【ワンオペ育児の救世主】日本流「生きがい」の魔法:ひとりで頑張るママが自分を取り戻す旅

  1. 嵐のような毎日の中で:「私」はどこへ消えた?
    1. 遠く離れた場所にいる、戦友のあなたへ
    2. 日本社会の「母親」という重たい鎧
    3. 世界が注目する「Ikigai」と、私たちにとってのリアル
    4. ソロペアレントにこそ必要な「自分だけの聖域」
  2. 小さな喜びの積み重ね:日本人が大切にする「日常の美学」
    1. 「ハレとケ」のリズムを取り戻す
    2. 「引き算の美学」で、家事の中に「禅」を見つける
    3. 季節(シーズン)を味方につける:自然との共鳴
    4. 情熱(パッション)の火を消さないための「15分の魔法」
    5. 自分を後回しにしない勇気:「お母さんの笑顔は家庭の太陽」
  3. 逆転の発想:生きがいは「探す」ものではなく「気づく」もの
    1. 「Ikigaiベン図」の呪いを解く:あなたは世界を救わなくていい
    2. 「情けは人のためならず」:孤独なソロペアレントを救う魔法
    3. 「諦める(Akirameru)」のポジティブな力
    4. 次のステージへ:あなただけの物語を紡ぐ
  4. 明日からの景色が変わる:あなただけの「生きがい」という羅針盤
    1. 燃え尽きないための日本の知恵:「心の腹八分目」
    2. 「To-Doリスト」を捨て、「To-Beリスト」を持つ
    3. あなただけの「マイ・イキガイ・メニュー」を作ろう
    4. 子供に見せるべきは「完璧な背中」より「楽しそうな横顔」
    5. 結び:あなたはひとりじゃない

嵐のような毎日の中で:「私」はどこへ消えた?

遠く離れた場所にいる、戦友のあなたへ

海外で暮らす皆さん、こんにちは!

今日も朝から、本当にお疲れ様です。そちらの天気はどうですか?

日本は今、季節の変わり目で、少しずつ空気が澄んできました。私はこの、ふと風の匂いが変わる瞬間の日本が大好きです。

さて、突然ですが、皆さんは「最後に自分の名前で呼ばれたのはいつか」覚えていますか?

「〇〇ちゃんのお母さん(Mommy)」でもなく、「奥さん(Wife)」でもなく、あなた自身の名前で。

もし、「あれ?いつだっけ……」と考え込んでしまったなら、今日のお話はまさにあなたのためのものです。

私は日本で、いわゆる「ワンオペ育児(One-Operation Childcare)」を経験してきました。夫は仕事で忙しく、海外出張もしばしば。実家も遠く、頼れるのは自分だけ。朝、子供たちを叩き起こし、朝食を口に詰め込み、保育園や学校へ送り出し、自分も仕事や家事をこなし、夕方は戦争のようなお風呂と寝かしつけ……。

気づけば、鏡を見る時間もろくにないまま、一日が終わっている。「あれ?私、今日一日何してたんだっけ?」「子供のお世話以外で、私は今日、生きていたと言えるのかな?」

そんなふうに、ふと虚無感に襲われる夜が、私にも数え切れないほどありました。

特に海外で生活されている皆さんは、言葉の壁や文化の違い、そして頼れる家族が近くにいないという状況の中で、私が経験した以上の孤独やプレッシャーと戦っているかもしれません。ひとりで舵を取る「ソロペアレント」としての航海は、時にあまりにも波が高く、自分がどこへ向かっているのかさえ見失いそうになりますよね。

日本社会の「母親」という重たい鎧

少し、私の住む日本の話をさせてください。

海外の方からは「日本は便利で、治安も良くて住みやすそう」と言われることが多いですし、それは事実です。でも、その一方で、日本には独特の「空気」があります。

日本では昔から、「母親は自己犠牲を払ってこそ美しい」というような、言葉には出さないけれど確実に存在する社会的な圧力が根強く残っています。

「お弁当は手作りで彩りよく」「家の中は常に清潔に」「子供が騒いだら親の責任」……。

これを私たちは「世間体(Sekentei)」と呼びますが、この見えない視線が、母親たちを追い詰めることがよくあります。

私が初めての子育てをしていた頃、まさにこの呪縛に囚われていました。

「ちゃんとやらなきゃ」「完璧なママでいなきゃ」。

自分の時間は「贅沢」で、子供のために全てを捧げることが「正解」。そう思い込んでいたんです。自分の好きなことや、やりたいことを後回しにすることが、愛情の証だと思っていたんですね。

