盛大にこぼした牛乳と、母の「終わった」顔。
やっほー!こんにちは。日本で日々、子育てと家事に追われている主婦の「ワタコ」(仮)です。このブログは、海外に住む主婦の皆さんや、日本のリアルな生活に興味がある方に向けて、「へぇー、日本ってそうなの!」と思える日常や、ちょっとした人生のヒント(なんて言うと大げさかな?笑)を発信しています。
さて、みなさん。今朝、どんな「失敗」をしましたか?
え、朝から失敗なんてしない? うらやましい!
私はね、今朝も盛大にやらかしましたよ。
朝の7時15分。夫のお弁当を作り終え、洗濯機を回し、息子の「タロウ」(小2)を叩き起こし、朝ごはんの準備をしていた、まさにその時。
「ママ、牛乳ないのー?」
「冷蔵庫にあるでしょ!自分で出して!」
私はコンロの前で卵焼きをひっくり返しながら、戦場のようなキッチンから叫び返しました。これがすべての間違いの始まりだった……。
バッシャーーーーーン!!!
え? 今、何の音? スローモーションのように振り返ると、そこには信じられない光景が。
床に広がる、真っ白な牛乳の海。
その海に浮かぶ、ぐっしょり濡れたタロウの宿題(今日提出)。
そして、牛乳パックを握りしめたまま、この世の終わりのような顔で固まる、タロウ。
……。
……チーン。
私の頭の中で、何かが切れる音がしました。
いや、正確には「終わった」と思いましたね。
時間がない。掃除しなきゃいけない。宿題どうするの。っていうか、なんでパックごと倒すのよ!
「……タロウ……」
地を這うような低い声が出た瞬間、タロウの目からは大粒の涙がポロポロ。
「うわーーーーん!ごめんなさーーーい!!」
もう、カオス。地獄絵図です。
結局、タロウを叱り飛ばし、濡れた宿題(もう読めない)をゴミ袋に突っ込み、半泣きで床を拭き、遅刻ギリギリでタロウを小学校に送り出す。
(はぁ……最悪の朝……)
キッチンで冷めきったコーヒー(の残り)を飲みながら、自己嫌悪の嵐ですよ。
なんであんなに怒っちゃったんだろう。
タロウだって、わざとじゃないのに。
私が「自分で出して!」なんて言わずに、最初から出してあげていれば……。
いやいや、それも違う。小2なんだから、自分でできるはず。でも、まだ無理だった? 私の教え方が悪いの?
ほら、もうグルグル思考の始まり。
「私って、なんてダメな母親なんだろう」
「きっと、海外のママさんたちは、こんな時もっとスマートに対応するんだろうな」
「『オー、ハニー!大丈夫よ、レッツ・クリーンアップ!』とか言って、鼻歌まじりで拭いちゃうんだろうな」(※完全なる偏見です、ごめんなさい笑)
でもね、これ、私だけじゃないと思うんですよ。
特に日本で「お母さん」をやってると、「ちゃんとしなきゃ」っていうプレッシャーが、それはもうすごい。
「ちゃんとしたお母さん」は、子供にイライラしない。
「ちゃんとしたお母さん」は、家をいつも綺麗にしている。
「ちゃんとしたお母さん」は、子供を「ちゃんと」しつける。
この「ちゃんと」っていうのがクセモノで。
日本には、昔から「恥の文化」っていうのがあるって言いますよね。
人前で失敗するのは「恥ずかしいこと」。
だから、子供が失敗すると、親(特に母親)が「自分のしつけがなってない」と責められているように感じちゃう。
スーパーで子供がギャン泣きしようもんなら、周りの冷たい視線がグサグサ刺さる(気がする)。
牛乳をこぼしたのだって、家の中の出来事なのに、私の中の「ちゃんとしたお母さん警察」が、「また失敗させた!」「管理不足!」ってサイレンを鳴らすんです。
結果、どうなるか。
「失敗させないように」と、親が先回りしちゃうんですよね。
こぼしそうだから、コップに半分だけ注ぐ。
転びそうだから、先に手を貸す。
宿題を忘れそうだから、親がランドセルの中身をチェックする。
これ、検索したら「悪い先回り」って言うらしいですよ(笑)。
子供が失敗から学ぶチャンスを、私が奪ってたんだなぁって。
タロウが牛乳パックをうまく扱えなかったのは、もしかしたら私が今まで「危ないからママがやるね」って、取り上げてきた結果なのかもしれない。
(うわー、また落ち込んできた……)
そんな風に、牛乳の海で溺れかけていた(精神的に)私を、救ってくれた(かもしれない)言葉があるんです。
それが、今回みなさんにシェアしたいテーマ。
“Your Golden Opportunity: Redefining Failure”
(あなたの黄金の機会:失敗を再定義する)
これ、たまたま目にした英語のフレーズなんですけど、ビビッときちゃって。
「失敗を、再定義?」
「失敗が、黄金の機会?」
私の今朝の失敗(タロウの失敗であり、私の失敗)なんて、黄金どころか、生ゴミ(牛乳臭い雑巾)にしか見えないけど……。
でも、このフック(きっかけの言葉)には続きがあって。
「親が子供の間違いに対する見方を変える、実践的ステップ」
「自分自身の『Zen failures(禅の失敗)』を見つけて、そこから金(価値)を引き出す」
「挫折を『成功への足掛かり』として捉え直そう」
……Zen failures?
