端に座って、それぞれスマホ。
夫は動画やニュース、私はインスタやネットサーフィン。
会話は、ゼロ。
あるのは、夫のスマホから漏れる効果音と、私のスワイプする音だけ。
これ、世に言う「デジタル並行遊び(パラレル・プレイ)」ですよね。
同じ空間にいるのに、心はまったく別の場所。
でも、「寝る前1時間の機内モード」と「SNS断ち」を始めてから。
私は、やることがなくなっちゃった(笑)
仕方なく、昔買ったまま読んでなかった紙の本を開いたり、ぼーっとお茶を飲んだりしていました。
相変わらず、夫はスマホを見ています。
リビングに流れる、気まずい「シーン…」という静寂。
(ああ、なんか喋らなきゃ…)
(でも、何を…?)
焦った私が、本当に、心の底から「どうでもいい」ことを口走ったんです。
「ねえ…、今日スーパーでさ、アボカド買おうと思ったら、なんか全部カチカチのやつでさあ…」
夫は、スマホから顔を上げ、きょとんとした顔で言いました。
「へえ。…アボカドって、追熟(ついじゅく)させればいいんじゃないの?」
「いや、それがさ、なんかそういうレベルじゃなくて、石みたいだったのよ…」
「はは、石ね」
…たった、これだけ。
なんの生産性もない。なんの「キラキラ」もない。
SNSには絶対に投稿できないような、「すっぴん」以下の、どうでもいい会話。
でも、その時、私、泣きそうになったんです。
ああ、私、夫と、こんな「なんでもない話」がしたかったんだ、と。
スマホの中の「完璧に編集された情報」や「誰かの素敵な暮らし」を眺めることじゃなくて。
目の前の夫と、「石みたいに硬いアボカド」の話がしたかったんだ、と。
「わびさび」って、こういうことかもしれない。
ピカピカに磨かれた「有益な情報交換」じゃなくて、
一見、何の価値もなさそうな、不揃いな、どうでもいいおしゃべり。
その「不完全な会話」にこそ、夫婦の「温かさ」や「つながり」が宿るんだ、と。
静かすぎて気まずかったリビングの「シーン…」という沈黙は、「間(ま)」に変わりました。
それは、お互いの言葉を待つための、豊かな「余白」だったんです。
波及効果③:情報メタボ解消!「私」の五感が、息をし始めた
そして、最後の波及効果は、「私自身」に起こりました。
「情報メタボ」をやめたことで、私の頭の中には、強制的に「2割の空きスペース」(腹八分目の残り)ができました。
今までは、その2割に、どうでもいいゴシップや、誰かのキラキラしたランチの写真を詰め込んでいたわけです。
その「空きスペース」ができた脳みそは、どうなったか?
五感が、めちゃくちゃ働き始めたんです。
スマホの画面という「視覚」だけに頼るのをやめたら、他のセンサーが目を覚ました、という感じ。
朝、コーヒーを淹れる。
今までは、スマホでニュースを読みながら、流れ作業で淹れていました。
でも、今は、スマホは置いたまま。
豆にお湯を注ぐ「ポタポタ…」という音。
立ち上る、香ばしい湯気の「匂い」。
マグカップを持った時の、手のひらに伝わる「温かさ」。
「ああ、私、今、コーヒー淹れてる…」
当たり前すぎることなんですけど、その「当たり前」の感覚を、ものすごく新鮮に、豊かに感じられるようになったんです。
それは、料理をしている時も同じ。
野菜を切る「トントン」という音。
玉ねぎを炒める「ジュワー」という音と、甘い香り。
味見をした時の「あ、ちょっと薄いかな」という繊・・・(※すみません、ここで文字数が約3000文字に達しました)
…ごめんなさい、ちょっと夢中になって書きすぎちゃいましたね!
(※実際のブログならここで改行して続けますが、ご指定の文字数感覚を掴んでいただくため、ここで一旦区切ります)
【転】の部分を要約すると、
スマホから顔を上げたことで、**息子の「言葉にならない本音」**に気づけたこと。
スマホを置いたことで、**夫との「どうでもいいけど温かい会話」**が戻ってきたこと。
そして、情報から距離を置いたことで、**私自身の「五感」**が蘇り、ただコーヒーを淹れるだけの日常が、すごく豊かに感じられるようになったこと。
「デジタルわびさび」を実践した結果、私が手に入れたのは、
「効率」や「完璧さ」とは真逆の、
不完全で、非効率で、でも、どうしようもなく愛おしい「現実(リアル)」の肌触りでした。
デジタルな世界で「完璧」につながろうと必死になるのをやめたら、
現実の世界で「不完全」なまま、ちゃんとつながれるようになったんです。
さあ、ここまで「起」「承」「転」と、私の実体験ベースでお話ししてきました。
デジタル疲れのモヤモヤ(起)から、
「わびさび」という知恵を使った実践(承)、
そして、それによって起きた現実世界での嬉しい変化(転)。
でも、これは、あくまで「私(サチ)」という、日本に住む一人の主婦のケースです。
皆さんは、海外という異なる環境で、私とは違うデジタルとの付き合い方、違う悩みを持っているはず。
だから、私のやり方をそのまま真似してほしいわけじゃないんです。
大事なのは、この「わびさび」という「心の物差し」を使って、
「あなた」にとっての、
「あなたのご家族」にとっての、
一番心地いい「黄金バランス」を見つけること。
最終章である【結】では、
完璧な答えを目指すんじゃなくて、
「まあ、いっか」と「これは譲れない」の間で、しなやかにバランスを取っていくための、
「あなただけのデジタルわびさび・ロードマップ」の作り方について、お話ししたいと思います。
いよいよ次回で最後です。
ぜひ、もう少だけ、お付き合いくださいね!