でも、ある日、限界が来ました。

子供が熱を出して一週間仕事を休んだあと、散らかり放題の部屋で、冷え切ったコーヒーを飲みながら涙が止まらなくなってしまったんです。

「私は、子供の世話をするための機械じゃない」

「私の人生は、どこに行っちゃったの?」

そんなボロボロの状態の私を救ってくれたのが、実は日本人が昔から大切にしてきた**「生きがい(Ikigai)」**という考え方でした。

世界が注目する「Ikigai」と、私たちにとってのリアル

皆さんももしかしたら、欧米の書店やネット記事で「Ikigai」という言葉を目にしたことがあるかもしれませんね。

数年前から、「長寿の秘訣」や「幸福なキャリアの見つけ方」として、世界中でブームになっています。

よく、4つの円が重なったベン図(好きなこと、得意なこと、世界が必要としていること、稼げること)で説明されているのを見かけませんか?

あれを見ると、「うわぁ、そんな完璧なスイートスポット、今の私には無理!」って思いませんか?(笑)

私も最初はそう思いました。

「毎日オムツを替えて、泥だらけの靴を洗って、スーパーの特売に走っている今の私に、世界を変えるような使命とか、稼げるスキルとか言われても……」と。

でもね、実はあのベン図は、西洋的に解釈された「Ikigai」なんです。

本来の日本人が感じている「生きがい」は、もっともっと素朴で、もっと足元にあって、そして何より、今の私たちの生活を肯定してくれる温かいものなんです。

日本の心理学者で「生きがいについて」という名著を残した神谷美恵子さんは、生きがいをこう定義しています。

「生存充実感」、つまり「ああ、今、生きてるなぁ」としみじみ感じる瞬間のことだと。

それは、大成功することでも、大金を稼ぐことでもありません。

ワンオペ育児の嵐のような日々の中で、ふと訪れる静寂。

朝一番に飲む熱いお茶の香り。

子供の柔らかいほっぺたに触れた瞬間のぬくもり。

ベランダで育てているミニトマトが赤くなったのを見つけた喜び。

「これがあるから、明日もまた頑張ろう」と思える、小さな小さな心の燃料。

それが、本来の「生きがい」なんです。

ソロペアレントにこそ必要な「自分だけの聖域」

なぜ今、私が海外に住むソロペアレントの皆さんに「生きがい」の話をしているのか。

それは、ひとりで育児を背負っている人ほど、**「自分という人間の輪郭」**を保つために、この感覚が不可欠だからです。

パートナーと分担できない分、私たちは24時間365日「親モード」でいることを強いられます。

それはまるで、ずっとスイッチがONになったままのスマートフォンのようなもの。充電する時間がなければ、いつか必ずバッテリー切れ(バーンアウト)を起こしてしまいます。

「生きがい」を見つけることは、自分勝手なことでも、育児放棄でもありません。

それは、親という役割の「外側」に、自分だけの小さな聖域(サンクチュアリ)を持つこと。

「誰かのため」ではなく「私のため」に心を使う時間を持つこと。

この「起」の章の最後に、私の実体験をお話しします。

私がどん底だったあの頃、最初に始めた小さな「生きがい」探しは、**「朝の15分だけは、誰にも邪魔させない」**と決めることでした。

子供たちが起きる30分前に起きて、お気に入りの急須でお茶を淹れる。

そして、窓を開けて朝の空気を吸いながら、ただぼーっとする。あるいは、好きなエッセイを数行だけ読む。

たったそれだけです。

でも、その15分が、私に「私は、お母さんである前に、一人の人間なんだ」という感覚を取り戻させてくれました。

そのお茶の温かさが、冷え切っていた心にじんわりと染み渡り、「よし、今日も怪獣たち(子供たち)と戦うか!」という活力をくれたんです。

これが、私にとっての「生きがい」の再発見でした。

キャリアとか、収入とか、そんな大きな話じゃなくていいんです。

日常の隙間に落ちている「宝石」のような時間を、自分自身の手で拾い上げること。

このブログでは、これから先の章で、具体的にどうやってその「生きがい」を見つけ、育て、そしてソロペアレントとしての過酷な日々のエネルギーに変えていくのか、日本的な「生活の知恵」を交えながら深く掘り下げていきたいと思います。

日本には「足るを知る(Taru wo shiru)」という言葉や、「日日是好日(Nichi nichi kore ko jitsu)」という禅の言葉があります。

これらは決して「我慢しろ」という意味ではありません。「どんな嵐の日でも、その中にある小さな幸せを見つける達人になろう」という、とてもポジティブで力強いメッセージなんです。

海外で戦うあなたが、孤独の海で溺れそうになったとき、この「生きがい」という浮き輪が、きっとあなたを助けてくれます。

そしてそれは、特別な才能がある人だけが持てるものではなく、誰の足元にも必ず転がっているものなのです。

さあ、私と一緒に、泥だらけの日常の中から、あなただけのキラキラ光る「生きがい」のかけらを探しに行きませんか?