禅の失敗??
出た、禅(Zen)!
海外で「Zen」っていうと、なんだかクールで、静かで、精神性の高いイメージありますよね。日本に住んでる私からすると、「禅? あ、お寺の座禅?」くらいの感覚なんですけど(笑)。
でも、「禅の失敗」って、すごくないですか?
たぶん、これって「単なるミス」とか「最悪!」で終わらせるんじゃなくて、
「……(静かに目をつぶる)……。さて、この失敗は、私に何を教えようとしているのか……」
みたいに、静かに受け止めて、そこから内面的な学び(悟り?)を得るってことなんじゃないかなって、私は勝手に解釈したんです。
あの牛乳バッシャーン事件。
あれは、私にとっての「禅の失敗」だったんじゃないか?
「時間がない!」と焦る私への警告?
「子供の力を信じてない」私への戒め?
それとも、「濡れた宿題(の紙)は資源ごみじゃなくて可燃ごみだよ」っていう、ただの生活の知恵?(笑)
もし、あの「失敗」が、私やタロウが成長するための「黄金の機会」だったとしたら?
私がイライラして自己嫌悪に陥ってたあの時間は、床に落ちた金(Gold)を、ただただ雑巾で生ゴミと一緒に拭き取ってただけなのかもしれない。
もったいな!!!
日本社会で生きてると、「失敗=悪」「失敗=恥」っていう空気に、息苦しくなることが本当に多い。
でも、それって、本当?
「失敗は成功の母」って、昔の日本のエラい人も言ってるじゃないか。
(まぁ、母(私)は今朝、失敗した息子に鬼の形相でしたけども!)
このブログでは、この「失敗を再定義する」っていう壮大なテーマに、日本に住む一人の主婦として、真っ向から(ゆるっと)向き合ってみようと思います。
日常にあふれる小さな「やらかし」(禅の失敗)を拾い集めて、
「ここから学べる『金(価値)』はなんだろう?」
「どうやったら、この失敗を『成功への足掛かり』にできるんだろう?」
って、実体験ベースで考えていきたいんです。
海外にお住いの皆さんの「失敗観」と、日本の「失敗観」って、どう違いますか?
子育て中の「あちゃー!」なエピソード、ぜひ聞かせてほしい!
次回からは、この「禅の失敗」から「金」を掘り出す具体的な方法(承・転・結)について、私のドタバタな日常と、日本のちょっと不思議な文化を交えながら、深掘りしていきますね。
まずは「起」。
盛大にこぼした牛乳から、私たちは何を学ぶのか。
長い長い(笑)、私の「失敗の再定義」チャレンジ、よかったらお付き合いください!
「禅の失敗」を掘り起こせ!イライラの裏にある「金」の見つけ方
やっほー!ワタコです。
前回の【起】では、朝のドタバタの中、息子タロウが牛乳を盛大にこぼし、私が「鬼の形相」になった話を書きました(読んでない方はぜひそちらから!)。
あの「失敗」を前に、イライラと自己嫌悪の「泥」にまみれた私。
でも、ふと出会った**「Zen failures(禅の失敗)」**という言葉。
失敗を「最悪」で終わらせず、そこから「金(Gold)」を掘り出すチャンスと捉え直す――。
いや、わかりますよ。
「そんなキレイゴト言われても!」って思いません?(笑)
こっちはリアルに時間がないんじゃ! 雑巾が牛乳臭くなるんじゃ!