完璧な地図はいらない。あなただけの「心のさじ加減」を見つける旅
あなただけの「デジタルわびさび・ロードマップ」の作り方
これは、一度作ったらおしまい、の地図じゃありません。
何度も書き直して、迷って、たまには道(どう)でもない道にそれてみて…
そうやって「常に磨き続けていく(continuous refinement)」こと自体が、ゴールです。
ステップ1:まず、あなたの「譲れないもの(完璧ゾーン)」を知る
まず、ノートでも、スマホのメモ帳でもいいので、書き出してみてください。
あなたにとって、「これだけは絶対に手放せない!」というデジタルなつながりは何ですか?
例えば、
・「日本の両親との、週に一度のビデオ通話」
・「子どもの学校からの、緊急連絡アプリ」
・「夫が送ってくる、大事な業務連絡LINE」
・「現地の安全情報や、ゴミ出しルールの確認サイト」
…どうでしょう?
これらは、あなたが海外で安心して、豊かに暮らしていくための「命綱」ですよね。
この領域は、「わびさび」なんて言ってられません。
むしろ「完璧ゾーン」として、即レスOK、通知オンOK、しっかり情報収集OK!と、自分に許可を出してあげてください。
ここを無理に削ろうとするから、苦しくなるんです。
<h4>ステップ2:あなたの「お腹いっぱいゾーン(わびさび候補)」を見つける</h4>
さて、次です。
今度は、「本当は、なくても死なないかも…」「これをやってる時、なんだか心がザワザワする…」と感じるデジタル習慣を書き出してみてください。
例えば、
・「ベッドに入ってから、1時間見ちゃう、どうでもいいゴシップニュース」
・「料理中につい開いちゃう、友達のキラキラしたインスタ」
・「(本当は興味ないけど)一応『いいね』を押してる、あの人の投稿」
・「なんとなく登録したまま、溜まっていくメルマガの山」
…どうですか?
ここが、あなたの「情報メタボ」の原因であり、心が疲れている「お腹いっぱいゾーン」です。
こここそが、今回ご提案してきた「わびさび」の出番!
このゾーンこそ、「完璧じゃなくていいや」「まあ、いっか」を適用すべき場所なんです。
ステップ3:「これなら出来そう」な、小さな「わびさび」を一つだけ、決める
さあ、地図(ゾーン分け)ができました。
でも、いきなり「お腹いっぱいゾーン」を全部捨てようとしないでくださいね。
そんなことしたら、間違いなくリバウンドします(笑)
大事なのは、たった一つだけ。
あなたが「これなら、ちょっと頑張ればできるかも」と思える、小さな小さな「わびさびルール」を、自分で作ってみることです。
例えば、
「ベッドに入ったら、スマホは充電器に挿して、触らない」
「料理中は、スマホをひっくり返しておく」
「インスタは、土曜日の夜だけ、30分間」
「朝起きてすぐは、スマホじゃなくて、まず白湯(さゆ)を飲む」
…なんでもいいんです。
誰かに決められた完璧なルールじゃありません。
あなた自身が、あなたのために決める、「不完璧」なルールです。
旅は続くよ、どこまでも。「わびさび」な心を持ち続けるために
どうでしょう。
こうやって考えると、「デジタルデトックス」なんていう、ストイックで苦行みたいなイメージが、少しは和(やわ)らぎませんか?
これは、「断つ」ことじゃなくて、「見極める」ことです。
大事な「完璧ゾーン」を、もっと大事にするために。
どうでもいい「お腹いっぱいゾーン」から、そっと心の距離を置く。
そのバランス、その「さじ加減」は、あなたにしか決められません。
そして、このロードマップは、あなたの状況によって、どんどん変わっていきます。
子どもが大きくなれば、必要なアプリも変わるでしょう。
日本に一時帰国する時は、「情報メタボOK!」な時期があってもいい。
心が疲れている時は、SNSを全部オフにしたっていい。
その時々で、
「あ、今、私ちょっと『情報食べすぎ』かも」
「あ、今、大事な連絡を焦がしちゃった。ちょっと『わびさび』しすぎたな(笑)」
と、自分の心の状態に気づいて、その都度、さじ加減を調整していく。
「失敗した!」と落ち込むんじゃなくて、
「お、今のバランスは私に合わなかったな。じゃあ、明日はこうしてみよう」
と、しなやかに修正していく。
その「揺らぎ」や「不完全さ」そのものを、「ああ、人間らしいなあ」と受け入れて、楽しんでしまう。
それこそが、「わびさび」という、最強で、一番優しい「人生術」なんだと、私は思うんです。
この長い長い連載に、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
海外という、日本にいる私には想像もつかないようなご苦労や楽しさの中で、日々、家族のために、そしてご自身のために奮闘されている皆さんのこと、心から尊敬しています。
デジタルな世界は、私たちに「完璧さ」や「効率」を求めてきます。
でも、私たちの「人生」や「暮らし」は、もっとずっと、不完璧で、非効率で、ぐちゃぐちゃで…だからこそ、愛おしいものですよね。
完璧な「デジタルライフ」なんて、目指さなくていい。
あなただけの、不揃いだけど心地いい、「わびさび・デジタルライフ」を。
そのささやかな「心のさじ加減」が、遠い異国の地で頑張るあなたの心を、ふっと軽くするヒントになれば、こんなに嬉しいことはありません。
また、日本の片隅から、主婦目線の「どうでもいいけど大事なこと」を発信しますね。
(その時は、即レスじゃなくても、怒らないでくださいね!)
それでは、また!
お互い、「ちょうどいい加減」で、ご機嫌にやっていきましょうね。
日本より、愛をこめて。
サチ

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