次は、「承」の章で、具体的な日本の知恵と、日々の暮らしに魔法をかける方法についてお話しします。

小さな喜びの積み重ね:日本人が大切にする「日常の美学」

「ハレとケ」のリズムを取り戻す

さて、前回の「起」では、生きがいとは遠くにある大きな目標ではなく、足元にある「生存充実感」だというお話をしました。

「それは分かった。でも、目の前の洗濯物の山と、泣き叫ぶ子供を前にして、どうやってその『充実感』を感じろっていうの?」

そんな声が聞こえてきそうです。ごもっともです。私もそうでしたから。

ここで、日本に古くから伝わる**「ハレ(Hare)」と「ケ(Ke)」**という時間の概念をご紹介したいと思います。これは、ワンオペ育児で心が疲弊しないために、私が最も大切にしている「心の物差し」です。

  • 「ハレ(晴れ)」:お祭り、結婚式、旅行など、非日常の特別な日。
  • 「ケ(褻)」:普段通りの日常。淡々と過ぎていく毎日。

現代、特にSNSが普及した世界では、他人のキラキラした「ハレ」の瞬間ばかりが目に入ってきます。「素敵なバースデーパーティー」「完璧な手作り弁当」「海外旅行」。

これらを見ていると、私たちは無意識に**「毎日を『ハレ』にしなければならない」**という強迫観念に駆られてしまいます。特に海外で子育てをしていると、「せっかく海外にいるんだから、充実した日々を送らなきゃ」と自分を追い込んでしまいがちです。

でも、日本の伝統的な考え方は違います。

**「人生の9割は『ケ(日常)』であり、その地味な日常こそが土台である」**という考え方です。

私がシングルで育児を回していた時、一番苦しかったのは「今日も何も特別なことができなかった」「子供に素晴らしい体験をさせてあげられなかった」という罪悪感でした。

しかし、「ハレとケ」の概念を思い出してからは、こう考えるようにしました。

「今日はスーパーに行って、無事に帰ってきて、ご飯を食べた。これで『ケ』としては100点満点だ」と。

毎日をパーティーにする必要はありません。

むしろ、淡々とした「ケ」の日々の中に、小さな彩りを一滴垂らすこと。それが、サステナブル(持続可能)な生きがいの正体なのです。

「引き算の美学」で、家事の中に「禅」を見つける

日本の美意識には**「引き算の美学」や、茶道や華道に見られる「道(Do)」**の精神があります。これは、少ない手数で本質を突くことや、一つの動作に心を込めることを尊ぶ文化です。

これを、泥臭いワンオペ育児に応用してみましょう。名付けて**「家事の禅(Zen)化」**です。

ワンオペ育児の敵は「マルチタスク」です。

料理しながらメールを返し、足で子供のおもちゃを片付ける……。これでは脳が常にオーバーヒート状態で、「今、ここ」にある幸せを感じる余裕なんて生まれません。

私はある時、実験的に「シングルタスク」を徹底してみることにしました。

例えば、お米を研ぐ時。

いつもなら「あー、早く終わらせて次は洗濯しなきゃ」とイライラしながら研いでいましたが、その時は**「今はお米を研ぐこと以外、人生でやるべきことは何もない」**と思い込んでみることにしたのです。

冷たい水の感触。お米が擦れ合うシャリシャリという音。炊き上がった時の甘い香り。

五感をフルに使って「ただ、お米を研ぐ」という行為に没頭すると、不思議なことに、それが面倒な家事ではなく、一種の「瞑想(Meditation)」の時間に変わりました。

日本には「日日是好日(Nichi nichi kore ko jitsu)」という禅語があります。「どんな日もかけがえのない良い日だ」という意味ですが、これは「嫌なことも無理やりポジティブに捉えろ」ということではなく、**「目の前の現実にただ集中することで、心の平穏が訪れる」**という教えだと私は解釈しています。

「皿洗い」は、ただの労働ではありません。お湯の温かさを感じ、泡が消えていく様を見る、あなただけの静かな儀式になり得ます。

ソロペアレントである私たちは、誰かに家事を代わってもらうことは難しいかもしれません。でも、その家事に対する「心の持ち方(Mindset)」を変えることはできます。

「やらされている」から「あえて、丁寧にやる」へ。

この主導権の転換こそが、日常の中に「生きがい(コントロール感)」を取り戻す鍵でした。

季節(シーズン)を味方につける:自然との共鳴

もう一つ、日本人が得意とする「生きがい」の源泉があります。それは**「季節感(Seasonality)」**です。

日本には「旬(Shun)」という言葉があります。食べ物や景色が最も輝く時期のことですね。

私たちは四季の移ろいに非常に敏感です。桜が咲けばお花見をし、月が綺麗ならお団子を食べる。

これは、ただのイベント好きということではなく、「この瞬間は二度と戻らない(一期一会)」という儚さを愛でる心から来ています。

育児も同じだと思いませんか?