そう。
私が今朝、タロウの失敗に(そして、それを防げなかった自分の失敗に)あそこまでイライラしたのは、なぜか。
「恥ずかしい」とか「しつけが」とか、そういう「体面」の問題も、もちろん日本社会で生きていると根深くあるんですけど、あの瞬間の、家の中での私の怒りの最大の原因。
それは、
「時間泥棒」
だったからなんですよ。
これ、海外在住の皆さんも、もしかしたら感覚が変わっているかもしれないけど、日本で(特にワンオペで)子育てしてる主婦にとって、「段取り」こそが命なんです。
朝7時15分。
ここから「タロウを送り出す8時」までの45分間は、分刻みのスケジュール。
卵焼きを焼いて、弁当を詰めて、水筒を用意して、洗濯機は終わってるから干す準備して、タロウの着替えを確認して、連絡帳にハンコ押して……。
この完璧な「段取り」が、あの牛乳バッシャーン!で、すべて崩壊したわけです。
私の脳内スケジュール帳が、牛乳でびしょ濡れになってフニャフニャになった感じ(笑)。
失敗は、単なるミスじゃない。
私の貴重な「時間」と「労力」を奪い、完璧だったはずの「段取り」を破壊する、最悪のテロ行為(!)なんです。
そりゃ、怒るわ。鬼にもなるわ。
でも、フックにはこうありました。
「Practical steps for parents to shift their perspective on their child’s mistakes.」
(親が子供の間違いに対する見方を変える、実践的ステップ)
「禅の失敗」とか言って、ただ精神論で「怒るな、受け入れよ」なんて言われても無理。
じゃあ、具体的にどうすりゃいいのよ?
あの牛乳まみれのキッチンで、どうやって「視点を変える」の?
私、考えました。
あの瞬間に戻れるとしたら、ワタコはどう動くべきだったか。
「禅の失敗」から「金」を掘り出す、実践的3ステップ。
ステップ1:【止】とにかく「止まる」(禅ポーズ)
まず、バッシャーン!の音が聞こえ、振り返って惨状を見た瞬間。
地を這うような低い声で「……タロウ……」と口にする、その0.5秒前。
止まる。
これです。
怒りに任せて口を開く前に、とにかく一瞬、物理的に止まる。
息を吸う。
これが、たぶん「禅(Zen)」の第一歩。
「あ、今、私、怒る。怒るぞ」って、自分を客観視する感じです。
日本の武道とかでも、ありますよね。「残心」とか。
(ちょっと違う?まあ、雰囲気で!笑)
この「0.5秒」が作れれば、次のステップに進める。
でも、これが一番難しい! 脊髄反射で怒っちゃうから。
でも、意識して「あ、これが『禅の失敗』の合図だ」と思うようにするんです。
ステップ2:【分】「事実」と「感情(解釈)」を分ける
次に、止まった0.5秒の間に、頭の中で「仕分け」をします。
<事実>
・牛乳(推定500ml)が床にこぼれている。
・タロウの宿題(算数プリント)が濡れている。
・タロウが泣きそうに固まっている。
・現在時刻、7時16分。
<私の感情(解釈)>
・「うわ! 最悪だ!」
・「なんでこんな忙しい時に!」
・「タロウは本当にドジだな!」
・「私の今日のスケジュールが台無しだ!」
・「もう間に合わない!」
・「私はなんてダメな母親なんだろう!」
……こうやって書き出すと、ひどい(笑)。
でも、私たちをイライラさせているのって、<事実>じゃなくて、<感情(解釈)>のほうなんですよね。
牛乳がこぼれた「事実」は、怒っても怒らなくても変わらない。
でも、「最悪だ!」「台無しだ!」っていう解釈が、私を鬼に変える。
このステップは、いわば「失敗のデトックス」。
毒(ネガティブな解釈)をいったん脇に置いて、「ふむ、牛乳がこぼれたな」という「事実」だけを冷静に見つめる。
ステップ3:【掘】「金(学び)」はどこだ? と探す
さて、冷静な「事実」だけが手元に残りました。
ここからが、フックの言う**「extract the gold(金を抽出する)」**作業です!