今は「抱っこ!抱っこ!」と泣き叫ぶ3歳児も、来年にはもう抱っこさせてくれないかもしれません。

渦中にいると「早く大きくなってくれ!」と願ってしまいますが、日本の「もののあはれ(Mono no aware – 感動と儚さが入り混じった感情)」の視点を持つと、景色が少し変わって見えます。

私が実践していたのは、子供との帰り道に**「今日の『小さい秋(または春、夏、冬)』を見つけるゲーム」**でした。

「見て、雲の形が変わったね」

「この道端の花、先週はなかったね」

「風が少し冷たくなったね」

ほんの数秒立ち止まって、子供と一緒に季節の変化を感じる。

この数秒間だけは、仕事の締め切りも、未払いの請求書も、明日の弁当のことも忘れることができます。

自然のリズムと自分を同調させること。これは、孤独になりがちなソロペアレントが「私は大きな世界の一部なんだ」という安心感を得るための、とても効果的なセラピーでした。

情熱(パッション)の火を消さないための「15分の魔法」

さて、ここまでは「心の持ち方」の話でしたが、もっと具体的な「自分のやりたいこと(Passion)」との統合についてお話ししましょう。

「生きがい」には、趣味や自己実現の側面ももちろんあります。

でも、ワンオペ育児中に「資格の勉強をしたい」「小説を書きたい」「ジムに通いたい」と思っても、まとまった時間は絶対に取れません。そこで挫折し、「私には無理だ」と諦めてしまう人が多いのです。

ここで提案したいのが、日本のことわざ**「塵も積もれば山となる(Chiri mo tsumoreba yama to naru)」**の実践です。

私は書くことが大好きでしたが、PCに向かう時間はゼロでした。

そこで導入したのが、「スマホの音声入力」と「トイレのメモ帳」です。

子供を公園で遊ばせている間の5分、煮込み料理を待つ間の3分、トイレに入っている1分。

この「隙間時間(Sukima-jikan)」を徹底的に自分の情熱のために使いました。

日本の文具や手帳術が世界で人気なのはご存知でしょうか?

日本人は、限られたスペースや時間を工夫して使うのが得意です。

例えば、私は「ほぼ日手帳(Hobonichi Techo)」のような1日1ページのノートを使っていましたが、そこに「今日できたこと」や「思いついたアイデア」をたった一行でもいいから書く。

文字すら書けない日は、好きなシールを貼るだけ。

大切なのは「完成させること」ではなく**「私は私の情熱を忘れていない」と自分に証明し続けること**です。

もしあなたが絵を描くのが好きなら、キャンバスに向かわなくても、子供の落書き帳の隅っこに本気のスケッチを1つ描くだけでいい。

もし料理が好きなら、毎日は無理でも、週末の朝だけはこだわりのコーヒー豆を挽く。

これを私たちは「自分へのご褒美(Gohoubi)」と呼びますが、ソロペアレントにとってのそれは、贅沢品を買うことではなく、「自分の魂が喜ぶ時間を、意地でも確保した」という勝利の体験なのです。

自分を後回しにしない勇気:「お母さんの笑顔は家庭の太陽」

日本の古い言い伝えに**「家内安全(Kanai Anzen)」**という言葉があります。家族の安全と健康を願う言葉ですが、私はこれを「まず母親(家の中の太陽)が元気でなければ、家の中は暗くなる」と解釈しています。

真面目な人ほど、自分の楽しみを追求することに罪悪感を抱きます。

「子供に寂しい思いをさせているのに、自分が楽しんでいいのか」と。

特に日本人のメンタリティを持つ私たちは、自己犠牲を美徳としがちです。

でも、考えてみてください。

あなたが疲れ果て、無表情でこなす完璧な家事と、

あなたが少し手を抜いて、自分の好きな音楽を聴いてリフレッシュした後の笑顔でのハグ。

子供にとってどちらが「生きがい(安心できる居場所)」でしょうか?

私は、限界が来る前に「ママは今から15分、休憩します!閉店ガラガラ!」と宣言して、子供の前で堂々とチョコレートを食べたり、雑誌を読んだりするようにしました。

最初は子供も「えー!」と言いましたが、次第に「ママも充電が必要なんだ」と理解してくれるようになりました。そして、充電後のママが優しいことを、彼らは敏感に察知します。

自分の機嫌を自分で取ること。

これを日本では「自律(Jiritsu)」と言いますが、これこそが、長い長いソロペアレント生活を走り抜けるための、最強のスキルなのです。


いかがでしたでしょうか。

「承」のパートでは、日本の「ハレとケ」「禅」「季節感」といったキーワードを通して、日常の中に生きがいを溶け込ませるヒントをお伝えしました。

特別なことをする必要はありません。

今日、お皿を洗う時に水の温かさを感じてみること。

帰り道に空を見上げてみること。

そして、自分のために美味しいコーヒーを一杯淹れること。

その小さな積み重ねが、やがてあなたの人生を支える太い幹となっていきます。

さて、次は物語の展開点、**「転」**です。

ここでは少し視点を変えて、私たちソロペアレントが陥りやすい「Ikigaiの罠」と、それをどう逆手にとって「他者とのつながり」に変えていくか、というより深いレベルの精神性についてお話ししたいと思います。

実は、「誰かのために」という重荷を下ろした時、本当の意味で「誰かの役に立つ」喜びが見えてくるのです。

次回も、日本の風を感じながら、一緒に考えていきましょう。

逆転の発想:生きがいは「探す」ものではなく「気づく」もの

「Ikigaiベン図」の呪いを解く:あなたは世界を救わなくていい

前回の「承」を読んで、「でもやっぱり、何か『立派なこと』を成し遂げないと、私の人生には意味がないんじゃないか?」というモヤモヤが残っている方がいるかもしれません。

ここで、冒頭でも触れた、海外で有名な「Ikigaiのベン図(4つの円)」の話に戻りましょう。

「好きなこと」「得意なこと」「世界が必要としていること」「お金になること」。この4つが重なる中心点こそがIkigaiだ、というあれです。

はっきり言います。

あのベン図は、忘れてください。

少なくとも、今まさに子育てという戦場にいる私たちが、あの図を真に受けると火傷します(笑)。

あれは「理想のキャリア」を見つけるための西洋的なフレームワークであって、日本人が本来感じている「生きがい」とは少しズレがあるのです。

日本人の感覚では、「生きがい」と「経済的成功」や「社会的使命」は必ずしもリンクしません。

例えば、私の祖母にとっての生きがいは「庭の盆栽の手入れをすること」と「孫(私)にお菓子をあげること」でした。

そこには「世界を救う」とか「大金を稼ぐ」という要素はゼロです。でも、祖母は間違いなく、生き生きとしていました。

もしあなたが、「ソロペアレントとして立派に子供を育て上げ、かつバリバリ働いて成功し、社会貢献もしなきゃ」と思っているなら、それは「生きがい」ではなく、ただの「重すぎるバックパック」です。

そんな重装備では、長い人生のマラソンは走れません。

「生きがい」は、遠くの山頂にある宝箱を探しに行く冒険(クエスト)ではありません。

ふと足元を見た時に、「あ、なんだ、ここに咲いてたじゃん」と気づくものなのです。

この視点の転換こそが、ワンオペ育児のバーンアウト(燃え尽き)を防ぐ最初のステップです。

「何かになろう」とするのをやめて、「今の私のままで、何を感じられるか」にシフトすること。

これが、日本的な「足るを知る」の真髄であり、最強のメンタルケアなのです。

「情けは人のためならず」:孤独なソロペアレントを救う魔法

ワンオペ育児の最大の敵は「孤独」です。

「全部一人でやらなきゃ」「迷惑をかけちゃいけない」。特に海外に住んでいると、現地のコミュニティに入るハードルも高く、孤立無援になりがちですよね。

ここで、私が大好きな日本のことわざを紹介します。

「情けは人のためならず(Nasake wa hito no tame narazu)」。

これ、誤解されやすいのですが、「人に情けをかける(親切にする)と、その人のためにならない(甘やかすことになる)」という意味ではありません。

本当の意味は、**「人に親切にすると、それは巡り巡って、結局は自分のためになる(自分に良いことが返ってくる)」**ということです。

私が一番辛かった時期、生きがいを見失っていた最大の理由は、「誰からも必要とされていない(お母さんとしての役割以外で)」という感覚でした。子供には必要とされているけれど、それは「役割」であって、「私個人」ではないような気がしていたのです。