あの牛乳の海は、実は「金脈」だった。
じゃあ、どこに「金」が埋まってる?
<金脈1:タロウにとっての「金」>
・学び①(物理):2リットルの牛乳パック(しかも残り半分以上)は、小学2年生の握力と腕力では、傾けるのが難しい。重心がどこにあるか、体で学んだ。(←超リアルな学び!)
・学び②(実践):こぼれた液体を、「どうやって」「何を使って」「どこまで」拭けばキレイになるのかを学ぶ、絶好のチャンス。(雑巾の絞り方、床のベタベタの取り方、濡れた紙の処理方法など、これぞ「生活の知恵」!)
私が鬼の形相で「キーーー!」ってなって、
「もー!タロウはあっち行ってて!ママがやるから!」
ってやっちゃった瞬間(=日本の親がやりがちな「悪い先回り」ならぬ「悪い後始末」)、タロウは、この2つの「金」を掘り当てるチャンスを失ったわけです。
私がタロウに渡したのは、「金」どころか、「失敗=ママが鬼になる怖いこと」っていう「泥」だけだった……。うわぁ、反省。
<金脈2:私(親)にとっての「金」>
・学び③(システム改善):そもそも、小2の朝の忙しい時間に、2Lパックを扱わせる「システム」に無理があった。
・→(対策=金):牛乳は、小さい1Lパックを買うようにする。
・→(対策=金):あるいは、取っ手付きの小さいピッチャー(100均で売ってる!)に、あらかじめ移しておく。
これよ!!
これこそが、「生活の知恵」であり、失敗から得た「金」じゃないですか?
「タロウがドジ」なんじゃなくて、「2Lパックの運用フロー(笑)に問題があった」んです。
こう考えれば、イライラじゃなくて、「なるほど、一つ改善点が見つかったわ」って、ちょっと前向きになれる。
・学び④(時間管理):濡れた宿題。
・→(対策=金):そもそも、ダイニングテーブルに宿題を出しっぱなしにする運用がリスクだった。
・→(対策=金):宿題は「食べ物が乗る前」に、必ず連絡袋にしまわせるルールにする。
ほら、出るわ出るわ、「金」がザックザク!
あの牛乳バッシャーンは、我が家のシステムを改善し、タロウの「生きる力」を育むための、**最高の「黄金の機会(Golden Opportunity)」**だったんです。
日本には「失敗は成功の母」って言葉があるけど、
もっと具体的に言うと、
「失敗は、システム改善(生活の知恵)の母」
なんですよね。
私たちは「失敗=反省(二度と起こさないように、気を引き締める)」って考えがち。
もちろんそれも大事だけど、「反省」って、なんか重いじゃないですか。精神論だし。
そうじゃなくて、
「失敗=学習(どうすれば、もっとラクにうまくいくか、仕組みを変える)」
って捉える。
この「視点の転換」こそが、フックの言う「Redefining Failure(失敗の再定義)」なんだと思います。
あの朝、私が「禅ポーズ」で止まって、
「おー、タロウ。盛大にやったな! よーし、これは『禅の失敗』だ。金脈を探すぞ! まず、なんでこぼれたと思う?」
なんて言えてたら。
そして、二人で雑巾持って競争しながら床拭きして、
「タロウ、2Lパック重かったろ。ママ、明日から小さいの買うか、ピッチャーに入れるわ。ナイス失敗!」
って笑えてたら。
……まぁ、理想ですけどね!(笑)
でも、この3ステップ(止まる→分ける→掘る)を意識するだけで、次からの「失敗」の見え方が、絶対変わってくる気がしませんか?
とはいえ、これはまだ「子供の失敗」の話。
私たち親自身がやらかす「あちゃー!」な失敗も、山ほどありますよね……。
寝坊した、とか。
大事な書類出し忘れた、とか。
晩ごはん、真っ黒に焦がした、とか(私だ)。
次回【転】では、フックの次の一節、
「Challenging viewers to identify their own “Zen failures” and extract the gold.」
(視聴者自身が「禅の失敗」を見つけ、そこから金を抽出することへの挑戦)
にフォーカスして、私たち「主婦自身」の失敗から、いかに「金」を掘り当てるか、その人生術について語ってみたいと思います!