そんな時、ふとしたきっかけで、近所の年配の女性が重い荷物を持っていたのを手伝いました。

彼女は「ありがとう、助かったわ」と、本当に嬉しそうに私の顔を見て微笑んでくれました。

その瞬間、私の心にポッと灯がともったのです。

「あ、私、今、役に立った」

「お母さんとしてじゃなく、一人の人間として、誰かを笑顔にできた」

この小さな出来事が、私にとっての「転機」でした。

ソロペアレントは、常に「子供のために(For the kids)」生きています。それは素晴らしいことですが、それだけだと「私がいない」状態になります。

だからこそ、あえて**「外の世界(コミュニティ)」と小さな接点を持つこと**が、強力な生きがいになります。

それは大げさなボランティア活動でなくて構いません。

・スーパーの店員さんに、現地の言葉で「素敵なネイルですね」と声をかけてみる。

・SNSで、同じ悩みを持つ誰かの投稿に「わかるよ!」と励ましのコメントをする。

・公園で会ったママに、持っていた予備のティッシュを貸してあげる。

これを日本では**「お互い様(Otagaisama)」の精神と言います。

「私も大変だけど、あなたも大変だよね。助け合おうね」という緩やかな連帯感。

あなたが誰かに向けた小さな優しさは、実は「私は社会の中に居場所がある」という自己肯定感**となって、あなた自身を救ってくれるのです。

「自分のために」生きがいを探そうとすると、迷子になります。

でも、「誰かがちょっと笑顔になること」をしようとすると、不思議と自分の生きがいが見つかる。

これが、日本流の「他者貢献」という名のセルフケアです。

「諦める(Akirameru)」のポジティブな力

最後に、少し驚かれるかもしれない言葉を贈ります。

「もっと諦めましょう」。

「えっ? ブログで応援してくれるんじゃないの? 諦めろってどういうこと?」と思いますよね。

実は、日本語の「諦める(Akirameru)」という言葉の語源は、仏教用語の**「明らかにする(Akiraka ni suru)」**から来ています。

「物事の理(ことわり)を明らかにして、執着を手放す」という意味があるのです。

私たちは、特に初めての育児や海外生活において、完璧を目指しすぎます。

「両親が揃っている家庭に負けないようにしなきゃ」

「現地の言葉も完璧に話せるようにならなきゃ」

「子供には習い事もたくさんさせなきゃ」

でも、物理的に考えて、一人の人間が二人分(あるいはそれ以上)の役割を完璧にこなすのは不可能です。

できないことを「頑張ればできるはずだ」と思い込んで苦しむより、「今の私には、これはできない。なぜなら時間は24時間しかないからだ」と事実を明らかにし(諦め)、手放すこと。

これは敗北ではありません。戦略的撤退であり、**「本当に大切なものを守るための選択」**です。

日本には**「仕方がない(Shikata ga nai)」という言葉があります。

海外では「ネガティブな受け身の姿勢」と批判されることもありますが、私たち日本人にとっては、過酷な現実を受け入れ、心を折らずに前に進むための「レジリエンス(回復力)の魔法の言葉」**でもあります。

「今日は疲れて料理ができなかった。まあ、仕方がない。ピザを頼もう!」

「子供が壁に落書きをした。まあ、仕方がない。芸術家が育ってると思おう!」

この「良い意味での開き直り」こそが、ソロペアレントの最強の武器です。

100点を目指して毎日イライラしている親より、60点で「ま、いっか!」と笑っている親の方が、子供にとっても居心地が良いはずです。

私が「完璧な母」であることを諦めた(明らかにした)日。

それは、私が「私らしい子育て」を始めた日でもありました。

「パパはいないし、ママは料理が下手だけど、週末に一緒に変なダンスを踊ることにかけては世界一の家族だよね」

そう胸を張って言えるようになった時、私の心の中にあった重たい鉛が消え、代わりに温かい「生きがい」が戻ってきました。

次のステージへ:あなただけの物語を紡ぐ

ここまで、「起」で現状を見つめ、「承」で日常の美学を取り入れ、「転」で思考の枠組みをひっくり返してきました。

生きがいは、探すものではありませんでした。

それは、完璧ではない日常の中に、

「お互い様」の精神で誰かと繋がる瞬間に、

そして、「できない自分」を許し、愛おしく思えた瞬間に、

自然と湧き上がってくる「生きる喜び」のことでした。

ソロペアレントであることは、確かに大変です。欠けているものがあるように感じるかもしれません。

でも、日本の伝統的な美意識に**「金継ぎ(Kintsugi)」**というものがあります。

割れた陶器を、あえて金で継ぎ合わせ、元の器よりも芸術的な価値を持たせる技法です。

私たちの人生も同じです。

傷ついたり、何かが欠けたりした経験は、隠すべき欠点ではありません。

それを「知恵」や「優しさ」という金で継ぐことで、世界に一つだけの、味わい深い「あなたの人生」という作品が出来上がります。

その「修復のプロセス」そのものが、これからのあなたの最大の「生きがい」になっていくはずです。

さあ、いよいよ物語は**「結」**に向かいます。

最終章では、これまでにお話ししたマインドセットを、どうやって持続可能な「具体的な習慣」として明日の生活に落とし込んでいくか。

そして、あなたという船が、これからどこへ向かっていくのか。

その羅針盤となるようなメッセージをお届けしたいと思います。

明日からの景色が変わる:あなただけの「生きがい」という羅針盤

燃え尽きないための日本の知恵:「心の腹八分目」

ここまで読んでくださった皆さんは、もう「完璧なスーパーソロペアレント」を目指すのはやめたことと思います。

最後に私が皆さんにお伝えしたい、最も重要なサステナビリティ(持続可能性)の秘訣。それは、日本の食文化にある**「腹八分目(Hara hachi bu)」**という教えを、心とエネルギーの管理に応用することです。

「腹八分目に医者いらず」という言葉があります。満腹になるまで食べず、少し余裕を残しておくことが健康の秘訣だという意味です。

これを、ワンオペ育児というマラソンに当てはめてみてください。

私たちはつい、子供への愛と責任感から、体力の100%、いや120%を出し切って一日を終えようとしてしまいます。

「まだ動ける」「あとこれだけ片付ければ」と。

でも、ガソリンタンクが空っぽ(Empty)になるまで走り続けると、給油するにも時間がかかりますし、何よりエンストした時のダメージが大きすぎます。

私は、意識的に**「エネルギーの2割は、何もしないで残しておく」ことをルールにしました。

これを「心の余白(Yohaku)」あるいは「間(Ma)」**と呼びます。

日本画や書道では、描かれていない「余白」が非常に重要視されます。余白があるからこそ、描かれているものが引き立つのです。

人生も同じです。予定とタスクで埋め尽くされた一日には、美しさも「生きがい」も入り込む隙間がありません。

「今日はもう8割やったから、残りの皿洗いは明日の私に任せよう」

「子供と遊ぶのも、全力で疲れ果てるまでやるのではなく、笑顔でいられる範囲で切り上げよう」

この「あえて残す」勇気を持つこと。

2割の余力があれば、子供が急に熱を出しても、牛乳を床にぶちまけられても、「まあ、なんとかなるか」と笑って対処できる心のクッションになります。

生きがいは、ギチギチに詰まったスケジュールの中ではなく、この**「ふと生まれた2割の余白」**にこそ、ふわりと舞い降りてくるものなのです。

「To-Doリスト」を捨て、「To-Beリスト」を持つ

具体的なアクションプランとして、私が提案したいのがリストの書き換えです。

冷蔵庫に貼ってある「買い物リスト」や「やるべきことリスト(To-Do List)」、これを見るだけでげんなりしませんか?(笑)

「やらなきゃいけないこと」に追われる人生は、主導権を他人に握られている状態です。

そこで、私は手帳の隅に**「To-Beリスト(ありたい姿リスト)」**を書くようにしました。

これは、行動(Doing)ではなく、状態(Being)を定義するものです。

例えばこんな感じです。

  • ×(To-Do):子供部屋を完璧に掃除する
  • ○(To-Be):子供が帰ってきた時、機嫌よく「おかえり」と言える私でいる
  • ×(To-Do):栄養バランス完璧な3食を作る
  • ○(To-Be):食事の時間を、笑顔で「美味しいね」と言い合える時間にする

どうでしょう?

「掃除」が目的ではなく、「機嫌よくいること」が目的になれば、掃除が完璧でなくても目的は達成できます。ルンバに任せてもいいし、とりあえず端っこに寄せるだけでもいい。

日本の武道には「残心(Zanshin)」という言葉があります。矢を射った後も、心を途切れさせず、余韻を残すこと。

To-Beリストは、行為そのものではなく、その行為の先にある「心のあり方」にフォーカスするものです。

ソロペアレントの毎日は、予期せぬトラブルの連続です。To-Doリストは簡単に崩壊しますが、To-Beリスト(自分の心の羅針盤)は、外側の状況がどうあれ、自分で守り抜くことができます。