真っ黒な角煮と、「完璧な主婦」の呪い。
やっほー!ワタコです。
前回の【承】では、息子の牛乳バッシャーン事件を「禅の失敗」と捉え直し、
①(怒る前に)止まる
②(事実と感情を)分ける
③(システム改善という)金を掘る
…という、超実践的な3ステップについてお話ししました。
これ、タロウ(息子)の失敗に対してなら、私、次からできそうな気がするんですよ。
「お、禅の合図だな?」とか言って、ちょっとゲーム感覚で。
でもね、みなさん。
本当に手強いのは、「子供の失敗」より「自分の失敗」じゃないですか?
子供の失敗は、まぁ、ある意味「想定内」というか。「そりゃ、こぼすよね、子供だもの。byワタコ」みたいな(笑)。
でも、いい大人である、この私! 主婦である、この私!
私がやらかした失敗は……もう、弁解の余地なし。
ただただ、自己嫌悪の沼にズブズブと沈んでいくだけ。
日本で「主婦」やってると、謎の「完璧主義」のプレッシャー、ありません?
私だけかな。
「家事は完璧に」
「育児も手を抜かず」
「夫のサポートもそつなく」
「なんなら自分磨きもちょっとは」
……って、誰に頼まれたわけでもないのに、自分で自分に「かくあるべし」のハードルを課しちゃってる。
この「完璧な主婦」像からちょっとでもハミ出すと、「私って、なんてダメなんだろう」って。
まさに、先週やらかしたんですよ。
今思い出しても胃がキリキリする、**「角煮、炭化事件」**をね……。
あれは、夫が大事なプレゼンを終えて帰ってくる日だったんです。
(まぁ、あとで聞いたら「そこまで大事でもなかった」らしいんですけど、私は勝手に「夫の勝負メシ!」とか思い込んじゃってた)
「よーし、今日はワタコ特製、とろっとろの角煮を作っちゃうぞー!」
朝から豚バラブロックを仕込み、丁寧に下茹でし、コトコト、コトコト……。
ここまでは完璧でした。まさに「丁寧な暮らし」(笑)。
問題は、夕方。
タロウが「ママ、宿題のドリルわかんなーい!」と持ってきた。
「あー、もう、こんなのも分かんないの!」とか言いながら、タロウの隣に座り、算数ドリルと格闘すること、推定40分。
ついつい、熱中しちゃって。
……ふと、焦げ臭い匂いが。
「……ん?」
(……まさか)
(……いや、まさか)
キッチンに走る私。
スローモーションのように見える、鍋。
そっと開ける、蓋。
ボワッ!!!
立ち上る、黒い煙。
そして、鍋の底で「カチコチ」と音を立てている、黒い「物体X」。
かつて「角煮」だったもの。
今は、ただの「炭」。
終わった……。
私の、数時間と、豚バラブロック(高かったのに!)と、夫への「内助の功」アピール(笑)が、すべて「炭」と化した瞬間。
もうね、頭が真っ白。
最初にこみ上げてきたのは、「悲しい」とか「もったいない」じゃなかった。
「私、なんてバカなんだ!!!」
という、自分への強烈な「怒り」と「軽蔑」でした。
なんで火にかけたまま忘れるの?
なんでタイマーかけなかったの?
なんで宿題に集中しちゃったの?(いや、そこは良いことでは?笑)
夫は疲れて帰ってくるのに、メインディッシュが「炭」なんて!
私は「完璧な主婦」失格だ!!!
もう、ダメ。立ち直れない。
床に座り込んで、しばらく動けませんでした。
これぞ、自己嫌悪の沼。深すぎて、光が見えない。
でも、その時。
どん底の私の頭に、あの言葉が響いたんです。
「……あ、これ、もしかして『禅の失敗』……?」
いやいや、禅とか言ってる場合じゃない。炭だぞ。
でも、【承】で偉そうに「3ステップ」とか語った手前、自分でも実践してみる?
この「炭」から、「金」を掘る?
無理ゲーすぎる……。
でも、やってみましたよ。
涙目(煙で)で、キッチンに突っ立ったまま、脳内シミュレーション。
ワタコ・禅の失敗チャレンジ(角煮編)
【ステップ1:止】(すでに炭なので止まってる)
・まず、火を止める。(止まってた)
・窓を開ける。(開けた)
・深呼吸。(焦げ臭い)
・「私、今、激しく落ち込んでいるな」と、自分を客観視。
・「最悪だ」と口走る前に、「ふむ、炭である」と事実を認識する。
【ステップ2:分】(事実と感情を分ける)
・<事実>
・豚の角煮が、炭になった。
・今夜のメインディッシュがない。
・鍋が焦げ付いて、洗うのが大変そう。
・部屋が焦げ臭い。
・<私の感情(解釈)>
・「私はバカだ」
・「私は主婦失格だ」
*「夫は絶対にガッカリするだろう」
・「私の完璧な一日が台無しだ」
・「もう何もかもイヤだ」
……うん。
【承】の牛乳事件と、まったく同じ構造!
私を苦しめているのは、「角煮が炭になった」という<事実>じゃなくて、
「だから私はダメ主婦だ」という<解釈>(=呪い)だったんです。
「夫は絶対にガッカリするだろう」
…ん? 本当に?
「炭」を見てガッカリはするかもしれないけど、イコール「ワタコ(妻)はダメ主婦だ」とまで思う?
いや、うちの夫はたぶん、「おー、派手にやったな!ブログのネタじゃん!」とか言うタイプだ。(実際、帰宅後そう言われた笑)
「完璧な一日が台無しだ」
…ん? そもそも「完璧な一日」って何?
角煮が成功してたら、完璧だったの?
そんなことで私の価値は決まるの?
見えてきたぞ…。
この「呪い(解釈)」こそが、私自身を縛り付けていた鎖だ。
【ステップ3:掘】(「金」はどこだ?)
よし、この「炭」と「呪い」の中から、「金」を掘り当てるぞ!
・<金脈1:システム改善(生活の知恵)>
これは分かりやすい「金」。
・(金):煮込み料理中は、「キッチンタイマー」と「スマホのアラーム(スヌーズ機能付き)」の二重アラーム体制を敷く。
・(金):子供の宿題を見る時は、「火からおろす」か「キッチンで見る」を徹底する。「ながら作業」の危険性を学んだ。
・(金):万が一の「炭化」に備え、冷凍餃子やレトルトカレーなど、「プランB」を常備しておく。(←これぞ最強の人生術!)
・<金脈2:人生観・人生術(こっちが本命!)>
「炭」になった角煮は、私に何を教えようとしていたのか?
・(金):「完璧主義」は、自分も他人も苦しめる。
私が勝手に「完璧な主婦」を演じようとするから、「角煮の失敗」が「私自身の失敗」にまで拡大解釈されちゃう。角煮は角煮。私は私。
・(金):人生、「プランB」に切り替える「しなやかさ」が大事。
角煮(プランA)がダメになった。じゃあ、プランB(この日は結局、近所のテイクアウト中華)に切り替えよう!と笑って言えるか。
いつまでも「炭」になったプランAにこだわってクヨクヨしてる(=自分を責めてる)のは、時間のムダ。
・(金):潔く「諦める」勇気。
これ、日本人は苦手かもしれない。「反省」はするけど、「諦める」のは下手。
でも、「炭」はもう「角煮」には戻らない。これは「事実」。
その「事実」を、あるがままに受け入れる。
「あー、炭になったね。はい、終わり!次!」
この「切り替えの早さ」こそが、フックの言う「Zen(禅)」の知恵なんじゃないか。
「禅」っていうと、なんだかストイックで、「無」にならなきゃ、みたいなイメージが日本にはあるけれど。
この「禅の失敗」が教えてくれるのは、
「あるがままを、ただ受け入れる」
ということなんじゃないかな。
角煮は、炭になった。
タロウは、牛乳をこぼした。
私は、イライラした。
それが、良いとか悪いとか、「ダメだ」とか「恥ずかしい」とかジャッジする前に、
「ふむ、そうなったか」
と、いったん受け止める。
自分を責めるのをやめる。
「失敗=ダメ」のレッテルを貼るのをやめる。
角煮を焦がした私は、「ダメな主婦」なんじゃない。
ただ、「角煮を焦がした経験値(とプランBの重要性)をゲットした主婦」
になっただけ。
レベルアップしてるじゃん!(笑)
これこそが、フックの言う「Challenging viewers to identify their own “Zen failures” and extract the gold.(自分自身の禅の失敗を見つけ、そこから金を抽出する)」ってことなんだと思います。
あなたの「禅の失敗」は、なんですか?
最近やらかした、「あちゃー!」な失敗。
そこから、どんな「金(学びや人生術)」が掘り出せそうですか?