「今日はお皿は洗えなかったけど、イライラせずに子供とハグして寝た。だから今日の私は『優しいお母さん』というTo-Beを達成した!」

そうやって自分に花丸をあげてください。それが、明日の活力になります。

あなただけの「マイ・イキガイ・メニュー」を作ろう

さて、ここで宿題です(笑)。

スマホのメモ機能でも、お気に入りのノートでもいいので、**「マイ・イキガイ・メニュー」**を作ってみてください。

これは、心が疲れた時、自信をなくした時に、自分に処方する「特効薬」のリストです。

お金も時間もかからない、小さな小さなメニューをできるだけたくさん書き出します。

私のリストの一部をこっそり公開しますね。

  • 【レベル1:所要時間1分】
    • 深呼吸を3回して、空を見上げる。
    • お気に入りのハンドクリームを塗って、香りを嗅ぐ。
    • 隠しておいた高級チョコレートを1粒食べる。
  • 【レベル2:所要時間15分】
    • 子供が寝た後、ヘッドフォンで好きな音楽を爆音で1曲聴く。
    • 熱いシャワーを浴びて、足の指まで丁寧にマッサージする。
    • YouTubeで日本のコンビニスイーツの動画を見る(笑)。
  • 【レベル3:週末・ご褒美】
    • シッターさんや友人に子供を預けて、1時間だけ一人でカフェに行く。
    • 新しい口紅を買う。

ポイントは、**「元気な時に書いておくこと」**です。

人間、本当に落ち込んでいる時は、「何がしたいか」すらわからなくなります。思考停止に陥る前に、未来の自分のために「これをすれば、私は少し回復する」というマニュアルを残しておくのです。

これを、日本では**「養生(Yojo)」**と言います。病気になってから治すのではなく、日々の暮らしの中で心身を整え、健やかに保つ知恵です。

江戸時代の儒学者、貝原益軒の『養生訓』にもあるように、自分の心と体の声を聴き、こまめにメンテナンスすること。

このリストは、あなた専属の「心のお医者さん」になってくれるはずです。

子供に見せるべきは「完璧な背中」より「楽しそうな横顔」

最後に、一番大切なことをお伝えしてこのシリーズを締めくくりたいと思います。

私たちが「生きがい」を見つけ、自分自身の人生を楽しむことは、決して子供をないがしろにすることではありません。

むしろ、**子供への最高のギフト(贈り物)**なのです。

子供は、親の言葉(言ったこと)は聞きませんが、親の行動(やっていること)や雰囲気は驚くほど見ています。

もしあなたが、自己犠牲の精神で歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて「あなたのために我慢しているのよ」というオーラを出していたら、子供はどう思うでしょうか?

きっと、「大人になるって、大変そうだな」「僕のせいでママは辛そうだな」と感じてしまうかもしれません。

逆に、あなたがワンオペの忙しい中でも、

「あー!このお茶美味しい!」

「見て見て、空がきれい!」

「ママ、今ダンスの練習してるから見てて!」

と、自分の人生(Ikigai)を楽しんでいる姿を見せていたら。

子供はこう思います。

「大人になるって、楽しそうだな」

「自分の好きなことを大切にするって、素敵なことなんだな」

これこそが、私たちが子供たちに伝えられる、言葉を超えた教育ではないでしょうか。

日本には**「親の背中を見て育つ」という言葉がありますが、私は「親の楽しそうな横顔を見て育つ」**と言い換えたいと思います。

あなたの人生は、あなただけのものです。

「〇〇ちゃんのママ」という役割は人生の一部ですが、全部ではありません。

あなたがあなたらしく、生き生きと輝いていること。それが家庭という小宇宙を照らす太陽となり、結果として子供の心を安定させ、健やかに育てます。

結び:あなたはひとりじゃない

「Ikigai for Solo Parents」と題して、長々とお話ししてきました。

起・承・転・結の旅、いかがでしたでしょうか。

海外でのワンオペ育児。

それは、言葉では言い表せないほど孤独で、過酷な道のりかもしれません。

でも、忘れないでください。

日本の空の下からも、世界のどこかからも、同じように悩み、戦い、そして小さな幸せを見つけようとしている仲間たちがいます。

私たちは、「金継ぎ」のように、傷つき、悩み、それを乗り越えるたびに、より強く、より美しくなれる存在です。

完璧じゃなくていい。

立派じゃなくていい。

ただ、今日という一日の中に、あなた自身の心が「ふふっ」と笑う瞬間が一つでもありますように。

その小さな灯火が、あなたの「生きがい」となり、明日を照らす光となりますように。

日本から、愛とエールを込めて。

いつでも、このブログに帰ってきてくださいね。ここでは、あなたは「お母さん」の鎧を脱いで、ただの「あなた」に戻っていいのですから。

それでは、また次回の記事でお会いしましょう!

今日も、良い一日を(Have a wonderful day)!



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