失敗を「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」として扱う日本の文化(「起」で触れましたね)に、私は「待った!」をかけたい。
失敗は、ネタ。
失敗は、学び。
失敗は、私たちをより強く、より賢く、より「しなやか」にしてくれる、最高の「ギフト」なんです。
次回【結】では、いよいよ最終回。
この「失敗=ギフト」という考え方が、どうやって家族みんなを幸せにするのか(フックの最後の一文ですね!)、ワタコ流のまとめをお届けします!
ようこそ、「失敗歓迎!」の我が家へ。
やっほー!ワタコです。
4回にわたってお届けしてきた「失敗は『金』なり!」シリーズも、いよいよ最終回です。
【起】では、息子のタロウがぶちまけた牛乳の海から、「禅の失敗(Zen failures)」という考え方に出会いました。
【承】では、その牛乳の海から「イライラの原因(=段取りの崩壊)」を見つめ、「システム改善(=ピッチャー導入)」という**具体的な「金」を掘り出しました。
【転】では、私自身のやらかしである「角煮の炭化事件」**を題材に、「完璧な主婦」という呪いを解き、「プランBの重要性」や「潔く諦める勇気」という、**人生術としての「金」**を発掘しました。
いやー、掘った掘った(笑)。
あんなに「最悪だ!」「私ってダメだ!」と落ち込んでいた失敗たちが、今ではもう、愛おしい「学びの宝庫」にしか見えません。
さて、今回の元になったフック(きっかけの言葉)、最後の一文を覚えていますか?
“A call to action: Start reframing setbacks as stepping stones, and watch your family thrive.”
(行動への呼びかけ:挫折を「足掛かり」として捉え直し、あなたの家族が繁栄する(成長する)のを見届けよう。)
そう、この話、私一人が「あー、学んだわー」で終わる話じゃないんです。
この「失敗の再定義」こそが、**家族みんなを幸せにする(thrive)**カギだっていうんですよ。
……本当かよ?
角煮を焦がしたり、牛乳をこぼしたりすることが、どうやったら家族の「繁栄」に繋がるの?
むしろ、家計的にはマイナスだし、イライラは募るし、ロクなことない気がするけど(笑)。
でもね、私、分かった気がするんです。
「角煮の炭化事件」の夜、結局テイクアウトの中華を並べた食卓でのこと。
夫が(炭の残骸を見て)笑いながら言ったんです。
「いやー、ワタコも失敗するんだな!なんか安心したわ」
……え? 安心?
「いつもさ、なんか完璧にやろうとしてるから。俺がちょっと醤油の位置とか間違えると、すごい目で見るじゃん?」
「(ギクッ)……そ、そんなことないよ?」
「いや、ある(笑)。でも、ママがこんな派手な失敗してくれると、『あ、俺も失敗していいんだな』ってホッとするよ」
夫のその言葉に、私はガツーンと頭を殴られたような衝撃を受けました。
そうか。
私が【転】で苦しんでいた、あの「完璧な主婦」の呪い。
あれって、私だけじゃなくて、夫や、もしかしたらタロウまで縛ってたのかもしれない。
「ちゃんとしたお母さん」
「ちゃんとした妻」
でいようとする私のプレッシャーが、
「ちゃんとした夫」
「ちゃんとした子供」
でいなきゃいけない、っていう無言の圧になって、家の中の空気を息苦しくしてたのかも……。
「失敗=悪」「失敗=恥」
この、日本社会に根強くはびこる(と私が感じている)価値観。
これを、そのまま家庭に持ち込んじゃうと、どうなるか。
子供がコップを倒す。
→「何やってるの!ダメでしょ!」(叱責)
→子供は思う。「失敗は、怒られる怖いことだ」
夫が頼んだお使いを間違える。
→「なんでこれ買ってくるの!使えない!」(非難)
→夫は思う。「余計なことはしない方がマシだ」
妻(私)が角煮を焦がす。
→「私ってなんてダメな主婦なんだ……」(自己嫌悪)
→家族は思う。「ママ、機嫌悪いな……触らないでおこう」
……。
最悪の悪循環じゃないですか?
これじゃあ、家族みんなが「失敗」を恐れて、顔色をうかがいあって、新しいことに挑戦(チャレンジ)なんて、できるわけがない。
これこそ、「thrive(繁栄・成長)」の真逆。
「shrink(萎縮)」する家族です。
じゃあ、もし。
もし、我が家(ワタコ家)が、今日から**「失敗歓迎!」**の家になったら?
「失敗=禅の失敗=金脈発掘のチャンス!」というスローガンを、リビングに掲げたら?
子供が牛乳をこぼす。
→「おーっと!禅の失敗キター!さあ、ワタコ探検隊、金脈を探すぞ!」
→「隊長(私)、原因が判明しました!2Lパックが重すぎた模様です!」
→「よし、改善策(ピッチャー)を導入だ!」
→子供は思う。「失敗しても大丈夫なんだ!」「どうすれば次はうまくいくか、考えるのって面白い!」
夫がお使いを間違える。
→「あれ、こっちの洗剤だったか!まぁいいや、これも使ってみようぜ!ナイスチャレンジ!」
→夫は思う。「あ、怒られなかった。次からはメモ見直そう(笑)。次はアレも買ってみようかな」
妻(私)が角煮を焦がす。
→「うわ、炭だ!見て、芸術的な黒さ!(笑)よし、夫よ、プランB発動だ!近所の中華、どっちがいい!?」
→夫は思う。「あ、ママが笑ってる。よかった。中華ラッキー!」
→私は思う。「完璧じゃなくても、笑ってくれる家族がいて幸せだわ」
……。
最高かよ!!!(涙)
こんな家、最高じゃないですか?
失敗を「ダメ!」と蓋をするんじゃなくて、「お、ネタが来た!」と笑い飛ばし、「じゃあ、どうする?」と一緒に考える。
この**「失敗をオープンにできる安全性」**こそが、「家族がthriveする」ための、一番大事な「土壌」なんだと思います。
日本で子育てしてると、どうしても「減点方式」の考え方に引っ張られがち。
100点が「普通」。
失敗したら、90点、80点……と減っていく。
だから、みんな「失敗しないこと」を目指しちゃう。
でも、家庭(ホーム)だけは、「加点方式」の場所でありたい。
0点スタートでいい。
牛乳をこぼした。「お、どう拭くか覚えたな!+10点!」
角煮を焦がした。「プランBの大切さを学んだ!+20点!」
失敗は「減点」じゃない。
学びと経験値を得た「加点」なんです。
これこそが、フックの言う**「setbacks as stepping stones(挫折を足掛かりに)」**っていうこと。
失敗するたびに、私たちは(家族は)一歩ずつ、確実にステップアップしてるんです。
このブログを読んでくださっている、海外在住の皆さん。
皆さんの住んでいる国の「失敗観」って、どうですか?
日本より、もっとオープン? それとも、意外と厳しい?
日本の「恥の文化」や「完璧主義」も、悪いことばかりじゃないとは思います。
モノづくりが丁寧だったり、時間に正確だったり、そういう「金(良い面)」もたくさんある。
でも、こと「子育て」や「家族関係」においては、その「失敗を許さない空気」が、私たちを息苦しくさせているのも、また事実。
だから、私からの「Call to Action(行動への呼びかけ)」です。
まずは、今日。
あなた自身がやらかした、一番小さな「禅の失敗」を見つけてみてください。
「あ、電車の乗り換え、間違えた」
「あ、卵買うの忘れた」
なんでもいい。
そこで、「あー、私ってバカ!」と自分を責めるのを、1秒だけ止めて(ステップ1)、
「ふむ、卵を忘れたな」と事実だけ見て(ステップ2)、
「よし、今夜は卵なしで作れるレシピに挑戦だ!」「駅前のコンビニの卵、高いかチェックするチャンスだ!」と、ちっちゃな「金」を掘って(ステップ3)みませんか?
そして、もし、お子さんやパートナーが何か失敗したら。
鬼の形相になる前に、「……お、禅の失敗キター!」って、心の中で(あるいは口に出して)呟いてみてください。
「失敗は金なり!」
この合言葉が、あなたと、あなたの家族を、もっと自由に、もっと思うままにチャレンジできる、最強のチームにしてくれるはずです。
私も、今日から「完璧な主婦」は廃業!
「禅の失敗ハンター」として、タロウや夫と一緒に、日々の「やらかし」という名の金脈を、笑いながら掘り起こしていこうと思います!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
また次のブログでお会いしましょう。ワタコでした!

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